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「新冷戦」か気候変動か?トランプ、バイデンの戦略と対中・対日姿勢
2020年10月10日、ホワイトハウスのバルコニーから支持者に向けて演説するトランプ大統領(写真提供 Getty Images)

「新冷戦」か気候変動か?トランプ、バイデンの戦略と対中・対日姿勢

October 15, 2020


外交ジャーナリスト
高畑昭男

米大統領選の形勢はまだ混沌としているが、トランプ、バイデン両氏のいずれが勝利しても、その対中国政策が21世紀前半の国際秩序のあり方やインド・太平洋情勢に決定的な影響を与えることに変わりはないだろう。コロナ禍に乗じるように挑戦的行動を強める中国に対して、次期大統領がいかに向き合うか。対日政策ともあいまって、アジアで最も重要な同盟国・日本も目が離せない重大な焦点である。近年、米連邦議会で成立した対中関連法案の大半は民主、共和両党議員の超党派で可決されていることから、いずれの政権においても対中姿勢に厳しさが増すことはほぼ疑いないとみられる。だが、その一方で両者の対中、対日政策にはニュアンスや世界観、イデオロギー的な違いも少なからず浮上している。 

「新冷戦」か、気候変動か?

共和党とトランプ政権の対中姿勢を象徴しているのは、最近ではポンペオ国務長官が2020年7月、「自由世界は世界覇権をめざす新たな専制国家に打ち勝たねばならない」[1]と、中国共産党と習近平国家主席を名指しで批判した演説だ。演説はニクソン以来の歴代政権による対中関与政策に決別し、同盟・パートナー諸国と共に対中包囲網の結成を呼びかけただけではない。中国に依存するサプライラインの見直しや次世代高速通信技術「5G」、半導体生産なども含めて、米中経済関係を切り離す「デカプリング」にも踏み込んでいる。

この背景には、トランプ政権が2017年12月に公表した「米国の国家安全保障戦略2017年版」(NSS2017)などの戦略文書に基づいて、中国を「国際秩序の改変をめざす最大の戦略的競争相手」と位置づけるに至った地政学的な認識がある。20世紀後半の世界秩序を決定づけたソ連との冷戦を想起し、長期にわたる中国との大国間競争に政府を挙げた総力戦で取り組むことを今世紀最大の戦略的課題としている[2]。多くの識者が「新冷戦」と呼ぶゆえんでもある。

これに対して、民主党とバイデン陣営はどうか。8月の党全国大会で採択された2020年党政策綱領の「アジア・太平洋」に関する部分は、「中国に厳しく」(tough on China)とうたい、人権、安全保障、経済・通商などの分野で「同盟・パートナー諸国と協力して、国際規範に反する中国の行動を抑止し、押し返していく」としている。議会で制定された香港やウイグル、台湾に関する法律も明示しており、対決分野もトランプ政権と比べて大きな違いはないようにみえる。

その一方で、バイデン陣営と民主党は「中国がもたらす挑戦は第一義的に軍事的挑戦ではない」と規定し、「自滅的で一方的な関税戦争や、新冷戦のワナには陥らない」と、トランプ外交との違いを強調している。その上で、「中国の悪意ある行動には対決して押し返すが、気候変動や不拡散などの相互に利益のある課題では協力を求め、両国の対立が世界の安定にリスクをもたらさないようにする」という[3]

トランプ政権が熾烈な大国間競争に臨み、総力戦の態勢を固めているのに対し、バイデン外交はむしろ冷戦型の対決を回避し、「対決と協調」のバランスを図るというニュアンスの違いを感じさせる。この違いを決定的なものにしているのは、バイデン氏が副大統領を務めたオバマ前政権から民主党にほぼ一貫している「気候変動(地球温暖化問題)こそ米国が直面する『実存的脅威』である」という認識だろう。

新型コロナ・ウイルスが世界に拡大する前の今年1月、バイデン氏が米外交誌に発表した論文でも、「気候変動という実存的脅威に正しく対処することは、いかなる問題よりも重要である」と規定している[4]。また、バイデン政権で要職に就くとみられる一人、ベン・ローズ氏(オバマ大統領のスピーチライターと国家安全保障担当次席補佐官を務めた)も最近、「気候変動は米国の国家安全保障の主要な脅威であり、これを米外交の主軸に据えなければならない」と論じている[5]。バイデン、ローズ論文に共通しているのは、①地球温暖化防止対策が米国と世界にとって最も重大な脅威であり、②政権発足初日にパリ協定に復帰する。③最大のCO排出国である中国を説得し、石炭などの化石燃料を中国の巨大経済圏構想「一帯一路」地域に輸出したり、関連投資を拡大したりしないよう交渉する――という流れだ。ローズ論文ではさらに踏み込んで、「気候変動対策を先進国首脳会議(G7)、主要20か国・地域会議(G20)、世界貿易機関(WTO)の継続的な最重要課題とすべきで、こうした課題の答えは中国共産党と新冷戦を構えることではない」とも主張している。

ここまでくると、ニュアンスの違いというよりも、世界観やイデオロギーの違いといえそうだ。バイデン論文は、「2050年までにCO排出ゼロを達成し、クリーン・エネルギー経済を実現する」との具体的目標も示している。民主党とバイデン陣営では、左派も中道派も含めて、地球温暖化防止に強いこだわりがあるのは否めない。オバマ政権は2014~16年にかけて中国を説得してパリ協定を成立させ、政権の重要な政治的レガシー(業績)の一つに仕立て上げた自負がある。バイデン外交が政権初日にパリ協定復帰を掲げ、引き続き内政・外交の最重要課題とすることには一貫性がある。冷戦対決を回避しようとする背景にも、中国との協調や交渉の余地を残しておきたいという考えがあるのかもしれない。

米中両国が温暖化防止で互いに協力すること自体は、国際社会にとっても米国にとっても、決してマイナスではないだろう。だが、中国からみれば、バイデン氏の「気候変動最優先外交」をカードに利用し、南シナ海、台湾、経済、人権などの分野で米国に譲歩を迫る可能性があることは日本として留意しておきたい。 

同盟とアジア安全保障

同盟国に対するトランプ外交とバイデン外交の姿勢には、大きな違いがある。トランプ大統領が「アメリカ・ファースト」を掲げて、同盟や国際協調を軽視してきたことは、あらためていうまでもない。北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)をはじめとする欧州の同盟・パートナー諸国の米国に対する信頼はかつてない水準に落ち込み、アジアにおいても日本や韓国に米軍駐留コストの膨大な負担増を求めている。一方では同盟・パートナー諸国に対中包囲網の結成を呼びかけ、「力による平和」を掲げているにもかかわらず、トランプ氏は基本的に米軍前方展開の意味や同盟国との連携の必要性といった政治・安全保障上の常識をほとんど理解せず、金銭の多寡による判断基準しか持ち合わせていないようにみえる。

そうした中で、安倍晋三前首相がトランプ大統領との稀有な個人的関係を軸に過大な要求をしのぎ、日米同盟の絆を着実に強化してきたことは、世界に通用する貴重な外交資産といえる。それでも、ジョン・ボルトン前国家安全保障担当補佐官によれば、来年3月に期限を迎える在日米軍駐留経費の日本側負担を定めた特別協定について、昨年7月、トランプ氏から日本政府に現行の4倍を超える年間80億㌦(約8400億円)の負担を求めるよう指示されたという[6](当時官房長官だった菅義偉首相はそうした要請は聞いていないとしている)。トランプ氏が再選された場合、2021年初めにも始まる協定の改定交渉は、隣の韓国と同様に、相当厳しいものになるだろう。

これに比べてバイデン外交は、はるかに同盟と国際協調を重視することになりそうだ。バイデン氏も8月の大統領候補指名受諾演説で「私は同盟国や友好国に寄り添う大統領になる」[7]と訴え、トランプ政権の下で失われた同盟・パートナー諸国の信頼と尊敬の回復に力を注ぐ姿勢をアピールした。

もちろん、バイデン外交も同盟国に応分の負担を求める姿勢は同じだ。バイデン政権になったからといって負担増の要求が霧消するわけではない。コロナ禍もあって米国家財政の逼迫が続いている状況をみれば、なおさらである。だが、「トランプは(対中国などで)最も必要な時に民主的な同盟諸国を遠ざけ、同盟国への防衛誓約を損ない、米国に対する信頼を失墜させた」といったバイデン氏の口ぶりの通りに同盟の意義や役割をより重視し、同盟諸国の声により耳を傾ける姿勢が確保されるならば、日本としても歓迎しない理由はない。

ただし、バイデン外交に過大な期待をするのは禁物である。

第一に、中国やインド・太平洋政策の具体的な方向性がまだ明らかでないことだ。バイデン氏の外交・安全保障チームには前掲のベン・ローズ氏に加えて、ジョン・ケリー氏(オバマ政権の国務長官)、スーザン・ライス氏(同・国家安全保障担当補佐官)、カート・キャンベル氏(同・東アジア・太平洋担当国務次官補)、ミシェル・フロノイ氏(同・政策担当国防次官)、アントニー・ブリンケン氏(同・国務副長官)らのオバマ外交を支えた顔ぶれがそろっている。

このうち、バイデン政権の有力な国務長官候補とされるスーザン・ライス氏は2013年秋、オバマ大統領の国家安全保障補佐官として「中国との新たな大国間関係の円滑な運用に向けて模索している」とするアジア政策演説を行って、日本政府に衝撃を与えた人物である。

「新たな大国間関係」は、中国の習近平国家主席がオバマ大統領に持ちかけたもので、中国の狙いの源流は、太平洋を米国と中国の勢力圏に折半し、核心的利益を確保することにあった。ライス演説は、その実現に向けて米国が呼応するという内容であり、アジア太平洋の平和と安全を担ってきた日米同盟の意義はもとより、同盟国日本の存在をもないがしろにするものといえた。さらに、演説の3日後、中国は日本の尖閣諸島を含む東シナ海上空に「防空識別圏(ADIZ)を設定した」と一方的に発表し、日本の主権を侵害する行動に出た。当然ながら日本は国際規範を無視した行動に強く抗議したが、オバマ政権は直ちに日本政府の対応に同調しようとはせず、二重の意味で日本の当局者をいらだたせた事件として記憶されている。

むろん7年前と現在とでは米中、日本を取り巻く情勢は大きく変化し、中国に対する米国民や議会の見方が一層厳しくなっているのは既に触れた。にもかかわらず、上記の事件が示すようにライス氏、ケリー氏、そしてバイデン氏を含めてオバマ政権の流れを継ぐ人脈の中には、対日関係よりも中国との融和や協調(とくに気候変動問題)を優先しがちな発想や、尖閣諸島のような「ちっぽけな島」をめぐる対決の巻き添えを避けたいとする感覚があったことは忘れないほうがよい。

第二に、先にも述べたが、民主党・バイデン陣営が中国の挑戦を「第一義的に軍事的ではない」としている認識についても要注意である。実際、2020年9月に米国防総省が公表した中国の軍事力に関する年次報告[8]によれば、中国は潜水艦を含めた海軍艦艇数で約350隻を擁し、米海軍の293隻を初めて上回って世界最大の海軍力に躍り出たほか、日本やグアムなど西太平洋の米軍拠点を狙う中距離ミサイルも着々と増強している。とくに台湾海峡や南シナ海、東シナ海を含む地域軍事バランスは、既に数量において中国優位に傾斜しつつあると指摘する専門家も多い。

同盟国の安全が真に危機に陥った際に、多大な犠牲を覚悟で力の行使に踏み切るかどうかが問われるのはもちろんだが、それ以前に、必要な装備や要員を確保できるかが何よりも先立つ大前提であろう。バイデン外交・安保チームのうちで中国に厳しい姿勢をとるフロノイ氏やキャンベル氏らは、こうした現実を直視した上で、米中の衝突を防ぐために国防費の増強や抑止力の充実を進めるべきだと主張している[9]。一方で、党内左派には国防費の大幅削減を唱える意見も根強く、こうした主張が生かされるかどうかは不透明である。

第三に、中国の「一帯一路」に対抗するため、安倍政権が提唱して日米が共に進めてきた「自由で開かれたインド・太平洋(FOIP)構想」について、バイデン陣営の対応はまだ明確に聞いたことがない。10月6日には、構想を推進するための日、米、豪州、インド4カ国の外相による2回目の会合が東京で開かれ、定例化(年次開催)を決めたほか、中国を念頭に置いて、ルールに基づく国際秩序に向けて4カ国連携をさらに強化することになった。日米を主軸としたこの構想を継続する用意があるかどうかは、バイデン外交の対中、対日姿勢を占う第一歩となるかもしれない。

サプライズに備えを

最後に、想定外の事態に備えておくことも必要だ。郵便投票問題等も含めて、大統領選の結果が確定するのは2021年に持ち越される可能性があり、法廷闘争や議会内の駆け引きなどにもつれ込んだ場合、混乱がさらに長引く恐れもある。その場合、米軍最高司令官を兼ねる大統領が定まらないという政治的混迷につけこんで、中国が電撃攻勢の冒険に打って出る可能性はゼロとは言い切れない。最近のトランプ政権による台湾接近に対する中国の反応を考えると、最も懸念される一つは台湾を含む南シナ海で起きるのではないか。それ以外でも、東アジアで何らかの緊急事態が起きた場合、日本政府の対応が直ちに問われるのは自明である。未曽有の混迷が予想される大統領選を対岸の火事とみてはならない。 

 


[1] “Communist China and the Free World’s Future,” Remarks by Michael Pompeo, Secretary of State, at the Richard Nixon Presidential Library & Musium, Yorba Linda, Cal. July 23, 2020. https://www.state.gov/communist-china-and-the-free-worlds-future/

[2] United States Strategic Approach to the People’s Republic of China, a report in accordance with the FY2019 National Defense Authorization Act, White House, May 20, 2020.議会に対する政府報告『中華人民共和国に対する米国の戦略的アプローチ』。ポンペオ演説の基盤にもなったとみられ、経済、米国の価値、軍事・安全保障の三分野を中心に、中国がもたらす戦略的課題に政府を挙げて取り組む対処姿勢をまとめている。

https://www.whitehouse.gov/articles/united-states-strategic-approach-to-the-peoples-republic-of-china/

[3] 民主党政策綱領。2020 Democratic Party Platform, pp.88-89.

https://www.demconvention.com/wp-content/uploads/2020/08/2020-07-31-Democratic-Party-Platform-For-Distribution.pdf

[4] “Why America Must Lead again,” By Jopseph R. Biden, Foreigan affairs, March/April, 2020.

https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2020-01-23/why-america-must-lead-again

[5] “The Democratic Renewal,” By Ben Rhodes, Foreign Affairs, Sept./October 2020.

https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2020-08-11/democratic-renewal

[6] John Bolton, The Room Where It HappenedA White House Memoir, Simon & Schuster, June, 2020.(『それが起きた部屋:ホワイトハウス回顧録』)

[7] “Joe Biden Accepts Presidential Nomination: Full Transcript,” NYT, Aug. 20, 2020.

https://www.nytimes.com/2020/08/20/us/politics/biden-presidential-nomination-dnc.html

[8] 2020 Report on Military and Security Developments Involving the People's Republic of China, DoD, Sept. 1, 2020.

https://media.defense.gov/2020/Sep/01/2002488689/-1/-1/1/2020-DOD-CHINA-MILITARY-POWER-REPORT-FINAL.PDF

[9] “How to Prevent a War in Asia,” By Michèle A. Flournoy, Foreign Affairs, June 18, 2020.

https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2020-06-18/how-prevent-war-asia

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