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ナレンドラ・モディ新首相が直面するインド内政の課題

June 20, 2014

[特別投稿]竹内幸史氏/東京財団アソシエイト

5月16日に開票されたインド下院の総選挙で、ナレンドラ・モディ(63)率いるインド人民党(BJP)が圧勝し、10年ぶりの政権交代を果たした。モディ新首相が取り組む課題を2回(内政、外交・安全保障)にわたって報告する。

内政の課題は、1.成長戦略の再構築を中心にした経済政策、2.汚職対策などガバナンス強化、3.イスラム教徒などマイノリティとの融和――だ。日本も貿易投資と開発協力を通じてインド経済をテコ入れし、調和のとれた責任大国への道を後押ししていくことが必要である。

前政権への批判票集める

総選挙は前回の2009年より有権者が1億人も増えて約8億1000万人、投票率は66.8%に達する「世界最大の選挙」になった。人民党は282議席を得て第一党に選ばれた。単独の政党が過半数を得たのは、1984年の総選挙以来だ。

人民党はヒンドゥー教の規範を統治原理にし、日本のメディアでは「ヒンドゥー至上主義政党」と呼ばれている。略称のBJPは、「Bharatiya(インドを示す古来の名称)Janata(人民)Party」の頭文字である。党の基盤になっているのは、民族義勇団(RSS)というインド最大のヒンドゥー教に基づく社会奉仕団体だ。大きな災害では被災地に一番乗りし、緊急医療や復興支援に邁進する。その一方、「英国による植民地支配の間に廃れたインドの美徳と底力をヒンドゥー教の力で復興しよう」という主張を持つ。

民族義勇団の事務所に行くと、「母なるインド」としてパキスタンやバングラデシュを含めた植民地時代の「英印」の地図が掲げてある。しばしば活動を先鋭化させ、大きな騒ぎを引き起こす。2001年には、マクドナルドで豚のエキスがフライドポテトに使われていると批判し、ムンバイなどの店舗を破壊した。さらに過激化すれば、反イスラム教の暴動を起こして家を焼き討ちすることもある。

その民族義勇団で若いころから活動してきたのが、モディである。インド西部のグジャラート州で商人の家庭に生まれた。少年時代から屋台でお茶を売って働き、苦学の末に同州政府トップである州首相にまで這い上がった。そんな半生が「インディアン・ドリーム」として庶民の人気を獲得した。

最大の功績は、同州をインドで最も活力ある州にしたことだ。ナルマダ川の河畔に太陽光パネルを敷き詰めて発電を増強し、州内から停電をなくした。タタ財閥やスズキ、ホンダの自動車工場を州に誘致して雇用を増やし、豪腕のカリスマ指導者として注目を集めた。

対照的に、過去10年、名門政党のインド国民会議派が担った国政は期待はずれに終わった。インフレが進んで家計を直撃し、格差拡大も深刻化した。規制緩和が後手に回って投資が細り、通貨ルピーは大幅に下落した。2012年にはインドの北半分が同時に停電し、インフラの脆弱さを見せつけた。

さらに決定的だったのは、相次ぐ大規模な汚職である。普及数で世界2位になった携帯電話事業の周波数割り当てで、担当大臣が6000億ルピーもの収賄容疑で逮捕された。国内炭鉱の許認可、退役軍人の住宅建設などでも贈収賄や横領事件が頻繁に起きた。きわめつけは、スポーツの国際大会をめぐる汚職だ。国際オリンピック委員会(IOC)の加盟資格を一時停止され、今年2月のソチ五輪大会では選手が個人参加となり、世界に恥をさらした。

前政権に対する国民の怒りと批判の受け皿になったのが、人民党である。人民党は2004年の総選挙では「輝くインド」をスローガンに、成長重視の路線を訴えたが、貧困層が離反し、予想外の敗北を喫した。しかし、今回は「全国民の参加、全国民のための発展」をスローガンにし、「開発ならモディ」と訴えた。さらに、モディが州政府から汚職を追放したクリーンなイメージを訴え、ついに政権を奪い返した。

課題は成長路線の再構築とガバナンス強化

モディ新首相が取り組むべき第一の課題は、成長路線の再構築を中心にした経済政策である。

インド経済の成長率は2010年(10.3%)をピークに12、13年は4%台に落ち込み、中国に大きく水をあけられている。インドへの外国直接投資は2012年に240億ドルと前年より34%減った。世界銀行による「ビジネスのしやすさ」ランキングでは189カ国のうち134位という不名誉な評価に甘んじている。(*1)

冷戦後にスタートした経済改革から23年たつのに、克服できない問題が横たわっている。国と州レベルで分かれた複雑な税制もそのひとつだ。ビジネスをするのに収める税金は33もあり、日本(14)、米国(11)に比べて多く、非常に煩雑である。(*2)税の簡素化は長らく課題になっているが、州の権限が強く、調整が難しいため、なかなか進まない。中央政府と州の官僚主義に大なたを振るい、単一市場を実現することが必要である。

また、サービス産業主導の成長だったインドには、大勢の雇用が確保できる製造業の発展が欠かせない。人口増加が続くインドでは、「今後20年にかけて毎日3万人の雇用創出が必要」と言われる。(*3)若い労働力の受け皿がなければ社会不安に発展する恐れがある。

インド経済界では、中国経済の先行きが不透明な中で「中国に代わる投資先」を狙おうという機運が強まっている。それには貧弱なインフラ、土地取得の難しさ、頻発する労働争議などの問題も解決する必要がある。 豪腕のモディ登場には、早くも株式相場が高騰するなど期待が高まっている。経済界では「外国からの投資が今年、600億ドルにまで倍増する」との見方さえ出ている。(*4)

一方、第二の課題である汚職対策などガバナンス強化は、経済成長を確保するうえでも基礎になる重要事項だ。インドにとって汚職は社会主義的な統制経済をとっていた冷戦時代から続く病理である。政府幹部による巨額な汚職だけでなく、地方の末端にも及んでいる。NGOのトランスペアレンシー・インターナショナルの推計(2005年)によると、インド国民の15%が運転免許やパスポートの発行や、納税申告など公的サービスを受ける際に「袖の下」を払った経験があり、その総額は年50億ドルに上る。同NGOの「世界汚職インデックス」では世界最悪の国のひとつにランクされている。

モディは汚職を「国家の危機」と呼び、真剣に取り組む姿勢を見せている。「最小の政府で最大のガバナンスを」とのスローガンのもと、行政改革とITによる電子化などを通じてガバナンス強化を進める構えだが、果たして蔓延する汚職文化にどんな成果をあげられるだろうか。

イスラム教徒との融和が必要

第三の課題は、イスラム教徒などマイノリティとの融和政策である。大多数を占めるヒンドゥー教徒に比べれば少数派とは言え、イスラム教徒は1億人を超える。共存共栄は内政上の重要テーマであるが、問題は複雑だ。

モディがグジャラート州首相だった2002年2月、州内で巡礼帰りのヒンドゥー教徒が乗った列車が焼き討ちされる事件が起きた。これが引き金となり、イスラム教徒に対する復讐として州内の商都アーメダバードなどでヒンドゥー教徒によるイスラム襲撃が起き、1000人以上の犠牲者が出た。その前年に起きた「9/11」の同時多発テロ後の宗教対立も響いていた。筆者はこの時、アーメダバードで取材したが、他州から動員された民族義勇団らがイスラム教徒を狙い撃ちし、家や店に放火したと、被害者らは証言した。彼らはモディについて、騒ぎを取り締まらずに放置したばかりか、襲撃を扇動したと非難した。この事態を受け、米国政府はモディに対する入国ビザ発給を停止する処分を出した。

インドの歴史を見れば、宗教対立感情が政治的に煽られ、火を噴くことがある。パキスタンと分離独立した1947年、両国の各地でヒンドゥー教徒とイスラム教徒の大規模な衝突が起き、多くの死傷者が出た。 1992年には、インド北部の聖地アヨディヤで民族義勇団などヒンドゥー教徒の群集がイスラム教の「バーブル寺院(バーブリ・モスク)」を破壊する事件が起きた。これはムガール王朝の初代皇帝バーブルが建てたモスクだが、そこは古代インドの叙事詩「ラーマーヤナ」の主人公ラーマ王子の生誕地で、王子を祀るヒンドゥー教の寺院があったとされる。このため、ヒンドゥー至上主義者たちはイスラム教徒に破壊されたラーマ王子ゆかりの寺院を再建することを悲願と考えている。

この事件は翌92年にかけ、ヒンドゥー教徒の反イスラム感情に火をつけ、インド各地で宗教暴動が発生し、計2000人以上の死者が出た。その後、アヨディヤのバーブリ・モスク跡地は宗教対立の発火点にならないよう鉄条網で囲まれ、厳戒体制が敷かれている。

ところが、民族義勇団やヒンドゥー教団体は依然としてラーマ王子の寺院再建を求めている。また、学校教育にヒンドゥー至上主義の反映を望む声もある。今後、こうした勢力が民族義勇団出身の「身内」であるモディ新首相にさまざまな支援を要請していくことだろう。

問われるバランス感覚

前述した通り、人民党は10年前の総選挙で「貧者の反乱」に遭って敗北したのを教訓に、今回は「全国民の参加、全国民のための発展」という包摂型の開発スローガンを打ち出し、単独過半数を得る勝利をおさめた。イスラム教徒が多く住む地域でも、人民党が勝利した選挙区が多くあった。

だが、前政権が汚職と経済不振によって「自滅」し、経済立て直しと汚職撲滅への期待がモディ政権を生んだ要素が大きい。モディのヒンドゥー至上主義思想に対する人々の警戒心は、消えたわけでない。今後、モディ新政権がどれだけ包摂型開発とインドの国是である政教分離の内政運営をしていくのか、彼のバランス感覚にかかっている。国民は、モディ新首相に単独過半数を与え、いささかリスクの高い選択をしたことを認識し、監視の目を強めていくべきだろう。

  • (*1) 世界銀行ホームページhttp://data.worldbank.org/indicator/IC.BUS.EASE.XQ
  • (*2) 世界銀行ホームページhttp://data.worldbank.org/indicator/IC.TAX.PAYM/countries
  • (*3) Economic Times, 2014年5月26日, http://articles.economictimes.indiatimes.com/2014-05-26/news/50098934_1_ravi-venkatesan-microsoft-india-manufacturing-sector
  • (*4) India Today, 2014年5月25日, http://indiatoday.intoday.in/story/foreign-investment-narendra-modi-assocham-study-fdi-inflation/1/363484.html
    • 元東京財団アソシエイト
    • 竹内 幸史
    • 竹内 幸史

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