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CSR白書2018――いま、求められるCSRの打ち手とは――外圧と内圧から見た CSR

東北公益文科大学 准教授

倉持 一

1.はじめに

現在の企業経営において、CSRは特別な存在ではない。東京財団政策研究所が実施しているアンケート調査結果からも、その傾向は明確だ。例えば、最新の2017年調査によれば、CSR担当部署の設置率は、CSR専任部署が約53%CSR兼任部署が約33%である[1]。両者を合計すれば9割近い企業がCSR活動に従事する部署を設けていることになる。CSRは「やるかやらないか」ではなく「どうやってやるか」の段階にあると言えるだろう。

東京財団政策研究所では、CSR研究を展開するにあたり、大きなテーマ(リサーチ・クエスチョン)を有している。それは「何がCSRの打ち手となるのか」である。つまり、企業が今以上にCSRに対して積極的に、あるいは、これまで取り組んでいなかった分野に対しても新たに触手を伸ばしていくようにするためには、何が必要なのということである。『CSR白書2016』では、その打ち手について、経営トップのCSRへのコミットメント、ソーシャルセクターとの対話、目標設定と評価、④CSR人材の育成、⑤CSR体制整備、の5点がカギになると指摘した。これは、アンケート調査という実証研究の結果によって得られた成果であり、各企業はこの5点を意識してCSRを積極的に展開していく必要がある。

しかし、CSRの打ち手は他にもあると考えられる。なぜなら、上述した5点のような活動に限らず、動機も十分に打ち手となりうるからだ。企業はどうしてCSRに取り組むのか。意外なほどに、CSRの動機面が語られることは少ない。その理由の一つは、CSRの実践は現代の企業経営にとって、もはや常識の範疇だからという側面もあるだろう。CSRに限らず、あらゆる事象・概念にとって、常識と認識されることは、普遍化という意味では喜ばしいことである一方、議論の深掘りが滞ることにもつながる。

そこで本稿は、これまでとは視点を変え、CSRの動機面での打ち手を探る。CSRに関しては、これまで、会社法や障害者雇用促進法の適宜改正といったハードローの整備、そして、ISO26000やフェアトレード認証の制定といったソフトローの整備が、車の両輪のごとく進められてきた。企業は、ハードローとソフトローの両面から、社会的責任の自覚と責任への対応を迫られている。この状況を整理した上で、ハードローとソフトローを企業にCSRの実践を促す「外圧」として捉え、その打ち手としての役割を検証する。そして、外圧ではカバーしきれない自律性を有する打ち手となる「内圧」について改めて考えてみたい。

2.ハードローという打ち手

ハードローの代表格が法律である。CSRに関係する法律は複数あるが、まずここでは、日本、米国、中国、インドの会社法について取り上げ、その特徴を比較してみたい[2]

日本の会社法は、株式会社や持分会社といった企業の形態に関する規定、社外取締役制度や委員会設置会社制度など業務の適正を確保するための体制に関する規定などを定めている。企業が営利を目的とする法人であることを前提に、企業に関する権利保護や利害調整を図ることが、この法律の目的である。では、企業が直接的に営利追求と関係しない活動を行うことは、法的に可能なのだろうか。過去の判例に従えば、それは可能である。いわゆる「八幡製鉄所政治献金事件」において、1970年に最高裁判所は、政治献金は企業の権利能力の範囲内である、企業献金は参政権違反ではない、取締役の忠実義務違反ではない、との考えを示し、企業による政治献金を認めた。これにより、寄付やボランティアへの参画といった企業の社会貢献活動は、法的に許容されることになった。

また、1974年には商法が改正され、企業の社会的側面が注目されるようになった。この背景には、1971年ごろの大企業による土地投機、買い占め、売り惜しみといった行為に対する批判があった。言い換えれば、それまでの企業は、あくまで商法に定められた営利追求組織としての立場を全面に押し出し、社会的責任などを考慮せず純粋な利益追求のために活動していたのである。その不誠実な企業活動への国民的批判を受け、1971年の商法改正法案の審議を終えるに際して衆参両院の法務委員会は、政府に対して「会社の社会的責任を全うすることができるよう、株主総会および取締役会制度の改革を行う」ための商法改正法案を提出するよう求める附帯決議を行っている。

米国では、当初、企業の支出と利益との関連性についてはかなり厳密に捉えられていた。例えば、1915年のいわゆる「プリンストン事件」では、鉄道会社による学校への寄付行為は、企業の利益とはあまりにもかけ離れた行為であって能力外の行為との判断が下されている。つまり、企業の社会貢献性は否定されていた。しかしその後、1918年にニューヨークで、企業寄付に関する法律が制定された。同法によって、第一次世界大戦が継続する間は、毎年、発行株式の1%を超えない額の寄付を承認し、さらに、追加的な寄付も株主に対する10日間の予告の後に承認された。ただし、発行株式の5%の所有者から反対があった場合には、株主総会における承認によって付せられた条件に従わなければならないとされており、株主意思が強く尊重される規定が設けられていた。

しかし、1936年に成立した歳入法(Revenue Act)以降は、同法の規定によって企業の行う慈善的寄付行為が損金算入可能となり、法的には企業の寄附行為の正当性が確立した。とはいえ、その時点では、会社法の領域では慈善的寄付行為を許容する法的整備は整っておらず、企業の慈善的寄附行為の法的根拠は、まだ確固たるものとはいえなかった。その後、  1940年代以降になって、企業の慈善的寄附行為を是認する法律が次第に制定されていったが、その主旨は、慈善的寄附行為とは企業の目標にかなうものであり、それはすなわち株主の目標にかなうものであるという前提認識に基づいたものであり、よって、そこに慈善的寄附行為の社会的意義や社会的価値という観点は存在していなかった。

そして1970年代に入ると、米国においても、いわゆる「ヘラルド事件」や「バンカー事件」の判決において、企業が取り組む慈善的行為が、株主利益とは完全に一致しない場合であっても許容されたことから、公共の利益に対する企業の貢献可能性が是認されるようになったのである。

このように、日米両国では、1970年代から企業の社会貢献性、すなわち、営利追求と直接的に関係しない企業活動が是認されるようになったのである。一方で、会社法それ自体では、CSRの励行など、企業の社会貢献性を促すような仕組みは取られていない。あくまで、判例などを通して「企業は営利追求目的の法人であるが、社会貢献活動を行うことを否定はしない」という立場が確立されているに過ぎない。

それでは、中国やインドといった新興国の会社法はどうだろうか。中国の会社法(中華人民共和国公司法)は、1993年に初めて制定され、株式会社制度など、企業に関する基礎的枠組みが示された。その後、2013年に大規模な改正が行われ、さらなる経済発展に資するべく、株式会社設立要件の緩和や国際基準への適合などが図られている。

同法が1993年の旧法制定当時から第5条で定めているのが、経営活動の原則である。同条は、「会社が経営活動を行うにあたっては、法律と行政法規を遵守し、社会公徳と商業道徳を遵守し、誠実に信用を守り、政府及び社会公衆の監督を受け入れ、社会的責任を負わなければならない。会社の適法な権益は、法律の保護を受け、侵害されない」と規定しており、企業に対する社会的責任の受託義務を明確にしている。同条違反に対する罰則はないことから、この規定はあくまで理念を示したものであるが、法律にCSRを明記している点に、中国の会社法の特徴がある[3]

中国よりもさらに、CSRを法律によって細かく規定しているのがインドである。インドも中国と同じ2013年に会社法を改正している。改正会社法により、インドでは、独立取締役(社外取締役)の選任、女性取締役の選任、監査委員会の設置などが義務付けられるようになった。企業ガバナンスの一層の強化という強いメッセージが、改正に見て取れる。改正はそれだけではなく、CSR委員会の設置義務とCSR活動の最低基準も合わせて規定された。それによれば、純資産50億インドルピー、売上高100億インドルピー、純利益5,000万インドルピー、の3条件のいずれかを満たす企業は、CSR委員会の設置が義務とされ、同委員会は3名以上の取締役から構成され、内1名は独立取締役でなければならない。そして、同委員会が自社CSR活動に関する指針や行動計画を策定するだけでなく、活動状況をモニタリングし、その結果などを取締役会に報告することになっている。

この規定だけでも十分にCSRを促すものであるが、同法はさらに、CSR委員会設置企業は、直近の3会計年度の平均純利益の2%以上の額を、貧困救済、教育改善、社会的プロジェクトの推進、雇用促進プログラムといったCSR活動に支出しなければならないと定めている[4]。インドルピーが、2017年の年間平均為替相場が約1.64円であることや上述した3つの条件を勘案すれば、インド国内で活動している相当数の企業がCSR委員会設置企業に該当すると考えられ、インドにおけるCSR活動の充実化は、ハードローによって相当程度担保されていると言って良いだろう。

日本・米国 中国 インド
CSR関連規定 なし
(判例で企業の社会貢献性を是認)
あり あり
CSR活動の義務付け なし なし
(受諾義務のみ)
あり
(一定規模以上)

出典:筆者作成

このように、日本や米国といった国のハードローは、企業は営利を目的とする法人であるとの前提条件を規定しているのみであり、CSRに関する観点は最高裁判所の判断(判例)に委ねられている。一方で、中国やインドといった新興国のハードローは、会社法にCSRに関する規定をあらかじめ明記し、当該国における企業の社会的な役割などを明確化している点に特徴がある。いずれにせよ、現在、企業のCSR活動を明確に違法と規定する国家は見当たらず、ハードローがCSRの一つの打ち手となっていることは、間違いないだろう。

3.ソフトローという打ち手

CSRに関するソフトローは国際規格だけでなく、世界各国の政府や民間組織が独自に定めているものもある。国際規格の代表的なものを挙げれば、ISO26000GRIガイドラインがある。

ISO26000は、2010年にISO(国際標準化機構)が発行した官民両セクターにおける社会的責任に関する国際規格である。同規格は、組織統治、人権、労働慣行、環境、公正な事業慣行、消費者課題、コミュニティへの参画及びコミュニティの発展の7つを主要テーマとして掲げており、従来のISO規格とは異なり、認証規格ではなくガイドラインとしての役割を持っている。また、GRIガイドラインは、UNEP(国連環境計画)の公認団体であるGRIGlobal Reporting Initiative)が、企業がサステナビリティ報告書を作成し公表する際のガイドラインとして策定したものである。同ガイドラインに従うことで、企業規模、業種、活動地域などに左右されない統一された基準で、企業のサステナビリティ報告書が作成されることになり、報告書の読み手であるステークホルダーの状況把握と理解促進を図ることができる。

こうしたガイドライン型のソフトロー以外にも、フェアトレード認証ラベル制度や米国の労働関係のCSR認証制度であるSA8000など、企業が申請を行い、その適格性を審査してもらう認証型のソフトローも存在する。ガイドライン型のソフトローが企業の自律的規範意識に任されているのに対し、認証型のソフトローは外部組織によるお墨付きという他律的規範に重きを置いている。いずれにしても、ソフトローはハードローほどの強制力などは有しないものの、企業に対する一定の外圧として機能している。

ISO26000GRIガイドラインなどは国際的な規格であるが、それに加え、日本国内では独自のソフトローが多数存在する。

その一つが、日本版スチュワードシップ・コードである。これは、金融庁が2014年2月に策定し、その後2017年5月に改訂された、機関投資家向けの行動規範である。同コードは、機関投資家の社会的責任について、「投資先企業やその事業環境等に関する深い理解に基づく建設的な『目的を持った対話』(エンゲージメント)などを通じて、当該企業の企業価値の向上やその持続的成長を促すことにより、顧客・受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図るべき[5]」と明確に規定している。日本版スチュワードシップ・コードに法的拘束力はなくガイドラインとして機能するが、これまでに200社を超える機関投資家が受け入れを表明しており、機関投資家に対するソフトローとしての機能は果たしていると言えるだろう。

また、東京証券取引所が2015年に策定したコーポレートガバナンス・コードもソフトローとして大きな存在感がある。同コードは、株主の権利保護を主張するだけでなく、株主以外のステークホルダーとの対話や協働、そして2名以上の独立社外取締役の選任を求めている。東京証券取引所は、上場企業に対して「コーポレートガバナンスに関する報告書」の提出を義務付けており、かつ、同報告書ではコードに関する実施報告が義務付けられている。そして、「コンプライ・オア・エクスプレイン」の原則により、コードを実施(コンプライ)しない企業は、なぜしないのかの説明(エクスプレイン)が求められる。こうした行為を怠れば、当該企業は東京証券取引所から改善報告書の提出命令や公表措置といった罰を受けることになる。

認証型のソフトローとしては、マリン・エコラベル・ジャパンが2007年から実施している、持続可能な水産物に対する認証ラベル制度などがある。日本周辺海域に限らず、現在、世界中の海で漁業資源の枯渇が問題視されており、国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)でも、「目標14.海の豊かさを守ろう」として掲げられている。マリン・エコラベルは、この問題に対処すべく、資源と生態系の保護に積極的に取り組んでいる漁業を認証し、その普及促進を図るものである。

その他、紙幅の関係もあり詳述はできないが、中国でも2008年に国務院国有資産監督管理委員会(SASAC)が、中央政府の管轄する企業に対して、社会的責任の実践に関する指導意見を発している。民間組織では、金蜜蜂(Golden Bee)が、CSR報告書のガイドラインの策定や企業アンケートの実施による中国企業と海外企業とのCSR実践の差異の明確化などに努めており、上述した中国の会社法における社会的責任の受諾義務規定というハードローを補完するような役割を担っている。

このように、ソフトローは、明確な処罰規定などはないものの、ガイドラインの提供や認証行為手続き、そして、策定した組織の権限が及ぶ範囲での間接強制力通じて、企業にCSRを促す打ち手として機能するものである。

4.「内圧となる」打ち手とは

ハードローもソフトローも、その強弱は異なるが、両者とも基本的なベクトルは外部から企業に向けられた「外圧」である点で軌を一にする。つまり、ハードローもソフトローも一定のサンクション(制裁、罰則)を事前に提示しておくことで、企業に対しCSRに配慮した行動を促すという役割に大差はない。そう捉えると、ハードローもソフトローも、制度のマネジメントを通じてCSRを促す仕掛けであり、企業活動そのものに直接的に手を加えるものではない。ここにハードローとソフトローに共通した一定の限界性が存在する。制度のマネジメントは、究極的には、短期的な損得勘定へと判断を引き込んでしまう危険性がある。したがって、制度のマネジメントを主体とする外圧だけではなく、企業内部に根付いた価値判断に基づく内圧となる打ち手の醸成を考える必要がある。

かねてより、日本には、「三方よし」に代表される倫理的な商業理念が土着的に育まれてきた。三方よしは、企業というビジネス主体だけでなく、それによって影響を受けるビジネス客体であるステークホルダーにとっても「善きビジネス(Good Business)」であることを意味する。社会との良好な関係こそが、ビジネスの持続可能性に結びつく。こうした想いが、企業にとって外圧となり、そして内圧ともなっていた。しかし、現代のビジネス環境は厳しさを増しており、企業は競争に明け暮れステークホルダーを顧みる余裕は少なくなっている。だからこそ、外圧を強めて企業活動を律しようという動きが活発なのだ。

しかしながら、社会心理学の研究成果によれば、こうした外圧によって企業が得られるのは「信頼」ではなく「安心」だとされる。ここでの信頼とは、「相手の人格や行動傾向の評価に基づく、相手の意図に対する期待」のことであり、安心とは、「相手の損得勘定に基づく相手の行動に対する期待」のことである[6]。安心だけでは、企業はステークホルダーからの共感やコミットメントは獲得できないのだ。CSRの本質の一つを企業がステークホルダーとの間に信頼関係を築くことであると捉えると、外圧に頼ることの危うさが理解できるのではないだろうか。

確かに、企業にとって、特に、直接的にビジネス上の利害関係を有さない可能性が高い、NGONPOや障害者を含む社会的弱者といった立場のステークホルダーに大きな配慮をする余裕はないのかもしれない。だが今一度、こういったステークホルダーにも目を向け、耳を傾けてほしい。彼らとの対話や協働といった活動が、経営者や従業員の心に自律的な価値判断を根付かせることになるからだ。CSRは企業の社会的責任に配慮した活動であり、人間らしい感性を必要とする活動でもある。我々は、これまで以上に企業の人間らしさや内部から湧き上がる自律的な価値判断の重要性と必要性を考える必要があるのではないか。

いずれにせよ、CSRの打ち手は、制度のマネジメントという外圧と自律的な価値判断という内圧との高度なバランスで成立しているといえる。損得勘定とは縁を切れない外圧のみを強化していっても信頼の醸成に結びつけることが難しいし、いずれ、合理的な不条理が生じてしまう。合理的な不条理とは、短期的(戦術的)な経済合理性からみれば最もふさわしい選択だと判断された行為が、中長期的(戦略的)に見れば不条理を引き起こすという現象を示す言葉だ[7]。今なお散見される大企業における企業不祥事も、この不条理が原因の一つと考えられる。いくら外圧を強めても、損得勘定に支配された価値判断を持っている企業には効果は薄い。経営者や従業員の自律的な価値判断が内圧となり、外圧とともに両輪として、企業の倫理的な意思決定や活動を後押ししていくことが重要だろう。あくまで、外圧と内圧の両方がCSRの打ち手なのだ。

5.まとめ

これまで見てきたように、CSRの打ち手には、外圧と内圧の二つがある。外圧として機能するハードローとソフトロー、そして内圧として機能する自律的な価値判断。これらは、二律背反でも二者択一でもない。両方の打ち手が、企業のCSRを促し、包括的に規範化していくことがベストである。

例えば寄付は、外圧を動機とすれば、結果としてみれば寄付金総額の増加につながるだろうが、ややもすれば企業にとって負担行為でありコストと位置づけられてしまう。一方で、内圧が動機となれば、そこには寄付主体である企業と寄付を受ける(客体)側の団体・個人との結びつきが新たに生じる。寄付する相手をもっと知りたい、寄付の結果を知りたい、これは内圧を動機としなければ生じづらい感情である。とはいえ、内圧だけですべての企業が進んで寄付に励むわけでもない。外圧にも内圧にも一長一短がある。

CSRが普及し、企業経営における常識として一定のポジションを得始めている今だからこそ、我々は改めてCSRがどんな打ち手によって後押しされているか、また、されるべきなのかなどを精査する必要がある。ここでは取り上げられなかったが、SRI(社会的責任投資)やESG投資なども、企業にとって外圧となる。制度をマネジメントすることで外圧を整える動きは活発だが、内圧を強めるような仕掛けを我々は考えていくべきではないか。

企業が千差万別であると同様にCSRの実践方法も千差万別であるが、CSRが善きビジネスの追求であるという本質は変わらない。本稿や『CSR白書2018』が、CSRを後押しする打ち手を改めて探すきっかけになれば幸いである。

[1] アンケート調査結果の詳細は、本書『CSR白書201819頁を参照のこと。

[2] なお、CSRに関するハードローは、もちろん、会社法だけではない。例えば日本では、障害者雇用促進法、障害者優先調達促進法、金融商品取引法、環境配慮促進法など、さまざまな法律が既に制定・施行されている。本稿は紙幅の関係もあり、会社法を中心に取り上げている。

[3] より詳細な点は、倉持一(2016)『中国のCSR(企業の社会的責任)の課題と可能性-善き経営の実現に向けて-』丸善プラネット、を参照されたい。

[4] 東野泰典(2014)「インド新会社法の要点解説」『KPMG Insightvol.5/ Mar.2014

[5] スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会(2017)『「責任ある機関投資家」の諸原則《日本版スチュワードシップ・コード》~投資と対話を通じて企業の持続的成長を促すために~』

 https://www.fsa.go.jp/news/29/singi/20170529/01.pdf 

[6] 山岸俊男(1999)『安心社会から信頼社会へ-日本型システムの行方』中央公論新社

[7] 菊澤研宗(2014)『戦略の不条理-なぜ合理的な行動は失敗するのか-』光文社新書


倉持一(くらもち はじめ)

東北公益文科大学公益学部准教授

立教大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了、博士(経営学)。専門領域は、高い倫理観と透明性を土台とし、社会と企業とに高い付加価値をもたらすビジネスモデルの探求。特に、同ビジネスモデルに効果的な企業と外部組織との協働に必要となる信頼とコミュニケーションに強い関心がある。著書に、『中国のCSR(企業の社会的責任)の課題と可能性――善き経営の実現に向けて』(丸善プラネット、2016年)などがある。

倉持 一

  • 東北公益文科大学准教授