タイプ
その他
プロジェクト
日付
2012/8/13

【書評】『ドキュメント沖縄経済処分 ― 密約とドル回収』軽部謙介著(岩波書店、2012年)

評者:野添文彬(一橋大学大学院法学研究科特任講師)


1.はじめに

近年の普天間基地移設問題や「密約」問題をめぐる動向に加えて、今年は沖縄返還40周年にあたることから、沖縄返還に関する書籍が相次いで出版されている。その中でも本書は、これまで主に安全保障の観点から論じられてきた沖縄返還を、通貨という観点から検討した異色のノンフィクションである。著者の軽部謙介氏は、現在、時事通信社編集局次長兼解説委員を務めるジャーナリストで、かつて那覇支局に勤務した経験もあるという。

2.本書の構成と内容

本書の構成は次の通りである。

  はじめに
  プロローグ
  第一部
    第1章 「タナボタを阻止せよ」
    第2章 回収ドル争奪戦
  第二部
    第1章 円切り上げ断行
    第2章 通貨確認
    第3章 すれ違う本土と沖縄
  エピローグ

本書の課題は第一に、沖縄返還交渉において締結された「回収ドル」密約をめぐる米国政府の思惑を明らかにすることである。1969年12月、柏木雄介大蔵省財務官とアンソニー・ジューリック財務長官特別補佐官によって、沖縄返還に伴う経済財政取り決めに関する了解覚書が作成された。ここでは、日本政府が米国政府に対し、民政用・共同使用資産買い取り1億7500万ドル、基地移転費及び改善費2億ドル、沖縄基地従業員の社会保障費等3000万ドルを支払うことに加え、次のことが明記された。それが、米軍政下の沖縄で使用され、施政権返還とともに円に交換されるドルを、ニューヨーク連邦準備銀行へ25年間無利子で預金することだった。この取り決めに、著者は、当時の国際金融情勢の中で基軸通貨ドルの安定を重視する米国政府の問題意識を見出したのである。

第一部でこの課題が扱われる。沖縄返還交渉が本格化する中、米国政府は、施政権返還によって沖縄がドル経済から円経済に変わるにあたり、次のことを目標としていた。それは、自国の国際収支が悪影響を受けないことと、日本が沖縄のドルを回収することで「タナボタ的な利益」を得ないようにすることだった。そのため、ドルから円へ通貨を転換する間に中間通貨を導入することや、日本側が回収したドルを廃棄するといった案が検討される。しかし、これらの案に対し、日本側は、沖縄経済の混乱を引き起こすことなどを理由に強く反対した。その上で日本側の妥協案に基づいて、「回収ドル」をニューヨーク連邦銀行に無利子で預金するという方式がまとまる。この方式により、米国側は本来生じる膨大な利子を節約することができたのだった。一方、日本側は、「沖縄を金で買い取った」という批判を回避するため、この合意を秘密にするよう、米国側に要請したのである。

本書の第二の課題は、1971年8月15日にニクソン大統領によって発表された「新経済政策」、いわゆる「ニクソン・ショック」や、それに伴う固定相場制から変動相場制への移行といった国際経済の混乱の中、施政権返還によって、沖縄がどのような苦難を経たのかを描くことにある。この課題が、続く第二部で扱われる。

ニクソン大統領の「新経済政策」は、施政権返還によってドル経済圏から円経済圏へ移行しようとする沖縄に大きな衝撃を与えた。ドルの切り下げによる経済的損失を回避するため、沖縄では、1ドル=360円で早期にドルと円を交換するよう要求が高まる。本書によれば、外務省や大蔵省は、この要求に応えるかのような「政治的ポーズ」を示したものの、米国施政下での通貨交換は実施困難だと早々に判断していた。その一方で、国際経済の変動の影響を最小限にするため、米国政府にも事前に知らせることなく、日本政府と琉球政府は、返還前に沖縄の人々に「いくらドルを持っているのか」を確認し、1ドル=360円と実際の円とドルの交換レートとの間の差額を補填するという、通貨確認作業を準備する。この通貨確認は、1971年10月9日、銀行窓口を封鎖した上で実施されたが、補償対象は個人の現金通貨と純資産のみに限定され、作業がわずか一日だけだったことなどから、沖縄は大きな混乱に陥った。結局、復帰時の交換レートは、当時1ドル=302~304円で推移していた円レートに対しやや高めの1ドル=305円に政治的に決定される。しかし、沖縄住民の1ドル=360円での通貨交換への期待は裏切られ、しかも復帰後、急激な物価の上昇が沖縄を襲ったのだった。

エピローグによれば、「回収ドル」密約は、1999年、ニューヨーク連銀に日本銀行が持つ預金口座の最低預入額が引き下げられたことで効力を失った。そして、沖縄で使用され、返還時に円に交換されたドルは、国際金融市場で有利子の運用に回されたのだった。

3.本書の評価

本書は、これまであまり検討されていなかった沖縄の「回収ドル」を丹念に追跡することで、通貨や国際経済との関連で沖縄返還を論じるという斬新な試みに成功している。「回収ドル」をめぐる密約は、基地移転費や原状回復費といった他の経済財政密約と比べて注目されてきたとはいえない。また、復帰に伴う沖縄での円とドルの通貨交換についても、本書は、米国政府や日本政府、さらに琉球政府の動きをより深く掘り下げたといえる。

その際、強調すべきは、これらの動きを描くにあたって、本書では実に多様な史料が使用されていることである。密約という機微な内容ゆえに、必ずしも史料公開状況は万全とはいえないが、本書では、米国政府や外務省によって公開された公文書、日本銀行金融研究所アーカイブ文書、情報公開請求によって入手した文書、『屋良朝苗日記』、さらに独自に入手した私文書やインタビューが駆使されている。

また、本書を読んで改めて認識させられたのは、沖縄返還が、国際秩序の変動の中で実現したという事実である。当時、ベトナム戦争の行き詰まりや日本・西ドイツなどの経済成長によって、米国政府はグローバル戦略の見直しを余儀なくされていた。こうした中でニクソン政権が推進したのが、本書で描かれた「新経済政策」や、もう一つの「ニクソン・ショック」である、米中接近に他ならない。本書で描かれるように、沖縄は、日本への施政権返還ととともに、当時の国際情勢に翻弄されることになったのである。これまで沖縄返還は、日米交渉という観点から描かれることが多かったが、当時の国際秩序の変動とどのように関連付けられるのかについても、今後さらに研究が進むことが望まれる。

これらの興味深い知見を提供する本書だが、評者は、ここから新たに見えてくる「沖縄返還とは何だったのか」に対する著者のより明確な議論を聞きたいという読後感を抱いた。確かに、本書には、「沖縄経済処分」という題名が付けられ、これがその手掛かりになるのであろう。本書によれば、『沖縄タイムス』1972年4月8日付朝刊の社説が、360円レートでの早期交換への希望がかなえられず、沖縄が施政権返還によって大きな経済的損失を被ることについて、「経済処分」という言葉を使って日本政府を批判した(187-188頁)。「経済処分」という言葉が、「琉球処分」という歴史的出来事を想起させるものであることはいうまでもないが、その内実は何か、ないものねだりとはいえ、より踏み込んだ議論がほしかった。

そもそも沖縄返還とは、百万を超える人口とそれに相応する経済力を有する地域の主権が移行するという前例のない大事業であり、その影響は民間部門の生活のすみずみに及んだ(U・アレクシス・ジョンソン(増田弘訳)『ジョンソン米大使の日本回想―二・二六事件から沖縄返還まで』草思社、1989年、276頁)。この点を踏まえれば、本書は、沖縄返還という巨大な事業がどのように行われ、沖縄住民の生活にいかなる影響を与えたのか、通貨という観点からその一端を明らかにしている。「沖縄問題」が注目され、沖縄返還40周年を迎える中、沖縄返還とは何だったのかを改めて考える上で重要な一冊だといえよう。