<新型コロナ問題と税・社会保障>その5:ポスト新型コロナの医療提供体制

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<新型コロナ問題と税・社会保障>その5:ポスト新型コロナの医療提供体制

新型コロナウイルス禍を契機とし、わが国の医療提供体制を巡る議論について、改めて確認されたことがある。以下示す4点に共通するのは、いかに効率的な資源配分を行っていくかということである。

1. 治療偏重の是正

1つめは、わが国の医療政策における「治療」への関心の偏重である。2年に1度、診療報酬が改定される。その改定幅は、医療機関の経営に直結し、翌年度の一般会計予算に大きな影響を与えることなどから、医療政策における一大イベントとして注目を集める。診療報酬とは、医療機関(病院、診療所、調剤薬局の3つ)において患者が保険診療を受けた際、診療行為に対して支払われる公定価格(保険給付と窓口自己負担の合計)である。マクロの医療費統計である「国民医療費」は、そうした診療報酬の集計値にほぼ等しい。よって、国民医療費というより国民治療費と呼んだ方が実態に近い。

保健所は、新型コロナウイルス感染症の相談窓口、PCR検査の実施など、まさに「医療」を担っているが、治療を担う医療機関ではない。よって、保健所の人件費、物件費、施設整備費などは診療報酬で賄われる訳ではなく、都道府県および保健所設置市の保健衛生費として歳出され、その原資は住民税および地方交付税交付金などである。診療報酬を引き上げても、全国に469ある保健所に財源が回る訳ではない。

保健所が担っている業務は、公衆衛生と呼ばれる分野であり、感染症の予防は公衆衛生の主要構成項目である。公衆衛生には、そのほか、企業の実施する健康診断、産業医の配置、健康保険組合など保険者の実施する特定健診(いわゆる成人病健診)・特定保健指導、地方自治体の実施する各種予防接種や母子保健、精神保健衛生、ワクチン備蓄など様々ある。これらは、何れも健康を支える重要な政策分野であるが、診療報酬を引き上げても直接はその充実に結びつかず、国民医療費にも計上されない。診療報酬やほぼその集計値である国民医療費に過度に焦点が当たるのはいびつと言える。

われわれの関心を「治療」からより広義に「健康」全般に拡げ、そのなかで最適な資源配分を探る必要がある。そのためには、費用統計も「国民医療費」ではなく、SHASystem of Health Accounts)に基づく健康支出(Health Expenditure)をメインに据える必要がある。SHAは、OECD(経済協力開発機構)、EU(欧州連合)WHO(世界保健機関)によって整備されたいわば健康分野における国民経済計算(SNA)であり、健康支出には、治療費のみならず、公衆衛生も当然含まれている。予算が限られるなか、治療から公衆衛生に資源を振り向ける――といった議論も、健康支出であれば容易になる(ただし、一定程度の正確性を持って推計されていることが前提となる)。

2. かかりつけ医の制度的な裏付け整備

2つめは、「かかりつけ医」の普及が求められながら、制度的な裏付けが未整備なことである。自治体から住民に向けられた広報誌などにも、継続的な発熱など新型コロナウイルスへの感染が疑われる場合、かかりつけ医がいる人はかかりつけ医に、いない人は自治体の相談窓口に連絡せよと記載されている。もっとも、わが国の医療保険制度は、病気やケガをしてはじめて医療機関を受診する疾病保険の形をとっているため、慢性疾患を抱えている人や妊婦でもない限り、日頃の医療機関とのコンタクトは限られるし、患者側が日常的接触のある医師をかかりつけ医だと思っていても、医師の側にその認識があるとは限らない。そもそも保険制度上では疾病保険でありながらかかりつけ医の普及を目指すのは矛盾も含んでいる。

こうした状況を根本的に改めるには、まず、健康状態良好な潜在的患者も含め、患者と医師との間で、事前にかかりつけ医である旨の合意をしておく必要がある。かかりつけ医を決めるのに際しては、医師に関する情報、例えば、いざとなればその医師がどのような病院と連携しており、入院が可能なのかなど基礎的な情報が必要である。いったん、かかりつけ医を決め、自らの健診結果、既往歴、服薬履歴、家族状況、勤務状況などの情報を集約しておけば、何か相談するにしても話が早い。

医師は、現行の出来高払いの報酬制度のもとでは、潜在的患者が健康を維持し、来院しないことには売上が立たないから、潜在的患者とも年間契約のような形でフィーが得られるよう報酬制度を改めておく必要がある。以上を、医療政策の用語に当てはめれば、登録医制、人頭払いということになり、そうした医師像は、家庭医、総合診療医などとも呼ばれる。今、健康な人がいかにしてかかりつけ医を持つか、制度的な裏付けを整備していくことが不可欠である。

3. 過剰資本の回避

3つめは、わが国では、2025年度を目途に、都道府県内のエリアをさらに細かく分けた構想区域(ほぼ2次医療圏)ごとに効率的な医療提供体制を構築していくための地域医療構想が進められていることを忘れてはならないということである。それは、財政当局、患者、被保険者にとって重要であるのみならず、わが国の人口が減少していくなかで、医療機関が生き残っていくためにも重要である。

わが国の病床数は、減少傾向にあるとはいえ、主要先進国のなかで突出している(図)。人口1,000人当たり病床数は、わが国は13.1床であり、G7(先進7か国)のなかでわが国に次ぐドイツより5.1床多い。フランスは6床、英国、米国、カナダはそれぞれ2.8床、2.5床、2.5床に過ぎない。今後、わが国では、首都圏では病床数の不足、それ以外ではもっぱら過剰という地域ごとの差はあるものの、病床の機能を分化したうえで、総じて数を抑制していく必要があるという方向性が、各都道府県の必要病床数の推計では示されている。

病床という資本だけでなく、地域医療構想の射程に明確には入っていないが、高額検査機器も同様に過剰である。例えば、人口100万人あたりのCTスキャナー台数も、OECD加盟国のなかで第1位の111台(2017年)と、第2位のオーストラリア64台のダブルスコアに近い水準である。他のG7諸国と比較しても、米国47台、ドイツ、イタリア何れも35台、フランス17台、カナダ15台、英国9台(英国のみ2014年の数値)であるのに対し、わが国の保有台数は際立って多い。

新型コロナウイルス禍においては、わが国でも病床数の逼迫が懸念され、次の報道のようにCTスキャナーの有効性も注目されている。「新型コロナウイルス感染症の重症度の判定にコンピューター断層撮影装置(CT)の画像診断が威力を発揮することがわかってきた。疑わしい例や軽症でもCT画像で肺炎を早期発見できる可能性があり、重症化リスクの見極めや入院の必要性などの判断の手助けとなっている」(日本経済新聞2020510日)。もっとも、こうしたコロナ禍における一時的な病床逼迫懸念などと、平常時の医療需要とは明確に切り分け、地域医療構想の途上にあることを忘れず、過剰資本が温存されるようなことは避けなければならない。

4. 新薬開発を促す薬価政策

4つめは、薬価政策である。新型コロナウイルス感染症の本格的な収束を迎えるには、ワクチン開発が待ち望まれるところであり、かつ、わが国において十分な量が確保されなければならない。わが国の薬価政策が、わが国における新薬開発を積極的にサポートしているか否か点検される必要がある。

例えば、わが国は、特許期間中の新薬も、特許期間切れの長期収載品や後発品などと同様の薬価改定システムであり、2年に一度の薬価調査において市場価格が調査されたうえで、公定価格と市場価格の差の分だけ、引き下げが行われる。長期収載品や後発品については、そうした方法が徹底されるべきであるものの、新薬については、特許期間中において開発コストの回収が保証されなければ、開発の原資も生まれてこない。要は価格設定のメリハリ付けである。新型コロナウイルス感染症は、薬価政策のあり方にも一段の見直しを迫っていると思われる。                          

西沢 和彦

  • 日本総合研究所調査部主席研究員