「日中次世代安全保障対話」
はじめに
東京財団では、1月29日と30日の両日、日本と中国の若手・中堅の研究者によるワークショップと東京財団フォーラムを開催しました。これは「日中次世代安全保障対話(Japan-China Next Generation Security Dialogue)」プロジェクトの一環として、日本側は東京財団、中国側は北京大学国際関係学院が中心となって実施したものです。日中次世代安全保障対話には、二つの目的があります。単なる日本における中国研究者、中国における日本研究者同士の交流を超えて、安全保障を専門とする若手・中堅の研究者をつなぐ日中間の新たなチャンネルを形成すること。もう一つは、そのようなチャンネルを通じて、日中双方の安全保障政策に対する理解を深め、日中両国が直面している安全保障上の課題を精査し、問題解決へのアプローチを模索、提供することです。
このプロジェクトには日本側から、東京財団 「アジアの安全保障」プロジェクト ・チーム(リーダー:神保謙 東京財団研究員、慶応義塾大学准教授)のメンバー6名が参加しています。このチームは、これまで2年間にわたりアジア太平洋の地域安全保障に関する研究を行い、研究報告 『アジア太平洋の地域安全保障アーキテクチャ:地域安全保障の重層的構造』 (2010年8月)および政策提言 『日本の対中安全保障戦略:パワーシフト時代の「統合」・「バランス」・「抑止」の追求』 (2011年6月)を成果として発表しました。
中国側は、北京大学国際関係学院のZHU Feng教授をリーダーとし、清華大学、北京外国語大学、中国共産党中央党校から若手・中堅研究者6名が参加しており、その専門領域も、アジアの地域安全保障、米中関係、朝鮮半島問題、海洋の安全保障など、多岐にわたっています。これらはいずれも中国を代表する国際政治・安全保障の研究機関で、中国国内の安全保障政策形成への助言や、国際的な政策フォーラム、対外交流事業に強い影響力を有しています。
日中次世代安全保障対話では、今回の東京ワークショップに先立ち、昨年11月に北京でもワークショップを開催しました。いずれのワークショップでも英語を使用言語にすることによって、多様な専門領域を持つ研究者同士が、通訳を介することなく、自分の言葉で対話することが可能となりました。こうした会議形式も、次世代が担うべき日中の研究交流の新しいスタイルとして、このプロジェクトが打ち出した特徴です。
東京ワークショップについて
東京ワークショップでは、北京ワークショップでの討議を踏まえて、最近のアジア太平洋地域における安全保障のダイナミクスを議論の焦点に置きました。第1セッションでは「米国の戦略的基軸(strategic pivot)としてのアジア太平洋における安全保障」、第2セッションでは「ポスト金正日の朝鮮半島における安全保障」、第3セッションでは「アジア太平洋地域における多国間安全保障」、そして第4セッションでは「日中の安全保障関係」を討議しました。
オバマ大統領が「アジア太平洋地域における米軍の展開と任務を最優先する」(キャンベラ演説、2011年1月17日)と述べたように、米国は2011年後半にアジア太平洋地域に戦略的基盤を移行させることを鮮明にしました。第1セッションはこうした米国の戦略的基軸(pivot)として位置付けられたアジア太平洋地域が、日本および中国にとってそれぞれどのような意味を持つかを議論しました。
中国側では「米国の外交攻勢に比較して、中国外交の独創性が足りなかった」という反省とともに、「東アジアにおける地政学的影響力をめぐるパワー競争」に備える必要があるとの見解が示されました。しかし、複数の中国側研究者からは「目下の課題は安全保障のジレンマを通じた新たな冷戦を回避すること」であり、そのためには中国が「米国の戦略的アジア回帰を過剰評価することなく、アジア諸国の心をつかむ外交をしなければならない」との指摘がありました。また日米同盟の中国に対する戦略的優位性は依然として続くという分析のもとに、中国とのバランスをとる妥当な範囲をめぐる議論が交わされました。
北朝鮮では、金正日国防委員長の死去に伴い、若き指導者金正恩への権力移行が安定的に行われるのかが大きな焦点となっています。朝鮮半島問題を取り上げた第2セッションでは、中国側研究者より北朝鮮の権力移行プロセスが比較的スムーズに遂行されている一方、国内の経済状況が依然として厳しく、政治的安定の確保に向けて金正恩の前途は多難との分析が示されました。
日本側からは、北東アジアにおける多角的かつ柔軟な枠組みの形成の組合せによって、朝鮮半島問題をマネージすることの重要性が提起されました。中国は、北朝鮮の不安定化シナリオを前提とした協議に後ろ向きであったのが、今回は北朝鮮の食糧・エネルギー支援などの人道問題、難民流出などの越境問題、危機管理について、地域的な討議が必要となるとの議論が提起されたのは注目すべき点です。
アジア太平洋の多国間安全保障に関する第3セッションでは、南シナ海をめぐる問題が焦点となりました。昨年の北京ワークショップでは「なぜ日本が南シナ海問題に関心を持つのか?」と中国側より疑問が呈されたのに対し、日本側研究者からは死活的な海洋通商路(SLOC)であること、南シナ海の行動規範は日本にとって重大な関心事項であること、公海自由の原則や国連海洋法条約の適用に関する国際的関心があること、など日本側の懸念を伝えました。
今回の東京ワークショップでは、日中の国連海洋法条約に関する解釈の相違、ルール形成の在り方などについて活発な議論が展開されました。南シナ海におけるルール形成を通じて、安定的な秩序を保つことについて日中の間に合意はあるものの、具体的な論点に対する相違を克服することの難しさも際立っていました。
第4セッションでは日中の安全保障関係の課題が討議されました。2010年9月の尖閣諸島沖漁船衝突事件にみられたように、東シナ海における日中のつばぜり合いが安全保障上の危機へと結びつく懸念が生じている中で、そうした危機を回避するためには、日中双方がいかなる危機管理メカニズムを構築すればよいか。海上警備当局、国防当局の関係強化というのが日中双方の一致する意見でした。また日中の安全保障上の共通利益をいかに増進するかについて、朝鮮半島問題、東南アジアの安定、不拡散への協力、非伝統的安全保障問題(災害救援、人道支援、国際組織犯罪への対応)など、多くの領域でその可能性が提起されました。
こうして日中次世代安全保障対話では、2011年11月に行った北京ワークショップ、そして今回行った東京ワークショップの成果を受けて、3月上旬に最終報告書を取りまとめる予定です。
おわりに
(1)このプロジェクトは外務省「平成23年度日中研究交流支援事業(第一分野)」の助成を得て実施されました。
(2)東京ワークショップの関係者は以下のとおりです。
中国人研究者
ZHU Feng 北京大学国際関係学院教授:中国側リーダー
SUN Zhe 清華大学中米関係研究センター教授
WAN Ming 慶應義塾大学客員教授(米国ジョージ・メイソン大学教授)
XIE Tao 北京外国語大学英語学院教授
YU Tiejun 北京大学国際関係学院副教授
ZHA Daojiong 北京大学国際関係学院教授
中国側コーディネーター
LIU Xinxin 北京大学国際関係学院プロジェクトコーディネーター
日本人研究者
神保 謙 慶應義塾大学総合政策学部准教授、東京財団研究員:日本側リーダー
阪田恭代 神田外語大学外国語学部国際コミュニケーション学科教授
佐橋 亮 神奈川大学法学部准教授
高橋杉雄 防衛研究所研究部第2研究室主任研究官
増田雅之 防衛研究所研究部第6研究室主任研究官
湯澤 武 法政大学グローバル教養学部准教授
日本側コーディネーター
片山正一 東京財団研究員兼政策プロデューサー