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論考「鳩山政権-友愛外交に続出する難問」

November 4, 2009

東京財団「現代アメリカ研究プロジェクト」メンバー
高畑 昭男

政権交代の追い風に乗って成立した鳩山由紀夫首相率いる新政権は、外交・安全保障政策面で早くも多くの難関にぶつかっている。

中でも重要なのは、1. 在日米軍再編計画の中心となる普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題 2. 米国が重視するアフガニスタン・パキスタンでのテロとの戦いの貢献策 3. 鳩山首相が「友愛外交」の柱に掲げる東アジア共同体構想――である。いずれも日本の外交・安保の「基軸」とされてきた日米同盟のあり方に深くかかわる問題だ。かじ取りを誤れば来年50周年を迎える日米安全保障条約体制を揺るがす危険性もはらんでおり、目を離せない情勢が続きそうだ。

米軍再編

普天間移設は自民党政権下の2006年5月、日米が合意した「在日米軍再編ロードマップ」に基づく再編計画の中心部分だ。2014年までに沖縄北部のキャンプ・シュワブ地区(名護市)に代替施設を建設し、普天間飛行場は日本に返還する。同時に沖縄に駐留する第3海兵師団司令部などの兵員8000人と家族9000人をグアムへ移転し、グアム施設整備費の6割にあたる約61億?を日本が負担する。当時の小泉純一郎政権は「日米同盟の抑止力を強化しつつ、沖縄県民の基地負担を軽減する」と意義を説明していた。

民主党は再編計画の白紙撤回を求め、鳩山首相も普天間飛行場の「国外への移設がベストだが、少なくとも県外移設が望ましい」と唱えてきた。総選挙後の民主党、国民新党、社民党の三党連立合意では「再編計画は見直しの方向で」と表現を弱めたものの、根底には県外移設の方向性があるとされていた。

ところが北沢俊美防衛相は「長年の協議を経て日米が合意した経緯は重い」と、計画見直しが現実として難しいとの見方を示した。鳩山首相は「政権公約は簡単に変えるべきでないが、時間の要素によって変わる可能性は否定しない」(10月7日)と語ったかと思うと、翌日に「再編合意を認める意味ではない」と否定するなど発言のぶれが大きく、11月12日のオバマ米大統領訪日までに方針が決まる可能性は消えた。来年は1月早々に地元名護市で市長選があり、11月には県知事選もある。首相は国会で「できるだけ県民の意思に沿った結論を出したい」と述べており、少なくとも名護市長選が終わるまで鳩山首相は結論を出さないようだ。

普天間問題のルーツは古く、1996年にさかのぼる。前年の米兵による沖縄少女暴行事件を契機に、沖縄県に在日米軍基地の75%が集中する過密状態の解決が日米の政治課題となり、日米特別行動委員会(SACO)報告で普天間返還を決めた。それなのに13年たった今も返還が実現せず、地元首長や県民感情は複雑に揺れ動いている。米側には「米政府は決断したのに、日本側は何をやっているのだ」という思いもある。迷走が続けば返還の見通しはさらに遠のき、今回を逃してしまうと、周辺住民の悲願とされる普天間返還がいつになるかは想像もつかない。

再編計画は海兵隊グアム移転と普天間移設を「一体のパッケージ」と定めている。自民党政権時の2009年2月、オバマ政権のクリントン国務長官が初来日した際にはグアム移転の詳細を定めた「グアム移転協定」に両国が調印した。鳩山政権内にはグアム移転は実現させて普天間問題は再協議するという虫のいい考えもありそうだが、オバマ政権は「計画を見直す考えはない」として、「つまみ食い」を容認する姿勢はない。この点からも計画の見直しや再交渉はきわめて難しそうだ。

さらに重要なのは、在日米軍再編は21世紀のグローバルな軍事安全保障ニーズを考慮してブッシュ前政権が着手した世界規模の再編の不可分の要素だということだ。外交上の配慮から再編計画には明記されていないものの、中国の軍事的台頭や北朝鮮の核・ミサイル脅威への備えも踏まえている。計画が遅れれば、日本の防衛だけでなくアジア太平洋全体の米軍戦略にも重大な支障が出かねない。同盟の基盤である米軍と自衛隊の連携を損なう恐れもあることを忘れてはならない。

アフガン貢献

「同盟を優先するのか、政権公約を取るのか」という鳩山政権のジレンマと迷走は、アフガン貢献問題にも通じる。米同時多発テロ直後の2001年、自民党政権は米英などによるアフガンでのテロとの戦いを支援する目的でテロ対策特別措置法を成立させ、海上自衛隊によるインド洋上の補給支援活動を続けてきた。民主党は2007年に、「米艦船への給油がイラク作戦に流用された」との疑惑を国会で追及するなど基本的に補給支援には反対で、即時中止を公約としてきた。

だが、政権発足前後から米、英、パキスタンなどから次々に補給支援継続を期待・要請する意見が寄せられ、現行法の期限が切れる来年1月以降にどう対応すべきかの方針はまるで一貫していなかった。政権発足1カ月間の要人たちの発言を見ても、
▽「単純延長は考えていない」(鳩山首相)
▽「絶対に(継続に)ノーとは言っていない」(岡田克也外相)
▽「法に基づいて粛々と撤収する」(北沢防衛相)
▽「法の枠組みを変えても継続すべきだ」(長島昭久防衛政務官)
▽「首相は前から『延長しない』と発言していた。延長なしでいくべきだ」(福島瑞穂消費者担当相・社民党党首)――と迷走を続けた。結局、現行法を継続させるには臨時国会の会期が足りず、「時間切れで継続は不可能」と、手続き上の理由で打ち切る方向だ。国際社会への合理的説明や理由を欠いた歯切れの悪い結末となる恐れが強い。

海上自衛隊の補給支援は、海上のテロ監視のために各国が進める「不朽の自由作戦」の後方支援だ。一方、アフガンでは国際治安支援部隊(ISAF)や米兵などの犠牲者が急増中で、地上支援のリスクは高い。海上補給支援は対照的に、「自衛隊員らの身体・生命のリスクは低く、同盟国の貢献のアピール度は高い」と評価されてきた。これを中止すれば、アフガン・パキスタン安定化を重視するオバマ政権が「代わりの貢献を期待する」との要請を強めてくるのは当然だろう。

北沢防衛相やアフガン・パキスタンを視察した岡田外相らは、代替貢献策にアフガン人の職業訓練や農業支援など民生支援を検討中と伝えられる。しかし、タリバンなどのテロがパキスタンにも広がる中で、「地上支援要員の安全を誰が守るのか」という重大な問題には答えを見出せず、誰も確かな解決策を提示できていないのが現状だ。

東アジア共同体構想

政権公約に明記されたように、鳩山首相が掲げる「友愛外交」の二本柱は「緊密で対等な日米同盟関係」と「アジア外交の強化」にある。このうち、アジア外交の看板政策が東アジア共同体構想である。

小泉政権時代の2005年には、日中、日韓関係が険悪化して米国も心配させられた。それだけに米国も日中、日韓関係の改善と安定に反対はせず、むしろ歓迎といえる。だが米国を除外した「地域枠組み」が形成されるというなら、話は全く別だ。最大の心配は、東アジア共同体の具体的構想が明確にされないまま、「アジアから米国を排除する結果にならないか」という警戒と疑念をかきたてていることだろう。

鳩山首相は就任後の初会見(9月16日)で「米国を除外するつもりはない。東アジア共同体の先にアジア太平洋共同体を構想すべきだ」と語ったが、アジア太平洋の枠組みなら例えば既にアジア太平洋経済協力会議(APEC)ができている。首相の発言の趣旨は意味不明で、誰にも理解できなかった。

その後、国連総会出席を兼ねた訪米外交では、胡錦濤・中国国家主席との日中首脳会談で「日中の違いを超えて信頼を築き、東アジア共同体を構築したい」と熱っぽく呼びかけている。それにもかかわらず、2日後に行われた日米首脳会談では、首相は東アジア共同体構想をオバマ大統領に直接説明しようとしなかったという。

ところが、国連総会一般演説では、「自由貿易協定(FTA)、通貨・金融、エネルギー、環境など可能な分野でパートナー協力を重ね、その延長上に東アジア共同体が姿を現すよう期待する」と再び構想をぶち上げた。このため米側の一部では、「意図的に米国への説明を避けたのではないか」との不信感をかきたてた。こうした米側の疑心暗鬼の背景には、総選挙直前の8月末、米紙に掲載された「鳩山論文」で、米国批判とともにこの構想が展開されていた事情もある。

10月6日、首相官邸で鳩山首相と会談したリー・シェンロン・シンガポール首相は、東アジア共同体構想に関して「域外の世界との連携が必要だ。とくに米国の関与が大切だ」と、米国抜きの共同体にならないように率直な懸念を表明している。

一方、岡田外相は7日、東京の日本外国特派員協会で行った講演で、東アジア共同体の構成国を「日中韓と東南アジア諸国連合(ASEAN)、インド、豪州、ニュージーランドの範囲で考えたい」「日本には日本、米には米の国益がある」などと語り、米国を構成メンバーと考えていないことを明示した。鳩山首相の発言とは食い違う。政権の看板に掲げる外交構想とその中の米国の位置づけについて、首相と外相の見解がこのようにチグハグであってもよいのだろうか。

だが、その鳩山首相も10日北京で開かれた温家宝中国首相、李明博韓国大統領との日中韓首脳会議では、「今までややもすると米国に依存し過ぎていた」「日米同盟は重要だが、もっとアジアを重視し、その先に東アジア共同体を構想していきたい」と述べた。オバマ大統領に語った「日米同盟重視」とはかなり違和感のある発言ともいえよう。

日中韓首脳会議は、東アジア共同体構想を日中韓で今後も検討していくとする共同声明を発表したが、鳩山構想は内容や目的の不明確さに加えて、米国や中国の位置づけもあいまいである。

鳩山首相が欧州連合(EU)型の共同体を想定しているとの見方もある。だが、EUの前身の欧州共同体(EC)も含めて、政治・社会体制や価値の異なる国家をメンバーにした例は一度もない。むしろ「共通の体制、ルール、価値観を共有できる国家でなければメンバー資格がない」というのが正確だろう。人権は言うに及ばず、経済・通商ルール、言論・報道の自由、商道徳、知的財産権などの面でも異質な中国について、鳩山首相は東アジア共同体にどう位置づけるのか。また米国の関与を求めるのか、排除するのかについても、具体的に説明する必要がありはしないか。

終わりに

もともと民主党は保守、リベラルを含む多様な潮流の寄り合い所帯といわれる。これに国民新党、社民党との連立政権であることも加わって、外交・安保政策の基本を一本化するのが難しいとされてきた。

鳩山政権が掲げてきた公約や構想には、ほかにも▽在日米軍の義務や規定を定めた日米地位協定の内容見直し▽北東アジア非核地帯構想や「核の傘」の見直し――などがある。地位協定の見直しは、日本だけでなく米韓同盟や北大西洋条約機構(NATO)など他の同盟国とのバランスもあり、きわめて複雑な作業が避けられない。在日米軍駐留経費を日本が負担するいわゆる「思いやり予算」も関係するために、米国は前向きではない。

非核地帯化構想に関しては、岡田外相を中心に「米国は核先制不使用を宣言すべきだ」と求める意見が強い。オバマ大統領の「核のない世界」や日本の非核三原則とも関連して「日本は米国の核の傘(拡大抑止)から半分外へ出るべきだ」との主張もある。

鳩山首相の外交ブレーンとされる知識人の中にも、日米中の関係を「正三角形に近づけよ」と主張したり、核の傘に否定的な人もいる。これらが日米政府間の外交議題に乗った場合には、日米同盟がさらにぎくしゃくする可能性も否定できないだろう。

    • 外交ジャーナリスト
    • 高畑 昭男
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