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アメリカNOW第45号 グーグルの中国サイト検閲中止とその余波

April 6, 2010

グーグルの決断

「中国におけるビジネス活動を見直す」と1月12日に発表してから2ヶ月後の3月22日、グーグルは中国本土における中国語版検索サービスを香港経由で提供すると発表した。一方、700人の従業員がいる中国本土の現地法人は維持し、研究開発や中国国外サイトへの広告仲介などの検索サービス以外のビジネスは今後も継続するという。

1月のビジネス見直しの発表後、グーグルが中国から全面撤退する、しないと様々な憶測が飛び交ったが、今回のグーグルの決断はウルトラCともいえる、誰も予想しない展開だった。なぜならグーグルは中国から撤退しなかったし、検索サービスも止めなかったからだ。ただし、Google.cn をGoogle.com.hkという香港の検索サイトに迂回させることによって、グーグル自らがGoogle.cnの検閲は止めるという1月の宣言だけは貫いたのだ。

中国当局は香港ではインターネットの検閲をしていない。従って、Google.com.hkはその他の国外のウェブサイトと同様の扱いを受けており、中国本土からアクセスするとファイアウォールの対象となる。中国内でグーグルを使って検索する者にとって、結果的に事態に変更はないわけだが、グーグルのデイヴィッド・ドラモンド法務部長によると、「自主的に検閲しなくなったことが重要」なのだそうだ。

グーグルは1月以降、中国政府と2度ほど「交渉」したようだ。最初から両者が平行線をたどることはわかっていたが、一応、最終決定する前に形式的な「交渉」のプロセスを踏んだ。そして、あくまでも中国の法規を遵守する形で対応した。これには中国支社の従業員などに弊害が及ばないようにするという配慮もあったようだ。

そもそもグーグルは中国の開放に役立つことを前提として、2006年に中国に進出した。が、2008年8月の北京五輪後、当局からの自主的な検閲の圧力が強まり、12月には中国内外の人権活動家のGメール・アカウントへのハッキングまであったため、これまでの前提が崩れたと事業を見直すことになったわけだ。

検閲中止後、グーグルは自社サービスが中国内でブロックされているかどうかの現状を毎日、自社サイトで発表している*1。 これがなかなか興味深い。Youtube、ブログは以前からブロックされているのだが、携帯は最近になって一部ブロックされるようになった。例えば4月1日時点での状況は以下の通りである。

中国の反応

中国当局からのグーグルに対する嫌がらせは、自社サービスに対する直接の妨害行為だけではない。国営の携帯電話企業として最大のチャイナ・モービル(利用5億人)と二番手のユニコムはグーグルとの契約を見直すことを検討しているようだ。チャイナ・モービルはグーグルを自社携帯のホームページに使用していたし、ユニコムはグーグルのアンドロイドをプラットホームとした携帯電話の導入を予定していたのだ。中国本土向けにサービスを提供している香港のポータルサイトTOMは、「中国企業として、ビジネス活動する中国の規則に従う」と、自社ポータルからグーグル検索を削除したし、契約は更新しないという。

中国政府は以上のような国営企業等を通じた圧力だけでなく、メディアも利用している。中国共産党中央委員会の機関紙である人民日報は「中国国民にとってグーグルは神ではないし、グーグルが政治や価値観のショーを見せても、神ではない。実際、グーグルは価値観について無垢ではない。米情報・安全保障当局と協調、共謀していることは周知の事実だ」と一面の社説で攻撃した。また中国日報は中国の3億8400万人のネットユーザーにポルノを提供していたグーグルが撤退したことで、中国のウェブサイトはより清潔で平和は環境で育つと、グーグル撤退を歓迎した。

この中国メディアのグーグル・バッシングの背景には、中国政府が発令したグーグル事件報道に関するメディア・ガイドラインの存在がある。いわく、
・グーグルに関する議論や調査は許可されない。
・専門家と学者とのオンライン番組は事前に許可申請を行うこと。自主番組制作は厳禁である。
・テキスト、イメージ、オーディオ、ビデオで、グーグルを支援したり、花を捧げたり、とどまるように懇願したり、応援したり、政府の政策とは異なる内容はウェブサイトから消去すること。
・グーグルの情報やプレスリリースを報道しないこと。
中国政府はグーグルを悪者扱いする徹底抗戦キャンペーンを展開したのである。

アメリカの反応

さて、グーグルの今回の決断に対するアメリカ側の反応はどうか。オバマ政権のマイク・ハマー国家安全保障会議スポークスマンは「本件については以前に中国政府に直接、我々の懸念を伝えた。オバマ大統領とクリントン国務長官が何度か強調してきたように、我々はインターネット・フリーダムにコミットしており、検閲には反対である」との声明文を発表した。多くの連邦議員もグーグルの決断を賞賛している。

一方、マイクロソフトのスポークスマンは「各企業が独自の経験と視点に基づき、異なった結論に達するのは当然」と中国から撤退する予定はないと述べている。実際、グーグル以外に、中国での活動を自粛した米企業はGoDaddy、及びネットワーク・ソリューションズというインターネット・ドメイン・ネームとウェブ・ホスティングを専門とする企業2社だけである。

3月24日に開かれた米議会中国問題執行委員会の公聴会で、GoDaddyのクリスティーン・ジョーンズ法務部長は、「中国のクライアントについての情報を過去に遡り、顔写真まで含めた詳細な個人情報を提供するように中国政府から要請された。これに応じると登録者のリスクが高まることを懸念して、新ビジネスは受注しないと決断した」と証言した。「この手続きの意図は、中国当局が中国のドメイン・ネーム登録者に対するコントロールを増すことにあるようだ」とも語っている。また中国名ドメイン・ネームのサイト、特に天安門事件や人権問題など、当局が不適切とみなす文言に言及しているサイトがこれまで以上に攻撃されるようになっているという。サイトが突然、閉鎖してしまうこともあるそうだ。

その後、ジョーンズ部長に確認すると、中国政府の要請は昨年12月14日のもので、その直後、GoDaddyは.cnのドメイン・ネームのオファーは中止したそうだ。既存の顧客1,200社については、その20%が追加情報を当局に提出することに同意し、残りの900社は当局が一方的にキャンセルしてくる危険に晒されているとのこと。ネットワーク・ソリューションズも昨年12月、中国当局から追加情報提供を要請されてから、新クライアントは受け付けていない。

3月に入り、中国とグーグル、インターネット・フリーダム問題を取り上げた議会公聴会が続いて開かれた。まず2日の上院司法委員会人権・法小委員会、そして12日の下院外交委員会、24日の中国問題執行委員会である。各委員会にグーグルの代表者が出席し、議員たちからその決断が歓迎された。2日の公聴会で、グーグルのニコール・ウォン法務副部長は「国内のインターネット企業を優遇するような手法で検閲を利用することは、基本的通商原則に反する」と、WTO提訴も検討すべきだと主張した。

日米欧の大手コンピューター企業、通信会社で組織する「コンピューター・通信業界協会(CCIA)」、および表現の自由保護を目的とする「憲法第一修正条項コアリション」という組織が米通商代表部(USTR)とコンタクトしているが、グーグルがメンバーである。両組織は中国のウェブアクセスとコンテント制限が米インターネット企業とオンライン取引に対する差別行為であると、USTRにWTOに提訴するよう求めているのだ。

USTRは3月31日に発表した外国貿易障壁報告(NTE)で、中国のインターネット検閲が、広範に渡る商業活動に影響していると指摘。2000年以降、その制限が増えており、12以上の政府機関が関与しているとレポートしている。しかし、検閲行為だけではWTO違反にはならず、特定の規則違反であることを示す必要があるため、今後、オバマ政権が実際にWTO提訴に踏み切るかは現時点では疑わしい。

一方、国務省は3月11日発表の年次人権報告書において、中国、キューバ、ベトナム等でのインターネット・フリーダム侵害を指摘した。下院では3月9日、超党派のGlobal Internet Freedom Caucusという議員連盟が設立された。共同設立者はクリス・スミス(共和・ニュージャージー)とデイヴィッド・ウー(民主・オレゴン)。人権問題・信仰の自由問題に熱心なスミス議員は、2009年5月6日、Global Online Freedom Act of 2009 (H.R. 2271)を提出している。同法案の共同提出者は9名で、ナンシー・ペローシ下院議長も本会議に上程したいとの意思を表明しているが、まだ何の審議もされておらず、今後の動きは不明だ。上院でも3月24日、Global Internet Freedom Caucusが設立された。共同設立者はエドワード・コーフマン (民主・デラウェア)、サム・ブラウンバック(共和・カンザス)、他7名。

インターネット・フリーダムと中国

今回のグーグルの中国政府との対決、そして2009年6月のイラン選挙結果に対する抗議運動(ツイッター革命)におけるソーシャル・ネットワークの役割など、インターネット・フリーダムはちょっとしたホット・トピックである。しかし、具体的な立法や有効な政策につながるかについては、あまり大きな期待はもてないかも知れない。

鄧小平は改革開放を実施し、その後継者の江沢民や朱鎔基も同様の改革路線を追求してきた。しかし、現在の指導者、胡錦濤と温家宝はそれを逆行させ、経済を再び国営化する方向で進んでいる。グーグルという競合相手の存在が薄れることで、百度は独占状態となる。中国政府のグーグルへの対応をみると、あたかも中国市場は中国企業専用にするという新しい経済パラダイムを象徴しているかのように見える。

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*1:http://www.google.com/prc/report.html#hl=en


■池原麻里子(ワシントン在住ジャーナリスト)

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