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アメリカNowレポート「首尾一貫しないマケイン候補の経済政策」

June 3, 2008

首尾一貫しないマケイン候補の経済政策
~くすぶる「政府の役割」を巡る議論~

「現代アメリカ研究プロジェクト」メンバー
安井明彦(みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長)

共和党のマケイン候補の経済政策は、政府の役割に関する立場が首尾一貫していない。共和党内に、「小さな政府」への原点回帰を求める意見と、政府の役割を再評価する方向での改革を主張する勢力が存在することが原因だ。

首尾一貫しないマケイン候補の経済政策

共和党のマケイン候補は、民主党が候補者選びに長い時間をかけているのを横目に、早々に共和党の指名獲得を確実にしていた。しかし、有権者の関心が集まる経済問題については、マケイン候補の政策は骨格が見え難いままだ。政府の役割に関する立場が必ずしも首尾一貫していないからである。

マケイン候補の経済政策は、大筋の方向性としては、「小さな政府」を目指している。とくに、民主党のオバマ候補の経済政策との対比では、こうした特長は明白である。具体的には、マケイン候補の経済政策の中心となっているのは、ブッシュ減税の恒久化や法人税減税といった減税路線である。景気対策についても、「(民間の)良質な雇用に勝る政府の対策は有り得ない」というのが、マケイン候補の決り文句である。

しかしながら、共和党の経済政策という文脈では、マケイン候補の政策には、経済における政府の役割を重視するような側面が少なくない。その典型が、住宅問題である。4月10日にマケイン候補は、公的保証の拡充によって住宅ローンの借り換えを支援するという提案を行った。規模こそ小さいが、大筋では民主党のオバマ候補の提案に極めて近い内容である。それどころかマケイン候補は、米国民が良質な雇用とアメリカン・ドリームを手にできるように、政府が取り得る「あらゆる手段を利用する」とまで述べている。伝統的な「小さな政府」の考え方は、「政府は問題への回答ではなく、それ自体が問題だ」というレーガン大統領の言葉に象徴される。マケイン候補の発言は、こうした立場とは距離が感じられる。

「原点回帰」か「改革」か

マケイン候補の経済政策における一貫性の欠如は、同候補の経済に対する理解度の低さと関連して語られる場合が少なくない。また、マケイン候補自身が、政策を通じて一貫したメッセージを打ち出すことに関心がないという指摘もある。しかし見逃せないのは、共和党関係者の間でも、経済政策の方向性を巡る議論が紛糾しているという事実である。

共和党関係者が経済政策の方向性に頭を悩ませている背景には、秋の選挙への危機感がある。補欠選挙で連敗するなど、議会選挙に向けた共和党の状況は芳しくない。ブッシュ政権の支持率も歴史的な低水準にある。党勢を立て直すには、有権者の関心が高い経済政策の見直しが鍵になるという点では、共和党内に異論は少ない。しかし、その方向性については、二つの対立する考え方がある。

第一は、伝統的な「小さな政府」路線への原点回帰である。ブッシュ政権は、保守の原則に逆らって政府を肥大化させ、保守的な支持層の反感を買った。だからこそ共和党は、「政府の役割は小さければ小さいほど良い」というレーガン流の「小さな政府」路線に立ち戻るべきだというのが、原点回帰派の主張である。今回の予備選挙にも出馬していたトンプソン元上院議員は、5月26日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙に寄稿し、現在の経済問題を解決するのは「強化された政府ではなく自由な市場」であり、むしろ医療コストの高騰を初めとする多くの問題は「政府によって引き起こされている」と主張している。まさに、「政府こそが問題だ」という視点からの議論である。

第二は、政府の役割を再評価する方向への改革が必要だという意見である。著名なコラムニストであるデビッド・ブルックス氏は、現在の共和党は賃金の伸び悩みや格差といった問題を理解しようとせず、「小さな政府」の原則に固執していると批判する。ブッシュ政権でスピーチ・ライターを務めたデビッド・フラム氏も、共和党の劣勢は中間層の経済的な不安を無視してきた点に理由があると指摘し、もはや「小さな政府」論で共和党が多数の支持を得るのは難しいと主張する。「大きな政府」を支持するわけではないが、経済政策の分野で政府が果たすべき役割はあるはずだというのが、改革派の主張である。

改革派の意見の背景には、二つの点で伝統的な「小さな政府」論の使命は終わったという考え方がある。

第一に、「小さな政府」が敵対すべき「大きな政府」の脅威が薄れている。レーガン政権の時代には、米国の脅威は究極の「大きな政府」である共産主義であり、米国でも所得税の最高税率は70%に達していた。いまや冷戦は終わり、所得税の最高税率も35%にまで下がった。有権者が不安を感じているのは、政府というよりも、グローバリゼーションや技術革新の進展による負の影響である。

第二に、共和党が政権政党になったことだ。ブッシュ政権下では、共和党が約50年ぶりに大統領と議会の双方を制した。しかし、「政府こそが問題である」という考え方は、実際に政府を運営する立場に回った場合の助けにはなり難い。政府批判は、自らへの批判に等しいからだ。共和党が政権政党の立場を維持しようとするならば、政府をいかにして運営していくかという哲学が必要になる。

ブッシュ政権にも共通する首尾一貫性のなさ

実は、ブッシュ政権の経済政策にも、「原点回帰」と「改革」の双方の要素が混在していた。この点でマケイン候補は、ブッシュ政権の経済政策の「正当な継承者」といえるかもしれない。

ブッシュ政権が実現した経済政策の大半は、レーガン政権以来の「小さな政府」の路線の延長線上にある。とくに、ブッシュ政権の経済政策の中心である一連の減税は「原点回帰」の色彩が強い。マケイン候補が引き継ごうとしているのも、まさにこの部分である。

その一方で、ブッシュ政権が提唱した「思いやりのある保守主義」や「オーナーシップ社会構想」といった考え方は、経済における政府の積極的な役割を認める傾向にあった。これらの考え方は、具体的な政策としては提案レベルにとどまり、ほとんど実現しなかった。マケイン候補は、年金、医療保険、職業訓練といった個別の政策分野で、「オーナーシップ社会」の考え方に基づくブッシュ政権の提案を引き継いでいる。

「改革」路線は残り続ける?

もっとも、ブッシュ政権による政府の捉え方の特徴は、首尾一貫性のなさというよりも、政治的な計算を背景とした、「改革」から「原点回帰」への重点の移動にあった。

ブッシュ政権のそもそものスタート地点は、「改革」路線に近かった。2000年の大統領選挙でブッシュ大統領は、「政府がなくなりさえすれば全ての問題が解決するという考え方は(中略)非建設的だ」として、「政府は国民の敵ではない(中略)その活動は慎重に制限されなければならないが、許された枠内においては、強く、行動的で、尊敬されなければならない」と述べていた。

ところが、就任後のブッシュ政権は、経済政策の中心を「小さな政府」路線に移していく。背景には、政治的な計算があった。2000年の大統領選挙では、ブッシュ陣営は浮動票の獲得を重視しており、保守層だけをにらんだ政策では不十分だと考えていた。しかし、2000年の選挙が僅差に終わったことをきっかけに、ブッシュ政権は、保守層の掘り起こしに選挙戦略の重点を移した。こうした転換が、経済政策にも反映されていったといわれる。

マケイン候補の場合、政治的な計算が「原点回帰」につながるとは考え難い。むしろ、政治的な計算があるからこそ、マケイン候補の経済政策には「改革」の要素が残りつづけると見るのが自然だろう。二つの視点がある。

第一に、「政府の役割」に関するブッシュ政権の政策の変化が、その後の選挙の結果を左右してきたかどうかは定かではない。たしかに2002年、04年の選挙では共和党が勝利を納めている。しかし、この時期の選挙では、テロ対策やイラク戦争が大きな比重を占めていた。逆に、経済政策の比重が増してきた06年の議会選挙では、共和党は大敗している。

第二に、今回の大統領選挙では、有権者の関心が経済問題に集中している。とくに注目されるのが、白人労働者層の動向だ。06年の議会選挙では、白人労働者層からの得票率の低下が、共和党の敗因の一つだった。白人労働者層は、社会的な価値観では共和党に近いが、経済的には恵まれた環境にはなく、政府による対応を求める可能性がある。マケイン候補が本選挙に勝つためには、こうした白人労働者層からの支持が不可欠である。

経済政策における政府の役割をどう考えるかは、ブッシュ政権が誕生した当時からの共和党の悩みだった。マケイン候補は、同じ悩みを抱えたまま、本選挙に向かおうとしている。

    • みずほ総合研究所 欧米調査部長
    • 安井 明彦
    • 安井 明彦

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