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【寄稿】エストニア電子政府の挑戦と日本への示唆

February 13, 2018

エストニアは北欧バルト3国の一つで、人口は132万人、人口では川崎市と同規模の小国である。歴史的に長くロシアの支配下にあったことから、1991年に独立してからも常に隣国ロシアを念頭に、サイバー上に国民の情報を集めサイバーセキュリティを意識した電子政府を推進してきている。

図表1の通り、エストニアでは2000年代以降、投票、納税、住民登録、会社登記、医療、教育、警察等殆ど全ての行政分野にわたり、10年以上かけて電子化を推進してきている。電子政府化にあたって掲げられている方針として、国民の利便性の追求がある。Data Once Policyという目標は、国民から1度データをもらったら、二度と同じデータを提出させない、というものである。

(図表1)エストニアの電子政府化の経緯

(資料)翁・柳川・岩下(2017)の図表に加筆

この目標は政府の効率化にも直結する。データを重複して持たないことはコストとリスクの削減につながるからである。見えない政府(Invisible government)が理想としており、現在も、一生のうち役所に行くのは、結婚、離婚、不動産売買の最大3回である、ともいわれている。この推進のために、政府は公民館などを使って地道に国民に教育していったという。

たとえば、納税に関しては、電子納税率98%に達している。行政サイドで毎年3月に税の明細を作成し、国民はそれをポータルサイトから確認し、電子署名を行うことで確定。クリックは合計3回で済むように工夫、設計されている。電子納税のメリットはそうした簡便性だけではない。還付金がある場合、窓口に行く人は3か月かかるのに対し、電子申告は3日程度で還付金が口座に振り込まれる工夫がされている。

また、医療分野でも電子化が進んでいる。医療機関では、国民IDカードで健康保険加入を確認でき、原則として無料で診療を受けることができる。病院の予約もデジタルに行われ、病院の待ち時間も大幅に短縮している。また、個人は、自分のポータルサイトで診療履歴や薬歴などの確認ができるだけでなく、本人同意ももとで、EHR(Electric Health Record)で情報を医師と共有することも可能となっている。もちろん電子処方箋などは国全体で実現している。

電子政府の鍵となっている要素は、以下の通りである。

①国民IDカード

エストニアでは、子どもが生まれるとすぐ、わかりやすい生年月日などを用いた個人番号が付され、15歳になるとIDカードが発行される。公的個人認証、電子署名の2つの鍵が入ったICチップが埋め込まれ、この認証基盤により、国民はポータルサイトより自身のデータに誰がアクセスできるか設定、誰がデータを利用したか確認可能で、不正アクセスには多大なペナルティがかかる仕組みとなって個人情報を保護している。現在全人口の96%以上がアクティブなIDカードを保有している。

注目すべきはe-Residencyというプラットフォームで非居住者も個人認証プロセスを経て、エストニアのIDを取得可能なことだ。既に日本人も含む2万人以上が申請しており、エストニアでの起業や銀行取引を可能にし、小国なりの経済活性化を図ろうとしている。

なお、2017年にはe-Residencyプラットフォームを活用して「エストコイン」といったデジタル通貨を発行し、ICO(Initial Coin Offering)という手法で、国家のIT研究開発資金を海外から集める企画をブログで発表した政府関係者の発言があり、注目を浴びている。

②X-Roadというインターネット・ネットワーク

エストニアでは、各省庁などが保有しているデータを、P2Pで相互参照ができるインターネット・ネットワークを構築している(図表2)。これを提供しているのは民間企業である。公共機関だけでなく、民間企業のシステムも現在1千近くが接続しているという。アクセス情報はセキュリティ・サーバーで暗号化され電子署名をして送信が行われる。データを各省庁がそのまま保有し、ネットワークでつなぐ仕組みとして、国家のIC予算の抑制につなげている。

(図表2)X-Roadの概念図

(出所)エストニア政府資料に加筆修正

③KSIシステムとよばれる改ざん検知機能

利用者がデータにアクセスするとその都度記録されるアクセスログには、ガードタイム社という民間事業者が運用管理するKSI(Keyless Signature Infrastructure)とよばれる、暗号を使ったブロックチェーン技術で改ざん検知を行っている。ブロックチェーン技術というが、仮想通貨などのように各参加者が共通のデータを分散管理するものではなく、暗号技術を使い、改ざん検知やデータのトレースができることを特徴としたものである。

以上のように、エストニアの電子政府化には、次のような特徴がある。

第一に、各省庁は既存システムのままデータ連携できているため、低コストで電子政府化を実現し、行政の効率化につなげていることである。

第二に、国民視点に立ち、国民の利便性を考えた工夫を考え、また地道に時間をかけて国民に教育をし、様々な行政サービスのデジタル化を積み上げてきている点である。国民ID番号は日本のように隠す必要はなく、IDカードはセキュリティ確保をしつつ、国民全体に便利に活用されている。また、銀行など民間事業者が国民IDを認証に活用できるなど、民間事業者をネットワークの中に取り込み、その結果、国民のIDカードの利用頻度を高めていることも特筆に値する。

第三に、KSIや、X-Roadなど、民間企業の最新の技術を積極的に取り入れ、電子政府の信頼性を確保している点である。

わが国が今後電子政府化を進めていくときに、参考にすべき点も多々あると思われる。

(主要参考文献)

翁百合・柳川範之・岩下直行(2017)『ブロックチェーンの未来』 日本経済新聞出版社

ラウル・アリキヴィ(2016)『未来国家エストニアの挑戦』 インプレスR&D

    • 株式会社日本総合研究所副理事長
    • 翁 百合
    • 翁 百合

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