オーバービュー・レポート:ロシアに対する日米協力の必要性(渡部恒雄上席研究員)

ユーラシア情報ネットワークは、2009年11月10日から13 日まで米国のロシア専門家を招き、ロシアとその周辺の国際環境について、日本の専門家との意見交換を行った。この訪日団は、ワシントンDCにあるシンクタンク、ニクソンセンターのエグゼクティブ・ディレクターで、米ロ関係のプログラムのトップでもあるポール・サンダース氏のイニシアティブで国際交流基金の助成により実現した。この訪米団には、ワシントンDCのシンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)のロシア・ユーラシアプログラムのディレクターのアンドリュー・クーチン氏とカーネギー平和財団の上級アドバイザーのマーク・メディッシュ氏が参加した。サンダース氏は、ブッシュ政権でグローバル問題担当国務次官の上級アドバイザーを歴任し、メディッシュ氏は、クリントン政権で財務次官補代理(国際担当)とNSC(国家安全保障会議)のロシア・ウクライナ・ユーラシア担当の大統領補佐官を歴任し、クーチン氏は、カーネギー平和財団のモスクワ所長を歴任するなど、現在のワシントンでは最も影響力のあるロシア・ユーラシア専門家達である。
11月11日には日本財団ビル2階の会議室で、日本人の専門家との活発な議論が行われ、12日には、同会議室で3人の米国人専門家が、日本のメディアと実務家を対象にした東京財団ユーラシア情報プログラムのオーバービューミーティングのフォーマットで意見交換を行った。11日の議論は、内容は公表していいが発言者は匿名とするいわゆる「チャタムハウスルール」で行われた。

パネル1では、米ロ関係とそのアジアへの影響(U.S.-Russian Relations: Impact on Asia)というテーマで日米のそれぞれの専門家が発表し、意見交換を行った。2009年に成立したオバマ政権は、ロシアとの関係を「リセット」するとして関係改善を提唱した外交を行ってきたが、その試みは成功したのか、という点が論点であった。この点において、米国側の共通の意見は、米ロ間にはいまだに「相互不信」(mistrust)が存在しており、関係の「リセット」が本当に行われているかどうかは怪しいというものであった。例えば、ブッシュ政権の「ネオコン」に顕著なロシアの非民主的側面に対する不信と敵意は、その前のクリントン政権にもみられる米国の外交政策に共通するDNAのようなものだという指摘がなされた。しかも、そのようなDNAは、2008年夏のロシアのグルジア侵攻で再確認された。加えて、米国はイランの核開発断念についてロシアの協力を期待しているが、ロシアにとっては、イランの核開発は現状維持でいい、という米国とは異なる姿勢であるという分析を米国側が示した。今後の米ロ関係を展望すれば、オバマ大統領が撤回を表明した東欧へのミサイル防衛システム配備と、START1(第一次戦略兵器制限条約)の後継条約の交渉、そしてイランの核開発阻止への進捗が、米ロ関係を規定していくキーファクターとなっていくだろう。
補足をすれば、以上の議論は、ロシアのパトルシェフ安全保障会議書記が、11月14日付のイズベスチヤ紙上のインタビューで、年内に大統領に提出する新軍事ドクトリンでは、核兵器による先制攻撃を行う条件として、地域紛争への対応を新たに加える方針を明らかにした後で行われた。会議でもこのロシアの意図をめぐり意見交換がなされた。現行ドクトリンでは、ロシアが核を使用するケースは、自国や同盟国が核をはじめとする大量破壊兵器による攻撃を受けた場合と、通常兵器による大規模な侵略を受けた場合である。したがって新しい動きは、グルジアなどの周辺諸国への軍事的な圧力を高めることになっている。この点への米国の懸念は大きかったが、さらに会議後の12月17日には、インタファックス通信の報道で、安全保障会議高官が新軍事ドクトリンで、「国家の存続が脅かされる事態になれば、核が使用できるとの趣旨が盛り込まれる」との見通しを示したと報道された。核使用の条件となる「敵対者」の規定を見直すというロシアの意向と合わせ、新ドクトリンが「先制使用」よりも踏み込んだ「核の予防的使用」に踏み込むことへの懸念が高まっている。11月の時点で示されたロシアに対する米国側の懸念は、核軍縮交渉の越年ともあいまって、さらに大きくなっていくと考えていいだろう。

パネル2では、「変化する東アジアの安全保障環境・中国とロシア」(The Changing East Asian Security Environment: China and Russia)について議論が行われた。中ロ関係は、2000年頃から、ウクライナ、グルジア、キルギスなどの東欧・中央アジア諸国の民主化が続いたカラー革命と並行して、危機感を強めた中ロの関係強化が図られたという指摘が、米側からなされた。中ロの蜜月関係は、上海協力機構(SCO)による大規模な軍事演習等を通じて続いてきたが、最近では、ロシアの中国の台頭への警戒感が大きくなり、2009年のSCOの演習は比較的おとなしく行われたこと等が、日本側から指摘された。中ロはライバルなのか、パートナーなのか、という質問に米国専門家は両方であると述べると同時に、中ロ関係が日米のような同盟関係になることはないだろうと指摘した。むしろ、日米はロシアの中国にたいする不安を過小評価すべきではなく、日米で中ロの緊張関係についても留意すべきである点が指摘された。

パネル3では、「ロシアとエネルギー安全保障」(Russia and Energy Security)が話しあわれた。このパネルでは、ロシアが将来、アジアに対しても化石燃料の主要供給先になるのか、それとも現在のように欧州への供給先に留まるのか、そしてロシアの原子力エネルギーの将来が議論された。詳細については 畔蒜研究員のレポート「ロシアのエネルギー資源がアジアの安全保障に与える影響」 に譲るが、ロシアの欧州方面への天然ガスの供給ストップの事例などで、日本やアジアがロシアへの依存を高めることのリスクと同時に、日本としては供給先の多様化を求める潜在需要が指摘され、その現実性について意見交換がなされた。また原子力エネルギー協力については、ロシアは日米のパートナーとしての潜在力があることが指摘された。

パネル4では、それまでの議論をまとめ、「ロシアに対処するための日米の政策オプション」(Policy Options for the U.S. and Japan in Dealing with Russia)というタイトルで、共通認識がまとめられた。翌12日のオーバービューミーティングでも再度確認されたが、安全保障上の懸念やエネルギー政策上の潜在的な利益など、現在のロシアと中ロ関係、周辺市域の状況について、日米は多くの利益を共有し、相反する利益は少ないことが、米国側から指摘され日本側も合意した。同時に、このような点が、両国の外交政策のメインアリーナで議論されている頻度は少なく、今後の継続した議論が必要となろう。ただし、イランの核開発問題などは複雑な形で日米に影響していく可能性が指摘された。

渡部 恒雄

  • 元東京財団上席研究員・笹川平和財団特任研究員