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【人材育成】生徒の心を動かし、日本語教育のMiraiを拓く:ベンジャミン・ギブ氏の挑戦

【人材育成】生徒の心を動かし、日本語教育のMiraiを拓く:ベンジャミン・ギブ氏の挑戦

August 28, 2025

⽇本語教育基⾦(The Nippon Foundation Fund for Japanese Language Education、略称NF-JLEP)は、海外における⽇本語の普及、⽇本語教育の推進を⽬的としたプログラム。1994年に⽇本財団より6ヵ国8⼤学に各150万⽶ドルの基⾦が寄贈され、東京財団が運営を行っている。現在、NF-JLEPでは、基⾦を共有する⼤学を含めた11⼤学において、⽇本語を学ぶ学⽣への奨学⾦給付、外国語として⽇本語を教える教師の養成とスキルアップ、⽇本語の教材開発など、各地域で求められる⽇本語教育推進のための⽀援を⾏っている。

オーストラリアでは、多くの地域で中学2年生(14歳前後)から第二言語の学習が必修となっている。日本語はその主要な選択肢の一つであり、異文化理解や将来のキャリア形成に資するものとして一定の人気を保っている。しかし、中等教育修了後も日本語学習を継続する生徒は限られており、教育現場ではその継続率の低さが課題となっている。

このような状況に対し、NF-JLEPの支援を受けてシドニーのマッコーリー大学が立ち上げたのがMirai: Futures with Japanプロジェクトである。本プロジェクトの牽引役であるベンジャミン・ギブ氏は、成果の報告のため202578日、NF-JLEP Association事務局(東京財団)を訪れた。氏は母国の高校で長年日本語を教えてきた経験を持ち、現在はニューカッスル大学教育学部の准講師として活躍している。

言語教育のジレンマと制度的制約

オーストラリアの公立校で外国語の授業は、通常一言語のみに限られており、日本語が唯一の選択肢である学校も少なくない。ただ、必修年以降の継続には最低20名の履修希望者が必要とされており、人数が満たなければ開講自体が見送られる。この制約は、教育現場にとって大きなジレンマとなっている。

言語学習は難易度が高く、指導が厳しすぎると生徒の意欲を削ぎかねない。一方で、一年間をアクティビティ中心の「楽しい授業」にするだけでは、翌年の学習段階で急激な難しさに直面し、生徒が挫折するリスクもある。ギブ氏は、こうしたバランスの難しさを現場で痛感してきた。

言語教育の優先度が低下している背景には、オーストラリア社会に根強い経済合理主義の影響があるという。教育は「より高い収入を得るための手段」として捉えられがちであり、企業も外国語スキルを積極的に評価しているわけではない。加えて、2030年にはアボリジニの言語教育がすべての公立校で必修化される予定であり、Auslan(オーストラリア手話)の人気も高まっている。こうした中で、日本語教育の存在感を維持することは容易ではない。

Miraiプロジェクトで講演するギブ氏

優秀な生徒ほど日本語を選ばないという逆説

ギブ氏が注目するのは、成績優秀な生徒ほど日本語を大学で専攻しないという逆説的な傾向である。オーストラリアでは大学がキャリアへの直結ルートと見なされており、リベラルアーツ的な学びは重視されにくい。そのため、日本語の試験で高得点を取る生徒ほど、医師や弁護士、エンジニアなどの専門職を志向し、日本語を学び続ける選択をしない。

こうした課題に対し、Miraiプロジェクトは、日本語や日本文化との関わり方は専攻に限らないことを伝えている。12科目の履修や短期交換留学など、多様な関わり方を提示することで、生徒の選択肢を広げている。

20242月の対面イベントを皮切りに、同年7月にはオンラインイベント、20256月には再び対面イベントが開催された。これらのイベントにはオーストラリア全土から75校・450名の生徒が参加し、高校2年・3年での日本語学習継続にもつながっている。

若者の心を動かす「物語」の力

Miraiイベントでは、日本での体験を通じて人生が変わった若者たちのストーリーが共有される。友情や冒険、挑戦といったリアルな語りは、生徒たちの心を強く揺さぶる。ギブ氏は「今の若者は孤独を感じ、自分らしさを求めている」と語る。海外に行っても常に自国の友人とSNSなどを通じてつながっており、現地の人々との交流が希薄になっている現代において、こうしたストーリーは大きな意味を持つ。

また、スキー場での就労や大学サークルへの参加など、日本を訪れる具体的な方法も紹介されており、保護者や地域社会からは得にくい情報が提供されている。失敗や恥ずかしい経験も含めて、人として成長し、自信を得ることの重要性が強調されている。

教育者としての原点と信念

ギブ氏自身、日本語の成績は決して優秀ではなかったと振り返る。素晴らしい教師と仲間に恵まれ、ワーキングホリデーで訪れた日本でその魅力に引き込まれた。上智大学での交換留学では、和敬塾という寮の厳格な上下関係の中で多くを学び、日本語力を飛躍的に伸ばした経験が、教育者としての原点となっている。

現在はニューサウスウェールズ州で日本語教師として活躍し、州内で最も広く使用されている教科書の著者でもある。言語教育においては、「間違いを指摘することが、生徒に『不十分だ』というメッセージとして伝わってしまうことがある」とし、Miraiプロジェクトでは「楽しむこと」を重視している。

イベントでは常にこう伝えているという。「試験の結果は気にしなくていい。日本が好きなら、まず行ってみよう。きっと素晴らしい体験ができるから」と。

ギブ氏の教育への情熱と日本語教育への献身は、多くの生徒や教育関係者に大きな影響を与えている。東京財団は氏の訪問に深く感謝の意を表し、今後も優れた教育者やNF-JLEP関係者と連携し、日本語教育の未来をともに拓いていくことを志す。(文責:河本 望)

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