タイプ
その他
プロジェクト
日付
2017/1/12

対談 2017年 日本経済の行方(上)――アベノミクスをどう評価するか

 


2017年、日本経済はどこへ向かうのか。経済学者である星理事長および八田名誉研究員両氏が、アベノミクスの現状を整理・評価し、これからの日本経済の行方を論じました。これまでの金融政策、財政政策、成長戦略を精査したうえで、日本が今後、力強く成長するために必要となる構造改革の焦点は何か、また世界経済の環境が変化する中で、日本が課題先進国から課題解決先進国になるためには何が必要なのか、前編・後編(次週)2回にわたり展望していきます。

 

【出席者】

星 岳雄 東京財団理事長

八田達夫 東京財団名誉研究員

「失業率が下がったのに賃金が上がらないのはなぜか」


 2016年にはブレグジットとトランプ次期米国大統領の誕生という予想もしなかったことが起こりました。今日は世界経済の環境がどう変化しているか、そして日本をはじめ各国の経済政策、経済状況が2017年にどう変わっていくのかを考えます。

 最初に、日本経済の現状を整理します。過去4年間、アベノミクスのもとでさまざまな経済政策が講じられてきました。アベノミクスの3本の矢、つまり金融政策、財政政策、そして成長戦略をどう評価できるでしょうか。

八田 まず、マクロ政策全体では、失業率が低下したことが大きな成果だと思います。

 一方、「失業率が下がったのに、賃金が上がっていない」とよくいわれますが、これは問題ではないと思います。景気の回復面で非正規雇用が増えた結果、雇用者全体に占める非正規雇用者の割合が増えたために、その分平均賃金が下がったのです。やがて非正規労働者の待機者数が少なくなると、非正規雇用者の賃金は上昇します。いままで賃金が上がらなかったのは、まだ調整過程にあったためです。時間の問題です。現実に、いまアルバイトやパートの賃金は上昇しています。今後、雇用者全体として賃金は上がっていくとみています。

 正規・非正規雇用者それぞれでみると、最近は両者とも賃金は上昇している。ただ、その構成比率が変わっているので、全体的には下降しているということですね。

 それにしても産業による違いはあると思います。例えば、建設業と介護サービス業で、正規雇用者と非正規雇用者の比率の変化は大きく違わないけれども、建設業では平均賃金が上がっているのに、介護サービス業では上がっていない。

八田 介護サービス業では、賃金が規制されているため、人手不足が生じても、需給に反応して賃金が上昇しないのです。保育も同様です。

 政府はいま、減税をするから賃上げをしてほしいと企業に要求しています。それよりは、景気の波及効果の及びにくい規制産業の賃金の引き上げ、あるいは規制緩和を始めたほうがいい、ということでしょうか。

八田 ええ、例えば介護保険サービスに付加できる自由料金サービスの範囲を拡げて、実質的に賃金を引き上げられるようにしていくことが有効だと思います。

金融政策の難しさ

 そうすると、アベノミクス第一の矢、金融政策でやれること、日銀のやれることはあまりない……?

八田 金融政策が実体経済に影響を与えるまでにはある程度の時間が必要です。いま、不動産価格が上昇し始めています。それは徐々に担保価値を増やし、投資を増やすでしょう。いまの政策を続ければよいと思います。そのうちいろいろなことがいっせいに動き出しますから、そのときにコントロールする方策を整えておくことのほうが重要だと思います。

 ミルトン・フリードマン氏(米国のノーベル経済学賞受賞経済学者)が“long and variable lags”と言い表したように、金融政策は時間的な遅れを伴い、しかも不安定。うまくコントロールするのが難しいわけですね。

八田 ひとつ心配していることがあります。1970年代米国のカーター政権の時代、インフレ率も名目利子率も20パーセントだったことがあります。そのときには実質利子率がほぼゼロだったのですが、課税は名目金利にかかってくるので、利子所得に対する実質税率が100パーセントをはるかに超える結果になり、貯蓄も投資も減退してしまった。

 そこにマーティン・フェルドシュタイン氏(ハーバード大学教授、全米経済研究所[NBER]名誉会長)が、資産所得課税にインフレ控除をして、実質所得に対して課税しなければならないと主張しました。いわゆるサプライサイド経済学です。1980年代、レーガン政権の時代にはそうする代わりに、キャピタルゲイン税を骨抜きにして、法人税率自体の大幅な引き下げをやって資産所得の税率そのものを下げることによって、この問題を回避したわけです。しかしその結果、税収不足で悩みました。正しい対策は、資産所得税の本体税率自体をゼロに近くするのではなく、インフレ控除をすることでした。

 インフレの弊害は、主として税制から起きます。日本でインフレの可能性があるならいまから手を打って、資産所得税に関してはインフレ控除をきちんとやっておくことが必要です。そうすれば、20パーセント程度のインフレが弊害を起こすことはないと思います。

 そうですね。インフレのコストについては昔から経済学で議論されていますが、その大きな部分が税制度や金融契約が名目価値について決めてあって、インフレと連動していないということからきている。こういった制度面が十分インフレに適応するようになれば、残るコストは“メニュー・コスト”や“シューレザー・コスト(銀行に行くコスト)”というさほど大きくないものに限られてくる。最近では、いろいろな便利な支払手段が普及してきたので、現金を下ろしに銀行に行くという行動そのものが不要になってきている。

八田 税のコストは大きいですよね。

 そうですね。制度をインフレに適応させる必要があるというわけですね。ただし、ここでインフレはまだ日本では起こっていないことを確認しておかなければならない。日銀の金融政策がようやく効いてきてこれからインフレになるという可能性はあります。しかし、いままではなかなかインフレにならなかったという経緯もあるわけです。

 日銀としては、いまインフレの問題を論じ始めるというのは時期尚早である。デフレからの完全な離脱に向けて、いままで以上に緩和的な金融政策の模索を続けなければならない。その一方で、最終的にインフレが起こってくるときには、それに速やかに対処しなければならないし、その前からある程度インフレのコストを下げるような制度改革も考えておかなければならない。そういう難しい時期にあるのだということだと思います。

八田 同感です。

不況をもたらさずに消費税増税を実現するには

 次に、アベノミクス第二の矢「財政政策」についてです。金融政策は、さきほどの“long and variable lags”で、いつ効果が表れるか、どれくらい時間がかかるかみえにくいところがある。一方、財政政策は、教科書的にはわりとすぐに効果が表れるといわれています。アベノミクスの財政政策というのは、少なくとも当初は「機動的な財政政策」といって、景気対策の財政出動と同時に長期的な財政規律を確立する、ということを謳っていましたが、どう評価しておられますか。

八田 長期的な財政規律を大事にしていないですね。2つの問題があると思います。

 第一は配偶者控除についてです。配偶者控除を、所得控除から税額控除にすれば、低所得者に負担をかけずに財政再建に結びつきます。しかし結局、制度温存、配偶者控除の水準の引き上げで最終決着しました。2017年初の衆議院解散が取りざたされ、増税となる専業主婦世帯などの反発を招きかねないと判断したためでしょう。選挙がこれほど頻繁にあると、拡張的な財政にならざるをえないのかもしれません。安定した政権であれば、そこをなんとかしてもらいたいですね。

 第二は、財政規律を消費税増税に担わせるためには、日本の消費税の仕組みを改良する必要があります。

 消費税は、1997年と2014年に引き上げられましたが、いずれの場合にもその後、景気が悪化しました。2014年の引き上げの前には、財務省は、「日本で消費税増税をしても景気後退することはない」と主張して、その根拠として、ドイツで付加価値税を上げたときに景気が悪化しなかったことを引き合いに出したのです。でも財務省は、増税の経済効果の予測に失敗しました。多くの人が「消費税増税をしたらその度に2回続けて不況になったじゃないか。今度税率を引き上げるときには、不況にならない対策を示せ」と考えていると思うんですよ。

 消費税率が引き上げられると、消費者は各財の消費量を減らして増税額を賄います。その際、食費や衣料に関しては、消費者が望むならば、税込み支出額が税率引き上げ前の支出額と同じになるように減らした消費量を、購入できます。仮に年間100万円の食費を支出していた人は、11.11%の消費税が新設されれば、食費の支出を90万円まで減らせば、税を払えます(説明の簡単化のために、消費税が新設されるケースを考えます)。ところが、住宅に関しては、日本の消費税制の仕組みのもとでは、以前は1億円の住宅を買おうと考えていた人が、11.11%の消費税のもとで9,000万円の住宅を買うことは一般にできません。

 日本の消費税は、土地を除く住宅購入額のすべてを課税対象にしています。家を買う場合は、たいていの人はローンを組みますが、そのためには、ローンの一定割合(これを4分の1としましょう)の頭金が必要です。例えば、2,000万円の頭金を用意できるので、消費税新設以前には8,000万円のローンを組んで1億円の家を自分の土地の上に建てようとした人を考えます。この人が、消費税率新設後に9,000万円の家を建てようとすると、消費税分である1,000万円は、もともと頭金として用意していた2,000万円から全額支払わなければならなくなります(税金部分には担保価値がないので借りられないからです)。このため、頭金として残せる額は1,000万円になり、4,000万円しか借りられなくなるので、9,000万円の家は買えません(当初用意した2,000万円で頭金も消費税も賄うとすると、6,000万円台の家しか買えなくなります)。この消費税の新設の結果、ほかの財は1割減らした額を購入できますが、住宅に対しては、支出の減少率がはるかに大きくなります。

 このように、消費税率引き上げは、住宅に対してほかの財以上に大きな消費抑制効果をもちます。これが原因で、日本では、1997年にも2014年にも、税率引き上げを契機に住宅の購入が長期的に落ち込みました。住宅の購入額は大きいため、これが不況を引き起こしました。それに対して、ドイツの付加価値税では、住宅購入額は基本的に非課税なので、この問題が起きません。

 この問題の解決策は、住宅購入時での消費税はやめて、その代わりに固定資産税の上物部分で消費税税率にあわせて毎年徴収することです。このように住宅消費税を保有税にシフトすると、消費税の引き上げが、長期的には、現在の住宅消費税と同じ増収をもたらす一方で、これまでと違って不況を引き起こすことはなくなると思います。

 なるほど。そうすれば、景気への悪影響を最小限にして消費税の増税ができるというわけですね。

まずは所得税の改善を

八田 そう思います。それから、所得税の改善に関してもやることはたくさんあります。日本の課税最低限は国際的にみて高すぎるし、最高税率は歴史的にみて低い水準です。1980年半ばまで、日本の最高税率は88パーセントでした。松下幸之助氏や本田宗一郎氏、盛田昭夫氏はこのような高い税率のもとで働いていました。いまより最高税率を引き上げたところで、労働意欲の減退はそれほどないと思います。海外に移住する人はいるにはいるでしょうが、子どもの教育や親の介護、自分自身の治療などを抱える大半の日本人にとってはハードルの高い選択肢です。また日本の安全性や清潔な都市環境は、所得が高い人ほど失いたくないものだと思います。税収増が相殺されるような移住が起こるとは考えられません。ただし、資産所得税は現在の20パーセントのまま据え置くべきだと思いますが。

 資産所得税の税率を上げるべきではない、とはどういうことでしょう。

八田 まず「生涯の生活水準が等しい人には、同額の生涯課税をすべきだ」という課税原則は誰でも受け入れると思います。次に、この原則のもとでは、利子所得に課税するのは二重課税だということを、復習させてください。

 生活水準を決めるのは、効用です。効用は、所得ではなく支出、すなわち消費額と遺贈額の和から直接的に得られるので、生活水準の指標としては支出が向いています。

 生涯の各時点での支出の現在価値の総計を「生涯支出」といいます。ここで、現在価値は、リスクフリーの預金利子率で評価します。ある与えられた生涯支出(例えば2億円)に直面する人は、対応する生涯予算制約のもとで、預金したり借りたりすることによって、生涯の各時点での支出額の組み合わせを自由に選び、自分の生活水準を最大化できます。したがって、この与えられた生涯支出が、その人の生涯の生活水準の指標となります。

 所得の源泉が賃金と預金利子で、しかも若年時の賃金も老年時の賃金も等しい二人を考えましょう。二人は同一の予算制約に直面しますから、生涯支出は同一です。つまり生活水準も同一です。もしこの国では賃金だけが課税されるならば、この二人の課税額は必ず等しくなります。しかし、もし利子所得にも課税されると、「貯蓄好き」の人は、賃金税に加えて利子所得税も支払わなければならなくなるので、一切貯蓄をしない「貯蓄嫌い」より生涯課税額が大きくなります。つまり、生活水準が同じ二人の生涯課税額が異なってしまいます。

 したがって、本源的所得である賃金所得のみに課税するのが公平に課税する方法です。派生的所得である利子所得に対する課税は、二重課税なのです。

 資産所得税が二重課税だというのは、よくいわれますが、すると資産所得は非課税にすべきだということですか。

八田 資産所得のタイプによります。例えば、若いときに株を購入して、リスクフリーでの利子率を超える収益率の「超過利潤」を得た場合には、生涯支出は、賃金と「超過利潤」の現在価値の生涯総計に等しくなります。したがって、預金だけした場合に比べて、生涯支出は増加します。「超過利潤」の部分は、賃金と同じく生涯支出に影響を与えるので、本源的所得です。投資の才覚に対する報酬のようなものです。したがって、生活水準に基づいて納税者に課税するためには、資産所得のうち、リスクフリーの利子所得は非課税にするが、超過利潤には課税する必要があります。資産所得には、元来ならばこのようにメリハリのある課税をしなければなりません。

 現在の日本が採用している、すべての資産所得への20パーセント一律課税は、このようなあるべき資産所得課税方式を将来導入するまでの、大胆な近似だと見なせます。そういう理屈の詰めをしておけば、資産所得を総合課税対象に含める必要がないことが明らかになるので、所得税率の引き上げから資産所得税率を隔離できます。

 さきほど、選挙がたびたびあるので、増税しにくい、と指摘されました。消費税増税は実際、2回延期されました。今後、どこかの時点で上げることはありうるでしょうか。

八田 消費税増税をしても不況に陥らない対策を構築すれば、可能だと思いますよ。しかしそれができるまでは、所得税の改革を優先すべきだと思います。所得税率の引き上げには、消費税率引き上げのような強い景気抑制効果がありませんから。

 財政規律の問題としては、収入不足のほかに、制度導入時に想定されていたよりはるかに大きい社会保障関係費の増加があると思います。今次国会で年金給付抑制法案(いわゆる年金カット法案)が成立したわけですが、これは支出側での必要な改革の第一歩と考えていいのでしょうか。

八田 当然あるべき改革が始まったと思います。年金がそうですし、医療保険も適用範囲や混合医療の是非など精査すべき問題が山積しています。

 そうですね。現在のままでは、日本の財政がいずれは破綻することは明らかです。消費税増税は延期しますが、2020年度のプライマリー・バランスの黒字化は予定どおり達成します、と政府はいっているけれども、誰も信じていないと思う。歳入面も歳出面もすべて精査して、日本の財政を維持可能にすることは最重要な問題ですが、アベノミクスは景気刺激策にだけ集中して、財政規律の回復はほとんど進んでいないといっていいでしょう。

 

◆英語版はこちら "The Japanese Economy in 2017 (1) Is Abenomics Working?" 

(2016年12月16日収録/編集・構成 東京財団広報)

【次週に続く】

2017年日本経済の行方(下)―反グローバリズム勢力拡大にどう対応するか


 星 岳雄(ほし たけお)

東京大学教養学部卒業。米マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学博士(Ph.D.)。米カリフォルニア大学サンディエゴ校教授などを経て、2012年より米スタンフォード大学FSIシニアフェロー(高橋寄附講座)。2016年より東京財団理事長。その間、大阪大学客員助教授、日銀金融研究所客員研究員、米ユニオン・バンク外部取締役などを歴任。著書に『何が日本の経済成長を止めたのか―再生への処方箋』(日本経済新聞出版社、2013年)など多数。

 

八田 達夫(はった たつお)

国際基督教大学教養学部卒業。米ジョンズ・ホプキンス大学経済学博士(Ph.D.)。同大学教授、大阪大学教授、東京大学教授、政策研究大学院大学学長などを歴任。2013年よりアジア成長研究所所長、経済同友会政策分析センター所長、大阪大学招聘教授。内閣官房国家戦略特区諮問会議議員、経済産業省電力・ガス取引監視等委員会委員長などの政府委員を務める。著書に『日本再生に「痛み」はいらない』(岩田規久男氏との共著、東洋経済新報社、2003年)、『ミクロ経済学 Expressway』(東洋経済新報社、2013年)など多数。