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インド頭脳に未来を託す――マイクロソフトなどグローバル企業のトップ人事

March 3, 2014

[特別投稿]竹内幸史氏/東京財団アソシエイト

米国のマイクロソフトが2月初め、新しいCEO(最高経営責任者)としてインド生まれのサトヤ・ナデラ(46)を抜擢した。グローバル企業の間で、インド系の経営者をトップに起用する人事が増えており、「CEOはインド最大の輸出品」(タイム誌)とも言われている。

その半面、インド本国の経済が伸び悩んでいることから、人材の国外流出に懸念も出ている。

半年がかりで人選

上級副社長からCEOに昇格したナデラは、今ではIT企業がひしめくインド南部のハイテク都市、ハイデラバードに生まれた。幼いころは腕白なクリケット好きの少年だった。父は上級国家公務員で、マンモハン・シン首相のもとで政府の計画委員会の幹部として働いていた。その家庭でエリート教育を受け、大学で電子工学を専攻したが、コンピューター工学を学ぶ環境は不十分だったため、1980年代後半に米国に渡った。「技術で世界を変えたい」という情熱に駆り立てられた。(*1)

ウィンスコンシン大学で学んだ後、最初に入社したのは、当時、汎用コンピューターから小型化する「ダウンサイジング」の波に乗っていたサンマイクロシステムだ。同社の創業メンバーでインド生まれのIT技術者、ヴィノッド・コスラの存在が若いナデラの事業欲に強い影響を与えた。

ナデラは1992年にマイクロソフトに転じた。西海岸のシアトルにある本社に勤めながら、休暇をやりくりしてシカゴ大学でMBA学位を取得し、技術系経営者の道をひた走った。

マイクロソフトは今や、ソフトウェアだけでなく、携帯電話やデータ事業も抱える巨大企業である。創業者のビル・ゲイツやスティーブ・バルマー前CEOは、新時代を託せる指導者の人選を半年がかりで進めた。ナデラはサーバーやクラウド事業部門の責任者として、売り上げ増加に大きな貢献をしていた。彼はゲイツを技術顧問に復帰させ、バックアップ体制を組むことを条件に、第3代CEOへの就任を引き受けた。

多文化こそ企業の活力源

筆者は新聞社で経済記者をしていた1990年代前半、来日したゲイツに何度かインタビューした。マイクロソフトにはユダヤ系、ロシア系、中国系、ベトナム系など移民が多く働き、「多文化こそが企業の活力だ」とゲイツは力説した。

中でもインド系社員の存在感は大きく、マイクロソフトの「工学系社員の2割はインド系」などと言われる。(*2) 同社はハイデラバードやバンガロールなどインド各地に事業拠点を置いている。その狙いは、割安なマンパワー確保だけでなく、将来の世界戦略を担うグローバル人材を発掘することでもある。

ここで特筆したいのは、ゲイツ自身、インドとの相性が非常に良いことである。彼は自ら設立した「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」のエイズ撲滅キャンペーンなどのため、頻繁に訪印するが、その度にインド南部のヒンドゥー教寺院を参拝する。非常に権威のある寺だが、外国人にはあまり知られておらず、ゲイツがかなりのインド通であることがうかがえる。

同財団にも多くのインド系スタッフが働いている。今ではUSAID(米国際開発庁)長官になっているインド系の医師、ラジブ・シャーも、長官になる前は同財団の感染症対策事業の責任者だった。シャーは2008年の大統領選挙で、オバマ陣営の医療政策ブレーンとして貢献した。オバマの支援にシャーを送り込んだのは、ゲイツだった。彼がオバマ政権を支援する理由のひとつは、専門職のビザ発給を拡大し、インド人など外国人ハイテク技術者の受け入れを増やすことだといわれている。

グローバル経営者が「最大の輸出品」

マイクロソフトのように、グローバル企業におけるインド系人材の存在感は年々増している。鉄鋼メーカー、アルセロール・ミッタルのオーナーであるラクシュミ・ミッタル会長兼CEOはもとより、ペプシコのインドラ・ヌーイ会長兼CEO、マスターカードのアジャイパル・バンガ社長、サンディスクのサンジャイ・メフロトラ社長兼CEO、アドビのシャンタヌ・ナライェンCEO、グローバルファウンドリーズのサンジャイ・ジャーCEO、ドイツ銀行のアンシュ・ジェイン共同CEO、英酒造会社ディアジオのイワン・メンゼス、シンガポールDBSグループのピユシ・グプタCEO。いずれもインドで生まれ育ち、世界に雄飛した人材だ。IT分野だけでなく、金融や食品など幅広い分野にわたっている。

ビジネス・スタンダード紙によると、これらインド系がトップを務めるグローバル企業10社で売上高総額は3500億ドルに達し、インドの年間輸出額を上回るという。(*3)

人材流出の懸念も再浮上

だが、インドにとっては必ずしも良いことばかりではない。かつて1990年代終わりまでインドから海外への人材流出、頭脳流出は後を絶たなかった。21世紀に入ってインドの経済成長が軌道に乗り始めると、こうした人材が帰国し、母国に里帰り投資をするケースも増えた。

「ウェブメール」と呼ばれる技術の先駆けになったホットメールの創業者、サビール・バティアもその一人だ。ホットメールを売却して億万長者になり、その資金を使ってインド北部のハリヤナ州でシリコンバレーのようなハイテク産業集積地「ナノシティ」を建設しようとした。ところが、その後、共同事業者との足並みの乱れや、地価高騰もあって土地買収が進まず、事業は難航している。

最近の経済改革の遅れと景気の低迷で、インド国内への投資は鈍っている。このため、国内企業に向かっていた人材も再び米国などに流出しつつあると言われている。グローバル企業でインド系トップが続々誕生という朗報も、若い人材の海外への夢を刺激しており、インドにとっては「痛し痒し」というところだろうか。

  • (*1) The Hindu, “Nadella, Cricket, and Microsoft” http://www.thehindu.com/business/Industry/nadella-cricket-and-microsoft/article5653836.ece
  • (*2) The Times of India, “How Indians have contributed to technology” http://timesofindia.indiatimes.com/tech/tech-news/software-services/How-Indians-have-contributed-to-technology/articleshow/30367309.cms
  • (*3) Business Standard, “Nadella takes the highest share of top-10 Indian origin CEOs to $350 billion” http://www.business-standard.com/article/companies/nadella-takes-the-highest-share-of-top-10-indian-origin-ceos-to-350-billion-114020500993_1.html
    • 元東京財団アソシエイト
    • 竹内 幸史
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