日本の農政を斬る!<第2弾> 第4回「民主党のマニフェストの問題」 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

日本の農政を斬る!<第2弾> 第4回「民主党のマニフェストの問題」

August 20, 2009

山下一仁 東京財団上席研究員

「戸別所得補償」と米政策

民主党の農業関係のマニフェストの中心は「戸別所得補償」である。

米については、農林水産省が減反見直しとして検討していた減反の選択制と同じであることは、既に述べた。食糧管理制度の下、1970年から減反が実施された。1995年食糧管理法を廃止し、「作る自由、売る自由」をキャチフレーズとした食糧法のもとでも、米価は減反によって維持されている。タテマエは今でも減反に参加するかしないかは自由である。しかし、減反に参加しない農家は、年間2,000億円に上る減反の助成金を受けられないばかりか、補助金や融資を受けられない等のペナルティを受ける。このため、タテマエと異なり、減反は半強制的となっている。農協にとって、長期的にはともかく短期的には、米のような生活必需品については供給を少なくして価格を上げても需要量はそれほど減らず売上額を多く出来る(これを経済学では需要は非弾力的だという)ので、政治力を使って農林水産省を動かすのだ。いずれの時代でも高い米価による農業保護を負担しているのは消費者である。

減反の選択制のメリットは減反に参加するかどうかは農家の自主性に任されているので、米の生産はある程度は増加し米価が下がることである。次に、戦後農政を規定してきた農政トライアングルを変更する可能性があるということである。

「戸別所得補償」と農協

農政は補助金行政の典型といわれる。農業の補助金は、減反助成金や中山間地域等直接支払いなどごく一部の例外を除き、農家個人には交付されなかった。補助金は公共性が求められるという理屈だろうか、複数の農家や農協が共同で行う機械・施設等にのみ交付された。このため、0.2haの零細兼業農家が3軒集まれば補助事業の対象となるのに対し、5haの大規模専業農家は補助事業の適格性を欠くことになるのである。農協は、多くの場合、その共同性から補助事業の受け皿ともなった。農村部に行くと、カントリーエレベーターという巨大なサイロを見かける。これは米の乾燥、調製、貯蔵の施設である。そのほとんどは補助事業で農協の施設として建設されたものである。また、農協が高い農業機械を農家に販売しても、その値段の半分の補助金がつけば農家は安く購入できる。

第2回で述べたように、民主党の戸別所得補償政策などの直接支払い政策は農協と農家を分離・分断する効果がある。農家からすれば、米価維持だろうが、米価低下分の戸別所得補償(直接支払い)での補填だろうが、所得さえ保証されれば良い。しかし、米価が下がれば農協の手数料収入は下がってしまう。


民主党政権になれば「農協=自民党農林族=農林水産省」という農政トライアングルを政治的にも政策的にも崩壊させるだろう。この農政トライアングルから、政治的なアクターとしては農協が、政策的には価格で農家所得を維持しようとする政策が、それぞれ退出する。農協のところは兼業農家が、自民党農林族のところは民主党農林族に、置き換わる。いままで自民党は補助金を農協に流す代わりに票の取りまとめをさせていた。今後は民主党が戸別所得補償という税金で農家をダイレクトに組織することになる。これは高価格にこだわり農政を歪めてきた農協を排除する点で一歩前進である。しかし、次の問題点からもわかるように、民主党が票の獲得先として考えているのが、零細兼業農家であることは自民党となんら変わらない。

「戸別所得補償」と構造改革

この最大の問題は、減反参加農家の大半が、米の生産拡大意欲を持たない人たち、すなわち零細な兼業農家になる可能性が高いことである。零細な兼業農家に米価が下がっても財政からの補填で現在の米価水準を保証してしまえば、彼らは農業を続けてしまう。これでは、主業農家に農地は集まらず構造改革効果は望めない。零細な兼業農家を温存してきたこれまでの農政の繰り返しである。これでは健全な農業を作ることにはならない。案外、これが民主党の狙いかもしれない。

民主党は、「規模、品質、環境保全、主食用米からの転作等に応じた加算を行う。」としている。一見、米作の規模拡大を支援しているように見える。前回のべた自民党の農地集積加速化事業に比べると、主業農家に直接支払いが手厚く行く分、地代負担能力は高まり、規模拡大はある程度は進むかもしれない。しかし、零細な兼業農家が農業を続けてしまえば、そもそも農地が出てこないので、主業農家に農地は集まらない。この加算による構造改革は期待できない。

方向性を間違えた食料自給率向上

米以外の農産物については、食料自給率の向上を掲げているので、生産の拡大が目標とされる。しかし、日本の農産物は、品質面やロットのまとまりで勝る外国産農産物に日本市場を譲り渡してしまっている。その典型的な例が讃岐うどんである。品質的に国産小麦はほとんど「うどん」にしか向かない。パンやパスタには使われない。そのうどんでも讃岐うどんの原料はオーストラリア産のASWという品種である。今では真っ白なうどんという評価が定着してしまっている讃岐うどんを、国産小麦で作ってもだれも讃岐うどんとは認めてくれないだろう。麦などの生産を拡大しても引き取り手がなく在庫が積みあがるだけだ。自給率1割程度の現在の国内産麦についてさえ製粉メーカーに押し込んでいるのが実態である。パンに向かない日本の小麦は輸出できない。そのときには、また財政で過剰農産物の処分をすることになる。

これに対し、日本の米については高い評価が海外にはある。生産を思う存分拡大してよいのは、輸出の可能性がある米なのである。アメリカもフランスも日本より農産物輸入額は多いがそれ以上のものを輸出することによって、100%を超える食料自給率を達成している。日本が不得意な麦や大豆などの品目についても完全自給を考えることは誤りである。このような政策は世界のどの国も採用していない。自民党が米を飼料に向けようとしていると同じくらい世界から失笑を買う政策である。望ましい政策は米を輸出して麦を輸入することである。民主党は方向性を完全に間違えている。

畜産や酪農、漁業等にも、所得補償制度を導入するとしているが、具体的な内容ははっきりしない。米については第2回で述べたように、生産費は計算上の労働費を上積みしたものなので、米価を上回るという事情があった。しかし、酪農については、同じような計算を行っている生産費も生乳価格を下回っている。民主党の方程式では、所得補償はマイナスとなってしまう。漁業についても生産費を補償してしまうと、過剰な漁獲圧力が加わり、漁業資源が枯渇しないか不安である。

「戸別所得補償」とFTA

農協から抗議されて民主党は日米FTAの「締結」から「交渉の促進」に表現を変えた。関税がゼロになると日本農業は壊滅すると主張されたからだ。しかし、戸別所得補償政策によって「関税ゼロでも食料自給率100%」と唱えてきた小沢一郎前代表は、民主党幹部の動きを公然と批判している。この点については、小沢一郎前代表の方が首尾一貫しているし、FTAやWTOの貿易自由化交渉にも耐えられるよう国内価格を下げて直接支払いで農家の所得を補償するという世界の農政の流れにも沿っている。2007年の参議院選のマニフェストに掲げた減反廃止の主張を、昨年民主党農林族の主張によって(減反選択制であれ)減反維持に切り替えたため、FTAやWTOに対する民主党農林族と小沢一郎前代表の意見の食い違いが生じることは明らかだった。

民主党農林族の動きは、減反を廃止して米価を大きく下げると、全販売農家を対象とする限り、財政負担が大きくなり、公共事業など農林水産省の他の事業に切り込まなければならなくなると考えたからだろう。民主党の中にも個別の事業に関心を持つ族議員はいる。減反を廃止しなければ、米価はFTAで関税ゼロでも対応できる水準にまで十分には低下しない。減反を維持しようとする民主党農林族がFTAに反対するのは当然である。

自民党も敵失とばかりに、農協と一緒になって日米FTAの問題を責めているが、日豪FTAは既に交渉に入っている。アメリカよりも規模が大きくて価格競争力がある豪州との間でFTAを締結し、米、麦、牛肉、乳製品、砂糖などアメリカと競合する産品についての関税撤廃を約束すれば、アメリカがFTAを要求してくるのは当然であるし、日米の同盟関係からこれを断れるはずがない。自民党政権が推進している日豪FTAの後には当然日米FTAがある。


しかし、国際価格の上昇により減反を廃止すれば、輸出もできるようになるので、関税ゼロでも自給率は100以上を達成できる状況になっている。自民党も民主党も国内の価格が高いという固定観念から脱却できていない。

ベストの選択肢はない

今回の両党のマニフェストを比較すると、民主党の方が“まし”、ベターという評価はあるだろう。しかし、残念ながら国民への食料安全保障を達成するためのベストの選択肢はどこにもない。

    • 元東京財団上席研究員
    • 山下 一仁
    • 山下 一仁

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム