【Views on China】トランプ新大統領の登場が中国対外政策に与える影響

東京財団 小原凡司

2016年11月9日、米国大統領選挙でドナルド・トランプ氏が勝利し、2017年1月にトランプ新大統領が誕生することが決まった。それ以降、日本メディアでは、「トランプ大統領の衝撃」といった趣旨のタイトルが付いた記事が増えるようになった。

その中には、トランプ氏が米国の大統領になったら、日本を始め、他国にどのような影響を与えるのかといった分析も含まれる。実際には、各国に対する影響は、単純に良い悪いと切り分けられるものではない。日本では、中国はトランプ新大統領の登場を歓迎しているとする報道も見受けられる。中国メディアも、慎重な姿勢を見せながらも、楽観的な見方をしているものが多い [1]

しかし、中国指導者の本音はもっと複雑だろう。どのような政策をとるかが明確でないトランプ新大統領は、中国に新たな外交問題を抱えさせる、撹乱要因になりかねないからだ。実際のところ、中国の指導者たちは国内政治のパワーゲームに集中したいと考えている。

中国指導者たちの間のパワーゲームは不安定なままだ。2017年秋に開催予定の中国共産党第19回全国代表大会(以下、19大)まで、中国国内では先が見えない指導者たちの駆引きが続く。その駆け引きは、反腐敗や言論統制といった国内政治及び社会への影響に止まらず、外交にも影響を及ぼしている。

「19大は微妙だ」と中国の研究者や記者たちは言う。習近平総書記の権力掌握が進んで、その独裁的な立場が確固たるものになるのかどうかは不透明だという意味である。中国共産党内に、習近平総書記に権力が集中することに反対する高級幹部たちの存在を示す兆候が見受けられる。習近平政権は「習近平同志を党の核心とする」一連の運動を進めているが、必ずしも順調に進んでいないのだ。

各省指導者の一部が、なかなか習近平総書記を核心と呼ばなかったことも、そのことを示唆している。例えば、党中央から「習近平同志を核心とする」指示が出されて以降、北京や内蒙古などにおける党委員会は、すぐには習近平総書記を核心とは呼ばず、他の省の様子を見ている [2] 。自発的に「習近平同志は核心」と認めるつもりがないということだ。

また、2016年の後半になって、習近平総書記の側近中の側近である栗戦書氏が、繰り返し「習近平は核心」だと喧伝していることは注目される。栗戦書氏は、中央政治局委員であり、いわゆる「党中央」の一員である。しかし、それ以上に、中央書記処書記、中央弁公庁主任という地位が、習近平総書記の信頼の高さを窺わせる。党内の全ての情報が集まる部署だからだ。党のトップが、信頼できない者に任せるはずがないポストなのだ。

2016年10月下旬に開催された党18期6中全会において、この栗戦書氏が「三最」を提起した [3] 。「最も威信があり、最も影響力があり、最も経験があることから、習近平総書記の『核心的地位』は既に実質的に確立されており、その名に恥じない」と述べたのである。

そして11月15日、今度は『人民日報』に掲載させた署名入りの文章で、「党中央の権威を守ることと習近平同志の『核心』の地位を守ることは同じことだ」と述べた [4]

香港や米国を拠点とする中文メディアは表向き、「栗戦書氏が19大において、王岐山氏か劉雲山氏の役割を継いで政治局常務委員会入りするのではないか」と報道するだけだが、中国メディアの記者たちの中でも、習近平が「身内」に繰り返し「核心」発言をさせることに違和感を覚える者は少なくない。

実際に習近平総書記の権威が確立しているのであれば、これだけ頻繁に「習近平同志は核心だ」と発言する必要はないからだ。しかも、中国では一般的に、自分に対する支持を強要するような発言を、自身に極めて近い者にはさせないという。習近平総書記が自画自賛するようなものだからだ。党内の習近平総書記の地位は未だ確立していないと見るべきだろう。

だからと言って、習近平総書記に代わる指導者がいる訳でもない。本来、外交と経済は総理の所管であるが、李克強総理は、これらの政策領域における主導権を全て習近平総書記に奪われている。中国の中には、李克強総理の状況を「悲惨だ」と言う声さえある。会議に出ても、李克強総理に付き従う人間の数が極めて少数だからだという。

こうした状況に鑑みると、中国国内の政治動向は不透明だといわざるをえない。中国の指導者たちにとって、現在、新たな外交上の問題を抱えたくないのが本音だろう。8月上旬、尖閣諸島周辺海域に大量の中国漁船が押し寄せ、多数の中国の公船と共に領海への侵入を繰り返した後、習近平総書記は王毅外交部長の強硬な外交姿勢を??りつけたと言われる。

8月中旬以降、中国外交が急に柔軟なものに変化した背景には、大国間外交においても周辺外交においても、難しい問題には今は触れたくないという意識が働いている可能性もある。それにもかかわらず、中国は、自国の安全保障環境について、対応が難しい要素を抱えることになった。フィリピンのドゥテルテ大統領と、米国の大統領選挙で勝利したトランプ氏の登場である。

ある中国メディアの記者が、「外国メディアの記者から、『トランプ新大統領誕生おめでとう』と祝意を述べられることが多いが、一体何がめでたいのだ」と困惑顔で話したことがある。クリントン氏が大統領になっていれば、ルールを前面に押し出して中国を責め立てるだろう。中国にとって許し難い態度ではあるが、対応は簡単である。それに、米国が実質的に採れるオプションは、クリントン氏でもトランプ氏でも多くは残されていない。

オバマ大統領のように、米国が、きれいごとで表面を覆い隠し、実際には中国に配慮して軍事行動を採らないとすれば、中国は「問題があっても対立せず、議論を通じて解決し、協力できるところは協力する」という建前の米中「新型大国関係」を主張しつつ、中国の国益を自由に追求すれば良い。人工島の軍事拠点化等によって南シナ海の実質的な領海化を進め、増強した海軍の空母打撃群を中東等に派遣して軍事プレゼンスを高めていく等の行動を予定どおり行うということだ。

しかし中国は、トランプ新大統領にはこのように簡単に対処できないかもしれないと考えている。米国のメディアは、「仮に、米国が予想通りにアジアから手を引くとすれば」という条件を付けた上で、「(中国は、)経済的脅威と地政学的好機の両方に直面することになる」と述べている [5]

米国が「国際秩序」や「法の支配」という建前に基づいて南シナ海等において中国を封じ込め、中国と軍事的に対立するという状況は後退し、米国は自国の経済的利益に基づいて、貿易不均衡に係る個々の問題について政策を展開することが増加し、中国の経済的利益を損なう可能性があるということだ。

トランプ氏が、大統領就任初日にTPPから撤退すると述べているのは中国にとって有利に見えるかもしれない。それは、中国が参加するRCEP(東アジア地域包括的経済連携:Regional Comprehensive Economic Partnership)を用いて、中国主導の経済ルールが作れるからだ、という意見もある。そもそもTPPは、中国を除いた枠組みであり、TPP加盟国では中国の輸出品に相対的に高い関税がかかるものだ。

その意味では、中国にとってトランプ新大統領は歓迎すべき存在かもしれない。しかし、中国にとっての米国は、最大の輸出相手国である。米国が中国に対して厳しい経済政策をとれば、中国経済にとって深刻な打撃になる。米国が、自由貿易の理念を捨てて、自国の利益中心の二国間経済関係を追求すること自体が、中国にとっては脅威になるのだ。

しかも、トランプ氏は、経済を重視して軍事力を重視しないと言っているのではない。それどころか、オバマ大統領が削減し続けた米軍の大幅な増強を主張しているのだ。トランプ氏は、大統領選挙運動中の9月7日、講演の中で、「米陸軍の規模を46万人(予算要求ベース)から54万人に増強、海兵隊を24大隊から36大隊に、海軍の艦船などを約300隻から350隻に増やす」と表明している [6]

トランプ氏は、経済を回復し、軍事力を増強し、米国の国力を再び強力なものにすると言っているのである。米国は、2013年にオバマ大統領が「米国は世界の警察官ではない」と述べているように、世界中で生起する全ての事象に関与する意志をすでに放棄している。トランプ氏は新しいことを言っている訳ではない。しかし、海外の事象に全く関与しないという訳でもない。米国は、自国の国益に応じて選択的に関与するということである。

しかし、オバマ大統領の選択的関与はいかにも中途半端であった。理想主義的な建前を掲げながら、軍事力の使用を極端に嫌ったのだ。トランプ新大統領の発言は、米国が自国の国益を基準に、関与する事象をより厳格に選択することを示している。さらに、軍事力増強発言は、関与すべき事象に対して、オバマ大統領とは異なり、大胆に軍事力を行使する可能性を示唆している。そして、トランプ氏が、米国の国益を損ねていると批判する中国が関係する事象が、米国のその選択に含まれる可能性は決して低くない。

中国メディアは、トランプ氏を慎重に評価しようとしている。そして、最近、中国メディアの記者たちの間で話題になっているのが、習近平総書記がトランプ氏との電話会談の中で米中「新型大国関係」という言葉を使わなかったことだという。「新型大国関係」は、胡錦濤政権末期の2011年にはすでに米国に対して強く働きかけていた [7] ものであるが、2013年4月にオバマ大統領がその議論の開始を受け入れて以降、中国がより強く国際会議等の場でも主張するようになった米中関係である [8]

新しく大統領になるトランプ氏に対して、なぜ「新型大国関係」を持ちかけなかったのか、本当のところはわからないが、単純に建前だけを議論できる相手ではないと考えているかも知れない。

経済は、中国の内政にも直結する問題である。一つ一つの米中経済摩擦の問題をギリギリと詰めなければならないとすると、国内政治のパワーゲームで忙しい中国の指導者たちの頭を悩ませる問題が増えることになる。いずれにしても、習近平総書記も彼のやり方をよく思わない指導者たちも、落ち着いて国内政治の課題に取り組む余裕はなさそうだ。

[1] “社评:特朗普大胜,美国传统政治遭猛烈冲击”≪環球時報≫2016年11月9日、 http://opinion.huanqiu.com/editorial/2016-11/9655605.html

[2] “習近平密集協調“向党中央看斉” 各省如何落実”≪騰訊新聞≫2016年1月28日、 http://news.qq.com/a/20160128/006576.htm

[3] “再言“習核心”栗戦書背書有深意”≪多維新聞≫2016年11月15日、 http://china.dwnews.com/news/2016-11-15/59782134.html

[4] “堅決維護党中央権威(学習貫徹党的十八届六中全会精神)”≪人民日報≫2016年11月15日、 http://politics.people.com.cn/n1/2016/1115/c1001-28860263.html

[5] 「トランプ新大統領、中国には脅威と好機」『The Wall Street Journal日本語版』2016年11月11日、 http://jp.wsj.com/articles/SB11842517604067003472604582427693926837390

[6] 「トランプ氏、米軍の規模拡大 演説で表明」『日本経済新聞』2016年9月8日、 http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM08H2F_Y6A900C1EAF000/

[7] 袁鵬“関于構建中美新型大国関係的戦略思考”中国現代国際関係研究院、2012年6月26日、 http://www.cicir.ac.cn/UploadFile/files/20120626142504707.pdf

[8] 小原凡司『米中接近の意味』東京財団【Views on China】、2013年7月16日、 http://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=902

小原 凡司

  • 元東京財団研究員