タイプ
レポート
日付
2014/10/2

日朝協議に対する韓国の認識

[特別投稿]黄洗姫(ファン セヒ)氏/海洋政策研究財団 研究員

 今年5月26日から28日の間、ストックホルムにて開催された日朝政府間協議の成果として、日朝両国は日本人拉致被害者に対する調査と日本の対北制裁の解除に合意した。この秋を目処にしていた北朝鮮による日本人拉致被害者らの再調査報告が先延ばしになる中、9月29日に中国の瀋陽で日朝外務省局長級協議が行われる予定である。北朝鮮が今月18日に延期を伝えた日本人拉致被害者再調査をめぐり、日本側が現状説明を受けるのである※1。拉致問題に関する日朝間の協議に対して、韓国も注目している。拉致問題の解決は、朝鮮半島をめぐる周辺諸国の力関係にも影響をもたらすため、韓国では対北政策や周辺国との外交のあり方に直結する問題だと理解されている。  

日朝接近に対する戸惑い

 昨年5月、飯島勲内閣官房参事が訪朝した際、韓国社会は、北朝鮮問題に対して日本が単独行動をとることに不快感を示した。日本政府からの事前の説明なしに行われた日朝間の接触に対して、韓国外交部は「日朝対話は日米韓を初めとする国際社会の対北協調に役に立たない」と、異例の批判的な姿勢を明らかにしたのである※2。また、「日朝対話における北朝鮮の狙いは六者協議の分裂である」といったグレーン・デービース米国務省北朝鮮特別代表の発言を借りながら、日朝接近が北朝鮮の核問題の解決に与える影響を懸念した※3。当時の韓国政府は2013年2月の核実験以降、中国さえ国連の対北制裁に参加するなど、北朝鮮に強硬な姿勢を示すことで各国が足並みを揃えていると判断していた。日本の対北接近は韓国としては予想外のことであり、韓国のマスコミでは、韓国やアメリカ、中国も北朝鮮に制裁を加える中、飯島参与の訪朝を契機とする日朝接近が北朝鮮に誤ったメッセージを送ることを懸念する論調が支配的であった。

 そして今年5月の日朝合意発表の際にも、直前になって日本から通達を受けた韓国政府に対して国内からは批判が湧き上がった。3月に行われたヘイグでの日米韓首脳会談、4月のオバマ大統領のアジア歴訪につづいて、ようやく日米韓協調が働き出すと思われた最中での日朝協議は、日米韓連携への期待を一気に萎ませた。従来から、日朝関係において自らが完全に排除されることを韓国は最も懸念していたが、昨今の日朝関係の進展においてはそのような懸念が現実のものになっている。日本の単独行動に対する不満があがる一方で、強硬な対北方針を貫く間に朝鮮半島問題のイニシアチブを失っている韓国政府に対する批判が巻き起こっている。

「拉致問題の閉回路」認識

 1990年代以降、日朝関係において拉致問題が懸案の事項になってから、韓国社会における日本の拉致問題政策に対する理解は主に二つの側面から成り立っている。第一に、日朝国交正常化過程で提起される賠償問題の交渉カードとして、 拉致問題が使われているという見方である。拉致問題は日本に「政治的な優位性」を与え、日朝国交正常化の際に予想される経済費用を最小限にとどめることが可能となるという分析である※4。

 第二に、日本の保守的な政治勢力の国内結束の手段として拉致問題が有する影響力に注目する見方であり、安倍政権の日朝協議においてはこのような見解が支配的となった。このような議論では、拉致問題をめぐる安倍政権のジレンマの存在が指摘されている。安倍政権は拉致問題に積極的な対応をすることで国内の支持基盤を固めてきたが、一方で、拉致問題の解決のためには日朝関係の改善が必須になるという課題を抱えているという※5。安倍首相の最大の政治的な資産が拉致問題に対する強硬姿勢から得られた国内の支持であるがゆえに、従来の政策方針の変化は容易ではない。金・ジュンソブは、このような状況に対して日本が「拉致問題の閉回路」にはまっていると指摘した。北朝鮮に対する否定的なマスコミの報道により拉致問題に対する世論の関心が継続され、その関心と勢いにより誕生した政治家は対北強硬策を堅持し、さらにマスコミはそのような政治家の言動に注目するという、一連のサイクルの中では、拉致問題に対する多様な政策が議論され難いと予想した※6。

韓国政府の方針変換が急務

 このような「拉致問題の閉回路」というイメージが支配的だった日朝関係は、北朝鮮の核問題の解決を求める韓国にとって六者協議の進展を阻害するものと見なされる傾向もあった。それゆえに、最近の日朝接近を展望する韓国の議論は懐疑的、または慎重なものが主である。拉致問題の実質的な解決は長い道のりになると予測し、日朝協議の実質的な進展に否定的な見方が存在する。その一方で、日朝協議が現実的に進展する可能性に注目する見方もある。ただし、北朝鮮が推進する日本との対話や、ロシアとの経済協力の拡大が成果を得た場合には、それが日米韓の協調を阻害すると同時に、中国の朝鮮半島政策を牽制し、中国の韓国接近に歯止めをかける効果をもたらすことが懸念されている※7。

 韓国の周辺国外交にもたらす影響という側面から見れば、日朝協議が実際に成果をあげるかどうかにかかわらず、朝鮮半島をめぐる各プレーヤーの力関係に変化をもたらすことには既に成功していると言える。とりわけ、日本の対北制裁の解除が北朝鮮経済に与える効果に注目した場合、韓国の対北への圧迫手段が無力化する事態は懸念せざるを得ない状況にある。すでに韓国では、2010年の哨戒艦沈没事件への措置として施行された「5・24措置」※8をはじめ、これまで一貫して実施されてきた韓国の対北政策に対して、与党内部からも方針転換の声が浮上しつつある※9。

 対北政策の変更を求める論者は、北朝鮮が、拉致問題は解決済みだとしていた従来の方針を捨て、その再調査を約束したことは異例であり、南北関係と日朝関係の両立を試みた北朝鮮の外交戦略に修正があったと分析する※10。また対韓、対中関係が低迷している日本としても、日朝協議を周辺国外交の突破口とする狙いがあると理解されている。このような見方からは、朴勤恵政権の「韓半島信頼プロセス」※11を実現するためには、対北関係の改善はもちろん、日韓関係の改善が必要となると考えられている。日朝両国の政策転換が現実的な関係接近を可能にした現在、韓国が北朝鮮問題で遅れをとる状況は望ましくないのである。

 北朝鮮問題の専門家チョン・チャンヒョンは、日朝協議の中で、核問題と日朝関係を分離、接近したのが北朝鮮の方針変換を導いたと評価しながら、韓国の北朝鮮政策の柔軟な運用を提言した※12。今後の日朝関係の進展は、両国関係のみならず、日韓、南北関係の変化にも多くの示唆を与える。森喜朗元首相の訪韓を契機に日韓関係の改善に対する期待が高まる中※13、朝鮮半島をめぐる日韓対話もこれ以上遅延されないように、両国政治の決断が求められる。


  • ※1 日本経済新聞、2014年9月26日。
  • ※2 連合ニュース、2013年5月16日。http://www.yonhapnews.co.kr/politics/2013/05/16/0505000000AKR20130516140851043.HTML
  • ※3 ニュース1、2013年5月18日。http://news1.kr/articles/?1138084
  • ※4 リ・キワン「日本の北朝鮮人権政策の本質の限界」『大韓政治学会報』第19巻第3号、2012年、143-162頁。
  • ※5 リ・キワン「日本の政治変化と日朝関係」『国際関係研究』第18巻第2号、2013年、77頁。
  • ※6 金・ジュンソブ「北核問題と日本の対応」『国際平和』第4巻第1号、2007年6月、148−150頁。
  • ※7 統一ニュース、2014年6月16日。http://www.tongilnews.com/news/articleView.html?idxno=107715
  • ※8 北朝鮮船舶の韓国海域の航行禁止、南北交易の中止、対北新規投資および既存投資の拡大禁止、対北支援事業の保留等が主な内容である。
  • ※9 ニュース1、2014年8月27日。http://news1.kr/articles/?1833421
  • ※10 統一ニュース、2014年6月2日。http://www.tongilnews.com/news/articlePrint.html?idxno=107529
  • ※11 韓半島信頼プロセス」の詳細は前回のレポートを参照。http://www.tkfd.or.jp/eurasia/china/report.php?id=436
  • ※12 統一ニュース、2014年6月2日(前掲)。
  • ※13 毎日新聞、2014年9月17日。