【新春特別対談】2019年、日本の直面する課題とシンクタンクの役割(上)――学界と現場を知る人と社会との接点に

日米と拠点を異にしながら、ともに経済学界をリードしてきた松山所長と伊藤評議員。2018年12月20日、小林研究主幹の司会のもと対談し、学生時代を振り返るとともに、経済学の潮流、経済理論と政策の関係、日本の直面する課題、そしてその解決策を論じた。2019年、日本や世界が良い方向に進んでいくためには何が必要か、シンクタンクの果たすべき役割とは――

【出席者】※写真右から
伊藤元重(東京財団政策研究所評議員/学習院大学教授)
松山公紀(東京財団政策研究所所長/ノースウエスタン大学教授)
[モデレーター]小林慶一郎(東京財団政策研究所研究主幹/慶應義塾大学教授)

刺激的な存在だった

小林 2018年12月、松山さんが当研究所の所長に就任されました。それを機に、評議員の伊藤先生とのご対談で2019年を展望し、日本や世界が良い方向に進んでいくためには何が必要なのかを論じていただきます。
お二人は、学生時代から接点がおありだったのですか。

伊藤 ええ、松山さんとは長くて……。私が東京大学に助教授として来た時大学院生だった松山さんと知り合い、彼はその後ハーバード大学に移るのですが、私も同大学を訪れる機会があると、コーヒーを一緒に飲んで話をしたりしました。若いころから嘱望されている理論経済学者です。
印象的なのは、論文や学会発表のイントロダクションのインパクトが強いことです。専門的な難解な内容なのですが、一般の研究者にも印象に残るイントロダクションを書いたり話したりされる。

小林 伊藤先生は貿易理論がご専門ですから、お二人は研究分野も近い……?

松山 そうですね。それに年齢も近い。私が東大大学院で経済学を勉強し始めたとき、宇沢弘文先生、小宮隆太郎先生、根岸隆先生、浜田宏一先生など大御所がいらっしゃったのですが、世代が違う。留学を考えていた時に、伊藤先生が米国から帰ってこられ、次から次へとどういう論文を書こうかと精力的に研究をしていらした。宇沢先生、小宮先生、根岸先生、浜田先生のようなすでに完璧にエスタブリッシュされてしまった先生以上に、私にとっては刺激になったのをよく覚えています。
「この本を一緒に読んでみようか」という感じで気軽に親しくさせていただいて。米国の大学院で博士号を取得し、現地で就職された経験をお持ちなので、自分にとっては役に立つ「最新の西洋事情」(笑い)。それが刺激になって、ハーバード大学に留学することになりました。
その1年後、伊藤先生が客員教授としてハーバード大学に来られました。研究計画を立てると最初に相談させていただいたりして、日本人の自分が米国の大学院で勉強していく上で心強かったです。

伊藤 ……というのは33年前の話で(笑い)。その後、着実に実績を積まれ、さらにマクロ経済分野にまで研究対象を広げられた。特に、マクロ経済の不安定性のメカニズムの解明や経済構造変化と経済格差の研究などで著名な成果をあげられている。幅広い視点から経済を見て米国で活躍されてきた方が当研究所の所長に就任されたということで、楽しみです。

サックス教授との出会い――理論の政策的意味を考えるきっかけに

松山 最初はミクロ経済学理論を専攻しようと思っていたのです。ところが、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)、全米経済研究所(NBER)などの研究者は、シカゴ大学やスタンフォード大学の研究者たちと比べると、政策に対するインパクトを重視します。理論的な研究に対しても、「それは政策的にどういう意味があるのか」と教授たちに厳しく質される。特に、私が指導教官として選んだジェフリー・サックス(当時ハーバード大学教授、現コロンビア大学地球研究所長)はそうでした。

伊藤 彼は年齢的にはわれわれより少し上くらいでしょうか。

松山 私がハーバード大学大学院に移ったのが25歳。その時、彼は29歳でした。ちょうど最少年でテニュアの教授になった年です。

小林 彼は実証研究ではないのですか。理論もなさっていたのですか。

松山 政策提言で有名ですが、理論立てて物を考えます。まず理論があって、それをどれだけ現実に適用できるかを試すのではなく、現実の問題にあわせて、どういう理論がふさわしいかを考えるタイプです。

伊藤 サックス夫人は医者だそうです。病気を治すには理論が大事。病状にあわせて必要な措置をしないといけない、とあるセミナーで話していたのを覚えています。まさにそういうことですよね。

松山 彼は理論を理解した上で違った角度から、政策に落とし込んだときに考えなくてはいけないこと、自分では気づかないようなことを助言してくれました。
私は理論が専門ですが、イントロダクションでは幅広い人が興味を持ってくれるように問題提起するようにしています。それができているとしたら、サックスのおかげです。

理論的な視点を提供する――政策研究所の所長として

伊藤 あるセミナーで松山さんが話されたことで印象的なことがありました。欧州連合(EU)統合における中心と周辺(center and periphery)についてです。2つの仮説があって、1つは域内で貿易が進むので、賃金が安いポーランドやポルトガルなどの周辺が得をして、全体として収れん(convergence)が起こる。もう1つは、人や情報が自由に動く中では最適な資源が中心にいって、むしろ周辺は厳しくなる。理論をどう組み立てるかによってどちらも出てくるのだろうけれども、今まさにそういう問題が起こっている。欧州統合の重要な問題を突いています。
シンクタンクの役割としてはそういうところがあると思うのです。調査結果を発信することも大事ですが、世の中に視点を提供する。例えば、日本の金融政策あるいはEU統合などの論点はどこにあるのか。理論的な視点をしっかり持っている中で現実をとらえることは重要です。

松山 先日、北京大学の新研究所設立イベントに出席しました。そこであるポーランドの経済学者がこう言っていました。ポーランドはEUに統合されたことによって、経済成長を遂げた一方、欧州全体の経済産業構造の中の一つの歯車になってしまった。つまり、ドイツの下請けというかたちで雇用が増えて、経済成長したけれど、本当の意味での下請けになってしまい、才能のある技術者や企業家はドイツに移ってしまった。中所得国の罠(middle-income trap)に陥る危険性があるということです。自分の理論的枠組みが頭の中にあると、いろいろな話を聞いても整理しやすい。

伊藤 そもそも、経済学の目的の一つはコミュニケーションです。ふだん同じ土壌で考えているから、より早く、深くいろいろなことが議論できる。
国際的に活躍されている松山さんには、所長ご就任を機にぜひ海外での議論を日本に伝えてもらいたい。
3カ月ほど前に出席したモロッコでのフランス主催の会議で、ジャンクロード・トリシェ(元欧州中央銀行[ECB]総裁)と、アショカ・モディ(元国際通貨基金[IMF]、現プリンストン大学客員教授)が登壇しました。モディは2018年6月に著書EuroTragedy(ユーロの悲劇)を出版し、ユーロを徹底的に批判しています。それに対して、トリシェはECB総裁として誕生間もないユーロの信認確保に努めた人物ですから、ユーロを擁護する立場です。客席で聴いていてびっくりするくらい激しい戦いになるわけです。こうした、単一通貨ユーロの導入に対して激しい論争が海外で繰り広げられていることは、日本ではほとんど聞こえてきません。海外で行われている議論を日本でいろいろなかたちで発信していただくと、刺激になります。

松山 逆に、日本での議論を海外に伝えることも重要だと思っています。海外では日本での議論がなかなかみえてきません。日本は課題先進国です。ほかの国に先駆けて新たな課題に直面しているわけですから、海外から日本で今起きていることに対する興味は持たれているはずです。
また、日本では政府や金融機関に紐づいたシンクタンクがほとんどなので、独立系のシンクタンクの存在は重要です。日本国内でどういう議論がなされているのかを海外の人が知りたいと思ったときに、最初にアクセスするのは当研究所のウェブサイトである、という状態にしたい。自分の持つコネクションを生かして、当研究所の認知度を高めることに貢献できればと思っています。

伊藤 インターネットの広がりにより、内外のロングテールのニーズを取り込むことが可能になりました。例えば、今の日本の金融政策、高齢化の中での社会保障政策については、ごく少数かもしれないけれど、海外で関心を持っている人は当然いる。まずはそこにしっかり届けていくことが重要です。もちろんそれがビッグイッシューになって、まさに社会保障問題は日本がフロントランナーだから注目しようというふうになれば、それは結構なことです。しかし、リサーチを考える上で、特定の分野でのしっかりした調査分析を的確に発信していくということは一つの方向と思います。

シンクタンクの役割とは――現実に耳を傾けて

小林 伊藤先生はシンクタンクのトップとしても松山さんの先輩にあたります。理論研究を重ねてこられる中で、日本や世界の政策についても発信するお立場になった。

伊藤 私が総合研究開発機構(NIRA)の理事長に就任した当時は、廃止するのか民営化するのかの選択を迫られているときで、シンクタンクはどうあるべきかについてずいぶん議論しました。
シンクタンクは、短期的な事象を追いかけるジャーナリズムとじっくり腰を落ち着けて研究するアカデミアの中間的な側面を持ちます。そのときどきの重要なテーマや問題に対して的確な専門的な発信ができるかどうか。ベストなのは、誰も気づいていない重要な問題を提起することです。一方で、ジャーナリズムだけではなく政府を含めた社会との接点を持つと同時に、一定の距離を置きながら、アカデミアの人たちと組んでいくことが重要です。

小林 経済学上の問題の中でも、特に金融政策、消費税の問題などは、ジャーナリズムをはじめ一般社会の認識と、アカデミアの世界の認識にずれが生じています。

伊藤 通商問題もそうです。

小林 まさにトランプ現象のようなことが世間では起こりがちです。それに対しては、シンクタンクがアカデミアのある意味正しい議論をかみ砕いて一般にわかるようにしていくことをコツコツやっていくしかないのか……。

松山 そうですね。

伊藤 これまでは「ポピュリズム(大衆迎合主義)」の動きが一部にあっても、能力の高いジャーナリストや政府の役人、場合によっては経済学を勉強している学生などを通じて議論を少しずつ広げていくことが結果的には社会全体に広がっていく、というある種の楽観論をわれわれは持っていたわけです。だから、激しい反対にあっても農業の自由化などについて一所懸命発信してきた。しかし、トランプ現象のようなものを目にすると、大衆層とある種の知的環境にある人との間に結構大きな断層があって、これまでのように楽観論を広げていけばいいわけではないように感じています。

松山 コミュニケーションは一方向ではまずい。一般の人に経済学の見地から丁寧に説明するとともに、民間の実際に現場を見ている人たちの意見を聞いて、それを自分たちの経済理論の枠組みの中に取り入れていくことも大事です。そこには学者が気づいていない貴重なレッスンがあるかもしれない。
そういう面でサックスは上手ですが、最も素晴らしいのはポール・クルーグマン(元MIT教授、現ニューヨーク市立大学大学院センター教授)です。以前は新古典派の貿易理論で貿易の利益を訴え続けていた。しかし、現場からすると、理論の世界と乖離があるという。そこでクルーグマンは現場の意見をうまく取り入れて理論に組み込み、実務に近い人たちにも説得力をもって説明できるようになったのです。

伊藤 シンクタンクは一般大衆や社会、政策コミュニティに発信するだけでなく、アカデミアに発信してアカデミアを再教育する面も必要かもしれませんね。たしかに、クルーグマンの論文などを読んでいると、はっとさせられることがあります。

小林 日本でもデフレと高齢化についての論争がありました。日本総合研究所主席研究員の藻谷浩介氏が「デフレは高齢化に伴う生産年齢人口の減少という人口動態が主因である」と主張すると、経済学者から人口とデフレはなんの関係もないと批判されました。しかし、ブラウン大学准教授のガウティ・エガートソンらが2014年に発表した論文”A Model of Secular Stagnation” (長期的停滞のモデル)によると、ケインジアン的なモデルですが、人口増加率が落ちるとデフレ傾向が強まることが簡単なロジックで理論化されている。標準理論だと「そんなことはありえない」とみんなが思っていることが、実はその通りだったということもある。

松山 実際、クルーグマンが2008年にノーベル経済学賞受賞講演で述べています。「現実を知っている人たちの言っていることに耳を傾けよ。そこに学者にとって役に立つ新しいアイディアが隠れているかもしれない」と。当研究所が学界と現場を知っている人との接点になればいいですね。(下につづく)

 

伊藤元重
東京財団政策研究所評議員/学習院大学教授、東京大学名誉教授
1974年東京大学経済学部経済学科卒業、1978年ロチェスター大学大学院経済学研究科博士課程修了、1979年Ph.D.(ロチェスター大学)取得。1982年4月東京大学経済学部助教授、1993年同教授、1996年同大学院経済学研究科教授などを歴任し、2016年より学習院大学教授。この間、2006~14年総合研究開発機構(NIRA)理事長。税制調査会委員、経済財政諮問会議議員など多くの要職を務める。著書に『伊藤元重が警告する日本の未来』『伊藤元重が語るTPPの真実』ほか多数。

松山公紀
東京財団政策研究所所長/ノースウエスタン大学経済学部教授
1980年東京大学教養学部国際関係学科卒業。1987年ハーバード大学経済学部博士課程修了(Ph.D.)。同年ノースウエスタン大学経済学部助教授、1991年同准教授、1995年より同教授。2018年12月より東京財団政策研究所所長。現在、Econometric Society終身フェローのほか、Centre for Economic Policy Research (CEPR) リサーチフェローを務める。これまでにマサチューセッツ工科大学(MIT)客員教授、シカゴ大学客員准教授、スタンフォード大学フーバー研究所客員フェローを歴任。

小林慶一郎
東京財団政策研究所研究主幹/慶應義塾大学教授
1991年東京大学大学院工学修士課程修了、1998年Ph.D.(シカゴ大学)取得。経済産業省、経済産業研究所、一橋大学経済研究所などを経て、2013年より慶應義塾大学経済学部教授。2018年より東京財団政策研究所研究主幹。専門はマクロ経済学、金融危機、経済思想など。2001年日経・経済図書文化賞(『日本経済の罠』)、2002年大佛次郎論壇賞奨励賞(『日本経済の罠』)受賞。著書に『財政破綻後 危機のシナリオ分析』(編著)、『財政と民主主義 ポピュリズムは債務危機への道か』(共著)など。


(次週公開予定)「2019年、日本の直面する課題とシンクタンクの役割(下)――やってみなければわからない、だから面白い」

松山 公紀

  • 所長

研究分野・主な関心領域

  • マクロ経済成長発展
  • 国際貿易

伊藤 元重

  • 東京財団政策研究所評議員/学習院大学教授
小林慶一郎

小林 慶一郎

  • 研究主幹

研究分野・主な関心領域

  • マクロ経済学
  • 金融危機
  • 経済思想

研究ユニット

経済政策・経済思想ユニット