21世紀の東アジアで戦争は起きるだろうか―第一次世界大戦から学ぶべき「歴史の教訓」

[特別投稿]土山實男氏/青山学院大学国際政治経済学部教授

1.21世紀初めの四半世紀の東アジアは第一次世界大戦前のヨーロッパに似ているか

昨年2014年が第一次世界大戦勃発100周年にあたったので、新たに多くの第一次世界大戦論が出版された。そのことも手伝って、戦争になると予想した者が誰もいなかったのに起こった第一次世界大戦のような戦争が、今度は東アジアで起こるのではないかと盛んに論じられるようになった。もっとも、この議論は十数年まえから始まっていた。たとえば、D. チェイニー副大統領の補佐官をつとめたプリンストン大学のA. フリードバーグは“Will Europe’s Past Be Asia’s Future?”と題する論文(2000年)のなかでこの問題を提起していたし、カーター政権の国家安全保障担当補佐官をつとめたZ. ブレゼンスキーは、彼の著書 The Choice (2004年)で、日本に神経をとがらせインドを見下しロシアを相手にしていない今の中国は、英国をねたみフランスを敵視しロシアを軽蔑した1914年のドイツを思い出させる、と書いていた。

第一次世界大戦が現状維持勢力の中心にいたイギリスと現状打破勢力トップのドイツとの衝突だったとすれば、現在の米国と中国の対立をそのように見ることができなくはないし、同大戦が英仏露協商によって外交的に孤立したドイツが行なった予防戦争だったとすれば、東アジアで今後そのような予防戦争を予想することができなくもない。さらに、尖閣諸島を国有化し、これまで憲法の制約上集団的自衛権の行使はできないといってきた日本政府が、集団的自衛権を行使する方向へ閣議決定(昨年7月)したのは、安倍政権が拡大主義をとっているからだと中国は日本に批判的であり、中国や韓国には日本こそアジアの紛争の原因になると警戒する向きもある。

2.この緊張がなぜ東アジアに生まれたのか

こうした緊張が東アジアに起きたもっとも大きい理由は、国際システムにおけるパワーバランスが変化したからである。つまり、米ソ冷戦が終わりソ連が崩壊して約25年がすぎたあいだに、米国の影が薄くなり、日本の影響力はさらに低下し、中国の存在が予想以上に大きくなって、アジアのパワーバランスが変わったからである。国際システムを不安定にするのは、R.ギルピンのいう国家間の「不平等な成長(uneven growth)」にあり、この20年ほどのあいだに東アジアで起こったパワーバランスの変化が東アジアの外交・国際関係を緊張させている。アメリカはいつまで現在の国際秩序体制を続けられるのか。いったい中国は米国中心のこの国際秩序に代わる国際秩序をつくろうとしているのか、それとも米中コンドミニアムをつくろうとしているのか。米国はこのいずれにも同調しまいが、いずれにせよ、パワーを拡大した中国を現存の国際秩序にどう位置づけるかがいまの国際政治の第一の課題である。

この文脈で、これから米中間に「パワー・トランジション(権力移行)」が起こるという議論をよく耳にする。しかし、A. F. K. オーガンスキーのいうパワー・トランジション論が示唆する追い抜く側が追い抜かれる側に戦争を仕掛けるという議論は、理論としても歴史の説明としても間違いがあり、たとえば、その例としてあげられる第一次世界大戦はパワー・トランジションが直接的原因で起こった戦争ではない。ありそうにないが、仮に中国の国内総生産(GDP)が米国を上回ることがあったとしても、近い将来、米中間にパワー・トランジションが起きると予想する国際政治専門家は多くない。逆に、M. ベックレイのように米中間のパワーの差はむしろ拡大すると見る者さえいる。

3 それでは東アジアで戦争が起こる心配はないのか

それでも、東アジアに戦争が起こる可能性はある。というのは、20世紀のほとんどの大戦争は、外交や危機管理の失敗――すなわち間違った戦略、事態の展開や相手の出方の読み誤り、誤認、あるいは誤算によって起こったからだ。第一次世界大戦がまさしくそういう例である。

1914年の6月28日にオーストリアのフェルディナント大公夫妻がテロリストによって暗殺されたとき、欧州列強はそれぞれ自国にとって都合のよい危機管理のシナリオを描いた。たとえば、オーストリアはこの暗殺を口実に使ってセルビアを攻撃する方針を決め、そのためには同盟国ドイツの外交軍事支援が不可欠だったから、早々と7月5日にベルリンに特使を送ってドイツの「白紙委任」を取りつけた。そのときのカイザーやベートマン=ホルヴェーク独首相の墺支援決定の大前提はイギリスが介入してこないという読みだった。ところが、7月23日に墺政府がセルビアに出した厳しい最後通牒にオーストリアの強い開戦の意思を読んだイギリスのグレー外相が介入へと動きだし、まもなくロシアが動員をかけたので、カイザーは墺政府の動きを抑えるために「ベオグラード停戦案」をつくってウィーンに送った。しかし、その提案がウィーンに着いたときにはすでにオーストリアはセルビアと交戦状態に入っていて時すでに遅く、結局、シュリーフェンプランという誤った戦略である二正面作戦に自らを引きずり込み、8月1日に対露宣戦布告を出すに至った。この詳しい分析は『安全保障の国際政治学--焦りと傲り(第二版)』に譲るが、とくにドイツとロシアを始めとするヨーロッパ列強が事態のコントロールを失ったことが第一次世界大戦勃発の原因なのである。つまり、事態の認識、相手の出方、相互のパワー計算などについての誤認、誤算、誤判断が第一次世界大戦勃発の原因だ。このような危機管理や外交の失敗は、その後の日米戦争(1941年12月)や朝鮮戦争(1950年6月)勃発前にも見られ、その後何度も繰り返されてきた。そういう誤認や誤算がこれから東アジアで起こらないという保証はない。

4.なぜ日中関係は悪化したのか

危機管理や外交の失敗は、パワーバランスが変わって為政者に焦りや傲りを生むときに起こることが多いが、焦りや傲りはパワーで優位にあっても劣っていても起きる。それゆえいまの東アジアには注意が必要なのである。

これまで韜光養晦(能力を隠して控えめに行動する)を外交の基本にすえてきた?小平後の中国が、パワーバランスの変化を受けてか、たとえば天然ガス田や油田の開発のためにEEZ(排他的経済水域)の設定で日本と対立したり、2004年11月には石垣水道を中国潜水艦が通過して日本の領海に入ったりした。2005年には、日本の国連安全保障理事会常任理事国入りに反対して大々的な反日運動を中国で起こしている。尖閣諸島の周辺では、中国海覧総隊船二隻が制限区域に入ったり、漁船の船長が逮捕されたりした。そして、2012年9月の野田民主党政権の国有化決定後、中国は中国全土で大規模な反日運動を行った。中国は軍事戦略として接近拒否・領域拒否(A2/AD)をとっており、中国戦闘機の日米機への異常接近や中国海軍によるレーダー照射事件を起こしたほか、一昨年の12月に中国が一方的に防空識別圏(ADIZ)を発表してから、中国の軍事戦略・行動をめぐる緊張と対立が日中米の間に続いている。こうした影響を受けて、2014年の日本からの対中投資は前年比で約40パーセント減少した。

中国に懸念があるのは中国のパワーが台頭したからだけではない。懸念の理由は中国の国際関係だけでなく国内にもある。懸念のひとつは、中国が共産党独裁体制をより民主的な体制にいつどのように変えて行くことができるかだ。150年ほど前に日本が開国したとき、日本を欧州列強のパワーバランスのどこに位置づけるかを考えるとともに、国内体制の変革が必要であることに気付いていたリアリストの幕臣たちがいたが、その後日本は社会の民主化に長い年月を要した。それから約100年後、韓国では1992年の大統領選挙でそれまでの軍出身の大統領に代わって文民派の金泳三が選ばれて韓国の民主化に弾みがついた。台湾で初めての民主的な総統選挙があったのは1996年である。これから中国が民主的体制に平和的に移行できるかどうかが今後の東アジアの国際政治をうらなう鍵である。もうひとつは老齢化問題だ。これはアジア各国が抱える問題だが、中国には一人っ子政策があるのでこの問題は中国にとってより深刻だし、しかも社会インフラが十分に整っておらず都市中間層も成熟していないうちに老齢化が始まるから、これらが中国の経済、政治、そして外交にどう影響するかが懸念される。また、中国には中国の周辺を取り巻く少数民族の問題もある。こうして中国は内側から秩序が崩れる危険を抱えている。

5.東アジアで戦争を起こさないために、いま何をすべきか

近年のこうした中国の対外行動の変化を受けて、日中国交正常化以来中国を友好国と受けとめてきた日本の世論が2006年ごろから大きく変わってきた。最近の言論NPOの世論調査によると、中国を信頼できると答えた日本人はわずか2.6パーセントしかいない。信頼しないのは、日本の好意や善意が中国に逆用されると考えるからだ。日中だけでなく日韓間にも強い不信感がある。日本とこれら二カ国との間には、日清戦争から太平洋戦争に至るあいだにアジアで何があったかについての歴史認識に違いがあり、また領土をめぐる対立があるから不信が増幅される危険性がつねにある。しかし、北大西洋条約機構(NATO)が締結されかつての敵対国関係から同盟関係に移行した第二次世界大戦後のヨーロッパや、外交的に対立していたブラジルとアルゼンチンが双方とも核を持たない関係を1980年代に築いたように、たとえ初めから信頼していなくても、透明性を高めることで認識と利益を共有することによって、協力的で安定した関係を段階的につくることができる。しかし、これをいまの東アジアでやるには、優れた知恵と相当の努力が要る。

東アジアで思いもよらない戦争を引き起こさないために、まず日、中、韓、米がしなければならないことは、ある国の安全強化が相手国に悪意をもつ政策と誤認され双方の安全を弱める「安全保障のディレンマ」を起こさないようにすることだ。そのためには対立国間のコミュニケーションをより信頼できるものにし、誤認や誤算が起きないようにすることである。東アジアの安全保障関係を安定的なものにするために、できるところから具体的政策を実行していくことが重要で、そうした積み重ねのうえに、結果として信頼が生まれる。歴史それ自体が繰り返すことはない。だから、第一次世界大戦のアナロジーで21世紀の東アジアを見ることは間違いだが、為政者が先に述べたような失敗を繰り返すことは、今後も大いにありうる。

第一次世界大戦勃発の原因についてイリノイ大学の外交史家P. シュローダーは、同大戦は5本の線路を走るうちの一つの路線で起きた列車事故がすべての路線を巻き込んで大事故に発展したようなものだと書いている。列車事故を防止するためにルールや制度が必要なのと同じように、東アジアでこれから起こるかもしれない外交・軍事衝突を戦争にエスカレートさせないために、再保障(reassurance)、つまり安心供与の枠組みを幾重にもつくることである。いろいろなリスクに対してさまざまの外交・軍事のメカニズムを制度化することが思いもよらない戦争を防ぐのに役立つ。

初めに考えもしなかったことが次々に起こってそれまでに獲得したパワー、富、あるいは威信を失うことを悲劇というが、そういう目で見れば、ベトナム戦争やイラク戦争はそれらの戦争地域だけでなくアメリカにとっても悲劇だった。いま、たとえ東アジアで誰も戦争を望んでいなくても、東アジアの国々のあいだの不平等な発展がさらなる傲りや焦りを生んでパワーバランスを不安定にする恐れがあるから、戦争という悲劇が生まれるリスクがいまの東アジアにあることに注意を促したい。

【引用・参考文献と資料】

土山實男『安全保障の国際政治学--焦りと傲り(第二版)』第12章、有斐閣、2014年 Michael Beckley, “China’s Century? Why America's Edge Will Endure” International Security , Vol.36, No.3, 2011-2012.

Zbigniew Brzenziski, The Choice: Global Domination or Global Leadership , Basic Books, 2005.

Aaron L. Friedberg, “Will Europe's Past Be Asia’s Future?,” Survival , Vol. 42, No. 3, Autumn, 2000.

Paul W. Schroeder, “Necessary Conditions and World War I as an Unavoidable War,” in Gary Goertz and Jack S. Levy eds., Explaining War and Peace , Routledge, 2007.

現在の日中関係

(出典)特定非営利活動法人言論NPO「第10回日中共同世論調査」結果 世界とつながる言論 http://www.genron-npo.net/world/genre/tokyobeijing/10-7.html

【略 歴】
土山實男(つちやま じつお) 青山学院大学国際政治経済学部教授 青山学院大学法学部卒業。ジョージワシントン大学大学院(MA)、メリーランド州立大学大学院(Ph. D.)修了。国際政治・安全保障専攻。1984年から青山学院大学国際政治経済学部で教え、93年より現職。この間、ハーバード大学ジョン M. オーリン戦略研究所客員研究員(1993~94年)、(財)平和・安全保障研究所理事、日本国際政治学会理事、青山学院大学国際政治経済学部長(2004~08年)、同大学副学長(2007~11年)などを務める。現在、(財)平和・安全保障研究所日米パートナーシッププログラム・ディレクター、国際安全保障学会副会長。著書に『安全保障の国際政治学―焦りと驕り(第二版)』、『日米同盟再考』(監修)、『グローバル・ガヴァナンス―政府なき秩序の模索』(編著)、 Japan in International Politics (編著), Institutionalizing Northeast Asia: Regional Steps Towards Global Governance (編著)など。

第88回東京財団フォーラム「J. ミアシャイマーが語る『攻撃的現実主義の視点から読み解く、中国の台頭とロシアのクリミア併合』」(2014年12月17日開催)でコメンテーターを務めた。
(録画公開中 https://www.tkfd.or.jp/events/detail.php?past_event=201

土山 實男

  • 青山学院大学国際政治経済学部教授