【書評】『大陸関与と離脱の狭間で ―イギリス外交と第一次世界大戦後の西欧安全保障―』大久保明著(名古屋大学出版会、2018年)

評者:菅原健志(愛媛大学法文学部講師)


1. はじめに

本書は、第一次世界大戦後の西ヨーロッパにおける安全保障に対するイギリス外交についての研究書である。2020年1月31日にイギリスがEUから離脱したことからも明らかなように、イギリス外交においてヨーロッパ大陸諸国との関係は、常に議論の対象となる重要なテーマである。本書は1916年から1925年までのイギリスの西欧安全保障政策を、主にイギリスの一次史料に即しながら実証的に分析し、イギリスのヨーロッパ大陸への関与のあり方について論じている。以下で本書の概要を紹介するとともに、本書に対する評価を試みることとしたい。

2.本書の概要

本書は序章と終章を含めた7つの章から成り立っている。

・序章

序章では本書の議論の背景や先行研究などが説明されている。本書の議論の背景には、第一次世界大戦後に成立したヴェルサイユ条約および、それに基づく国際秩序であるヴェルサイユ体制をどのように評価するかという問題がある。ヴェルサイユ条約は敗戦国であるドイツに過酷で懲罰的な内容であり、ヴェルサイユ体制が平和と安定を維持できなかった原因は、ヴェルサイユ条約そのものの欠陥にあるというのが通説となっている。

これに対し近年新たな史料の公開などにより、ヴェルサイユ条約およびヴェルサイユ体制の再評価が試みられている。最近の研究では、ヴェルサイユ条約は機能しうる国際秩序を生み出していたと評価され、ヴェルサイユ体制崩壊の原因は、ヴェルサイユ条約そのものにあるのではなく、むしろヴェルサイユ条約を執行する各国の外交にあったとする。本書はこの最近の研究成果を踏まえ、イギリス、フランス、ベルギー、ドイツを中心とするライン川周辺地域の安全保障問題に着目し、1916年から1925年までのイギリス外交とヨーロッパ大陸への関与のあり方について各章で分析を進めていく。

・第1章 西欧に関する戦後構想 1916-18年

第1章では、第一次世界大戦中に既にイギリス政府内で議論されていた、戦後国際秩序構想が取り上げられる。1916年時点ではイギリス、フランス、ベルギーによる同盟締結が提唱されていた。

しかし1918年になると、同盟ではなく国際連盟による集団安全保障によって戦後の平和を維持するという考えがイギリス政府内で主流となった。そのような中で第一次世界大戦が終結し、パリで戦後国際秩序についての議論が行われることになったのである。

・第2章 パリ講和会議における西欧安全保障問題 1919年

第2章では、パリ講和会議において決められたヴェルサイユ条約の内容が議論される。ヴェルサイユ条約が定めた安全保障の枠組みは、ラインラントの非武装化、英仏・米仏保障条約の締結、国際連盟による集団安全保障という3種類の政策を内包するものであった。

このパリ講和会議で決められた内容を本書は、「この枠組みが維持されていれば、再度の大戦勃発は抑止されただろう」と高く評価している(190頁)。そして条約体制の成否は各国の外交を司る政治家たちにかかっているとし、「ドイツに対する金融面での寛大さと、安全保障面での厳格さを両立させることが、最良の運用方法だった」というイギリスの歴史研究者の評価を引用し賛同している(190頁)。

・第3章 フランスとベルギーへの保障の再検討 1919-20年

第3章では、ヴェルサイユ条約調印後から1920年までの、フランスおよびベルギーに対するイギリス外交が取り扱われる。パリ講和会議で決められた安全保障の枠組みは、会議の閉会後に徐々に解体されていった。まずアメリカ上院がヴェルサイユ条約および米仏保障条約の批准を拒否したため、国際連盟にアメリカは参加せず、米仏保障条約も発効されなかった。その結果、英仏保障条約も未発効ということになった。これはイギリスが、単独でフランスの安全を保障するという事態を避けるため、英仏保障条約は米仏保障条約が批准された時にのみ発効するという条件を付けていたからである。

これに対しフランスは、同盟の締結による安全の確保へと動く。同じくイギリスからの安全保障の供与を拒否されたベルギーとの間に仏白軍事協定を結んだフランスは、イギリスに対して英仏同盟の締結を打診するようになった。

・第4章 英仏・英白同盟交渉の挫折 1921-23年

第4章では、1921年から1923年にかけてイギリス、フランス、ベルギーの間で行われた同盟交渉が分析の対象となる。フランスとの同盟に対するイギリス国内の反応は様々で、英仏同盟の推進派と慎重派、さらにはヨーロッパ大陸への関与そのものに批判的な帝国派などがあり、なかなか意見がまとまらなかった。

このようなイギリスの対応に不信感を募らせたフランスとベルギーは、自らの安全を確保するため、ヴェルサイユ条約の履行をドイツに強制するようになる。その結果生じたのがルール占領であり、これにドイツが抵抗することで、ヨーロッパは再び危機に直面することになった。このルール危機に対しイギリスは好意的中立を採り、フランスおよびベルギーとの関係悪化を回避したが、英仏・英白同盟交渉は完全に停止してしまった。

・第5章 ロカルノ条約の形成 1924-25年

第5章では、ドイツを含む新たな多国間条約であるロカルノ条約の成立過程が論じられる。1924年になると国際連盟において、集団安全保障の強化を目的としたジュネーヴ議定書が議論されるようになった。これに対しイギリスは、ジュネーヴ議定書を世界中の紛争への無制限の関与をもたらすものとして拒否し、代わりにドイツを含むヨーロッパ協調を模索する。同時期にドイツから提案された相互不可侵協定案を契機に交渉が始まり、最終的にロカルノ条約の締結へと至った。

ロカルノ条約はフランスが求めていた安全保障を提供し、特に西ヨーロッパの安定に寄与した。しかしロカルノ条約においても、イギリスが有事の際に自動的にヨーロッパ大陸に介入する義務を負うことはなかった。このようにイギリスによるヨーロッパ大陸への関与が最小限のものにとどまった点を本書は重視し、ロカルノ条約に基づく安全保障枠組みを「一九三〇年代の荒波に耐えられるほど堅牢なものではなかった」としている(399頁)。

・終章 

終章では、各章における議論がまとめられている。本書の分析対象である1916年から1925年までのイギリスにおいて、フランスやベルギーとの同盟に対する賛成は常に少数であった。ロカルノ条約にみられる第一次世界大戦後のイギリスのヨーロッパ大陸への関与のあり方について、本書は「調停者」としての役割を果たすものであるとし、1920年代後半には有効だったことを認めつつ、1930年代には「方針転換が必要となる」ものだったとしている(408頁)。

しかし現実には1930年代のイギリスは1920年代の政策の大部分を継承し、新たな国際情勢への対応が遅れてしまったために、第二次世界大戦の勃発を防ぐことに失敗した。そして第二次世界大戦後のイギリスの「大陸関与」は、1920年代前半の構想をなぞるものであったと指摘して本書は閉じられる。

3. 本書の意義

本書の意義として次の二点が挙げられる。一点目は、第一次世界大戦後の西ヨーロッパに対するイギリス外交の実証的解明である。本書はヨーロッパ大陸への関与に関するイギリスの様々な政策構想を、一次史料を中心に用いた綿密な裏付けにより明らかにしている。

二点目は、戦間期の国際秩序を巡る歴史研究の新たな展開を示した点である。本書のように戦間期をテーマとし、堅実で伝統的な手法を採用する外交史・国際政治史の研究は、既にやり尽くされたと言われがちである。しかし本書はヴェルサイユ体制の再評価という巨大なテーマを見据えてイギリス外交の分析に取り組んでおり、戦間期の外交史・国際政治史研究にまだまだ研究の余地があることを示していると言えよう。

4.課題と期待

最後に本書の主張に対して疑問点を提起したい。それは本書が分析の対象としている、1925年までのイギリスのヨーロッパ大陸への関与に対する評価についてである。フランスへの保障供与に消極的で、ドイツの国際社会への早期復帰を目指すイギリスについて、本書は批判的である。他方で英仏同盟など、フランスとの緊密な協力が持つ可能性に本書は好意的である(405頁)。

しかし実際にイギリスが締結したロカルノ条約に対しては、少なくとも1920年代末までヨーロッパの安定に貢献したと本書は認めている。そしてロカルノ条約が1930年代の国際情勢に耐えられなかった点と、1930年代のイギリスの方針転換が遅すぎた点を本書は批判するのである。そうであれば1920年代のイギリスのヨーロッパ大陸への関与は、その時点での国際情勢に適合してある程度成功しており、大恐慌などにより状況が大きく変わった後の1930年代のイギリスのヨーロッパ大陸への関与に問題があったという評価はできないだろうか。

以上の疑問点は評者の拙い思い付きであり、本書の価値を損なうものでは決してない。本書により戦間期の外交史・国際政治史研究が活性化し、1925年以降の時代や東ヨーロッパの安全保障なども分析された戦間期の包括的な研究が登場することを期待してやまない。