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日本の農政を斬る!<第2弾> 第1回「時計の針を30年戻した自民党農政」

July 9, 2009

山下一仁 東京財団上席研究員

自民党農政の退行

コメ政策の改革により2007年から供給を制限して高米価を維持するという減反政策の実施は行政の手を離れて農協に委ねられることになっていた。減反で米価が高くなるとJA農協は販売手数料が増加するので利益を受ける。しかし、集荷量の5~6割のシェアしか持たない組織がカルテルを実施できるはずがない。そもそもこれまで農家を減反に参加させるため集落の説明会に出席したり農家の説得に当たってきたのは都道府県の出先機関や市町村の担当者だった。JAは減反の実施を傍観していただけだった。予想通り、減反に従わない農家による過剰作付けが起こり、2007年米価は低下した。

おりしも、選挙目当ての農家への補助金バラマキと批判された民主党の戸別所得補償政策によって7月参議院選挙で惨敗した自民党は、次に迫る衆議院選挙に危機感を募らせていた。予想通りの秋口の米価低落はこれに追い討ちをかけた。ここぞとばかりJA農協は政治力を発揮し、政府に34万トンのコメを備蓄米として買い入れさせ米価の底上げを行わせたほか、補正予算に五百億円を計上させ10万ヘクタールの減反強化を政府に打ち出させた。

自民党農林幹部の間では減反を法律で農家に強制すべきだという案も強く主張されたが、さすがに消費者から反発を受けるのではないかという良識的な意見も出され、取りやめになった。減反をJAに任せるというコメ政策の改革は実施初年度で撤回され、農水省、都道府県、市町村が全面的に実施するという従来どおりの体制に戻った。

今回の補正予算での「水田フル活用政策」は自民党が選挙の目玉としようとしているものである。しかし、これも減反による高い主食用米価を前提として、転作作物の一つとして安価な米粉用、飼料用のコメ生産を行わせるため、主食用米価との価格差を補填させようとするものに他ならない。自民党の政策は40年間続いた「減反堅持」である。しかも、補正予算での対応であり来年度どうなるかわからないという性格のものであるため、100万ヘクタールの減反面積のうち米粉用、飼料用のコメ生産は5万ヘクタールというつつましい目標にもかかわらず、実施見込みはその10分の1の5千ヘクタールとなっており、農家の米粉用、飼料用のコメ生産への取り組みは極めて低調である。

ある有力な自民党農林族議員は石破農水大臣の減反見直しの取り組みを「猫の目行政」だと批判している。しかし、この10年ほどのコメ政策は以上で紹介したように毎年くるくる変わる「猫の目行政」そのものだった。補正予算で対応して来年はどうなるか知らないという行政こそ、その場しのぎの「猫の目」を象徴している。石破農水大臣の試みは40年間続いた政策の抜本的な改革と形容すべきものであって、毎年変わる「猫の目」とは対極にあるものである。

過剰米処理や減反に苦しんだ1970年代後半には、自民党の中にも渡辺美智雄や中川一郎のように、米価によって農家の所得を確保しようとするのではなく、農業構造を改革し規模拡大によるコストダウンを通じて所得を確保しようとする「総合農政派」が台頭していた。それでも米価の引き上げの抑制、もしくは据え置きがせいぜいだったが、1987年後藤康夫食糧庁長官(当時)に率いられた農水省の改革勢力の奮闘によって米価は30年振りに引き下げられた。ここ数年来の自民党農政の動きは時計の針を「総合農政派」以前に引き戻そうとするものに他ならない。

戦後農政の根幹は何か?

戦後の農政を制度的に構成してきた柱は、食糧管理制度、農地制度、農協制度である。政治的に見ると、その中心に、自民党農林族、JA農協=コメ兼業農家、農水省から成る「農政トライアングル」がある。農業の地位が低下するなかで、農水省は予算獲得に自民党農林族の政治力を頼った。自民党農林族はその見返りにJAに票のとりまとめを要求した。農政へのJAの見返り要求は米価だった。これが「農政トライアングル」の政治構造である。

これを詳しく説明しよう。

戦後の食糧難の時代、食糧管理制度によって政府は農家からコメを供出させて国民に安い価格で平等に配給していた。しかし、ヤミ市場の価格のほうが高いので農家はヤミに流してしまう。そこで農家にコメを政府に供出させる機関として、全農家を加入させ、資材購入、農産物販売、信用(金融)事業など農業・農村の全ての事業を行っていた戦時中の統制団体を転換して、JA農協を作った。

食糧が増産されはじめ、ヤミ値が低下する一方で生産者米価がコメ農家保護のために引き上げられるにつれて、供出団体としてのJAの意義はうすれ、JAは米価引き上げの圧力団体となった。JAにとって、米価を高くすると、コメの販売手数料収入も高くなるし、農家に肥料、農薬や農業機械を高く売れる。

主業農家はJAなしでもやっていける。しかし、週末しか農業を行わない兼業農家にとって、生産資材をフル・セットで供給し、生産物も一括販売してくれるJAなくして農業はできない。JAにとっても、少数の主業農家ではなく多数の兼業農家を維持する方が政治力維持につながる。JAが主導した米価引上げによってコストの高い多数の零細なコメ兼業農家が農村に滞留した。零細な兼業農家が多数を占めるのは、日本の農業の中でもコメだけである。コメ農家は生産額では全農業の2割にすぎないのに、戸数では全販売農家の6割も占める。こうしてコメ、米価で蓄えた政治力はコメ政策だけではなく、住専問題等にも活用された。食糧管理制度は1995年に廃止されたが、高い米価は減反政策で維持されている。

また、他の協同組合と異なり金融事業をもっているJAはこれを有効に活用した。食管制度で政府が買い入れた米代金はJA口座に振り込まれ、JAはこれを運用して大きな利益を上げた。農業から半分以上足抜けしようとしている兼業農家のサラリーマン収入や農地法の杜撰な運用によって生じた年間数兆円に上る農地の宅地などへの莫大な転用収入も米代金と同じくJAに預金され、これが農家のアパート建設資金や有価証券で運用され、莫大な利益を上げた。JAと兼業農家は、コメ、米価、政治、脱農化を介して強く結びついたのである。

戦後地主制度を解体して、小作人を小地主にした農地改革を維持固定することを狙いとした農地法も、零細な農家を温存することに貢献した。

石破農林水産大臣の改革案が潰された理由

食管制度のときに減反を実施したのは、過剰米を食管で買い入れさせられて飼料や援助用に処分する(現にこれに3兆円を支出した)よりも、コメの代わりに麦や大豆を作らせてこれとコメとの収益格差を助成金で補填するほうが、まだしも財政的に得だったからだ。このとき、麦等の生産能力を兼業農家が失っている中で、出来る限り多くのコメを政府に売却したいJAは減反に反対した。

しかし、1995年に食管制度が廃止されコメの政府買入れが備蓄用米に限定されたのちも、米価は減反によって維持されている。現在では政府にとって減反を行う財政的なメリットはない。しかし、JAにとって、長期的にはともかく短期的には、コメのような生活必需品については供給を少なくして価格を上げても需要量はそれほど減らず売上額を多く出来る(需要が非弾力的)ので、政治力を使って農林水産省を動かすのだ。今では、米価維持に不可欠となった減反をJAが支持している。いずれの時代でも高い米価による農業保護を負担しているのは消費者である。

JAにとって米価が命である。農家にとっては、米価を下げた部分を財政からの直接支払いで補填されれば、米価の維持にこだわる必要はない。しかし、JAにとっては米価が下がれば販売手数料が下がる。7月4日付の『朝日新聞』が、農水省が減反について開いた説明会で、農家(このような説明会に出るのは主業農家だろう)は減反をやめて直接支払いを求めたのに対し、JA幹部や職員が減反による米価維持を求めたと報道しているのはこの違いのためである。もはやJAは農家の利益を代表する団体とは言えなくなってきている。

減反には消費者だけではなく財政も負担している。減反は本来であれば独禁法違反の供給制限カルテルだが、カルテル参加者に供給を制限させて高い価格を実現させながら、カルテルに参加しないアウトサイダーが自由に生産すれば、このアウトサイダーは必ず儲かる。したがって、カルテル破りが起きないようなアメとして、政府は毎年2000億円、累計で7兆円に上る補助金を出して農家に減反カルテルに参加させている。納税者の負担によって消費者負担を高めるという二重の負担を強いる政策を採用しているのだ。石破農水大臣はこのような仕組みを見直そうとしたのだが、米価引下げを嫌うJAの支援を失うことを恐れた自民党農林族によって葬られてしまった。

減反見直しに抵抗が強いのは、米価こそ農政トライアングルの基礎にあるからだ。高い米価や減反政策によって多数の兼業農家がコメ産業に滞留したために、減反政策見直しには高米価で利益を得るJAとJAに依存する零細な兼業農家が反対する。また、農政トライアングルの一員である農水省の中にも減反見直しに反対する伝統的な勢力が多い。

減反と食料安全保障

減反見直しに反対する人たちもコメ農業発展のビジョンを持っているかというとそうではない。JAをはじめとする農業界の好きな言葉に食料安全保障がある。高齢化で一人の食べる量が減少するうえ、人口が減少すれば、コメの総消費量はますます減少し、これに対応して米価を維持しようとすれば、減反面積をますます拡大していかなければならない。しかし、そうなれば、国民の生命維持に必要な農地資源はますます減少していく。減反は食料安全保障と矛盾するのだ。

かつて渡辺美智雄農林水産大臣は米価を上げて減反をするのはストーブとクーラーを同時につけるようなものだと批判していたし、昨年5月には当時の町村官房長官が、「世界で食料不足の国があるのに減反しているのはもったいない。減反政策を見直せば、世界の食料価格高騰に貢献できるのではないか」と発言した。自分の選挙、つまりは保身だけしか考えられない政治家とは異なり、国家全体のことを考えている政治家が、減反見直しの考え方を持つことは当然だろう。また、すでに水田面積の4割に及んでいる減反面積の拡大は現場では行き詰っている。政府が指示しても減反に従わない農家がたくさん出てきている。選挙を控えた今の時点で自民党によって見直しが見送られても、いずれ見直さざるを得ないだろう。

農業を保護することとどのような手段で保護するかは別の問題である。減反をやめて価格が下がれば、高いコストで生産している零細な兼業農家は農地を貸し出すようになる。主業農家に政府から直接支払いという補助金を交付して地代負担能力を高めれば、農地は主業農家に集まり、主業農家の規模が拡大し、コストは低下する。こうして日本のコメの価格競争力が高まれば、アジア市場にコメを輸出できるようになる。これは人口減少時代に日本が食料安全保障を確保する道である。平時にはコメを輸出して、アメリカやオーストラリアから小麦や牛肉を輸入する。食料危機が生じたときには、輸出していたコメを国内に向けて飢えをしのげばよい。

これまでは「食料安全保障」というのは、農産物の輸入自由化反対の口実として使われてきた。これからの人口減少時代には、自由貿易こそ食料安全保障の基礎になる。

    • 元東京財団上席研究員
    • 山下 一仁
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