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【新春特別企画:展望2020】市場規模とイノベーション

【新春特別企画:展望2020】市場規模とイノベーション

January 30, 2020

私の最近の研究テーマの一つは、市場規模が企業の研究開発インセンティブに与える影響と、それによりどのような効果が経済にもたらされるかを理解することです。2020年も色々な角度からこの研究テーマを引き続き進めていきたいと思っています。

「市場規模が大きいほどイノベーションが促進され、より速やかな生産性向上につながる」という発想自体は、それほど目新しいものではありません。実際、この発想はポール・ローマー(2018年ノーベル経済学賞)の研究をはじめ、最新の経済成長理論モデルの根幹を成しています。これらの理論モデルでは「GDP(国内総生産)で測った経済規模が大きい国ほど、より研究開発投資がされ、経済成長率が高い」という「経済成長における規模の効果」と通常呼ばれる命題が導かれますが、実証研究ではこのような命題は否定されてきました。

その理由の一つとして考えられるのが、ほとんどの理論モデルでは市場規模の構成が考慮されていないことでしょう。特に、市場規模が大きいのは人口が多いからか、あるいは一人当たりの国民所得が高いからかが区別されていません。例えば、オランダの一人当たりの国民所得はナイジェリアの約10倍ですが、ナイジェリアの人口はオランダの約10倍なので、トータルで見れば両国の市場規模はほぼ同じです。したがって標準的な規模効果モデルを単純に適用すれば、「ナイジェリアとオランダではほぼ同程度に研究開発投資が行われ、ほぼ同程度に経済成長する」と予測されるわけです。エレーヌ・ラッツアー 、マチュ・パランティと共同で私が執筆した最近の論文[1]において、標準的な経済成長モデルの中に組み込まれている消費者需要モデルを、より実証研究の結果に整合的な形に変更したらどうなるか分析を試みました。すると「市場規模の一定の条件の下では、 一人当たりの国民所得が大きく人口規模の小さい国の方が、一人当たりの国民所得が小さく人口規模が大きい国よりも、研究開発投資がされ、経済成長率も高い」という命題が得られました。つまりオランダの方がナイジェリアよりも多く研究開発投資がされ成長率も高いということになります。今年もこの理論的な枠組みをさらに拡張し、さらに多くの検証可能な命題を導き出したいと思っています。

市場規模の構成は、イノベーションと貿易のパターンを理解する際にも重要です。産業部門間の市場規模の構成が国ごとに異なり、企業が輸出市場よりも国内市場に反応するなら、研究開発投資の産業部門間の配分は国ごとに変わってきます。その結果、比較優位のパターンが生じます。すなわち、他国と比較して他の分野より比較的国内市場が大きい分野に比較優位を持つことになります。ポール・クルーグマン(2008年ノーベル経済学賞)は、これを自国市場効果(home market effect:HME)と呼びました。

写真提供: Getty Images

言われてみれば当然のことと思われるかもしれませんが、これは実に画期的な理論でした。従来の貿易理論では市場規模とは無関係に比較優位のパターンが決定されたため、ある製品の国内市場が大きければ、その国は当該製品の輸入国になると説明されてきました。しかしHMEを根幹とする新貿易理論では、ある製品の国内市場が大きい国ほど、その部門での研究開発が促進され、その結果、その部門での競争力が相対的に向上し、輸出する傾向が強まると説明されます。例えば、従来の貿易理論は「イタリア人はコーヒーが好きだからコーヒーを輸入する」と説明するには十分ですが、「イタリア人はコーヒーが好きだからエスプレッソマシンを輸出する」と説明するには新貿易理論が必要になります。

ただ、クルーグマンのモデルは極めて単純定型化されており、一般的な条件の下でHMEがどのような形をとるのかという点について、既存の文献では混乱が見られました。そこで私は最近の論文[2]で、クルーグマンのモデルより一般的なHMEモデルを提示しました。このモデルでは、市場規模の部門間の構成が一人当たりの国民所得に依存する可能性も考慮しています。そのため、先進国と発展途上国の間でのイノベーションと貿易のパターンに関する検証可能かつ興味深い示唆が得られています。今年もこの研究をさらに継続発展させる予定です。

イノベーションは立て続けに集中して起こることが多いため、景気変動の大きな要因にもなりえます。そうした変動の発生メカニズムを解明しようと色々なモデルが開発されてきましたが、市場規模がイノベーションに影響を与えることによって経済の不安定性を招く原因になるという可能性については、全く分析されていません。私は現在、フィリップ・ウシチェフとの共同研究で「市場規模が大きいほどイノベーションが集中して起こることで、経済の不安定性が高まり景気変動が発生する」可能性を示唆した理論モデルの構築[3]に取り組んでおり、今年はこのプロジェクトも進展させたいと考えています。


[1] Hélène Latzer, Kiminori Matsuyama, and Mathieu Parenti, “Reconsidering the Market Size Effect in Innovation and Growth,” CEPR-DP14250.
[2] Kiminori Matsuyama, “Engel’s Law in the Global Economy: Demand-Induced Patterns of Structural Change, Innovation, and Trade,” Econometrica, Vol. 87, No.2 (March 2019): 497-528.
[3] フィリップ・ウシチェフと共同で、論文“(De)stabilizing Effects of the Market Size in Innovation Dynamics”を執筆中。

 

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    • 松山 公紀/Kiminori Matsuyama
    • 元東京財団政策研究所チーフ・サイエンティフィック・アドバイザー
    • 松山 公紀
    • 松山 公紀
    研究分野・主な関心領域
    • マクロ経済成長発展
    • 国際貿易

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