タイプ
レポート
日付
2016/6/8

〔対談〕医療保険制度改革を考える―社会保険方式の原則から問う

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2015年医療制度改革法の評価

三原:医療保険制度改革の話に移ります。2015年通常国会で成立した法律を通じて、表のような制度改革が決まりました。財政が厳しい市町村国保を支援するため、財政運営を都道府県単位に広域化するとともに、市町村国保に対する国費の充実を通じて、財政運営を安定化するのが主な目的としていますが、これをどう評価すれば良いでしょうか。 

 西沢:典型的なビジョンなき漸増主義ですよね。目先の利害調整に追われ、何のビジョンもないまま、制度を微修正しただけです。例えば、「市町村国保の都道府県単位化」は極めて曖昧です。都道府県が保険の運営主体(保険者)になるのではなく、財政運営の責任を持つとしています。

 

三原:西沢さんも参加されていた社会保障制度改革国民会議[1]の報告書は元々、「国民健康保険の保険者の都道府県移行」と書いていましたよね。ただ、全国知事会との調整を経て、「引き続き保険者は市町村の役割」としつつ、都道府県と市町村の共同責任という形にしたと思われます。

 

西沢:でも、責任の所在が曖昧になるかもしれません。

 

三原:後期高齢者医療制度を2008年度に作った時と同じ対立ですね。この時も、財政負担が重くなることを懸念した都道府県と市町村が対立し、全市町村が参加する広域連合を発足させる形で決着した経緯があります。

 

西沢:スウェーデンは「ランスティング」という広域自治体で医療行政を主に担当しており、ランスティングを中心とした分権的な医療政策を展開しています[2]。それに比べると、日本は「共同責任」となったため、都道府県でもないし、市町村でもない。市町村国保も後期高齢者医療制度も、都道府県と市町村で押し付け合っている印象です。

 

三原:結局、誰もが高齢者医療費を嫌がっているわけですよね。歴史を振り返ると、市町村国保に関する都道府県の役割拡大は1980年代後半から一貫して進められている政策なので、今回の都道府県単位化は一つの完成形になると思います。しかし、全国知事会は「市町村国保を引き取っても良いが、国の責任で財政基盤を強化するべき」と主張し、公費(税金)の確保が課題となった。その一方で、厳しい財政事情で公費(税金)は簡単に捻出できないので、わざわざ後期高齢者医療制度支援金の按分ルールを変更する措置[3]を取りました。しかし、これは健康保険組合(健保組合)の負担増に繋がるし、健康保険組合連合会は前期高齢者財政調整[4]に対する公費(税金)投入を要望したため、迂回的な方法で浮いた財源の一部を財政難の健保組合に戻したわけです。よく言えば遣り繰り、悪く言えば「会計操作」ですが、こうした今回の改革の先に何があるのでしょうか。

 

西沢:昨今の改革を見ていると、社会保険を壊す方向に向かっている印象です。

 

三原:「壊す」とはどういう意味でしょうか。

 

西沢:一つは後期高齢者支援金ですね。

 

三原:現役世代が加入する保険者(健保組合、協会けんぽ、市町村国保など)は75歳以上の人が加入する後期高齢者医療制度に対し、支援金を払っています。その規模は2013年度で5.5兆円に及びます。これのどこが問題と思われますか。

 

西沢:高齢者人口の増大とともに、社会保険料を使った世代間の所得移転が大きくなるのは止むを得ないですが、高齢者医療費の財源として、「社会保険料は負担と給付(受益)がリンクしている」という国民の幻想を利用し、国民の抵抗の強い税の代わりに、社会保険料を安易に使っている印象です。

 

三原:つまり、社会保険料は本来、負担と給付(受益)がリンクしているため、私達は保険料を払う時、自分または同じ保険組合に加入している仲間の医療費に使われることを期待しているのに、後期高齢者支援金の場合、違う保険組合に加入している75歳以上高齢者の医療費を負担しており、これは社会保険から逸脱しているということですね。私も説明が付かないと思います。

 

西沢:「税は本当に必要な人に充てる」という原則を作り、「必要な人に充てるために資産、所得状況を把握する必要があるが、その際にマイナンバーを使えるか」「必要な人に手当てするため、給付付き税額控除[5]の枠組みを使えるか」といった議論を展開するべきです。しかも国民にとっての好ましさを原点とした原則。提供者に寄った政策ではなくて、国民、患者、被保険者、納税者の立場に立った原則です。もちろん、急には改革が難しいし、反対意見も出て来るでしょうが、地道に合意を得つつ、それに向けて必要なインフラを整えるのがあるべき姿だと思います。でも、今は政治がそうした作業を放棄し、課題解決の多くを官僚に委ねており、官僚は自分の範囲内でしか解決できないので、保険を壊しているのが現状です。

 

三原:しかし、こうした「会計操作」的な制度改正の根底にあるのは結局、人口の高齢化と非正規雇用の増加という構造変化ですよね。まず、会社を退職して被用者保険を脱退した人が市町村国保と後期高齢者医療保険制度に加入している結果、高齢者医療費のツケが市町村国保と後期高齢者医療制度に回されており、社会全体のリスク分散にゆがみが生じている点。さらに、産業構造の変化や雇用形態の多様化、グローバル化による競争圧力を受けて、非正規雇用が増加しており、被用者保険から漏れる非正規雇用が市町村国保に入っています。もう1つ、女性の問題も考える必要があります。今、女性が就労しなくなる制度的な課題として、「130万円の壁」[6]が指摘されていますが、これも社会保険が生み出している課題です。

 

西沢:その通りです。元々、被用者保険のシステムとは、社会に出た全ての男性が正社員として同じ場所に働き続けることを前提としています。それが社会の情勢と合致していない。さらに市町村国保の保険料が高くなっているし、給付についても差があるし、制度の分立自体が労働市場の変化、男女の役割変化などに対応できておらず、公正さで問題があると思います。

 

規制競争と地域一元化の利害得失

西沢:「保険を壊す」という点で見ると、「保険者の役割」が曖昧なことも見過ごせません。先に話題になった通り、後期高齢者医療制度については、財政負担が増えることを懸念した都道府県、市町村が保険者になるのを避けたため、市町村で構成する広域連合が財政運営を担っていますが、法律上では「保険者」が存在しません。先に触れた市町村国保の都道府県単位化にしても、都道府県と市町村が共同責任を負うような法律の書きぶりですが、誰が責任者なのでしょうか。本来、医療保険の運営主体である保険者は提供体制効率化、被保険者の適正受診といった保険者として役割、つまり保険者機能を果たすことが期待されますが、社会保障制度改革国民会議報告書に「保険者機能」という言葉が1ヵ所しか出て来ませんし、それも積極的に推奨する文脈ではありません。もっと社会保険として純粋な形にしていくべきと思います。その究極の姿の一つがオランダの規制競争(管理競争)です。オランダでは被保険者が保険者を選択できる仕組みとしたため、保険者は医療機関側と向き合う形になっています。一方、低所得者に対しては税金を投入し、保険を購入できるようにしている。日本は「世界に冠たる国民皆保険」と言いつつ、保険を壊す方向に向かっている。「保険」と言うのであれば、本来の保険としての側面を大事にする原理原則が重要です。

 

三原:規制競争(管理競争)については、「保険者が被保険者を選ぶリスク選好を否定できない」「違う会社の人も同じ医療保険組合に加入することになり、社会保険の前提である連帯意識が曖昧になる」などの課題があるため、地域一元化を訴えた私達の提言[7]は規制競争を採用しなかったのですが、今みたいに目先の利害調整に追われ、制度が複雑化する結果、負担と給付(受益)の関係が不明確になり、社会保険の良さが消えていく危険性は留意しなければならないと思います。

 

西沢:地域一元化に際して踏まえる必要があるのはワーク・ライフ・バランスと思います。日本の男性は会社で長く過ごし、地域で過ごす時間が短い。そうなると、その人の健康を考える時、会社と一緒になっている健保組合の方がアプローチしやすい面があります。ここは重要なファクターです。

 

三原:確かに地域一元化を実施した場合の企業福祉は課題になると思います。例えば、上乗せの企業福祉は認めるとか、産業医[8]の活用などが考えられると思います。

 

西沢:しかし、予防や健康づくりに関して、地域で何をやっているかが把握しにくいことは現行制度のデメリットです。

 

三原「医療統計の信頼性を考える―OECD総保健医療支出、国民医療費の問題点を中心に」で話題になった部分ですね。つまり、今の統計では保険給付を使っている範囲は分かるけど、自治体による保健師の配置など一般財源(地方税、地方交付税)を使っている事業については捕捉しにくい。

 

西沢:その通りです。いかなる職業、性別、年齢であろうと差別されることなく、例えば、インフルエンザ予防は同じ費用負担で接種できる機会があるべきだし、母子保健も等しく提供されるべきです。今の制度は悪い意味で格差が出ていると思います。

 

三原:その点で言うと、「医療統計の信頼性を考える―OECD総保健医療支出、国民医療費の問題点を中心に」で少し話題になりましたが、予防接種の費用は被用者保険でも違いますよね。

 

西沢:一部の健保組合だと予防接種の補助金が出るけど、協会けんぽは出ないとか、勤めている企業によって健康格差が出ている可能性があります。その差は「医療統計の信頼性を考える―OECD総保健医療支出、国民医療費の問題点を中心に」で話した通り、実質的には「国民治療費」である「国民医療費」のデータでは把握できませんが。

 

三原:ましてや西沢さんが先程、「給付格差が公正さで問題がある」と指摘された通り、被用者保険と市町村国保の格差は大きいですよね。その観点で言うと、政府が進めている「データヘルス計画」には素晴らしいと思う一方、疑問も感じています。これは健診データやレセプト(診療報酬支払明細書)を使い、データに基づく医療政策を進めるのが目的で、そのコンセプトは良いと思っています。しかし、これを予防に繋げる発想はどうなのか。慢性疾患がメインとなっている中、今の健康政策は本人の努力や行動にかかってくる部分が大きい。そこに対して働き掛ける必要はありますが、むしろ健康づくりの政策としては所得や家庭の事情などで健康リスクが不均等になっている点に力点を置くべきなのではないでしょうか。例えば、市町村国保の保険料を滞納に関するデータ[9]を見ると、「国民皆保険」と言いつつ医療資源にアクセスできない人が存在する可能性があります。健康づくり・予防の内容を見ても、生活習慣病対策が前面に出ており、国民が不安を感じている精神面のケアやストレス[10]についての関心が薄いように映ります。この結果、どうも政策がチグハグしている印象です。

 

西沢:会社で起きたメンタルな病気を会社に言うのは気が引けるので、本当は「医療提供体制改革を考える―かかりつけ医、地域医療構想の在り方を問う」で話題になった家庭医みたいな専門家に相談できるシステムがあると利便性と満足度は上がりますよね。会社員の健康管理は、健保組合と事業主のダブルトラックのようになっていて、片方で特定健康診査(メタボ健診)[11]を健保組合が所管し、もう片方で会社がメンタルヘルスなどに力を入れているので、この辺りも整理が必要と思います。

 

三原:しかし、今はメンタルヘルスよりも生活習慣病に関心が行っている様子です。その背景には後期高齢者支援金の加減算システムがあるためです。つまり、メタボ健診を怠ると支援金が最大10%増える仕組み。これは会社にとって一種の「罰金」なので、保険料を半分負担する会社が罰金を免れるため、健保組合を通じて生活習慣病対策を重視しているように見えます。しかし、これは被保険者にどこまで便益があるのでしょうか。

 

西沢:ある人が「メタボ健診を怠ったことを理由に後期高齢者支援金を増やすのは、江戸の仇を長崎どころかソウルで打つのと同じだ」と言っていましたね(苦笑)。関連性が極めて薄いということです。

 

三原:悪法と言っても法律なので、制度に内在されたインセンティブに保険者や企業が動かされ、それにビジネスが絡んでいるのが実情です。ひょっとすると関係者でさえインセンティブに動かされていることに気付かず、健康づくりが一種のブームになっているのかもしれません。

 

壊れる介護保険制度の理念

西沢:保険を壊すという点で見ると、介護保険の新しい総合事業[12]もそうですよね。

 

三原:全くです。新しい総合事業とは2015年介護保険改革で導入された仕組みで、軽度な要支援者向け給付のうち、訪問介護と通所介護を介護予防事業に統合しましたが、広く薄く受益が行き渡る「事業」と、保険料の見返りとして権利性が担保された「保険給付」は本来、違う話です。

 

西沢:「事業」は誰でもサービスを受けられるわけですからね。

 

三原:しかも要介護・要支援認定は介護保険の最も重要な部分です。これは医療保険と対比すると分かりやすいと思います。医療保険の療養担当規則を見ると、療養給付の範囲として、(1)診察、(2)薬剤、治療材料の支給、処置、(3)手術その他の治療、(4)在宅療養の管理―などを列挙しており、保険診療の範囲に制限を付けていません。しかし、介護保険は違います。介護の場合、全てのニーズを介護保険にケアするとは想定しておらず、要介護・要支援認定で必要度を判定し、7段階で評価する区分支給限度基準額(基準額)を設定し、その範囲内であれば9割(高所得者は8割)を支給する仕組みです。このため、要介護・要支援認定は介護保険の根幹の一つです。それにもかかわらず、権利性の高い「保険」と、誰でも使える「事業」の境界線を曖昧にしました。私の知り合いが「食感が一緒なので、コロッケとメンチカツを一緒にした」と言っていましたが。

 

西沢:保険給付と事業は別物ですからね。

 

三原:基準額についても、保険を壊す方向に行っています。2015年度の介護報酬改定で基準額を超えても、全額自己負担にならない加算(枠外加算)を作りました[13]。この2つは介護保険の根幹を揺らがす制度改革です。

 

西沢:限度額を超える部分の対応については、住民税で本来やるべき話ですよね。自治体が「こういうサービスを提供します。ついては別の歳出を削るか、住民税上乗せして下さい」と説明することで、住民が「住民税に上乗せしてでもやる価値のある事業かどうか」と判断できるわけですから。

 

三原:もう1つ、介護保険を壊しかねない重大な改革が進んでいます。介護保険は制度創設以来、保険料と公費(税金)の関係を50:50で維持してきました。これは負担と給付(受益)の関係を曖昧になった市町村国保に対する反省がありました。それなのに2017年度以降、低所得者向け保険料の軽減として1,400億円を追加投入することが決まりました。

 

西沢:それも一種の会計操作に映ります。

 

三原:確かに第1被保険者の保険料は全国平均5,500円まで上昇しているし、高齢者の保険料は基礎年金から天引きされることを考えると、これ以上の引き上げは困難。このため、給付を削るか、40歳以上が対象となっている第2被保険者の対象年齢引き下げとか、それに絡んだ障害者総合支援法との併給とか、公費(税金)投入の拡大と税源確保策の是非などを話し合う時期に来ています。ただ、裏から財源を入れる方法は負担と給付(受益)の関係を不明確にし、「保険」としての意味合いを減退させるため、問題が多いと思います。

 

西沢:その関連で言うと、政府内では第2号被保険者(40~64歳)の案分ルールを人頭割から総報酬割に変更しようとする案が出ています。第2号被保険者の保険料は各医療保険者が「介護納付金」として徴収しており、医療保険者間で案分する際、加入者数割(人頭割)で計算していますが、これを被保険者の負担能力(総報酬)に応じた形にすると、国からの公費(税金)投入が減るとの判断です。

 

三原:それも一種の会計操作ですよね。しかし、本来はそうした議論にとどめるべきじゃないと思います。

 

医療保険制度と民主主義、自治

西沢:医療制度改革の今後について、私は民主主義、地方自治の話だと思っています。しかし、現行制度の運営や制度改革を見ても、こうした議論は少ない。

 

三原:本来、社会保険は給付と負担の水準について、当事者自治に委ねることによって自律的なガバナンス機能を発揮することが期待されているのですが、今は「政策決定プロセスに対する被保険者の参加」という概念は全く見られないですね。保険制度と被保険者の参加・自治という観点で現行制度を整理すると、健保組合については、会社と従業員代表が半数で構成する運営委員会で方針を決定しているので、制度的には被保険者の参加・自治が担保されています。しかし、市町村国保は各市町村議会で保険料を決めていますが、健保組合や協会けんぽの人達も投票した地方議会で市町村国保の保険料を決めており、代表の同質性が曖昧です。後期高齢者医療制度の広域連合に関しても、各市町村議員から選ばれた議員で構成されており、被保険者以外の人も含まれます。協会けんぽの運営委員会に至っては、厚生労働相が選んだ人達で構成しており、その民主的正当性は極めて薄弱。協会けんぽは都道府県別で保険料を設定しているので、本来は都道府県別で運営方針を決めるのが良いのかもしれません。

 

西沢:そうした被保険者の意思が「地域医療構想調整会議」[14]などを通じて、提携者に反映されるシステムが必要ですよね。しかし、今は根幹の議論がないまま、税を含めて社会保障制度の在り方を設計せず、一種の会計操作みたいなことをやっています。

 

三原:西沢さんが参加されていた社会保障制度改革国民会議は如何でしたか。

 

西沢:診療報酬ではなく医療計画を使うのが良いとか、政策ツールの話が主体でした。それでは国民が分からないし、興味を持てない。

 

三原:昔の社会保障制度審議会(首相の諮問機関)[15]みたいに骨太な議論を展開できる場がないですよね。

 

西沢:しかし、ビジョンを示したり、根本的な部分から解決したりするのは本来、官僚ではなくて政治家です。実際に政治は大きな問題に目を向けないまま、2年に一度の診療報酬改定に際して、「診療報酬を頑張ります」みたいなことを言い、それで何となく医療を語っているような感じに見えます。

 

三原:私も同じ思いです。官僚は目先の課題解決を図る上では優秀なので、官僚だけに任せると、どうしても目先の利害調整に走り、ビジョンなき漸増主義になり、制度が複雑化します。実際、各国の制度改革を見ると、フランスの「ジュペ・プラン」[16]など政治家の名前を冠しています。政治家がリーダーシップを取り、制度改革の詳細は役人に任せる形が望ましいと思います。

 

西沢:アメリカも「オバマ・ケア」ですからね。医師出身で民主党の参院議員だった今井澄さんが『理想の医療を語れますか』というタイトルの本を書かれましたが、あの通りです。でも、今は理想の医療制度を語らないまま、細かくテクニカルな話ばっかりです。

 

三原:そのためか、国会で医療制度の将来像が議論されませんよね。改革自体は漸増主義で進めるべきですが、大きなビジョンは可能な限り国民全体で共有する必要があり、そのためには国会の関与が欠かせないと思います。さて、対談の内容を少し振り返ると、「医療統計の信頼性を考える―OECD総保健医療支出、国民医療費の問題点を中心に」はOECD(経済協力開発機構)のデータを中心に、国民の共有財産である医療統計の不備を話し合い、「医療提供体制改革を考える―かかりつけ医、地域医療構想の在り方を問う」はプライマリ・ケアなど提供体制改革の在り方、「医療保険制度改革を考える―社会保険方式の原則から問う」は医療保険など費用の話でした。しかし、いずれの話題にも「民主主義、自治をベースにして、私達がどうやって医療制度を作るべきか」という問題意識が共通していたと思います。社会全体の合意形成とビジョンの共有に向けて、今回の対談が少しでも役立って欲しいと思っています。大変長い時間を有り難うございました。


[1] 社会保障目的で消費増税を決定した際、社会保障の在り方を話し合う場として設置された有識者の検討組織。2012年11月から2013年8月まで計20回開催し、同年8月に報告書を公表した

[2] スウェーデンの自治制度では、日本の市町村に該当する「コミューン」と、日本の都道府県に当たる「ランスティング」がある。

[3] 被用者保険の按分ルールは当初、100%加入者割だったが、2010年度から3分の1を総報酬割としていた。

[4] 65~74歳の高齢者医療費について、保険者間で調整する仕組み。被用者保険が市町村国保を実質的に支援している。

[5] 給付付き税額控除は低所得者に対し、所得に応じて税額控除や給付などを行う制度。

[6] 「130万円の壁」とは妻の年収が130万円未満であれば、夫が加入する被用者保険の「被扶養者」になり、保険料を負担せずに健康保険に加入できるため、収入が130万円を超えないように就業調整することを指す。

[7] 東京財団(2015)『医療保険制度改革に向けて』。

[8] 労働安全衛生法に基づき、常時50人以上の労働者を使用する事業所に配置される医師。

[9] 厚生労働省の資料によると、2015年6月現在で保険料に一部でも滞納がある世帯数は、

約336万4,000世帯、市町村国保全世帯の16.7%に及ぶ。

[10] 厚生労働省の「健康に関する意識調査」(2014年)によると、有効回答5,000人のうち、全体の61.1%が「健康に関して不安はある」と回答し、その不安を問う回答(複数回答可)としては「体力が衰えてきた」(49.6%)、「持病がある」(39.6%)に続き、「ストレスが溜まる・精神的に疲れる」(36.3%)となっている。

[11] 2008年度から40歳以上の全国民に義務付けられた健康診査。生活習慣病患者の発生を抑えることで、医療費を適正化することを目指すとしている。

[12] 新しい総合事業は要支援者向け介護予防給付から通所介護、訪問介護を切り離し、従来の介護予防事業に統合するとともに、市町村の裁量を広げる制度。2017年4月までに全市町村が移行する。

[13] 介護保険制度では要介護5段階、要支援2段階の区分が定められており、それぞれに限度額が設定されている。限度額の範囲内であれば90%(高所得者は80%)の給付を受けられるが、それを超えると全額が自己負担となる。2015年度改定では訪問サービスを対象とした「訪問体制強化加算」「訪問看護体制強化加算」、小規模多機能型居宅介護などを対象とした「総合マネジメント体制強化加算」が該当する。詳細は東京財団ウエブサイト(2015)「報酬改定に見る介護保険の課題~制度複雑化の過程と弊害~」を参照。

http://www.tkfd.or.jp/research/project/news.php?id=1425

[14] (中)で触れた地域医療構想の枠組みの一つ。地域医療構想区域(主に2次医療圏で設定)ごとに関係者が集まる「地域医療構想調整会議」を作ることが求めている。

[15] 首相の諮問機関として終戦直後に設置された。しかし、2001年に廃止され、厚生労働省の審議会に引き継がれた。

[16] フランスの首相だったジュペが1995年に示した医療制度改革。医療費適正化、病院改革などを打ち出した。