【特集】公開シンポジウム「平成の財政・税制を振り返る」~基調講演~

日本の税財政にとって、『平成』とはどのような時代であったのか、新たな時代に向け何を学んでおくべきか。平成期を通じた日本の税財政について、政治・経済に通じた専門家が一堂に会して多角的に幅広い観点から振り返る公開シンポジウムを実施しました。

開催日程:2019年4月18日(木)
登壇者:
 吉川洋(立正大学教授)
 森信茂樹(東京財団政策研究所研究主幹)
 土居丈朗(東京財団政策研究所上席研究員)
 西沢和彦(日本総研主席研究員)
 大田弘子(政策研究大学院大学教授)
 大林 尚(日本経済新聞社上級論説委員)※モデレーター

基調講演 吉川洋

人口減少の問題は意外と新しい

「少子高齢化、人口減少の問題」はいまの日本にとって重大な問題です。ですが、「人口減少」が問題とされるようになったのは意外と最近であることを、まず指摘したいと思います。

2017年に公表された国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口(出生中位)によると、日本の人口は2115年に約5,000万人になります。2019年4月1日時点の人口は約1億2,000万人ですから、これから100年で日本の人口は約7,000万人減るということです。

ちなみに、今から100年前、1919(大正8)年の日本の人口は約5,000万人でした。日本の人口動態は、20世紀初頭には5,000万人だったのが、100年かけて7,000万人増えて現在の12,000万人になり、これから100年間で7,000万人減って5,000万人に戻るというわけです。

これほど大きな人口の変化は、私たちの暮らす日本の経済・社会に大きな影響を与えるに違いありません。しかし、繰り返しますが、この問題は意外と新しい。日本の人口の歴史をみると、過剰人口が常に課題となっていました。

明治時代には爆発的といえるほどのハイペースで人口が増加し、日本政府は、過剰人口問題を解決するための一つの方法として、海外への移民を奨励しました

戦前の不幸な時代、1931年の満州事変直前、関東軍の参謀であり事変の首謀者でもあった板垣征四郎大佐も、日本が満州に進出する必要を訴え、その理由の一つとして人口問題を挙げていました。国土が狭く資源が乏しい中で人口が過剰に増えている。多すぎる人口をどう解決するか、というのです。

第二次世界大戦後も事情は変わりませんでした。

戦争直後(194749年)に人口爆発が起き、1950年代には狭わいな国土の中で多すぎる人口を養っていけるのかが課題でした。最近、旧優生保護法が問題になっています。たいへん不幸なことでありましたが、当時、多すぎる人口をコントロールしなければいけないということが、日本政府の大きな方針だったのです。

1964年の東京オリンピックの少し前、私は小学生でしたが、社会科の教科書に人口密度が載っていました。国際比較して、先進国ではベルギーやオランダと並んで日本は人口密度が高い。だから窮屈でいろいろな問題があるのだと子ども心に認識していました。

1970年代に入って、高齢化がまず問題になりました。きっかけは田中角栄内閣のもとでの老人医療費無償化です。先見の明がある人口学者や当時の大蔵省、厚労省の役人など専門家が、医療費の持続可能性を問題にしはじめました。しかしこれは専門家の間での議論にとどまりました。

1980年代前半には日米貿易摩擦が過熱し、1980年代後半にはバブル景気を迎えます。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といっていたわけです。

1990年代はじめにバブルが崩壊したときにも、人口減少が問題だという話はなかった。むしろ、日本の企業は雇用が過剰である、多すぎる人員を抱えてどうしたらいいのか、という話をしていました。

199798年の金融危機を経て、2001年に小泉内閣(同年4月~20069月)が発足。私は経済財政諮問会議の民間議員を務めていましたが、高齢化は社会保障との関係で大きなテーマになっていたものの、人口が減少するから日本経済は右肩下がりだという話はなかった。

このように考えると、人口減少が問題だという議論は意外と新しいことがわかります。10年そこそこではないでしょうか。人口減少だから右肩下がりの経済だという議論は間違っています。

ただし、人口減少、高齢化の進展により多くの問題が生み出されていることは確かです。とりわけ深刻なのは、本日のシンポジウムのテーマである「社会保障、財政」への負荷と、「消える市町村」といった地域社会に与える影響です。 

経済社会の閉塞感

人口減少、高齢化が進む中で、経済社会の閉塞感が高まっています。とりわけ、いま終わらんとする平成の30年間に閉塞感が高まってきたのは事実です。

現在の天皇陛下が譲位を前に、「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」との心情を明かされたという報道を目にしたとき、私もそのとおりだと思いました。日本の近代の歴史を振り返ると、明治、大正、昭和の時代は戦争の歴史だった。米国や英国、ドイツ、フランスなど主要な国で、戦争をしなかった国はほとんどない。ただ、残念ながら、経済社会の閉塞感は平成の30年間で高まってきました。

その原因は何か。これは格差の拡大が一つのポイントだろうと思います。

格差の拡大は、先進国共通の悩みです。

地球全体をみれば、現在でも先進国と途上国の間の格差は解決されていない最大の問題ですが、ここでは先進国での問題に限って考えます。

先進国における格差の問題を最初に国際的に訴えたのはフランスの経済学者ピケティ(Thomas Piketty)です。主著は『21世紀の資本』で、みすず書房から日本語訳も出されています。

ピケティは事実を指摘すると同時に、成長モデルに基づく理論的な展開をしているのですが、理論のほうは経済学者の間では評判はよくない。米国の経済学者には、”He is no longer an economist, just a rock star.”と辛辣な批評をする人もいます。彼の理論に間違っているところがあるかもしれないけれども、先進国にとって格差が非常に大きな問題であることを指摘した功績は大きなものがあると私は思います。

ピケティがいったとおり、日米欧州各国のいずれも悩んでいます。とりわけ米国はもともと格差の大きい国だったわけですが、それがさらに拡大している。米大統領選の候補指名争いで格差是正を訴えるサンダース(Bernie Sanders)のような議員が出てきて支持を得ることは容易に想像できます。欧州も若年層の失業率の高さ一つをとっても、大きな悩みを抱えています。 

格差の拡大――高齢化と経済の長期停滞と

日本でも格差が拡大してきたのは事実です。格差や不平等を表す指標「ジニ係数」も上がってきている。その一つの原因は、高齢化の進行です(図表1)。

 

図表1 少子高齢化の進行

出所:内閣府『平成30年版高齢社会白書』図1-1-2より

 

高齢化は格差社会を生みやすい。その理由は、高齢者はそのグループ内でばらつきが大きいという単純な事実に基づきます。

20代の人を100万人集めて経済力や健康面を調べると、当然、ばらつきはありますが、それは相対的に小さい。一方、70代以上の人を100万人集めて同じ調査をすると、20代のグループに比べ、はるかにばらつきは大きい。高齢化とは、グループ内でばらつきが大きい高齢者のシェアが高まることですから、社会全体でのばらつき、すなわち格差が大きくなる。この簡単なロジックが過去30年間、日本では強力に作動してきた。また、今後何十年か強力に作動しつづけるということです。高齢化社会というのは、放っておくと格差社会になりやすい。

税金でファイナンスされる生活保護は「最後のセーフティネット」といわれます。いま、生活保護受給者数は200万人を超え、その約45%65歳以上の高齢者です。小泉内閣時代、社会保障改革の中で「高齢者が一概に弱者とは限らない」と訴えられたものです。それは間違いないと思いますが、高齢者は貧困に陥りやすい人が多いこともまた事実です。高齢化の進展の中で格差が広がり、貧困の問題も生まれた。

余談ですが、紀元前4世紀の中国の古典『孟子』に次のような記述があります。「老いて妻無きを鰥(かん)と日い、老いて夫無きを寡(か)と日い、老いて子無きを独と日い、幼くして父無きを孤と日ふ。此の四者は天下の休眠にして告ぐる無き者なり」。だから政治は、こうした弱い立場にある人々を救わなければならない、とある。社会保障の必要性を訴えているといったところでしょう。

もう一つの原因は、経済の長期停滞です。これによって、残念ながら、高齢者だけでなく現役世代でも格差が広がってきました。とりもなおさず、正規と非正規の間の格差です。

これも大きな問題です。非正規労働者の労働者の割合は、平成のはじめは1617%でしたが、現在では40%近くに上るといわれます。このことがもつひずみはさまざまなところに現れています。

不本意非正規が一番多い年代は、30代後半から40代にかけての「団塊ジュニア」です。団塊の世代は人数が多いので、団塊ジュニアは実数としては多いわけです。この世代が想定された出生率で子どもを産めば、日本の少子化にそれなりの歯止めがかかるだろうと期待されていました。それが完全に期待で終わってしまった。

その一つの理由は、団塊ジュニアが超氷河期に労働市場に出た結果、不本意非正規が多く生まれたことにあります。非正規の人たちの婚姻率、有配偶率は、正規の人たちに比べて有意に低い。単純化していうと、非正規の人たちは、経済力がなく結婚できなかった。だから子どもをもたなかった――。

人口減少は問題だ、出生率を上げなくてはと一方ではいいながら、現実はいまいったようになっている。国全体として明らかに変なことになっています。 

社会保障は格差の防波堤

ところで、格差はこの2030年間に拡大してきたとはいっても、なにも突然はじまったことではありません。実は資本主義社会がはじまって以来つきまとってきた大きな問題です。

資本主義は18世紀、産業革命を経て英国ではじまりました。英国を先頭に19世紀半ばから欧州で資本主義が発展し、日本は少し遅れて19世紀終わりころから資本主義が発展しはじめます。資本主義社会では、そのはじめからずっと格差社会だった。

この格差の問題を正面から取り上げて批判したのがマルクス(Karl Heinrich Marx)とエンゲルス(Friedrich Engels)です。2人は1848年にロンドンで『共産党宣言』を出版し、資本主義社会は「一握りの巨大な資本家」と大多数の「生産手段をもたないプロレタリアート(労働者階級)」に両極化し、後者はいくら働いても貧しいままである。システムとして問題がある。だから社会主義に向かわなくてはならない、と社会主義運動を唱えたのです。

これに対して欧州の先進国はどう対応したか。帝政ロシアは偶然も重なって1917年の革命ののちに地球上ではじめて社会主義の国になりましたが、いずれにしても帝政ロシアは後進国です。西欧の先進国はいずれも自由主義、資本主義を守りました。

しかしながら、そのまま放っておけばいいとは考えなかった。格差の防波堤として考えたのが社会保障です。ドイツ帝国の宰相ビスマルク(Otto von Bismarck)は公的医療保険を世界ではじめて導入しました。

英国では、19世紀末ころから、ウェッブ(Sidney James Webb)が中心的役割を果たして確立したフェビアン社会主義が隆盛します。フェビアン社会主義は当時、ショー(George Bernard Shaw)やウェルズ(Herbert George Wells)など、多くの知識人に受け入れられました。

ちなみに、オックスフォード大学やケンブリッジ大学は、19世紀末当時も、一言でいえば裕福な家庭の子弟しか行けない大学でしたが、すべての人が行ける高等教育機関としてフェビアン社会主義の本部としてつくられた大学がロンドン・スクール、とりわけロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)です。LSEの学長を務めた経済学者ベヴァリッジ(William Henry Beveridge)、あるいはケインズ(John Maynard Keynes)もフェビアン社会主義の考えをかなり受け入れていました。

首相のチャーチル(Winston Churchill)は第二次世界大戦中に、ベヴァリッジを委員長として社会保障の包括的なデザインをする委員会を立ち上げました。興味深いのは、チャーチルは保守党です。それこそがチャーチルの見識なのでしょうが、保守党にもフェビアン主義的な考え方が受け入れられたことを物語っています。チャーチルは一方ではヒトラー(Adolf Hitler)と戦いながら、一方では内政でフェビアン社会主義者のリーダーの一人であるベヴァリッジを委員長に社会保障の将来計画を策定した。1942年に出版されたそのレポート『社会保険および関連サービス』(”Social Insurance and Allied Services”)は、「ベヴァリッジ報告」と呼ばれています。これこそが、英国の包括的な社会保障の計画です。

皮肉なことに、あるいは政治は面白いというべきでしょうか。第二次世界大戦でヒトラーのドイツに勝利した英雄であるにもかかわらず、チャーチルは戦争直後の総選挙で負けて退陣することになった。

その後の労働党が社会保障を進めていく拠り所はチャーチル内閣でつくられた「ベヴァリッジ報告」です。このレポートの標語が「ゆりかごから墓場まで」。戦後、現在にいたるまで、国民保健サービス(National Health Service: NHS)は全額税で賄われていますが、このレポートに基づいたものです。

独自の道を歩んだのがスウェーデンです。スウェーデンは社会保障大国、社会福祉大国であり、経済学者大国でもあります。ヴィクセル(Johan Gustaf Knut Wicksell)、ヘクシャー(Eli Filip Heckscher)とオリーン(Bertil Gotthard Ohlin)、そしてミュルダール(Karl Gunnar Myrda)など……。

ミュルダールは妻アルバ(Alva Reimer Myrda)とともに活躍しました。1930年代から優れた社会保障のデザインをしています。いま日本で議論になっている出産・育児をしやすくするための「子育て支援」策を、当時から論じています。人類の歴史をふりかえると、子育ては家族の役割だった。しかし20世紀に入って、男性だけでなく女性も就労し、都市におけるサラリーマンとしての共働きが主流になると、家族だけで子育てをすることは不可能になった。したがって、社会が子育てを支援しなければならない、というのが1930年代のミュルダールの議論です。ミュルダール夫妻は90年先んじた見通しをもっていたといわざるをえません。 

格差はどれほど問題か

格差が問題であるということには異論がないでしょう。では、どれほど問題なのか。

19世紀末、最後の皇帝ニコライ二世(Nikolai II Aleksandrovich)のもとでの帝政ロシアの経済を国内総生産(GDP)などの数字でみると、たいへんな高成長です。しかし、問題は貧富の格差の存在です。大きな格差のもとで社会不安が高まる、それを政府は弾圧する、という悪循環になり、第一次世界大戦の影響もあったでしょうが、1917年に革命がおこった。

1978年、イランはパーレビ(Mohammad Reza Pahlavi)国王の王国で、文字どおり国際通貨基金(IMF)の優等生だった。しかしながら、格差が拡大した。宗教の問題もありましたが、1979年にイスラムの指導者、ホメイニ(Ayatollah Ruhollah Khomeini)のもとでクーデターが起きて、パーレビ国王は国外追放されました。

2つ例をあげましたが、GDPをみて高成長でも格差の問題が一線を越えれば社会はひっくり返る。したがって、格差がどれくらい問題かというと、社会が崩壊するほど、あるいは崩壊させるほどに深刻であるということです。逆にいうと、幅広い中産階級がいることが健全な社会の条件である。格差の問題は深刻なのです。

そこを出発点としてどうするのかという話になります。

帝政ロシアの作家トルストイ(Lev Nikolayevich Tolstoy)の小説『アンナ・カレーニナ』の書き出しは印象的です。「幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある」――格差も含めて人間の不幸は千差万別に様相が違う。。すべて解決するのは不可能である――。 

持続不能な財政赤字

しかしながら、経済全体で緩和することは可能です。防波堤となるのが社会保障です。

社会保障給付費は現在110兆円を超えています(図表2)。国民が支払う保険料は約66兆円。不足分に公費をつぎ込んで回している。その内訳は、国庫負担が約32兆円、地方負担が約13兆円。これがそのまま財政赤字になっています。明らかにサステイナブルではありません。これをどうするか。

 

図表2 社会保障の給付と負担の現状(2016年度予算ベース)

注:計数は各年度の当初予算ベース。

 

現政権は「成長」を重視する立場です。「成長なくして財政再建なし」といっています。しかし、成長は必要条件であって十分条件ではない。成長だけで財政再建はできません。

200506年、小泉内閣のおわりころ、経済成長だけで財政再建するのは無理だから消費税率を上げなければならないという議論がありました。それに対して、経済成長を優先する立場をとる「上げ潮」と表現されたのが、当時の竹中平蔵総務大臣、中川秀直自民党総務会長、そして安倍晋三官房長官です。安倍首相の成長でいく考えは強固なものがあると思います。

残念ながらそれは正しくありません。経済成長は大事です。でも自然増収だけで財政赤字が解決できるとは思いません。歳出には無駄があるのではないかという話があるのですが、小泉内閣以来、歳出カットをつづけてきていて、国債費を別にするといまは社会保障しか伸びていません(図表3)。

 

図表3 歳出・歳入の推移(兆円)

出所:財務省 

人口減少、少子高齢化の下での経済成長

最後に、経済成長について述べます。

人口減少、高齢化が社会の課題であることは間違いありません。ただ、人口減少で経済が成長できずに右肩下がりになるかというと、それは違います。

図表418701994 年の日本の人口と経済成長を表したものです。第二次世界大戦後をみると、人口と経済成長はほとんど関係がないといってよいほどに乖離しています。経済成長率と人口の伸び率の差、これが労働生産性の成長にほかなりません。労働生産性の伸びは、おおむね「1人あたりの所得」の成長に相当します。労働力人口が変わらなくても、1人あたりの労働者が作り出すモノが増えれば、経済成長率はプラスになるのです。

 

図表4 日本の人口と経済成長(18701994年)

 

この図をみた3人の友人から、別々に同じ指摘を受けました。「図は20世紀末で切れているが、この図に書かれている125年間は人口が増えている時代だ。人口が減りはじめたらどうなるかわからない」というのです。

もっともな疑問だと思い、人口が減りはじめた現在の日本経済の実績をとってきました。過去20年間(19962015年)の成長会計の結果です(図表5)。

成長会計とは、実質GDPの成長率を、資本投入、労働投入、そしてイノベーションないし技術進歩を映す「全要素生産性(TFP)」の3つの要素それぞれの貢献に分解する手法です。

19962015年の平均成長率は、金融危機や東日本大震災があったにもかかわらず0.8%。そのうち資本投入の貢献分が0.2%TFPの貢献が0.9%となっています。

人口が減少して労働力人口も減っているので、労働投入の貢献はマイナス0.3%になっています。しかしながら、TFPの貢献0.9%により日本経済は年々0.8%成長した。人口が減っているから、1人あたりに直せば1%を超える。1人あたりの所得が伸びることによってプラスの経済成長が実現している。つまり、人口よりも1人あたりの所得のほうがインパクトが大きいということは、人口が増加しているときだけではなく、減りはじめているときにも成り立つのです。

 

図表5 過去30年の実績

出所:厚生労働省社会保障審議会年金部会、2017106日資料より 

先進国の経済成長を生み出すのはイノベーション

図表6は人口減少ランキングです。注目したいのは20位のドイツです。ドイツは日本と並ぶ人口減少大国です。

56年前にベルリンでの会議に出席し、ドイツの財界人、役人、経済学者らと人口と経済をテーマに議論しました。

「人口が減少してもドイツ経済は大丈夫だというのですか」という指摘に、ドイツのある専門家はこうこたえました。

「人口減少だから経済成長できないとは考えていない。1人あたりの所得の伸びが重要である。それはイノベーションによって生まれる。ドイツのイノベーションの力は世界トップクラスである。ドイツ経済は強いし、技術、イノベーションの力によってさらに力を高めることができると信じている」――。

どうでしょう。この点はドイツに学ぶべきではないでしょうか。

 

図表6 人口減少率ランキング(201520年平均変化率)

出所:The Economist, Pocket World in Figures 2017 Edition.

図表7は日本の部門別のISバランス(貯蓄投資差額)です。企業部門が最大貯蓄超過主体になっている。これがまともな資本主義といえるでしょうか。シュンペーター(Joseph Alois Schumpeter)が生きていたら一喝するのではないかと思います。

 

7 部門別貯蓄投資資産差額の推移

出所:内閣府、有識者会議(20125月)

日本経済において人口減少・高齢化はたしかに問題です。しかしながら、人口減少・高齢化が進むから経済がマイナス成長になるというのはとんでもないペシニズム。むしろ問題は、企業のイノベーションの力の後退です。

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吉川 洋

  • 立正大学教授