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アメリカNOW第43号 グーグルの新対中アプローチと米中関係

February 16, 2010

堪忍袋の緒が切れたグーグル

グーグルは「中国におけるビジネス活動を見直す」と、1月12日に発表した。特に中国内専用の検索エンジンであるGoogle.cnで、これまでは中国当局の指示に基づいて検索結果を制限してきたが、今後は制限なしの運用を認められない場合には、同エンジンを閉鎖すると宣言したのだ。

グーグルが中国市場に参入したのは2006年1月。当時から検索結果を制限することについては抵抗があった。というのもグーグルの共同創設者セルゲイ・ブリンは、両親と共にソ連(当時)から亡命しており、自ら体験したことがある国家による弾圧には大変に神経質なのだ。ユダヤ系だったことから、父親は希望していた物理学が学べず、数学を専攻することになり、キャリアも制限されたため、1979年に一家で米国に移民したという経歴の持ち主だからである*1。

中国市場参入について、グーグルは社内議論の末、「たとえ制限してもインターネットでより多くの情報を提供し、社会をオープンにすることが中国市民にとってプラスになるはずだ」との結論に達し、参入を決断した。

ところが2009年12月半ば、これまでとは異なる中国当局による悪質な行為が発覚した。日常茶飯事のサイバー攻撃による知的財産の窃盗行為ではなく、米中欧の中国人権活動家等のGメール・アカウントがターゲットとなり、ハッキングされていたのだ。その1つはスタンフォード大学のチベット解放支援学生団体のリーダーのアカウントだった。またAPの北京支局の記者のアカウントもアクセスされ、メールが転送された。

中国内における検索、フェースブックやツイッター、ユーチューブなどへのアクセスを制限することは、表現の自由の侵害だとしても国内問題である。また中国に限らず、インターネット・オペレーターが特定の国の国内法に順ずるというのは慣例である。

例えば第二次世界大戦後、ドイツではナチスを宣伝することが刑法上、認められておらず、 ヒトラーの自伝「わが闘争」を始め、元ナチ党員の書籍の出版は禁じられている。従って、ドイツ国外のアマゾンのサイトは、ドイツ国内からこれらの書籍の注文があった場合には応じない。

しかし、国内の検閲ではなく、今回のように海外のサーバーにまで侵入して、個人のメール・アカウントをハッキングするという行為は明らかに悪質だ。この行為に気付いたグーグルは、他にもインターネット、金融、技術、メディア、化学産業分野の大手米企業35社あまりがターゲットになったことを知る。

ヤフー、モトローラ、アドビ・システム、ジュニパー・ネットワーク、ラックスペース・ホスティングなどだ。グーグルはこれらの被害者たちに声をかけ、中国のサイバー攻撃問題を一斉に批判しようとしたが、巨大な中国市場に魅了されているこれらの企業の協力を得ることはできなかった。

これを象徴するような事件が、ヤフーの中国当局との協力である。中国人ジャーナリスト師濤は2004年4月、ヤフーのアカウントを利用して中国共産党の文書をアメリカにメールした。そして、この文書は中国民主化推進運動サイトにアップされた。ヤフーはこの問題を調査中だった中国当局に師濤の個人情報を提供してしまった。その結果、彼は海外に国家機密を不法に提供したかどで有罪判決を受け、現在10年の刑に服している。

米議会下院外交委員会が2007年11月の公聴会で、ヤフーの最高経営責任者ジェリー・ヤンを非難した。中国当局による個人情報収集に協力したヤフーの企業倫理が問われる事件であった。

さて、中国で活動しているそのほかの米企業と異なり、グーグルは最悪の場合、中国市場を棄てることも決して不可能ではない。グーグルの中国でのシェアは、百度(バイドゥ)の58%に対し、36%に過ぎず、同社の2009年の総収入218億ドルに占める中国の割合は、2%以下だったからだ。

しかし、中国市場がより重要なマイクロソフトやインテルなどは、今後も中国で活動し続ける姿勢を明らかにしている。ビル・ゲイツは「ビジネスする場合、特定の国の法律に順ずるのは当然だ。」とグーグルの姿勢を批判し、「中国のインターネット検閲は限定的で、簡単に迂回できる。インターネットを繁栄させることが重要だ」と語っている。

ゲイツの発言にも一理ある。というのも中国で検閲を迂回するのはさほど難しいことではないからだ。どうしても海外のサイトにアクセスしたい場合は、プロキシ・サーバーやVPN接続サービスを利用すればよい。しかし、大半の中国人ユーザーはその代金や手間をかける必要性を感じず、巨大な検閲システム「金盾」範囲内の情報で満足している。(中国内の検閲がどのようなものかは、http://chinachannel.hk/からソフトをダウンロードすると実体験できる。)

その後、グーグルが米国家安全保障局(NSA)とサイバー攻撃対策で協力することが報道された。グーグルの防衛力を向上させるのが目的で、コンピューター網の弱点、侵入者の技術能力を分析することで、将来の攻撃を予防するという。

NSAはグーグル事件の調査にあたって、FBIや国土安全保障省の協力も得るようだ。グーグルはNSAに個人情報データは提供しないことになっている。しかし、NSAは同時多発テロ後、裁判所の令状なしで市民の電話やメールを傍受した過去があるため、電子プライバシー情報センター(EPIC)というプライバシー保護団体はさっそく、グーグルとNSAの関係に関する情報開示を求めている。

中国のサイバー攻撃

昨年末の中国による米企業に対するサイバー攻撃は、昨年、トロント大学マンク国際研究所のリサーチャーがレポートした、「ゴーストネット」と呼ばれる監視システムと類似している*2。このレポートは10ヶ月にわたって、チベット関係組織に対する中国のサイバー・スパイ行為を調査したものだ。

中国をベースとした自動スパイ・システムは、メールを利用して、政府組織の数千台のコンピューターに侵入する。そしてアタッカーはターゲットしたコンピューターを制御できるようになると、コンピューター内のデータをスキャンし、その中から必要な情報を盗み、中国内のデジタル倉庫に貯蔵するのだ。最近ではメールにウィルス付きのアドビのpdfファイルを添付して、ターゲットのコンピューターをコントロールする手口を使っている。チベット仏教の最高指導者ダライラマ14世のコンピューターもターゲットとなった。

中国のサイバー・スパイ行為については、米議会超党派政策諮問機関の米中経済安保調査委員会によるサイバー戦争に関する報告書も警告している*3。同報告書はオープン・ソースに基づくアセスメントだが、中国が米政府、企業に対して高度のスパイ行為を長期的に展開していることが指摘されている。

ターゲットとなっているのは防衛技術データ、米軍作戦情報、対中政策情報などで、中国政府にとって高価値の情報ばかりだ。これらは一般市民にとっては、金にならない意味のない情報である。こうして入手した情報は中国人民軍の近代化に多いに貢献していると言われている。

サイバー攻撃を一番、盛んに行っているのは中国ではなく、実はロシアやブラジルだが、両国の場合、クレジット・カードや銀行口座などの金融情報をターゲットとしている民間犯罪者によるハッキングであるのと全く性質が異なる。報告書は2007年だけでも米政府のコンピューター・ネットワークから最低、10から20テラバイトの情報が盗まれており、その後も増えている一方だと指摘している。

パワーポイント、アドビのpdf等の添付ファイルを利用したサイバー攻撃手法はなかなか巧妙である。ターゲットのネットワークのメンバーやグループからのメールを利用して、攻撃する。例えば報告書で実例として紹介されているのは、ワシントンで実際に開催された国防会議の通知メールだ。そのメールには会議のプログラムや申込書のpdfファイルのリンクが記載されている。ところがそのリンクは偽で、ダウンロードするとアタッカーがコンピューターを遠隔制御できるウィルスが盛り込まれているのだ。

筆者の知人の在米の北東アジア研究者はカート・キャンベル国務次官補をはじめとする国務省高官名の偽メールを受け取ったことがあるそうだ。この場合はメールアドレスの終わりがcn(China)で、中国発とわかったため、添付ファイルは開けずに処理したという。

クリントンのインターネット・スピーチ

クリントン国務長官は1月21日、ワシントン市内で「インターネット・フリーダム」に関する演説した。場所はこのトピックに最適の「ニュージアム」というメディア企業が設立したニュースの重要性を展示している博物館だ。

インターネットの自由が米外交政策の優先課題であると初めて明らかにした演説で、「社会で情報の自由な流れを混乱させる者は経済、政府、市民社会の脅威である。」「サイバー攻撃をする国や人は重大な報いと国際的非難に直面するだろう」と述べた。そして中国、サウジアラビア、エジプト、チュニジア、ウズベキスタンを名指しで非難した。

ただし、中国との「前向き、強調的、包括的な関係」を背景として、相違点について意見交換すると述べ、中国に対する配慮もみせた。このフレーズはスピーチの直前に挿入されたものだという。

インターネットの自由を重視する意気込みは感じられるが、漠然とし、具体的政策案が欠如している演説だった。グーグル事件発生後、オバマ政権は中国政府に対して説明を求めているが、現時点で中国政府はそれに応じていない模様だ。中国政府に対するデマルシュという正式な外交的手続きによる抗議も行われていない。

複雑な米中関係

グーグル問題、そして台湾への武器供与、ダライラマ14世との会談、人民元の対米ドルレート、気候変動問題、イラン制裁などと最近、米中間の摩擦が連日のようにニュースとなっている。中国は世界最大の米国債保有国でもある。

1月29日に国防総省が米議会に通告した台湾向けの武器売却は総額64億ドル。ブッシュ政権時代に予定されていた通りに実施されたが、2008年度と同規模である。売却される武器は地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)114基、多目的ヘリ・UH60ブラックホーク60機、対艦ミサイル「ハープーン」12基など。中国政府に配慮し、彼らが最も警戒してきた新型F16戦闘機や、ディーゼル潜水艦の設計図は対象外となっている。

中国外務省は米国ハンツマン駐中国大使に抗議すると共に軍事交流の再中断と、武器を輸出した米企業に対して制裁すると発表した。台湾との関係が深いレイシオンなどが対象になると思われる。 ブッシュ前政権が2008年10月に総額65億ドルの武器売却を議会に通告した際、中国政府は米中間の軍事交流を一時中断したことがある。

ダライラマ については、ホワイトハウスはオバマ大統領が2月18日に会談すると発表。オバマ大統領は昨年11月の訪中前にはダライラマとは会わず、中国に対する配慮を示したため、人権団体から批判されたことがある。今回の発表に対して、中国政府は米中関係の政治的な基礎を損なうもので、報復措置をとると警告しているが、オバマ大統領は胡錦濤国家主席との会談で、ダライラマと会談するとの意向を直接に伝えており、中国の警告は単なる脅しに過ぎないと思われる。

さて、ぎくしゃくしている米中関係に比例するように、中国の対米ロビー活動は活発化している。前述の「米中経済安全保障調査委員会」が昨年10月にまとめた報告書によると、中国政府がワシントンで米ロビイング企業に支払った活動費用は総額123万ドル。95年の5万ドルに比べ、24倍増大した*4。

米議会に対して本格的にロビー活動を始めたのは1989年の天安門事件がきっかけとなっているという。徐々にその効果が浸透してきたせいか、米議会で80年代後半から90年代前半に見られたようなヒステリックな反応も姿を消したようだ。

このように複雑な米中関係の中で起きたグーグル事件だが、グーグルは現在、中国政府と交渉中である。おそらく、実際に中国内での検閲を止めることは難しいだろう。だからといって撤退するというドラスティックな決断に走ることはなさそうだ。ただし、個人情報保護については譲歩しないと思われる。

2月10日には下院外交委員会、そして米議会中国問題執行委員会が中国とグーグル問題について公聴会を開催する予定だった。グーグルの法務副部長や元CNNの中国駐在記者で中国インターネット問題の研究者などの証言が予定されていたが、大雪のため延期となった。スタッフによると、外交委員会のバーマン委員長(民・カリフォルニア)は本問題に大いに関心を持っているそうだが、何らかの具体的な法的措置を推進する可能性は低そうである。

オバマ政権がインターネットの自由に真剣に取り組むのであれば、今後、国連などでの行動規範を整備する努力が必要であろう。一方、中国がインターネットを本当にグローバル化するか、独自の形態を維持するかは、近代化に伴い中国社会をよりオープンにするかどうかという根本に迫る問題である。


*1 セルゲイ・ブリンの経歴や、中国市場参入にまつわる社内での議論については、ベテラン・メディア・ジャーナリストのケン・オーレッタ著Googled : The End of the World As We Know It (2009年11月)に詳しい。

*2“Tracking GhostNet: Investigating a Cyber Espionage Network”, Information Warfare Monitor, March 29, 2009, Munk Centre for International Studies, University of Toronto

*3“Capability of the People’s Republic of China to Conduct Cyber Warfare and Computer Network Exploitation” , Prepared for the U.S.-China Economic and Security Review Commission, October 9, 2009

*4 Chapter 4 : China’s Media and Information Controls - The Impact in China and the United States, Section 2: China’s External Propaganda and Influence Operations, and the Resulting Impact on the United States, “2009 Report to the Congress of the U.S.-China Economic and Security Review Commission”, October 2009

■池原麻里子(ワシントン在住ジャーナリスト)

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