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代表部便り5「国連邦人職員の現状」

March 27, 2008

岸本康雄(国連政府代表部一等書記官)

1.はじめに

私は2006年4月から、人事院より国連代表部に出向し、国連の邦人職員を増やす施策に携わっている。日本企業の新規学卒者の一括採用とは異なり、個々のポスト毎に行われる国連の職員選考は、いわば職務経験を持つ「即戦力」の採用であり、インターネットでの空席公募が行われるものの、実態は既に国連内で勤務している者が選考されるケースが大半である。また、採用後の昇進は、組織全体でのローテーションという考え方に乏しい国連事務局の場合、個々の職員の取組みに委ねられており、組織として人材を育成する日本的な発想とはかなり異なっている。

2.邦人職員数の実情

NYには国連事務局、UNDP、UNICEF及びUNFPAの本部が所在している。各機関毎の邦人職員数では、特にUNDP、UNICEFでは邦人職員数がここ10年で倍以上に伸び、部・課長相当のD(Director)クラスと呼ばれる幹部邦人職員も複数在籍している。一方、国連事務局は職員数は着実に伸びているものの、国別の職員数比較では、邦人職員数は昨年6月末時点で108人となっており、加盟国192カ国中第5位とはいえ、望ましいとされる職員数241人~326人とは大きく乖離した唯一の国である(注1)。また、職員のレベルを見ると、国連事務局NY本部には、Dクラス以上の幹部職員は、広報担当USG(Under-Secretary-General、事務次長)を除けばゼロという実情にある。私共はこうした状況の改善に継続的に取り組んできている。以下では、特に国連事務局に焦点を当て、邦人の採用・昇進の鍵となる事象を説明してみたい。

(注1)国連通常予算で設置が認められたポストに1年以上の任期で任用された職員数を国別比較した指標。国連分担金、人口、加盟国数の比率を用いて国別に「望ましい職員数」の範囲が定められている。

3.国連競争試験の壁

国連事務局への採用の入口は、32歳以下を対象に行われる国連競争試験が一般的である。国連競争試験は、2に述べた国別の職員数比較に基づき、現在及び将来に向け職員数が適正数より少なくなり得る56か国(2008年)を対象に行われ、試験に合格すれば原則P2ポスト(Professional(専門職)のエントリーレベル)への採用資格が得られる。ここで問題は、試験に合格してもポストに空きが無ければ採用されないという点と、採用は人事部が行わず各部局のプログラムマネージャーが行うという点である。プログラムマネージャーは、顔を知らない候補者の履歴書を丹念に見て採用しようとはしない。競争試験合格者は、まず各部局に直接売り込みをかけることが必要になる。また、近年はポスト格付がインフレ化し、P2ポストは減少しており、試験に合格しても長年ポストのオファーを待つ事例が見られる。2001年以後の邦人試験合格者23人のうち、現在まで採用されたのは12人である。
一方、国連競争試験は、米国を除く欧州主要国は対象外となっており、これら試験の対象外の国はJPO(Junior Professional Officer)制度を活用している。JPO制度は、各国政府が自らの拠出で若手を手弁当で国連機関に派遣し、派遣されたJPOは任期中にポストに応募して正規採用を目指す仕組みである。我が国もUNDP、UNICEF等にJPOを多数派遣し(年間40名程度)、実際これら組織で現在活躍されている邦人職員の多くは元JPOである。国連競争試験を通じた国連事務局への入口を持たない欧州諸国は、JPO制度を国連事務局に活用している。JPOの強みは国連事務局内で勤務する機会を得ることで、自身の能力と適性を直接内部でアピールでき、人的ネットワークを形成できることにある。JPOは、こうしたメリットを活かし、任期終了後はコンサルタントや短期雇用など様々な地位で国連事務局内に継続して勤務し、将来の正規ポスト獲得に向けた基盤を築いている(注2)。国連競争試験は、採用されれば2年間の試用期間を経て、定年までの恒久的身分が与えられるという点では非常に魅力があるが、一方で、採用権限を持つ各部局のプログラムマネージャーの立場からは、直接その働きぶりを目の当たりにできない国連競争試験合格者よりも、内部で活躍する現役JPOに関心が向いているのが現実である。

(注2)P3以下のエントリーレベルの正規ポストへの採用には、国連競争試験合格者に優先権が与えられており、JPO出身者は、当初このような契約形態で採用されるのが一般的となっている。

4.昇進の壁

国連競争試験で採用された後は「昇進の壁」がある。組織としての人材育成という考え方に乏しい国連事務局では、昇進するためには自らが適したポストに応募し、多数の候補者との競争を経て、昇進ポストを勝ち取らなければならない。国連事務局の採用・昇進を規定する職員選考制度(staff selection system)では、P3ポストは国連競争試験採用者の昇進配置に優位性を与えているが、P4以上のポストには何ら優遇規定がない。
ここで直面するのは、主に欧米職員が中心に築く人的ネットワークである。上記3では欧米諸国がJPO制度を活用して「将来の正規ポスト獲得に向けた基盤を築いている」と述べたが、実はインターネットに出される国連事務局の空席公募は、雇用期間が1年以上という安定した「上澄み」の正規ポストに過ぎない。実際には、この他に外部に公募されない一般臨時雇用(general temporary assistance)やコンサルタントのポストが多数ある。これらの採用は、各部局のプログラムマネージャーの裁量で行われている。
前述のJPO卒業生の他、欧米諸国出身者は独自のネットワークで、こうした採用機会を探知し、ここを入口に国連内での職務経験を積み上げていく。その後、自身の能力経験に関連した正規ポストに応募する。2002年からは人事権限が各部局に分権化された。これら正規ポストへの採用に人事部の事後チェックは入るが、事実上、各部局のプログラムマネージャーが主体的に誰を採用するか決めることが出来る。邦人の内部昇進及び外部からのミッドレベルポストへの参入は、こうした勢力との戦いである。

5.面接の壁

国連の職員選考制度を支える概念として御紹介したいのは、「コンピテンシー」と呼ばれる能力基準である。日本企業でも、昨今、組織内で高い成果を挙げた社員の行動特性を分析し、これを職員の採用、評価、昇進に活用する動きがある。国連事務局でもこうした取り組みが外部コンサルタント等を活用して1990年代後半より行われており、現在の採用面接はコンピテンシーの基準に則して行われている。
一般職員、管理職員を通じた国連職員共通の能力基準としてCommunication、Teamworkなど8項目、管理職員の能力基準としてLeadership、Visionなど6項目が定められている(http://www.unescap.org/asd/hrms/odlu/files/compentencies.pdf参照)。各ポストに求められるコンピテンシーは個別の空席公告に明示されており、面接ではこれを備えているかどうか、被面接者の過去の行動事実や成果を通じた検証がなされる。具体的には「あなたがチームプレーヤーであることを説明して下さい」といった質問が出され、これに対し、自分の過去の経験や行動実績を用いて、如何に説得的・印象的な説明ができるか、これが面接の結果を左右する。
面接ボードの構成員は、各部局のプログラムマネージャーが選定し、人事部の関与は、応募書類上で資格要件を満たしていな人が含まれていないか、また各部局が最終選考した複数の候補者について、選考手続面で誤りがなかったかを事後チェックするだけである。プログラムマネージャーとの事前の関係構築が、面接結果に与える影響は無視できない。
語学面の壁はともかく、自らを売り込むことを美徳としない日本人の文化気質にあって、これらの壁の克服は大きな課題である。

6.これからの取組み

国連職員の増強に取り組むに当たって重要なことは、上述の様々な壁に代表された「敵を知り、己を知る。」ということであると思う。国連を目指そうとする方々には、こうした特徴を早くから理解し、効果的な準備を積み重ねて頂きたい。国連は理想化される存在などではなく、生々しい人間組織そのものである。
一方で、私は最後に、チームプレーヤーとしての日本人の誠実で几帳面な仕事ぶりは、国際機関から極めて高く評価され、実際多くの邦人職員がフィールドを中心に活躍している事実を強調したい。日本人の持つ潜在能力は極めて高く、能力が適切に評価されるべく国連の価値尺度に合わせた効果的な「傾向と対策」を実践していけば、成果は今後着実に上がっていくものと考えている。
ODAを巡る環境が益々厳しくなる中、国際機関における邦人職員の一層の活躍は、我が国外交を支える基盤として今後益々重要性を帯びてくることは間違いない。私も微力ながら引き続き取り組んでいきたい。

    • 国連政府代表部一等書記官
    • 岸本 康雄
    • 岸本 康雄

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