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私のグローバル化論「自由主義国際秩序の再構築」

May 23, 2008

G・ジョン・アイケンベリ
プリンストン大学教授

(本稿は、2008年5月に開催された連続シンポジウム「グローバル化時代の価値再構築」第6回「グローバル化時代の外交戦略」におけるスピーチに基づいている。)(原文は英語。)

米国の次期大統領選挙が進むにしたがい、グローバル化と国際システムの変容、これらに対する米国の今後の対応をめぐる議論も白熱の度を増しています。そして、長らく国際社会を主導してきた米国が、今や国際的な諸問題を引き起こしています。イラク戦争ならびに「テロリズムとの闘い」の進展は世界政治の安定を揺るがし、米国内においてもその当否をめぐる論争が続いています。また、エネルギー供給の不安が増大し、グローバルな相互依存が高まる中、経済危機への対応メカニズムが有効に働いていません。さらに、諸々の国際機関もかつてほど効率的に機能していません。その一方で、中国、ロシアといった旧来の大国が力を取り戻していることから、かつてのパワーポリティクスへの回帰が懸念されています。米国有数の戦略家であるヘンリー・キッシンジャーは、世界は彼の知る限り最も流動的な状態にあり、それへの対応の指針となる世界共通のルールや規範も整っていないと語っています。すなわち、私たちは古い世界秩序の崩壊を目の当たりにしているのです。世界を統御するシステムは手の届くところにあるように思えます。しかし、新たな世界秩序はいまだ具体化されるに至っていません。

米国主導の秩序の危機

私は米国が主導した第二次大戦後の国際秩序は危機を迎えていると考えています。その結果、米国は今、国際公共財の供給と国際機関への支援という旧来の役割を続けるのか、それとも低下する国際的地位に合わせて消極的で一国主義的な立場をとるのか、このいずれかの選択を迫られています。そして、この米国の危機と並んで「自由主義国際秩序」の危機が進行し、それに伴って三つの問題が議論の的となっています。まず、世界は共通の規範の下に秩序を取り戻すことができるのか、それとも複数の地域に分割されてしまうのかという問題が提起されています。二つめは現行の自由主義国際秩序が中国、インドなどのアジア諸国をはじめとする経済発展著しい新興諸国を包摂できるかという問題です。そして第三に、自由主義国際秩序のルールや機構が地球温暖化、疫病の世界的蔓延、核兵器の拡散などの新たな問題に対応できるかという問題が指摘されています。

悲観的な見方をする人々は、かつてのパワーポリティクスと地球分割の再現を懸念しています。すなわち、中国、ロシアといった大国が専制的資本主義国の連合を形成し、世界システムへの統合を拒否することにより、「新たな分割」が引き起こされると懸念されています。そして、この「新たな分割」は自由主義諸国と共産主義諸国が対峙した「古い分割」とは様相を異にします。もう一つの悲観論は、専制主義と自由主義の対立は深刻化しないものの、中国やインドの興隆が東西対立を引き起こし、世界的な東西の覇権争いに発展すると危惧するものです。この対立は、国際的な権限の委譲をためらう西側諸国に新興アジア諸国がその履行を求める形をとります。

私はこれら二つの悲観論には賛同しません。私はより楽観的で、ヘンリー・キッシンジャーのような現実論者とは異なり、一元的な国際協力のシステムは実現可能だと考えています。つまり、自由主義国際秩序は存続可能であると信じています。しかし、存続するためには諸ルールの改正と国際組織の改革を主体とするシステムの再構築が必要であり、旧来の自由主義システムに新たな価値が発見されない限り、この再構築は避けられない道だと考えています。また、私は中国についても楽観的で、中国がその力を乱用することはなく、むしろ現行の秩序に適応する道を選ぶとみています。さらに、米国も新たな秩序に適応していくと予想しています。

古い世界秩序

「古い世界秩序」は50年から60年の長きにわたり驚くほどの成功を収め、この秩序は自由な市場、多角的な国際組織、民主主義に基づく結束、集団安全保障、米国の覇権的指導力に支えらていました。そして、この秩序は米国が安全保障を「輸出」し、物品を「輸入」する国際ネットワークの構築という形で世界に広がりました。富の創造ならびに物理的な安全保障の観点からすると、この秩序は世界史上に例をみない成功を収めたと言えるでしょう。この秩序あればこそ日本とドイツの自由世界への再統合が円滑に運び、世界経済の自由化も促進されました。そして、米国の権力と諸国の要求を調整したのもこの秩序です。

しかし、この秩序はいくつかの理由から危機に陥っています。まず、冷戦の終結により国際協力の対象となっていた自由世界共通の敵が消滅しました。脅威をもたらす主体は多様化し、共通の敵を定義することは困難となっています。また、国連、世界銀行、IMFなどの主要な国際機関の影響力が低下し、多くの国際機関が新たなアイデンティティーの模索、機構改革などの課題に直面しています。私たちはまた、主権概念が変化しつつあることに注目する必要があります。主権国家はこれまで国連のような国際機関によって認証され、この認証システムは世界史的にみて最も有効に機能してきました。しかし、その一方で、ここ50年の間に主権の概念が変化しました。たとえば、世界人権宣言は国家の枠を超えたグローバルな人権の基準を提供し、これにより多様な主体が主権国家の内部に干渉する道を開きました。また、「保護責任(The responsibility to protect)」という新たな概念は、主権国家がその人々を十分に守れない場合、国際的な主体がその国家に干渉することを正当化するものです。このように古い秩序が崩壊しつつある一方、新しい秩序はいまだ構築されておらず、私たちは困難な局面に差し掛かっています。

グローバル・ガバナンスの再構築

一人のアメリカ人として、私は新しい米国大統領が同盟の重要性を再確認するため同盟諸国を歴訪するべきだと考えてます。なぜなら、同盟諸国は安全保障上のパートナーであるのみならず、ヨーロッパ、アメリカ、アジアを結ぶ政治経済関係の維持・促進に大きく貢献しているからです。また、同盟諸国は政府間の対話ならびに継続的な協力・協調を軍事面のみならず戦略的、政治的な面においても促進しています。

次いで、新政権は地球温暖化への対応と低炭素社会への移行を最重要課題とするべきです。なぜなら、地球温暖化は21世紀における重大な脅威の一つとなりつつあるからです。たとえば、アジア地域の人口の70%は沿岸地域に居住し、海面上昇の危険にさらされています。また、気候変動により勝者と敗者が生まれ、敗者はもっぱら熱帯地域ならびに島嶼地域の貧困諸国であると見込まれます。そして、これら敗者の不満は大規模な抗議行動や地域紛争の多発につながる可能性があります。

さらに、私たちは核不拡散条約の遵守を確保するべきです。核不拡散条約は今日、国連憲章に次いで普遍的な条約であり、核保有国は核兵器の廃絶もしくは備蓄の削減、核実験の廃止に向け努力することで合意するべきです。そして、この見返りとして、非核保有国となった国々は民生用の核エネルギーならびに国際的な各燃料サイクルへのアクセスを保障されるべきです。そして、この場合、核技術が反社会的な集団の手に渡り、国際社会全体の脅威となる事態を防止する手立てが必要となります。

最後に中国に関する私の考えをお話しします。中国が経済大国となることには議論の余地がなく、世界は今、中国が国際社会において今後どのように振る舞うか注目しています。中国はどのような大国になるでしょうか。また、米国の国際的地位にどのような影響を与えるでしょうか。あるいは、私たちは新たな冷戦に直面することになるのでしょうか。これらの問いに対し、私は中国は国際社会における主要な一市民になるとお答えしようと思います。そして、これを実現するために米国が第一になすべきことは、中国に対抗できる強固な国際機関の再構築です。OECDのような国際組織に自由主義諸国が集結すれば、中国は軍事などの諸分野において自由主義諸国に対抗できないことを認識するでしょう。こうして、私たちは自由な国際主義の危機を克服することができます。


【略歴】プリンストン大学教授。専門は政治学、国際関係論。1954年生まれ。シカゴ大学で博士号取得。国務省政策企画局勤務、ブルッキングズ研究所主任研究員、ウッドロー・ウィルソン国際センター・フェロー、ジョ-ジタウン大学教授を経て現職。著書に「アフター・ビクトリー:戦後構築の論理と行動」など。

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