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「イスラーム国」邦人殺害予告事件を巡って ~中東における日本の扱いについて

January 26, 2015

宮原信孝 研究員

1.「イスラーム国」とみられるグループによる日本人2人の殺害予告

今月20日映像のインターネット配信により始まった「イスラーム国(以下IS)」とみられるグループによる日本人2人の殺害予告事件は、24日23時ごろ、日本人2名のうちの後藤氏が他の1名である湯川氏が殺害された写真を持って写る映像が配信されたことによって新たな段階に入った。20日の映像では、日本が対テロ対策として発表した人道支援額2億ドルがそのまま解放の身代金として要求されたが、24日の映像では、後藤氏と思われる声で、もうこのグループが身代金を要求しておらず、同氏の解放のためには、2005年ヨルダンでの大規模テロ事件の実行犯サジーダ・ラシャウィの釈放を求めている旨の音声が流れた。安倍総理はこの映像の信憑性は高いとしており、このことから、ISとみられるグループの要求が、身代金2億ドルから捕虜交換に変わったとされている(*1)

これにより、後藤氏の解放問題は、ヨルダンの対応如何にかかってきた。捕虜交換は、自国民保護の手段として欧米諸国もアラブ諸国も使ってきた。その意味では、テロに屈したとみなされる身代金支払いよりは、国際社会に受け入れられ易い。もちろん、ヨルダンにはヨルダンの事情があり、同国にとっては先月空爆の際ISに撃墜され捕虜になった空軍パイロットの解放が最優先である。しかし、交渉の余地が生れたということが肝心であり、時間はかかっても解放に向け日・ヨルダン間の協力と両国の粘り強い交渉が求められる。

2.殺害予告に始まる一連の事件の検証

20日からの5日間の2つの映像と日本政府及び日本国民の反応並びに拘束された2名の日本人のIS入境方法を観察していて気づいたことがある。それは、ISの本質、IS支配地域の事情、及び同地域における日本人の見られ方についての理解が不十分なことである。以下今次殺害予告に始まる一連の事件を上記3点から検証する。

1)イスラーム国の本質

ISは、カリフを頂き、コーランに基づいて統治されるイスラーム共同体を目指している。その理想は、初期のイスラーム帝国であり、東は中央アジア・パキスタン、西はモロッコ・スペインまでの地域を将来のIS支配地域としているのもそのことからである。従って、初期イスラーム帝国を想起させる仕掛けをISの中に組み込んでいる。その大きな1つが、指導者であり、報道では常に「アル・バグダーディ容疑者」として呼称される「アブー・バクル・アル・バグダーディ」の存在である。アブー・バクルは初代カリフである。「アブー・バクル」と言えば、モスリム・モスリマの誰もがこの初代カリフを想起するであろう。ISは、これにより、イスラーム帝国の復活を世界のモスリム・モスリマに印象づけようとしていると考えられている。

翻って、「アル・バグダーディ容疑者」と呼ぶことは、本人がカリフという偉大な指導者ではなく、テロリスト・グループの首領という犯罪者だという価値観を欧米と共有していることになる。日本政府は対テロ闘争において軍事力は行使しないが政治的には欧米と戦列を同じくしているので、こう呼んでもおかしくはないが、後藤氏に現地取材等で散々助けられた日本の大新聞・TV局がこう呼べば、後藤氏は、欧米の価値観(ISに敵対)を共有する日本のマスコミの一員とISがみなしてもおかしくない。

2)IS支配地域の事情

筆者は、22年余りの外務省在職期間中12年間国内外の勤務で中東と関わったが、最も恐ろしい思いをしたのは、ISの現在の支配地域においてである。シリアのイラクとの国境の町アブー・カマルの茶屋で禁忌に触れた写真の撮り方をしたとして客と店員に取り囲まれ、リンチを受けるかという立場に追い込まれたのである。この時は、私が雇っていたタクシーの運転手兼ガイドが助けに入ってくれ誤解を解いてくれたので、無事であったが、もし本当に筆者が禁忌を犯しており、ガイドがそれでもかばうだけの能力を持っていなかったとしたら、リンチにあっていた可能性が高い。

後藤氏は、報道によれば、危険であるから行かないようにと言って同行を断ったガイドから離れ、別のガイドを雇い、更に一旦シリア領内に入るとそのガイドとも別れ、1人でIS支配地域に入境している。一般に外国人が未知のアラブ等の部族地域に入るときは、現地の部族や宗教指導者の保護が確実に得られなければやめるべきだ。筆者は、アフガニスタン勤務時代、日本の支援の確立のためタリバーンの本拠地であったカンダハール州・ヘルマンド州などを回ったが、これは、複数の部族長を始めとする保護者がいたからできたことである。

シリアは、1970年ごろから、ハーフェズ・アサド大統領下のアラウィ政権が強大な警察権と軍事諜報能力で支配していた。一般のシリア国民はこの強権支配に慣らされている。今IS支配地域はアラウィ政権にISが取って代わったようなものだ。更に悪いことに日本と日本人に対して何の親しみも持たず、イスラームと部族の掟で暮らしかつ強権政治に慣れた部族や住民の多い地域であり、日本人ジャーナリストを、体を張って守るような者はでてきそうにもない。

3)日本人の見られ方

安倍総理は、1月17日、エジプトにおいて中東政策スピーチを行い、「中庸が最善」ということを訴えた。また、20日の身代金2億ドル要求がなされた時は、2億ドルは人道支援であり、軍事力行使は行っていないし、行わない旨の説明がなされていた。筆者はこれらから、1973年石油危機の際の日本の立場と石油乞い外交を思い出した。アラブ石油輸出国機構(OAPEC)は、石油の減産を決定し、友好国にはこれまでどおりの量を、中立国には友好国に売っても余った分を売るが、敵対国には禁輸を行うという決定をした(*2)。この時、英仏西は友好国になったのに、日本は中立国とされ、毎月5%ずつ日本への輸出量が減らされるとされた(*3)

この石油危機の際、「中立国」というカテゴリーは「非友好国」という言い方もされていたという(*4)。日本は、米国の立場とイスラエルの生存権への配慮はしつつも、アラブ側につく外交に大きく舵を切った(*5)。アラブにとって「中立」というのは、敵か味方かまだ不鮮明で、味方に転じさせる対象なのである。

日本は、たとえ軍事攻撃に参加していないとしても、欧米先進諸国と対テロ協力を行っているし、ISから逃げてきた難民に対して人道支援を行っている。ISからすれば、正に敵である。味方につけようと思う中立でもない。非友好国なのである。

日本人ジャーナリストについても、同様である。ISを犯罪者集団としてその指導者を容疑者と呼ぶということは、前述のように価値観を欧米と共有しているということであり、既に一般的に敵国人である。たとえそのジャーナリストが、戦争で被害を受けている名もない庶民の現実を報道し、平和を訴えるといったとしても、ISからすれば、ISの支配を非難するものになってしまう。ISにとっての良いジャーナリストは、ISの主張を全面的に受け入れ、そのまま報道してくれる者のみである。

中東において一般的に言って日本人の評判は良い。同じ東洋人で欧米と戦い勝ったこともあり、かつ先進技術をもっており、尊敬できる、また、多くの援助を行い、その結果自分があるいは地域が恩恵を被った、などの理由がある。しかし、それは、身の安全の保証にはならない。特に、IS支配地域のような日本人の訪問者も少なく、かつ日本の支援も十分ではないところでは、それが顕著である。日本人はそれを心して中東に出かけていくべきである。

  • (注)
  • (*1) 2015年1月25日21時31分付朝日新聞degital ‘「イスラム国」なぜ人質交換要求 ヨルダンの動揺狙う?’ http://digital.asahi.com/articles/ASH1T5K15H1TUHBI019.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASH1T5K15H1TUHBI019
  • (*2)片倉邦雄「1973年のアラブ石油戦略に対する日本の対応」日本中東学会年報 日本中東学会(1)(19860331)p106-149
  • (*3)同上
  • (*4)同上
  • (*5)同上
    • 元東京財団研究員
    • 宮原 信孝
    • 宮原 信孝

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