アメリカNOW 第11号 一般教書演説後、大統領選挙年への配慮が滲んだ米議会でのサルコジ演説を改めて振り返る (2008年01月31日 渡辺将人) | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

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アメリカNOW 第11号 一般教書演説後、大統領選挙年への配慮が滲んだ米議会でのサルコジ演説を改めて振り返る (2008年01月31日 渡辺将人)

January 31, 2008

はじめに

周知のように2008年の大統領選は現職の大統領も副大統領も立候補しないことで「ワイド・オープン」な選挙となっている。大統領府を掌握している共和党サイドからも候補者を選出するべく予備選が展開され、民主党の予備選と同時進行での混戦がつづいている。ブッシュ政権の任期は残すところ1年であり、こうした状況から、次期大統領を輩出する可能性がある共和党と民主党の双方を睨んだ様々な配慮も諸外国には出始めている。他方で、ブッシュ大統領は2008年1月28日の一般教書演説に、石油への依存軽減、インドや中国などにクリーンエネルギーの利用をうながす新たな基金創設を盛り込んだ。この温暖化対策に前向きにみえるブッシュ演説を聴いて、少なからずの議員は同じ場所(下院議場)で比較的最近に聴いたある演説に「デジャブ感覚(既視感)」を感じたという。

筆者は2007年11月7日米議会でのフランスのニコラ・サルコジ大統領の演説を下院議場内で聴いたが、振り返れば選挙年をふまえた工夫もこらされていた。サルコジ訪米そのものはブッシュ大統領との信頼関係と親米路線のアピールと伝えられたが、2008年の「ワイド・オープン」選挙を見据えてのバランスも見え隠れし、その結果としての分裂気味の側面もみせていた。いま、改めて振返ってみたい。

米議会の来訪要人演説について

米議会のギャラリー席は来訪要人演説の際に議員の関係招待客を入れられるように映画館のようにナンバリングがほどこされた指定席になっている。一般教書演説や海外の要人による演説の場合、下院議場に上下両議員が参集する。上院議員は議場前2列を特別にあてがわれ、前方補助椅子には軍の制服組のトップが座る。下院議員が集合したあとに、上院議員は一列で遅れて議場にいったん入場し、その後来賓を誘導するためにふたたび議長脇の出口から議場外に出て再入場するのがプロトコールである。「下院議長(現在女性なので「マダム・スピーカー」)合衆国上院議員が参りました」のかけ声で入場し、通路で下院議員の握手攻めと歓待にあう。拍手の嵐の中議場の下院議員に向かって手を降り続ける姿は、まるで上院議員の演説のために下院議員が集められたかのような錯覚をおこさせる。上下両議員の地位を痛感させられる珍しい局面である。

共和党のサルコジ人気、大統領選候補は欠席

フランス大統領演説といえども欠席者は多かった。大統領選で多忙中のクリントン、エドワーズ、オバマの三上院議員は欠席せざるを得なかった。ただ、大統領選候補者のはずのクシニッチ下院議員は議場に現れ(予備選からすでに離脱)、メディア出演以外に実質的なキャンペーンや地方遊説をあまり行っていない状況をこのときから反映していた。議場はサルコジ大統領登場前から共和党側を中心に大変な賑わいを見せていた。メアリー・ボノ下院議員などいくつかのグループがサルコジ大統領の著書(Testimony: France, Europe, and the World in the Twenty-First Century)とペンを手に、中央通路脇の共和党同僚議員にサインを代理で依頼する光景も見られた。また通路側の議員にはデジカメを議場に持ち込んで、至近距離で入場したサルコジ大統領を撮影するような者もいた。サルコジはサインの要求には入場時には応じず、演説終了後の帰り道で少数の議員に限って応じた。

非英語圏の海外要人の演説は外国語のことも多い。サルコジ演説もフランス語で行われ、議場の議員とギャラリー席の来賓者には仏英同時通訳のヘッドセットが配布された。ヘッドセットを頭に装着した議員は全体の約3分の2程度。それ以外の議員はヘッドセットの使用を拒んだ。フランス語はスペイン語に次いでアメリカの教育現場で主要な外国語であり、議員にフランス語を理解するものが存在することも理由の一部だが、議員には演説の原稿が手元に用意されるため、意味を把握する上では必要ないのである。大半の議員、特に後列席の議員はサルコジ大統領の顔ではなく演説原稿のページをめくるのに忙しく、顔を一切あげようとしない。ちなみに来賓席には事前原稿は用意されていないので、ヘッドセット使用率が高かった。筆者もヘッドセットを使用した。ギャラリーは共和党側の来賓や議員スタッフが多く、筆者の隣も共和党来賓で「プロアメリカな大統領らしいから楽しみだ」と述べ事前に流通していた「親米路線」のふれこみで興味をもって集まったと語った。

歴史を根拠に示す親米路線

演説前半は全体としてフランスとアメリカの友好関係を強調するもので、前半20分は両国の歴史的につながりの深さを題材にアメリカを全面的に持ち上げるトーンで貫かれた。ノルマンディー上陸、マーシャルプランなど20世紀の歴史を通じてフランスの「自由」を確保してきたのはアメリカであると言い切る演説は、具体的な政策議題での共通認識を示すというよりは、アメリカの力でフランスが救われてきたことを世代的に語り継いできたというメッセージと、フランスとアメリカが共通の価値を共有していることを繰り返す抽象的なものであった。「アメリカを愛している」との発言で伝えられた親米メッセージの核はこの部分を指している。文化帝国主義とも揶揄されるアメリカの文化力を素直に認め、ハリウッドの映画スターの名前をあげ、議場の笑いを集めたのもその延長線上である。しかし、笑いをとったのはこの一カ所だけであった。

スタンディングオーベーション

C-SPANなど演説を中継したテレビ放送では演説者の顔しか映らないが、両院議員参集での演説は演説内容そのものよりも、議員の反応が興味深い。ちなみに、報道等で伝えられた「万雷の拍手やスタンディングオーベーション」は、「親米サルコジ」に特別に生じた現象というわけではなく、一般教書演説同様に下院議場で行われる演説の通常のプロトコールであり、一定の間隔で正面に座る下院議長が起立したり、演説の強調点の段落が終了すると、礼儀としてスタンディングオーベーションする儀式化されたものである。共和党大統領の一般教書演説にも、民主党議員も拍手で敬意を示すのと同様である。

尚、サルコジ演説は通常の演説と比べて特別にスタンディングオーベーションの回数が多いとは感じられなかった。同調の意志を示すための議員の大きな「かけ声」がたまに入るのが風物なのだが、共和党側、民主党側それぞれ1回あわせて2回の「かけ声」しか確認できなかった。これは決して多いとはいえない。ちなみに、サルコジはこの「儀式」に慣れていないのか、スピーチライターが構成の時点で「拍手箇所」を作成していなかったためか、拍手の最中にも演説を止めずにおかまいなしに読み続け、議員側がやむを得ず拍手の中断を迫られるシーンが多々あった。

個性的な議員の反応

ところで余談であるが、この種の演説への反応では議員はおよそ三種類に分類される。第一の分類は、終始無反応で機械的に拍手をし、無表情での着席を繰り返す議員。実はこのグループが全体の6割近くである。原稿を見ているので普段は下を向いている人も多い。第二グループは、真逆に終始前のめりで話者の目を見て、頷きを絶やさず身体全体で演説への興味をアピールし続ける議員。第三グループは、議員個人の関心事のパートで局所的に異常に強い反応を示す議員である。

サルコジ演説では、上院議員席二列目が女性議員で埋まり議員の様子はきわめて個性的であった。右側のオリンピア・スノー議員(共和・メーン州選出)は、原稿没頭型で、演説が始まってから終了時まで着席中ついに頭も体も動かさず下を向いてペンを片手に演説に線を引いて読み込んだ。スーザン・コリンズ議員(共和・メーン州選出)は原稿に目もくれず話者の顔だけを凝視するタイプである。ダイアン・ファインスタイン議員(民主・カリフォルニア州選出)は、中東問題への関心の高さから、イスラエルとパレスチナの平和的解決に言及されたときだけ大きく頷き打ち身を乗り出した。メアリー・ランドリュー議員(民主・ルイジアナ州選出)は第二グループの典型例で、冒頭から終了まで、とにかく外国から訪れた大統領の演説に興味津々であるとの様子で頷きの回数だけでも全議員で突出していた。バーバラ・ミカエルスキー議員(民主・メリーランド州選出)は第一グループである。余談の余談ながら、ジョン・ケリー議員(民主・マサチューセッツ州選出)は、演説が始まるまでは下院議員との握手や挨拶で忙しくしていたが、演説が始まると静かになり、サルコジ大統領がNATOの重要性を強調したときだけ顔をあげて反応を示すにとどまった。議員の演説への反応の示し方は、選挙区や個人の関心事におおきく左右され千差万別なことにくわえ反応もきわめて恣意的個性的であり興味深い。

党派的議題を避けなかったサルコジ演説

さて、前半はイランの核問題についてサルコジ大統領がブッシュ政権への同意を示したときに象徴されるように、共和党側からの拍手の量が圧倒的に多かった。ところが、サルコジ演説は2008年大統領選を見越してか思わぬ「工夫」をほどこしていた。演説開始後29分、「地球環境保護のためにアメリカが必要です」と述べ、地球環境破壊と温暖化に向けての対策を呼びかけた。それまで比較的無表情だったペローシー下院議長が民主党議員らとアイコンタクトして、すかさず立ち上がり拍手の合図をかけたのは言うまでもない。「議長の合図を今か今かと待っていた。ここは民主党にとっては一番の盛り上げどころで、共和党以上の大拍手をして共和党に威圧感を与えないといけない」と、事前に開始30分前後で環境問題への言及があることを知っていた民主党下院議員は筆者に語った。外国要人の演説も議会内の党派的な文脈で解釈されれば「相手政党の牽制をにらんだ盛り上げどころ」として語られてしまうことはきわめて興味深い。サルコジ大統領は、地球温暖化問題の重要性を示しアメリカのリーダーシップを求めた。この話題の転換は唐突感が否めなかった。それまでアメリカ賛美一色だっただけに、共和党議員や共和党来賓者の少なからずが、困惑の表情を浮かべた。3分の1の共和党議員がプロトコールにすぎないはずのスタンディングオーベーションを拒否して起立せず、温暖化対策へのアメリカのリーダーシップを訴えるサルコジ大統領にあからさまに不満の意を示した。ブッシュ大統領の温暖化をめぐる転換に不満を抱く共和党議員は少なくない。

続いて、これも演説後半でサルコジ大統領は唐突にキング牧師の名前をあげ、「ユニバーサルロールモデル」「愛」をキーワードに、公民権運動をひもといてアメリカの民主主義の底力を賛美した。これにも、共和党席の少なからずが、突然の公民権運動指導者への賛美と言及に困惑の表情を浮かべた。また皮肉にも、民主党席の左端に多かった黒人議員の多くもこれといってあからさまな好意的反応は示さなかった。フランス大統領に突然、公民権運動を賛美されても嬉しいというより複雑な心境だったとあるマイノリティ議員はのちに筆者に語っているが、外国人がアメリカの歴史問題に演説で触れる問題の難しさを示唆している。

共和党と民主党の過度のバランス配慮で分裂気味に

一貫してアメリカを賛美するためにありとあらゆる側面のアメリカの魅力を描き出して、それに対する同調を示した格好だが、共和党と民主党の双方に受け入れてもらえるように巧妙に練られているだけに、かえって主張がぼやけ、メッセージが希薄になった側面もあった。とくに共和党関係者は「親米というふれこみで楽しみにしていた。親米ではあるようだが、アメリカ的な保守主義を理解しているわけではないような気がするし、民主党議員にも受け入れられようという態度が気になった」と感想を述べている。「周囲の同僚のあいだでは前半の熱狂は後半にはやや鎮静した。演説の最後は起業家精神と自由貿易の強調で、共和党寄りの論点に戻って好ましかったが、クロージングはあっけないものであった」とも述べている。

他方である民主党下院議員は「フランスとの関係が修復すれば、フランスワインを廃棄し、フレンチフライと呼ぶのをやめよう、という面倒な運動が終わって好ましいのではないか。サルコジはアメリカのレストランの救世主かも」とジョークを飛ばし満足げだった。伝えられているような「ブッシュ大統領支持一辺倒」というイメージでは片付けられない、ひとひねりした民主党への目配りがサルコジ訪米と演説の背後にあったことは注目しておいてよいだろう。ただ、このサルコジ大統領が工夫した「ワイド・オープン」演説は成功だったのか。少なくとも、メディアは事前の先入観に忠実に基づき「アメリカ賛美でブッシュ支持」というトーンでしか報道しなかった。その意味で、民主党への理解を示す論点をサルコジ氏が議会演説の「隠し球」としていたならば、目論みは少々失敗に終わったのかもしれない。

サルコジ大統領が、共和党民主党の双方に目配りした自信作の「バランス演説」を一番聴いておいてほしかったはずの次の大統領になるかもしれない議員たちは、民主党候補者を中心にアイオワやニューハンプシャーに出かけて当時きわめて忙しい時期で、演説議場にいなかった。候補者がのちに、報道だけで発言内容の概要を事後確認したとすれば、なおさらサルコジ大統領の工夫は空振りに終わったことなる。大統領選挙前年秋の訪米にもかかわらず、一番挨拶を交わしておきたかったはずの主要な大統領候補議員が数多く欠席することは、フランス大統領とその周辺にとっても誤算だったのかもしれない。今回の予備選の異常な早期化はこんなところにも微妙な余波を及ぼしていた。ましてやブッシュ大統領が一般教書演説で温暖化対策への理解を示したことで、ブッシュ大統領との共同歩調感だけがさらに上塗りされ、ある民主党議員は「一般教書演説を聴いていて大統領と仲がいいあのサルコジ大統領の演説を思い出した」といい、自動車産業を選挙区に抱える州の共和党関係者は「サルコジ大統領の唐突な言及を思い出した」と困惑感を示すなど、今回の一般教書演説をめぐる隠れた話題に「昨秋のサルコジ演説のデジャブ感」があったのはじつに興味深い。まもなく政権が変わる時期の米議会での演説というのはなかなか難しい。

以上

■ 渡辺将人: 東京財団現代アメリカ研究プロジェクトメンバー、米コロンビア大学フェロー、元テレビ東京政治部記者

    • 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授
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