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【Views on China】マクロ経済政策に関する指導部の考え方

December 4, 2014

日中産学官交流機構特別研究員
田中  修

国家統計局は7-9月期のGDP成長率を発表したが、中国経済の減速傾向が鮮明となった。本稿では、これに対する習近平指導部の解釈と当面のマクロ経済政策に関する考え方を紹介する。

1.経済指標と経済目標との関係

(1)GDP成長率

1-9月期のGDPは41兆9908億元であり、実質7.4%の成長となった。これを四半期別でみると1-3月期は7.4%、4-6月期は7.5%、7-9月期は7.3%である。7.3%は、成長が鈍化傾向を示し始めた2012年以降では四半期で最も低い成長率であり、10月の指標にも回復は見られず、経済の減速傾向が鮮明になっている。

だが今年の目標は「7.5%前後」であるので、1-9月期7.4%成長は、一応目標の範囲内におさまっていると言えよう。

(2)物価

9月の消費者物価は前年同期比1.6%上昇し、1-9月期は同2.1%の上昇である。今年の目標は3.5%以下であるので、物価は安定している。

この物価水準の下落傾向について、一部にはデフレを懸念する声もあるが、前月比では、10月は9月と同水準となっている。むしろこれから冬季に入るので、寒波の程度によっては生鮮野菜・果物の価格が高騰し、再び物価が上昇する可能性もあろう。

(3)雇用

1-9月期の新規就業者増は1082万人で、前年同期比で16万人増であった。今年の目標は、新規就業者増1000万人以上であるので、すでに前倒しで目標は達成された。

また、9月末の都市登録失業率は4.07%であり、これも目標の4.6%以内におさまっている。

(4)個人所得

1-9月期の都市住民1人当たり平均可処分所得は2万2044元であり、前年比実質6.9%増加した。農民1人当たり平均現金収入は8527元であり、同実質9.7%増加した。

目標は経済と同歩調の伸びであるので、都市住民の所得は経済成長率を下回り、農民の所得はこれを上回っている。ただ、都市と農村を平均した全国住民1人当りの可処分所得は1万4986元であり、実質8.2%増と経済成長率を上回った。

2.李克強総理の経済に対するコメント

李克強総理は11月3日、経済情勢専門家及び企業責任者座談会を開催し、今後の経済政策につき意見を聴取するとともに、重要講話を行った(新華網北京電2014年11月3日)。ここで彼は概ね次のように語っている。

(1)経済運営が合理的区間を維持しているという我々の判断は、経済成長が比較的十分な雇用と物価の基本的安定を実現できており、発展の中で個人所得を増加させ、生態環境を改善し、質と効率を不断に高めていることに基づいている。

(2)発展は合理的速度を維持し、引き続き規模を大きくするだけでなく、質と効率を高め、強化に力を入れなければならない。つまるところ、中国経済は中高速成長維持を推進し、ミドル及びハイエンド水準に向けて邁進しなければならない。

(3)根本は、やはり改革の全面深化に依拠しなければならない。行政の簡素化と権限の開放、開放と管理を結びつけた更なる措置を推進する。行政審査及び許認可、市場の障壁、各種の「進路上の障害」を取り除き、市場の空間と起業の新天地を切り開く。

(4)中国経済を安定的に運営し長期に持続させるためには、質・効率の向上に着眼し、イノベーション駆動による発展の道を歩み、グレードアップ版を作り上げなければならない。ニューテクノロジー、ニューモデル、新業態、新産業の発展を支援し、中国経済の新たな「エンジン」を作り上げることに力を入れるのみならず、伝統的な産業のハイエンド化、低炭素化、インテリジェント化の改造を推進しなければならない。

(5)我々が最も気にかけているのは、発展の背後にある民生である。我々はなお、所得の正常な伸びの促進、健全な社会保障体系の整備に軸足を置き、インフラ建設と教育及び衛生等の社会事業の発展を加速し、公共財の有効な供給を増やし、社会の公平と正義を推進する。

李克強総理は、経済政策の重点を成長率目標の実現より、雇用と個人所得の伸びの確保に置いており、これが確保されている状況下では、むしろ改革の全面深化と構造調整の推進に力を入れ、発展の質と効率を向上させることに精力を傾注している。

3.習近平総書記の経済に対するコメント

習近平国家主席は11月9日、APEC首脳会議開幕式で演説を行った。彼は中国経済の現状について概ね次のように述べている(新華社北京電2014年11月9日)。

(1)今年1-9月期、中国のGDPは前年同期比7.4%成長し、各主要経済指標は合理的区間にある。現在、中国経済は安定した発展態勢を維持しており、都市の就業は引き続き増加し、個人所得、企業収益、財政収入は平穏に伸びている。更に重要なことは、構造調整に積極的変化が出現し、サービス業の成長の勢いが顕著となっており、内需が不断に拡大しているということである。

(2)中国経済には新たな常態が出現しており、これにはいくつかの主要な特徴がある。

①高速成長から中高速成長に転換している。
②経済構造が不断に最適化しグレードアップしている。

第3次産業と消費需要が徐々に主体となっており、都市と農村及び地域間の格差は徐々に縮小し、個人所得のウエイトが上昇し、発展の成果と恩恵が更に広範な民衆に及んでいる。

③要素駆動と投資による駆動から、イノベーションによる駆動に転換している。

(3)新たな常態は、中国に新たな発展のチャンスをもたらすことになろう。

①新たな常態の下、中国経済の成長は鈍化してはいるが、実際の増量は依然目をみはるものである。

30年余りの高速成長を経て、中国経済の全体量はもはや昔日の比ではない。2013年1年間の中国経済の増量は、1994年の経済総量に相当し、全世界の第17位に列している。7%前後の成長であっても、速度面でも全体量の面でも世界の上位に名を連ねているのである。

②新たな常態の下、中国経済の成長は更に平穏化しており、成長動力は更に多元化している。

中国経済の成長は更に反落するのではないか、正念場を乗り越えられないのではないかと心配する人がいる。リスクは確かにあるが、さほど恐れるには足らない。中国経済の強靭性は、リスク防止の最も有力な支えである。我々はマクロコントロールの考え方と方式を刷新しており、現在確定している戦略と抱えている政策の備蓄は、出現しうる各種リスクに対応する能力があると我々は信じている。

我々は、現在新しいタイプの工業化、情報化、都市化、農業現代化を協同して推進しており、これは各種の「成長の悩み」の解消に資するものである。中国経済は、国内消費需要の牽引に更に多く依存し、輸出依存による外部リスクを回避する。

③新たな常態の下、中国経済の構造は最適化しグレードアップしており、発展の見通しは更に安定している。

今年1-9月期、中国の経済成長に対する最終消費の寄与率は48.5%であり、投資を上回った。サービス業の付加価値のウエイトは46.7%であり、引き続き第2次産業を上回った。ハイテク産業と装置製造業の伸びは、それぞれ12.3%と11.1%であり、工業の平均の伸びより顕著に高かった。GDP単位当たりのエネルギー消費は4.6%低下した。

これらのデータは、中国経済の構造に現在深刻な変化が発生し、質が更に好くなり、構造が更に最適化していることを示すものである。

④新たな常態の下、中国政府は行政の簡素化と権限の開放に力を入れており、市場の活力が更に発揮されている。

簡単に言えば、市場という「見えざる手」を開放し、政府という「見える手」をうまく用いなければならない。たとえば、我々は企業登記制度を改革したが、1-9月期に全国で新たに資本を登記した市場主体は920万社であり、新たに増えた企業数は昨年より60%以上伸びている。

この演説で習近平国家主席は、彼が最近しばしば指摘している「経済の新たな常態」の特徴を明らかにするとともに、この「新たな常態」の下で、相対的に高い成長、成長動力の多元化、経済構造の最適化、規制緩和が着実に進展しているとし、経済のハードランディング論を否定している。

むすび

このように、経済は減速したものの、雇用をはじめとする主要目標は一応クリアーされており、経済構造調整も進展をみている。これは、GDPにおいて第3次産業のウエイトが第2次産業を上回ってきており、以前に比べて経済成長の雇用吸収力が増大しているという事情もあろう。

習近平指導部は、現在中国は、①経済が高成長から中成長へとギアチェンジし、②経済構造調整が陣痛の時期にあり、③経済改革が正念場を迎えている「新たな常態」(ニューノーマル)に入っていると判断している。この新たな常態下におけるマクロ経済政策のあり方としては、現在の「区間コントロール」(インフレ目標を上限とし、雇用・成長率目標を下限とした合理的区間を設定し、経済がこの範囲内にあるときは大型景気対策を発動せず、経済改革・経済構造調整に専念するというもの)、及び「方向を定めたコントロール」(投資・融資を農業・農村・農民、小型・零細企業、水利、鉄道、バラック住宅の改造、都市インフラ整備に重点的に振り向けるもの。「景気微刺激策」とも称される)を当面維持する方針と考えられる。

10月の経済指標をみると、住宅市場には国慶節以降第一線都市で回復傾向がみられ、輸出は2桁の伸びを維持している(ただし、統計の水増しが囁かれている)ものの、工業生産と都市固定資産投資は下降気味であり、消費は横ばい状態となっている。すでにエコノミスト・シンクタンクの中には、2014年の年間成長を7.3-7.4%程度と予測するものも出ている。

にもかかわらず、現時点で大きな景気対策を発動しないのは、国民・国有企業・地方政府の成長率への過度な期待を修正し、2015年の成長目標さらには第13次5ヵ年計画(2016-2020年)の平均成長目標を引き下げ、経済改革・経済構造調整に政策の重点を置きたいという習近平指導部の強い意向を反映したものであろう。

    • 日中産学官交流機構特別研究員
    • 田中 修
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