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【Views on China】中国は腐敗撲滅に成功するか

August 6, 2014

神戸大学大学院経済学研究科教授
加藤 弘之

トラもハエも叩く

習近平政権は、「トラもハエも叩く」として、2013年から大々的な腐敗撲滅キャンペーンを展開した。かつて中国共産党中央政治局常務委員を務め、最高指導部の一員だった周永康が「重大な規律違反」の疑いで立件、審査の対象となっていることが明らかにされた(日本経済新聞2014年7月30日付)。また6月30日の政治局会議では、軍制服組の元最高幹部、徐才厚・前中央軍事委員会副主席ら4人が賄賂を受け取っていたとして、党籍剥奪処分を受けた(日本経済新聞2014年7月1日付)。

これらの報道は、党中央政治局常務委員や軍幹部でさえも汚職摘発の例外ではないという、習近平政権の腐敗撲滅への強い意志を感じさせるものである。2014年1月10日、中央規律検査委員会は、2013年の一年間に腐敗案件を17.3万件立案し、18.2万人を処分したと発表した。それぞれ前年度比11.2%、13.3%の増加であり、キャンペーンが一定の成果を上げたといえるが、裏返してみれば、腐敗が少しも減少していない証拠でもある。はたして、中国は腐敗撲滅に成功するだろうか。

腐敗と成長の複雑な関係

腐敗がこれほど問題にされるのは、それが大衆の不満を引き起こし、ひいては成長を阻害すると考えられているからだが、興味深い点は、深刻な腐敗が存在するにもかかわらず、中国が高度成長を持続してきたことである。図は、国際的な非政府組織「トランスペアレンシー・インターナショナル」(Transparency International)が発表した2012年の腐敗認識指数(Corruption Perceptions Index)と、2000年~2012年のGDP(国内総生産)の年平均成長率をプロットしたものである。腐敗認識指数は0から100の指数で示し、右に進むほど腐敗が少ないことを表す。図に示したように、腐敗が減るに従い、緩やかに成長率が減速しているように見える。しかし、腐敗が少なくなると成長が鈍化するというのは誤った理解である。高所得国になれば自ずと成長率は減速するから、この図は、高所得国になれば腐敗は減ると読むべきだろう。他方、相対的に腐敗している低・中所得国は成長率に大きなバラツキがある。アゼルバイジャン、トルクメニスタン、アンゴラ、ベラルーシなど石油天然ガス、ダイヤモンドなど鉱物資源が豊富な途上国を例外とすれば、同等の腐敗水準の国の中で中国は突出して成長率が高いことがわかる。

出所:Transparency InternationalのホームページとWorld Economic Outlookより筆者作成。


経済学の教科書的な理解に基づけば、腐敗・汚職は健全なビジネス環境を歪め、資源が非生産的な目的に流用されるため、成長を妨げる要因となる。実際、数多くの実証研究は、腐敗と成長との間に負の相関関係が存在することを示している(中兼2010)。ところが、例外もある。規模が大きなアジアの新興国(中国、インドネシア、タイ)では腐敗とともに成長が続いており、腐敗は必ずしも主要なビジネスの障害となっていない(Gill and Kharas2007)。

経済成長にビルトインされた腐敗

中国の腐敗は、他の東アジア諸国と同じ現象なのだろうか。米国の政治学者アンドリュー・ウィードマン(Wedeman2012)は、中国の腐敗を詳細に検討すると、それは韓国や台湾の過去の経験とは異なる特徴があるという。ウィードマンによれば、腐敗には「開発型腐敗」と「略奪型腐敗」があり、前者は政治家とビジネスエリートとの結合を意味するが、後者は賄賂が外国銀行の口座や酒や女に消えるたぐいの腐敗をさす。共産党の一党独裁体制にある中国の場合、政治的支配を獲得するためにビジネスエリートの支援を得る必要がないので、腐敗のほとんどは「略奪型腐敗」に分類できる。では、なぜ「略奪型腐敗」が蔓延する中でも成長が持続できたのだろうか。ウィードマンは、成長が先で腐敗はその結果にすぎないと解釈するが、ここでは、現行の政治経済システムでは、一定数の腐敗が経済成長にビルトインされている側面を強調したい。

中国の政治経済システムの特徴の一つは、「小さな鍋に分けて湯を沸かす」体制である。これは、中国における中央―地方関係の特徴を暗喩しており、「単純な集権体制ではなく、巧妙に執政のリスクを分散するメカニズム、権力集中の程度を自動調整するメカニズムを内包した制度」を意味する(曹2010)。

いま1000トンの水を沸かすことを考えよう。ここで2つの仮定を置く。仮定1は、湯が沸いたらすぐに火を止めないと鍋が暴発する。仮定2は、技術と情報の制約のため、湯が沸いたかどうかは経験にたよるしかない。この判断はつねに正確とは限らず、たとえば90%の可能性で正しいと仮定する。すなわち、10%の確率で鍋は暴発する。暴発を避けるためには、一つの大鍋で鍋を沸かす代わりに、1000人の管理員で1000個の小型鍋で湯を沸かし、湯を大鍋に移すという方法をとる。こうすれば、小型鍋のうち100個は暴発するが大鍋は終始安全である。ここでいう「湯を沸かす」とは、経済発展の実現を意味し、鍋の暴発とは「群体性事件」(一般大衆が政府や企業の管理者を相手に集団で起こす抗議行動など)発生の寓意である。

「小さな鍋で湯を沸かす」体制は、中国が実現した高度成長と深い関係がある。改革開放後の中国では、市場経済のルールが「曖昧」であり、地方政府の官僚が民営企業家に代わって成長を牽引する役割を果たしていた。このことは、別の角度から見れば、グレーな経済空間が広範囲に存在し、官僚には贈収賄の大きな誘惑があったことを意味する。つまり、地方政府の官僚が主導する発展方式は、高度成長をもたらす一方、腐敗を引き起こす原因ともなっていたのである。

腐敗と成長との関係は、「小さな鍋で湯を沸かす」体制と同じ構図で考えることができる。ある一線(たとえば収賄の金額、社会的な影響の度合い)を超えれば、腐敗として摘発される。それがどのレベルかはわからないと仮定しよう。腐敗行為をしなければ、もちろん摘発されることもないが、官僚が管轄する地域や産業の成長は見込めないし、自分も昇進や個人的な利得が得られない。こうした環境において何が起きるかといえば、注意深く周囲の状況に目を配りながら、官僚は自分が許されると考える範囲内で、腐敗を行う。そのうち一線を超えた不運な官僚が摘発されることになる。「小さな鍋で湯を沸かす」たとえに倣えば、10%の官僚が腐敗で摘発されるとしても、残りの90%の官僚は生き残ることができ、腐敗が深刻でも経済成長が停滞することはないのである。

腐敗撲滅を成功させる王道は、前記のような現行の政治経済システムが有するある種の「曖昧さ」(それが成長の秘訣でもあったわけだが)をなくすことである。政府官僚の経済介入を減らし、国有企業の民営化を進めることがそれに当たる。しかし、そうした改革の徹底に習近平政権がどれほど真剣に取り組んでいるのかは、現段階では必ずしも明らかではない。

2014年1月14日、中央規律検査委員会第3回会議において、習近平は腐敗の取り締まりを強化するとして、規制の強化、監督の強化、公開の強化を訴え、党委員会と規律検査委員会の監督責任を実質化し、制度を「張り子の虎」にしないようにと呼びかけた。民営化の加速を通じて腐敗を減らすという道を選ばずに、「腐敗がコントロール不能の高次の領域に広がる」ことを避けようとするならば、腐敗の取り締まり強化は必要不可欠な選択である。腐敗の取り締まりが一定の効果を上げ、中国が「略奪国家」に陥ることを防ぐことができれば、腐敗が成長の制約要因となることを当面は避けることができるだろう。この意味からいえば、腐敗と成長との並存という現状が、今後も続くことが予想される。


-参考文献

Gill,Indermit and Kharas,Homi,An East Asian Renaissance: Ideas for Economic Growth,The World Bank,2007.

Wedeman, Andrew, Double Paradox: Rapid Growth and Rising Corruption in China, Cornell University Press, 2012.

曹正漢「走出“中央治官,地方治民”旧格局」『南方周末』2010年6月24日。

加藤弘之「腐敗は中国の成長を制約するか?」『東亜』2014年3月号。

中兼和津次『体制移行の政治経済学』名古屋大学出版会、2010年。


加藤 弘之 神戸大学大学院経済学研究科教授 1955年愛知県生まれ。大阪外国語大学外国語学部卒、神戸大学大学院経済学研究科博士前期課程修了、神戸大学博士(経済学)。大阪外国語大 学助手、神戸大学講師、助教授をへて、現職。2006年~07年、在中国日本大使館公使。専門は中国経済、比較経済システム。主な著書に『中 国の経済発展と市場化ー改革・開放時代の検証』(名古屋大学出版会、1997年)、『シリーズ現代中国経済6 地域の発展』(名古屋大学出版 会、2003年)、『進化する中国の資本主義』(久保亨と共著、岩波書店、2009年)、『「曖昧な制度」としての中国型資本主義』(NTT 出版、2013年)。

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