リベラリズムの伝統と継承

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リベラリズムの伝統と継承

※本稿は、2020年11月6日に開催されたポピュリズム国際歴史比較研究会第六回会合(ヘレナ・ローゼンブラット『リベラリズム――失われた歴史と現在』合評会)で報告した内容の一部である。

川上洋平(専修大学法学部准教授)

 

ヘレナ・ローゼンブラット『リベラリズム 失われた歴史と現在』は、従来17世紀イギリスの個人主義的な自然権思想に淵源するものとして理解されてきたリベラリズムの歴史を、古代ローマの共和主義的な徳の思想に端を発し、革命期のフランスを経由してドイツ・アメリカへと受け継がれてきたものとして読み直すものである[1]。本書によれば、リベラリズムは、その道徳的源泉を古代のリベラルさの価値規範に有し、それが近代フランスにおいて政治化されることによって成立した。そしてこの道徳的リベラリズムが、20世紀後半において権利的基礎づけへと転回することで、その歴史的伝統から断絶し、いまやリベラリズムそのものが脆弱化しつつあるという。ここで考えてみたいのは、今日のリベラリズムが、本書に描かれたようなその歴史的伝統に立ち返ることによって力を得るべきであるとするなら、その伝統の継承とはいったいどのようなものでありうるのか、という問題である。

リベラリズムの出発点を17世紀のイギリスではなく、フランス革命後のスタール夫人、コンスタン、トクヴィルといったフランス語圏の著作家の政治思想に見いだす視点そのものは、ことさらに新奇なものではない。フランス政治思想史の文脈では、リベラリズムは、フランス革命によって提示された人民主権を肯定しながら、多数派の意志によっても侵害されえない個人の権利を擁護する政治的立場として理解されてきた。すなわち、リベラリズムは、革命をさらに推し進める過激な民主主義と、民主主義そのものを否定する反動との、いわば「あいだ」を模索する思想として初めて誕生したものと考えられてきたのである。

本書の特徴は、このフランスのリベラリズムを、それ自体近代的なものとして理解するのではなく、古代ローマの共和主義的な思想の「政治化」として読み直しているところにある。古代ローマにおいては、リベラルという言葉は、自分の利益よりも、他者への寛大さや公共善への献身を優先する高貴な徳を意味していた。そしてフランス革命期の思想家スタール夫人とコンスタンは、この道徳的規範を制度原理として政治化する理論を打ち立てたことによってリベラリズムの政治的起源になったとされる。

このようにリベラルの起源を古代に求めることによって、本書は、リベラリズムの歴史にたしかに新たな見通しを与え得ている。その好例が、古典的リベラリズムとニュー・リベラリズムの関係に関する議論である。従来より、個人の利己的な言動への介入を最小限に抑える立場(「古典的リベラリズム」)と、むしろ貧窮の救済を目指した積極的な国家介入を擁護する立場(「ニュー・リベラリズム」)の対極が、いずれも「リベラリズム」と呼ばれていることが困惑を招いてきた。この問題についての一般的な説明では、後者のリベラリズムは、前者の個人主義的なそれの発展形態として、つまり個人が自由に振る舞う最低限の「機会」や「条件」を国家が提供するという意味で、個人主義的なリベラリズムの延長に新たに生まれたものとして捉えられていた[2]

これに対して、著者の歴史観は、この説明を否定するわけではないものの、同時に、ニュー・リベラリズムが他者の苦しみの救済それ自体に道徳的価値を見いだしていることに焦点を当てている。つまりニュー・リベラリズム――とりわけアメリカにおけるそれ――は、個人主義のたんなる延長ではなく、むしろ19世紀後半以降に深刻化した自由がもたらす貧窮の問題に直面して、リベラリズムが古来リベラルと呼ばれてきた価値との合流によってみずからを変貌させることで生み出されたという見方がなされるのである。その意味において、ニュー・リベラリズムは、実は「新しい」どころか、古来のリベラルの本流を継承するものにほかならない。

この歴史観は、リベラリズムという立場が宿す他者への関心が、たんなる個々人の利己心の相互調整にとどまらない道徳的価値として存在することを的確に説明しているであろう。そしてまた、より素朴な次元で考えても、「リベラル」という形容詞にそのような道徳的含意があることも事実であろうし、それを古代的価値の継承として位置づける視点はきわめて啓発的なものといえよう。

しかし、その一方で、個人の利益よりも優先されるべき共通善を奉じるいわゆる古代的なリベラルが、そのままに近代へと受け継がれたという説明は、やや単線的にすぎるところがあるのも否定しがたい。その点に関連して、ここでは著者が古代的リベラルを近代において継承し、それを政治化したとするフランス革命、そしてその理論家としてのバンジャマン・コンスタンを取り上げてみたい。

先に触れたように、著者は近代的リベラリズムを古代的価値としてのリベラルの政治化として理解する。そしてその政治化を成し遂げた事象がフランス革命であり、それがコンスタンによって理論化されたという。それはおそらくは以下のような意味においてである[3]。すなわち、フランス革命は、当初は、法の支配、市民の平等、出版および宗教の自由といった「リベラルな原理」を樹立した(1789年の「人権宣言」)。だが、市民は革命によって掌握した権力を恣意的に濫用し、リベラルな原理を蹂躙する(1793年の「恐怖政治」)。そこで現れたのが、コンスタンをはじめとするリベラルな思想家たちである。彼らは、このリベラルの原理を健全に維持するのに公的道徳の涵養が必要であること、そしてこうした道徳の基底にあるリベラルな価値が小説や宗教によって育まれるべきであることを説く。つまり、著者の理解するところでは、個人の権利にとどまらず、それを支える公的精神をも含めてリベラルな原理として定式化したところに、政治理論としてのリベラリズムが樹立されたのである[4]

だが、この道徳性の涵養を、コンスタンがどこまで古代的なリベラルの継承ないし再生と考えていたかは、議論のある部分である。コンスタンは、自由(liberté)という概念の個人主義的な意味と、共同体への献身というもうひとつの意味との二重性について、講演『古代人の自由と近代人の自由』において詳しく考察している。同書の末尾近くの結論を述べた部分を、少し長めに引用しよう。

近代的自由にひそむ危険は、われわれの私的な自立の享受と個人的利益の追求にかまけるあまり、政治的権力に与るという権利をたやすく手放してしまうことです。

権威の受託者は、われわれにせっせとそうするように勧めてきます。服従することと金を払うことをのぞけば、彼らはあらゆる労苦を喜んで免除してくれるのです! 彼らはきっとわれわれにこう言うでしょう、「結局あなたがたの努力の目的、仕事の動機、あらゆる期待の向かう先は何ですか? 幸福なのではありませんか? さあ、ではこの幸福とやらを私たちに任せてください、私たちがちゃんとあなたがたに差し上げますよ」と。いいえ皆さん、任せてはいけません。(…)われわれを幸せにするのは、われわれの仕事にしようではありませんか。

もし〔自由の〕享受が保証を奪われているとしたら、われわれはその享受を通じて幸福たりうるでしょうか? またもしわれわれが政治的自由を捨ててしまったら、われわれはどこにこの保証を見出せばよいのでしょう? 皆さん、政治的自由の放棄というのは、自分が住むのは上の階だからという理由で基礎もなしに砂上に楼閣を立てようとする人間のそれと同じくらい狂気の沙汰です。(…)

したがって皆さん、これまでお話してきた二種類の自由のどちらであっても放棄したりなぞせず、私が明らかにしましたとおり、それらを互いに組み合わせることを学ぶ必要があるのです。[5]

コンスタンは、ここで、「私的な自立の享受」としての近代的自由の価値を認めながら、それに安住しすぎることによって、政治権力を野放しにし、その果てにこの近代的自由そのものが奪われていくことを警告している。そしてそれを防ぐには、市民がみずから政治的権力へと参与する政治的自由が積極的に追求されなくてはならないとする。つまりコンスタンは、近代的な私的自由が維持されるための不可欠の前提として、政治的自由の行使を唱えるのである。

しかしながら、注意すべきことは、コンスタンにおいてこの政治的自由は、あくまでも近代的自由の一部であって、古代的なものではない、という点である。たとえば同書の訳者堤林剣・堤林恵は、この政治的自由を「古代人の自由」と等置することを「起こりがちな誤解」として退けている。いわく、「コンスタンは「古代人の自由」は古代の時代状況と時代精神なくして成立しないと考えている。古代人が政治参加によって行使する自由は集団の権利であり、それに部分的に与るためならば彼らは個人的自由の一切を犠牲にすることも厭わなかった」。これに対して、コンスタンのいう「政治的自由」は、「個人的権利に基づく政治参加」を意味するのであって、あくまでも「近代人の自由」の一部である。つまり、「個人的自由の犠牲を求めるどころか、それを保証するためにこそ近代の政治的自由は存在する」のである。「この点で、「古代人の自由」と近代の政治的自由とは明確に区別されうる」[6]

この解釈に基づくなら、コンスタンのいう政治的自由とは、古代ローマ的なリベラルさと同一のものではありえない。すなわち、古代と近代の時代精神の違いを強く意識する彼にとって、いまや共同体への献身の精神自体が、近代的個人主義を前提としたものとしてのみ存在しうるのである。本書では彼のこの近代性への視座についてほとんど言及されることがないが、それは、リベラリズムが20世紀において初めて権利論的に基礎づけられたという著者の歴史観においては、コンスタンの近代的個人主義の要素が居場所を得難いからであろう。

コンスタンが、近代的自由が維持されうるためのなにかしらの道徳性を不可欠のものと考えていたのは事実であるし、そこに古代への憧憬がなかったともいえまい。だが、彼が探求したのは、あくまでも個人の自由と価値の多元性を時代的前提としたうえで、まさにそのような多元性を肯定する道徳性であった。その結果、彼は、司祭主義的な宗教形式を脱し、人間の自由に基づく自然発生的な「宗教感情」に立脚した、プロテスタント的な宗教(「自由宗教」)を支持するようになる。そして、この宗教の歴史的淵源として、古代ギリシア・ローマの「自立した多神教(polythéisme indépendant)」を見いだしていく[7]。コンスタンにとって擁護に値するのは、それ自体に多元性を内在させた宗教である。

こうした帰趨を踏まえるなら、リベラリズムを支える道徳性は、古代的なリベラルさそのものの再生というよりも、一元的な共通善をもはや当てにしえない時代において、まさにその時代的要請に応えるものとして再解釈された「リベラルさ」であるということになる。古代的なリベラルさが近代へと継承されたとしても、それはこのような再解釈によってのみ可能だったのではないだろうか。そして、同じことは、その後のリベラリズムの歴史全体についてもいえるであろう。先に触れたアメリカのニュー・リベラリズムも、自由放任主義の生んだ危機への対応として、道徳の復興が要請されることで生まれたものであった。この道徳性とは、古代のリベラルさそのものではなく、ドイツの経済学者によって唱えられる倫理的経済思想として転生したそれである。つまり、リベラルの伝統とは、リベラルさが時代ごとの要請に基づいて繰り返し再定義されることによって継受されてきたものなのである。

それゆえ、本書が道徳的リベラリズムの歴史を、権利論的リベラリズムとは異質な水脈として対立的に提示することは、リベラリズムの継承という著者の課題にとっても、必ずしも賢明な方法ではないかもしれない。リベラリズムの伝統が、リベラルさの絶えざる読み替えによって維持されてきたのであれば、その起源的形態を模範化することは、この伝統をかえって衰えさせるものとなりかねないからである。この伝統を継承するためには、むしろ今日支配的となっている権利論的言説を、否定するのではなく統合するようなかたちでのリベラリズムの再構成が求められるのではないだろうか。少なくとも、本書に示されるリベラリズムの思想家の苦闘の数々は、そのような観点に対してこそ、限りなく有益な示唆を与えるものであるように思われる。

 


[1] ヘレナ・ローゼンブラット『リベラリズム 失われた歴史と現在』三牧聖子・川上洋平・古田拓也・長野晃訳、青土社、2020

[2] 17世紀の個人の自然権を唱える諸思想を起点に、現代にいたるまでのリベラリズムの展開を明快に跡づけるものとして、田中拓道『リベラルとは何か――17世紀の自由主義から現代日本まで』中公新書、2020年;金田耕一「リベラリズムの展開」、川崎修・杉田敦編『現代政治理論 新版』有斐閣アルマ、2012年、所収、を参照。また、リベラリズムについての複数の理解を整理しつつ、このイデオロギーの中核を探究するものとして、マイケル・フリーデン『リベラリズムとは何か』山岡龍一監訳、寺尾範野・森達也訳、ちくま学芸文庫、2021年、を参照。

[3] 本書では、著者はこのリベラルの政治化ということの意味を、必ずしも十分に説明してはいないようにも思われるので、以下は著者のいわんとするところをやや踏み込んで解釈したものである。

[4] ただし、本書でも述べられているように、スタール夫人もコンスタンも、「リベラリズム」という言葉は用いていない。この点については、古田拓也「失われたリベラリズム、あるいはコーヒーを買ってきてくれるリベラリズム」https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3699を参照。

なお、本書によれば、「リベラリズム」という言葉は、スペインにおけるナポレオン支配に抵抗する「リベラルな政党」への中傷運動のなかで、「悪口のための用語」としてスペインの新聞に登場した(本書、75頁)。ここではリベラリズムという言葉は、反革命的立場から、その批判対象を――革命派とリベラル派の区別なしに――名指すものとして、用いられている。したがってこの用語は、その最初の段階では、コンスタンらリベラル派の、革命派との微妙な距離感を汲み取ったものとはなっていない。

[5] コンスタン『近代人の自由と古代人の自由・征服の精神と簒奪 他一篇』堤林剣・堤林恵訳、岩波文庫、2020年、48⁻51頁。

[6] 堤林剣・堤林恵「訳者解説」、コンスタン『近代人の自由と古代人の自由・征服の精神と簒奪 他一篇』前掲、所収、377-78頁。あわせて、堤林剣『コンスタンの思想世界――アンビヴァレンスのなかの自由・政治・完成可能性』創文社、2009年、77頁、も参照。実際、コンスタンは以下のように述べている。「繰り返しますが、個人的自由こそ真の近代的自由であります。政治的自由はその保証であり、政治的自由が不可欠となるのはそれゆえなのです。しかし今の諸国民にかつてのごとく、政治的自由のために個人的自由の一切を捧げよと求めるのは、彼らをその一方から引き剥がす最も確実な手段です。そしてひとたびそこに手を伸ばしたなら、他方を奪うのに躊躇はしないでしょう」(コンスタン、前掲、43頁)。なお、この点について、権左武志『現代民主主義 思想と歴史』講談社選書メチエ、2020年では、個人的自由が「真の近代的自由」である以上、やはり政治的自由は「古代人の自由」の範疇において捉えうると解釈されている(同書、65252頁)。

[7] 堤林剣『コンスタンの思想世界』前掲、第5章;杉本隆司『民衆と司祭の社会学――近代フランス〈異教〉思想史』白水社、2017年、第5章;古城毅「コンスタン」、野口雅弘・山本圭・高山裕二編著『よくわかる政治思想』ミネルヴァ書房、2021年、所収、参照。

川上 洋平

  • 専修大学法学部准教授