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「防衛計画の大綱」のキーワードを読み解く 山口 昇(防衛大学校教授)

February 10, 2011

2010年12月17日、安全保障会議及び閣議で決定された「平成23年度以降に係る防衛計画の大綱」(以下新「大綱」)には、いくつかのキーワードがある。『動的防衛力』、『世界の平和と安定への積極的な貢献』、『シームレスな対応』は、いずれも、新「大綱」が目指す政策を進める上で鍵となる考え方を示している。これらのキーワードは、新「大綱」策定を巡る幅広い議論の過程を凝縮している反面、それら自体が正確に何を意味するのか自明であるとはいえず、新「大綱」を巡る議論の文脈全体の中でとらえることが大切である。以下は、これら3つのキーワードについての考察をまとめ、今後、新「大綱」に基づいて安全保障・防衛政策を進めていく上での議論の一助にしようとするものである。

1.『動的防衛力』

新「大綱」は、「即応性、機動性、柔軟性、持続性及び多目的性を備え、軍事技術水準の動向を踏まえた高度な技術力と情報能力に支えられた『動的防衛力』を構築する」としている。ここでいう『動的防衛力』は、新「大綱」を象徴するキーワードとして、防衛力を整備・運用していく上での考え方を代表する概念となるものと考えられる。一方、『動的防衛力』という表現自体は抽象的であり、新「大綱」を巡る議論の中から具体的に意味するところを読み取っていくことが必要である。

この表現の出発点は、新「大綱」策定に先立って首相の諮問機関として異なる時期に設置された二つの有識者懇談会の報告書にある。2009年8月に発表された報告書「安全保障と防衛力に関する懇談会報告書」では初めて「動的抑止」という表現が使われ、その後の政権交代を受けて改めて設置された懇談会の報告書「新たな時代における日本の安全保障と防衛力の将来構想―平和創造国家を目指して」(2010年8月発表)でも、この表現は踏襲された。そこでは、「高い部隊運用能力を明示することによる『動的抑止』」の重要性が認識され、「装備や部隊の量・規模に着目した『静的抑止』」の考え方から脱却する必要性が指摘された。新「大綱」も同様に、「防衛力の運用に着目した『動的な抑止力』を重視していく必要がある」としている。

新「大綱」が提唱する『動的防衛力』概念は、二つの点において1976年に策定された「大綱」以来踏襲されてきた『基盤的防衛力』構想からの脱却を目指している。その第一点は、防衛力の存在自体による抑止効果を重視した考え方から脱却し、防衛力を運用する、つまり動かして見せることによって『動的な抑止』を目指すということである。例えば、離島周辺での領海・領空侵犯のように、我が国の主権が侵害されるような事態を誘発しないためには、新「大綱」が指摘するように「平素から情報収集・警戒監視・偵察活動などを通じて我が国の意思と高い防衛能力を明示」することは効果がある。また、動的防衛力は、事態の推移に応じてシームレスに米国と連携・協力できる態勢の強化や、自衛隊と米軍の相互運用性を向上させることにより、日米同盟の運用の強化にも寄与する。

もう一点は、重点を設けた部隊配備への転換である。『基盤的防衛力』構想では、地理的特性等に従った均衡のとれた部隊配備を維持することが求められた。言い換えれば地形区画に沿って平均的に部隊を配置するということである。これに対して新「大綱」は、部隊の地理的配置を見直すとともに、南西地域を含め、警戒監視や洋上哨戒をはじめとする防衛態勢の充実を図るとしている。朝鮮半島情勢が緊迫の度合いを増し、中国の軍事力近代化の方向が不透明な中、情勢に応じて重点正面を定めた態勢をとることによって、抑止の実効性を高めようとしているのである。

このように『動的な抑止力』として機能することは、新「大綱」が目指す『動的防衛力』の必要条件ではあるが、十分条件ではない。防衛力は、抑止以前に、安全保障環境を改善して脅威が顕在化することを未然に防止する役割をも果たすべきだからである。この点、新「大綱」は、?「各種事態に対し、より実効的な抑止と対処を可能と」するだけでなく、?「アジア太平洋地域の安全保障環境の一層の安定化とグローバルな安全保障環境の改善のための活動を能動的に行い得る」防衛力を目指すとしている。『動的防衛力』は、上述のような抑止力として機能することはもちろん、より安定した国際環境を醸成するために、国際的な公共財として機能することも視野に入れた概念として理解すべきである。

このような『動的防衛力』を目指すためには、即応性・機動性が高く、柔軟な部隊を整備することはもちろん、このような部隊を運用できる態勢を整えておくことが不可欠である。その上、情報を獲得し、これに基づいて的確に判断し、部隊を指揮統制するC4ISR(指揮・統制・通信・コンピュータ・情報・監視・偵察)機能は、重要な要素である。

2.国際平和協力活動に対する積極的な参画

新「大綱」策定に先立ち、有識者懇談会が提出した報告書の副題は「『平和創造』国家を目指して」というものであった。菅首相は、本年1月24日の所信表明演説で「現実主義を基調にして世界の『平和創造』に能動的に取り組む外交・安全保障政策の推進が不可欠」であると述べた。新「大綱」は、『平和創造』という用語こそ用いていないものの、国際的な平和活動に積極的に取り組むべきであるという基本的な姿勢にたって、世界の平和と安定及び人間の安全保障の確保に貢献することを、安全保障の第三の目標として掲げている。我が国に脅威が及ぶことを防止し、脅威が及んだ場合に対処するという第一の目標、地域的・グローバルな安全保障環境の改善を通じて脅威の発生を予防するという第二の目標に次ぐものである。第一、第二の目標は、いずれも、日本に対して脅威が及ぶことに関連したものであるが、第三の目標は、純粋に国際社会の安定に寄与しようとする性格である。

これまで、国連PKOをはじめとする国際平和協力活動は、世界・地域の安定を通じて、究極的には日本自身の安全につながる活動であるという論理の下で扱われてきた。新「大綱」は、そういった議論から離れ、純粋に「世界の平和と安定及び人間の安全保障の確保に貢献」することを目標のひとつとした。世界有数の経済大国として、また、世界各地の平和と安定に依存している通商国家として、当然の責務を果たすという姿勢である。日本国民は、失われた10年以来、ともすれば内向きになり、国際社会での矜持だけでなく、責任感をも失いがちであった。新「大綱」は、改めて、日本という国の国際社会における地位と果たすべき役割を自覚するよう促している。

とはいえ、防衛力の整備・運用には大きな費用が必要であり、これに投じることができる資源は有限である。我が国自身の防衛と国際的な平和創造のための活動のいずれを重視するか、その両者のバランスをどう保つかという点にも意を用いるべきである。朝鮮半島情勢をはじめとする地域の不安定要因を勘案すれば、自衛隊のほぼ全力を国際的な活動に投じるという選択肢は現実的でない。国際的な活動への参加に際しては、必要性、緊急性、効果などの要素を総合的に勘案してその是非を判断することが重要であり、予めこれらの基準を設けておくことは、政策としても意味がある。また、防衛力を整備する上で、この両者に必要な機能を併せ持つ分野に重点を置くことは有益である。日本周辺の海空域や島嶼部を防衛するためには、自衛隊の部隊が普段所在している地域から素早く移動・展開することが不可欠である。このために必要な能力、例えば海上・航空の輸送力は、自衛隊の国際平和協力活動にも活用できる。これまで自衛隊は本土防衛を念頭におき、国内の物流・整備・補給インフラに依存することを前提として、後方支援機能を切りつめた編成をとってきた。これを是正し、独立的に島嶼部に展開できるようにすれば、国際的な活動にも適した編成となる。

3.各種事態の発生に際するシームレスな対応

新「大綱」は、「我が国の安全保障の基本方針」に関する記述の冒頭で、「各種事態の発生に際しては、事態の推移に応じてシームレスに対応する」としている。シームレスな対応ということを考える際、最小限3つの側面に着目する必要がある。第一に、平時から有事までのすべての段階を通じて、間隙なく対応するという意味で、シームレスでなければならない。第二に、いくつかの事態が同時に生起する場合に、異なる事態への対応が相互に調和がとれているという意味で、シームレスでなければならない。第三に、危機に際して、各省庁をはじめとする関係諸機関が相互に調和のとれた対応をとるという意味で、シームレスでなければならない。

平時の状態から緊張が高まり、危機の段階を経て、防衛力の使用が必要な事態にまでエスカレートする過程の中で、切れ目のない対応が必要なことはいうまでもない。特に、新「大綱」が目指す『動的な抑止』を実現するためには、情勢の変化に応じて、自衛隊の運用を含め、日本全体の国家としての構えを的確に律することが不可欠である。

新「大綱」は、1. 周辺海空域の安全確保、2. 島嶼部に対する攻撃への対応、3. サイバー攻撃への対応、4. ゲリラや特殊部隊による攻撃への対応、5. 弾道ミサイル攻撃への対応、の5項目について、「複数の事態の連続的又は同時的生起も想定し、事態に応じ実効的な対応を行う」としている。例えば、弾道ミサイル攻撃の脅威が切迫しているような状況においては、原子力発電所などの重要施設に対する攻撃にも備えなければならないケースが多く、また、周辺海空域の安全確保も密接に関連してくる。これらの各種事態への対応に際して、落ちがあってはならず、それぞれの対応行動が調整されたものでなければならない。

防衛省・自衛隊を含む政府各機関の対応がシームレスであることも必要である。経済や資源に関する安全保障や人の安全保障の分野が、軍事的な安全保障の分野と密接に関連していることからも、このことはきわめて重要である。昨年9月に尖閣諸島周辺で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した事件は、今後起きるかもしれない様々な事態の複雑で多面的な性格を示唆している。この事件では、巡視船の法執行活動が軍事的な問題にエスカレートする危険は回避できたが、一方で、中国産レア・アースの輸入が停止し、中国で活動していた日本人が拘束されるという事態が発生したが、これらは、資源安全保障や人の安全保障に関する問題に他ならない。このような事態では平素から政府内各機関が一体となって対応することが重要である。新「大綱」は、「内閣官房、防衛省・自衛隊、警察、海上保安庁、外務省、法務省その他の関係機関が連携」するとしているが、これら各機関が中央レベルで連携することはもとより、現地の出先機関レベルでも有機的に連携して、関係各機関相互、中央と地方の間もシームレスでなければならない。


■ 山口 昇 東京財団「安全保障」プロジェクト・リーダー

本稿は、「安全保障プロジェクト」における議論をもとに執筆したものである。ここにメンバー諸氏のコメントが反映されていることを付記する。

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