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日露2+2対話の立ち上げ合意と露中関係

May 24, 2013

畔蒜 泰助 研究員


2013年4月29日、安倍晋三首相が日本国首相としては実に10年ぶりに訪露し、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と会談した。日本にとって対ロシア関係には、大きく分けて?北方領土問題を含む平和条約交渉、?中国の影響力の高まりを念頭においた外交・安全保障協力、?福島原発事故後の特に天然ガスを中心としたエネルギー協力という3つの優先課題があるだろう。

今回の日露首脳会談では、?については、ここ数年停滞していた交渉の再開と加速化で両首脳が合意したことが成果といえば成果だった。勿論、日経新聞などが報じたプーチン大統領による「面積折半論」への言及(?) に関して、これが事実であれば、今後の北方領土交渉の手掛かりになる可能性はあるが、これについては、別途議論したいと思う。

また?については、日本の資源エネルギー庁が天然ガスの調達価格の引き下げを最優先とする中、今年に入って、ロスネフチ、ノヴァテック、ガスプロムといった露エネルギー大手のトップが、ロシアにおける液化天然ガス(LNG)プラントに関する複数のプロジェクトの売り込みのため、相次いで来日したが、何れも価格提案が行われる段階まで煮詰まっていないことから、今回は具体的な成果はなかった。

そんな中、唯一の具体的な成果といえるのが、日露間で外交・安全防衛閣僚会議(2+2)の立ち上げで合意したことだ。現在、日本が2+2を開催しているのは、米国、豪州だけであり、ロシアが3番目の国になること自体が大きな驚きである。何れにせよ、これは昨年10月、ロシアのニコライ・パトルシェフ国家安全保障会議書記が訪日して以来の流れであり、日露双方に対中国問題を念頭に置いた動きであるのは間違いないだろう。

ロシアで解かれつつある中国脅威議論のタブー

ところで、そんな安倍首相の訪露直前の4月15日、ロシアの主要な外交・安全保障専門誌“Russia in Global Affairs”に『恐怖の総和―ロシア政治における中国脅威要因―』(?) と題する注目すべき論文が掲載されている。執筆者は中国専門家であり、また軍事問題にも詳しいロシア戦略技術分析センター上級研究員のヴァシーリー・カーシン氏である。筆者とは十年来のさまざまな国際情勢について意見交換する間柄だが、本稿では、同論文を手掛かりに、日本との2+2の立ち上げを巡るロシア側の意図を考察していきたい。

カーシン氏によれば「ロシア政府関係者にとって、公の場で“中国からの脅威の可能性”といったテーマの議論に参加することはタブーの一つだが、ロシアがとる全ての予防措置は、ロシアの主権と領土の一体性に対する中国から及ぼされるかもしれない直接的ではないが、潜在的な脅威と関連しており、中国の潜在的な脅威は、ロシアの外交・防衛政策の重要なファクターの一つになっている」という。

  • 欧州ロシアから極東ロシアへの軍の即時移動は、ロシアにおける大規模なウォーゲームの主要なシナリオの一つであり、この訓練は毎年行われている。
  • 2010年、ロシアは統合戦略司令部“Vostok”(東部軍管区)を太平洋軍と極東軍管区並びにシベリア軍管区をベースに創設した。これはロシア最大の部隊であり、この軍管区は露中国境を直接防衛する役割を担う。
  • ロシア軍への新兵器供給に関するデータを分析すると、東部軍管区の再装備率は最も高いものの一つである。
  • 連邦保安局(FSB)が出した諜報事案における声明の殆どが中国に関するものである。
  • ロシアは明らかに一定の戦略セクターへの中国の投資を制限している。


実は、ロシア政府関係者の「中国の脅威」問題に対するこのような態度は、専門家レベルまで影響を与えており、「中国の脅威」という文脈で、最近のロシアの外交・安全保障政策を包括的に分析した論文が、ロシア政府向けの非公開レポートという形ではなく、“Russia in Global Affairs”といった主要専門誌向けに執筆・掲載されるのは、極めて稀なことである。その意味で、この論文の掲載自体が、少なくとも専門家レベルでは「中国の脅威」に関して本格的に議論することのタブーが解かれつつあることの証左と見ることができよう。

ロシアがINF条約からの撤退を検討した本当の理由

ところで、筆者が同論文の中で特に注目したのは、戦術核並びに原子力潜水艦に関する言及である。まず、戦術核に関しては、次のように述べている。

  • ロシアの中国に対する防衛能力は戦術核を含む核兵器をベースとしている。中国ファクターは恐らく戦略軍備管理並びに削減政策を巡るロシアの動きの多くを説明できる。ロシアは米国との戦略核兵器の如何なる削減を議論することも、他の核兵器国が参加しない限り、これを拒否する。ロシアは戦術核戦力の構成を公開しないし、これを削減する積もりもない。それどころか、ロシアはその発展に多額の資金を投下している。過去に当時のセルゲイ・イワノフ国防相が中距離核戦力撤廃条約から撤退すべきと提案したのは、間違いなく中国ファクターがそうさせた。


中国や欧州のようにロシアから比較的距離が近い国に対する防衛手段としては、戦略核(大陸弾道弾ミサイル搭載の核兵器)は到達距離が長すぎて適当ではない。それゆえ、中国に対しては、いわゆる戦術核が重要な抑止力として機能しているのだ。

最後の部分は若干の説明が必要であろう。2005年1月、セルゲイ・イヴァノフ国防相(当時)がワシントンを訪問し、ドナルド・ラムズフェルド国防長官(当時)と会談した際、「(1987年に調印した)中距離核戦力全廃条約(通称、INF条約)からロシアが撤退したら、米国はどう反応するか?」と質問した所、ラムズフェルド国防長官はこれに反対しなかったという。(?) カーシン氏のINF条約撤廃問題に関する推論は、この時のエピソードが念頭にある。

実は筆者は、数年前、当時ラムズフェルド国防長官の部下だった元米国防総省高官に、この報道の真偽について直接尋ねたことがある。すると、同高官は「あれは事実だ。当時、米露間には、(ロシアの)南からの脅威について共通理解があった。南とは、イラン、パキスタン、そして中国だ」と述べた。カーシン氏の上記推論は、この元米国防総省高官の証言からも裏付けられる。因みに、筆者はカーシン氏ともこの問題について議論したことがある。結局、ロシアはINF条約からの撤退を行っていないが、彼によれば、それは欧州方面の安全保障環境を考慮したもので、その代わり、戦略爆撃機の配備でこれを補っており、これについても米国側と暗黙の了解があるという。

ロシアはカムチャッカの原子力潜水艦基地を再整備

また、もう一つの原子力潜水艦については、カーシン氏は次のように述べている。

  • 中国との仮想上の軍事対立の際、ロシアが持つ唯一の核兵器以外のカードは太平洋艦隊である。ロシアの原子力潜水艦の技術的な優位性と中国の海上貿易への依存度の高まりは、受け入れ不可能な経済的ダメージをロシアが中国に与える理論上のチャンスを与える。このファクターは潜在的な極東への中国人の前進をストップすることが出来ないだろうが、もし、ロシアとの紛争開始を考慮したら、中国にとってコストを上げる可能性がある。
  • 2003年、ロシア参謀本部が資金不足の為にヴィリュチンスク(カムチャッカ)の原子力潜水艦基地の閉鎖を提案したにもかかわらず、ロシアは2004年以来、同基地を積極的に刷新・発展させている。ヴィリュチンスクのインフラ整備はウラジーミル・プーチン個人の直轄化にあり、彼は同基地を何度か訪問している。そこには、ロシアが新たに建造するProject 955 Borei-classとProject 885 Yasen-classの原子力潜水艦の殆どが配置される予定である。


ここで想起すべきは、北極海航路を巡る中国問題である。地球温暖化を背景に、北極圏がその豊富な資源と共に、アジアと欧州を結ぶ航路としても注目を集めている。中国は昨年7~9月、砕氷船「雪龍」で北極海を往復する航海を実施しており、これに対して、ロシアが神経を尖らせていると言われている事実だ。

なお、カムチャッカの原子力潜水艦基地の増強は、日露間の最大の懸案ともいうべき北方領土問題にも直接・間接的な意味を持つ。ロシアの原子力潜水艦がカムチャッカの基地から太平洋に抜け出る場合、最も水深の深く、不凍海峡である国後島と択捉島に挟まれた国後水道がその通過路になるからだ。ロシアが歯舞、色丹の2島返還での北方領土問題の解決にこだわる背景には、このような軍事的ファクターもある。

北方領土問題の新たな戦略的意義

ところで、安倍首相の訪露直前の4月25日付け産経新聞が「(日露首脳会談で)、北極海での海上自衛隊とロシア海軍による共同捜索・救難活動の実施など海洋安全保障分野での協力で合意することが24日、分かった」と報じている。(?) 結果的に、今回の日露首脳会談後、このような合意は発表されず、その代わりに発表されたのが、日露2+2の立ち上げ合意だった。何れにせよ、日露どちら側からのリークかは不明だが、上記産経報道の内容は、前述の北方領土問題を巡る軍事ファクターを考慮に入れると、実に意味深だ。 カーシン氏によれば「長期的な中国の将来は不透明なので、ロシアに対する中国の脅威が仮定のものから現実のものに変わる可能性は排除できない。それゆえ、ロシアは必要であれば拡大可能な米国並びにそのアジア太平洋地域の同盟国との間でコミュニケーション並びに協力の効率的なチャンネルを持つことに関心がある」という。

ロシアの太平洋艦隊は昨年、アメリカ第7艦隊が主催する環太平洋合同演習(RIMPAC)に史上初めて参加しているが、ロシアでは数少ないASEAN問題の専門家であるドミトリー・モシャコフ氏は、露中関係の悪化がその背景にあると指摘している。(?) 筆者はこのモシャコフ氏とも昨年7月、モスクワで開催された国際会議に参加した際、意見交換したが「最近、露中間で行われたトラック2会合(大使OBらが列席するハイレベル会合)で、中国側が上から目線でロシア側に経済開発の方法論などを押し付ける場面があった。しまいには『ベトナムへの潜水艦売却はけしからん』的な話にまで発展した。クレムリンはこのような中国の態度に強い不満を持っている」と述べていた。

最後にもう一度、日露関係に戻ろう。ロシア側は、今回の日露2+2の立ち上げ合意もまた、中国との不測の事態に備え、米国の同盟国である日本とのコミュニケーション並びに協力の効率的なチャンネル構築の一環と捉えていると見て間違いない。今後、日本海から北極海に向かう海上輸送ルートを含む海洋安全保障問題が重要な協力テーマになるだろう。

すると、その延長線上では、北方領土問題もまた、新たな戦略的意義を帯びて浮かび上がってくる可能性がある。その意味で、今こそ、官民それぞれのレベルで中長期的視野に立ったロシアとの戦略対話の枠組みを重層的に構築していくべきだろう。

  • (?) 2013年5月1日付け日本経済新聞
  • (?)“The Sum Total of All Fears-The Chinese Threat Factor in Russian Politics”, Vassily Kashin, 15 April 2013, Russia in Global Affairs.
  • (?)Россия заслонится от соседей ракетами. 10 March 2005. Ведмости.
  • (?)2013年4月25日付け産経新聞
  • (?)RIMPAC 2012 : Plus Russia minus China. 12 July 2012. RT.
    • 畔蒜泰助
    • 元東京財団政策研究所研究員
    • 畔蒜 泰助
    • 畔蒜 泰助
    研究分野・主な関心領域
    • ロシア外交
    • ロシア国内政治
    • 日露関係
    • ユーラシア地政学

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