タイプ
論考
プロジェクト
日付
2017/1/16

対談 2017年 日本経済の行方(下)――反グローバリズム勢力拡大にどう対応するか

「 2017年 日本経済の行方(上)――アベノミクスをどう評価するか」はこちら

【出席者】

星 岳雄 東京財団理事長

八田達夫 東京財団名誉研究員

構造改革は進んでいるものの……

 アベノミクスの第三の矢、いわゆる成長戦略、構造改革についてはどう評価されますか。八田さんが関わっておられる部分もありますが。

八田 「第三の矢は進んでいない」と批判する人もいますが、これまでの内閣と比べると、かなり規制緩和を進めていると思います。

 第一は電力改革です。2016年4月1日以降、電気の小売業への参入が全面自由化され、家庭や商店も含むすべての消費者が、電力会社や料金メニューを自由に選択できるようになりました。さらに、20年には発送電分離、つまり電力会社の発電事業と送電(配電を含む広義の送電)事業を分離します。

 電力会社が政治にもつ力は強大です。自由化に抵抗する勢力には、電力会社だけではなく、電力会社に資材を高値で販売する周辺の多くの企業も含まれています。いってみればオールジャパンだったわけです。それらが総括原価方式で守られていた。でも、非常に不幸なことではあったけれども3・11東日本大震災があって、電力会社が信頼を失って改革を迫られた。安倍政権下で自由化を完成させた。大きな成果だと思います。

 第二は農業改革です。JA全中の改革など農協の力を削ぐ改革をしました。戦中戦後をとおして農協は特別な地位が与えられてきましたが、それをはずしたわけです。もうひとつは、改正国家戦略特区法で企業による農地の保有が認められました。その結果、アルバム大手、ナカバヤシが、本業の閑散期に兵庫県養父市内でニンニク栽培を始めました。

 以上のような改革は行われ始めているわけで、今後それぞれ大きなインパクトをもっていくと思います。

 確かにこれまでの内閣に比べれば、よくやっているということはいえると思います。僕もこれまでの例から類推してアベノミクスの構造改革にもあまり期待していなかったので、期待した以上のことはやっている。でも、今度は逆にあまりにも多くのことを並行してやろうとしていないかと心配になります。八田さんが指摘されたように、見込みのありそうな政策もある一方で、旧態依然とした産業政策的なものも成長戦略のなかに入ってきている。

 最初の指摘にもあったように失業率が低下してきているなか、力強く成長するためには、構造改革が最重要です。アベノミクスの成長戦略というのは、どうも焦点が定まっていないような気がしますが、八田さんは電力市場自由化、農業改革に続いて、どこに焦点をあてていくべきだとお考えですか。

補助金供与ではなく規制を変えることで

八田 ひとつは、シェアリングエコノミー(個人が保有している遊休資産の貸出を仲介するサービス)です。

 これまで禁じられていたサービスに、特区で風穴が空きました。例えば、AirBnB(エアビーアンドビー)など民泊を営むことは、以前は「旅館業法」に反していましたが、特区法のもとで決められた要件を満たし、認定を受ければ部屋を貸せるようになりました。

 しかし、Uber(ウーバー。スマートフォンやGPSなどのICTを活用し、移動ニーズのある利用者とドライバーをマッチングさせるサービス)に対するタクシー業界の政治的抵抗は強力で、ほとんど動いていません。最も需要があるのは過疎地です。タクシーが少ないうえに、移動には車が必要です。しかしここでもうまくいっていません。

 もうひとつは、無人航空機(ドローン)、自動運転技術、ロボット技術、人工知能(AI)など新技術です。

ここまでの技術発展を想定していないため規制がたくさんあって、実験もままならない状況です。先日、千葉県の海岸でドローンを700メートル飛ばす実験に立ち会いました。ドローンは限界費用が安いので、将来的に、物品の運搬に活用することを見込んでの実験だったのですが、海上を飛ばすのにも20個ほどの規制があるということでした。

 これまでは、仕様規定でやってきましたが、新技術に対しては、性能規定、目的規定でやっていくべきだろうと思います。規定の目的が安全を確保することであれば、そのためのアイディアを開発者や当事者に考えてもらって、目的を満たすならどんな仕様も認める、という方法をとるべきです。

 規制のやり方を変えるということですね。

八田 そうです。

 それから、ロボットの活用です。北九州市は政令指定都市のなかで最も高齢者の割合が多く、かつ、産業ロボット大手の安川電機が本社を構えています。そこで、2016年4月「高齢者の活躍や介護サービスの充実による人口減少・高齢化社会への対応」というテーマの特区に認定されました。例えば、介護施設の間取りには国の規制があり、広い空間を確保することが難しいのです。しかし特区に存在する介護施設では、ロボット活用のために部屋の壁を取り払うことが可能になり、例えば自動歩行器が広い空間で利用できるようになりました。リハビリテーションの先生が不在でも歩行訓練ができるようになって、それがどの程度効果を上げるのかをみようとしている段階です。

 規制が新しい技術の活用を邪魔している、その規制のやり方を変えていく必要があるということですね。アベノミクスは新しい技術には注目していて、ロボット、AI等の産業を伸ばすことが明記されていますが、その内容は、補助金を与えるとか技術を支援するというまさに旧態依然とした産業政策で、規制を変えることで技術を伸ばすという視点はあまりないような気がします。
八田
 おっしゃるように、補助金で伸ばそうとしても、短期のことでしかないから効果は薄いと思います。規制改革で、例えば、農業に株式会社を入れる、ロボットを利用するといったことが必要だと思うのです。

問題はグローバル化それ自体ではない

 成長戦略のなかで、もうひとつ重要で、しかもこれは僕の期待をはるかに超えて進展したものに、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加があります。国際貿易・国際投資を自由化して日本経済を世界に開いていくことは、通常いわれているような主に消費者にとっての貿易の利益を拡大するだけでなく、日本の産業を国際競争にさらし、優れた企業にはより広い市場を提供することによって、成長に重要な生産性の拡大にもつながる、ということは、僕がアニル・K・カシャップ氏(シカゴ大学教授)と執筆した『何が日本の経済成長を止めたのか』でも重視した点です。アベノミクスの成長戦略でもTPPは、それ自体日本の消費者の利益になるだけではなく、さまざまな規制改革を加速させる契機にもなるとして、期待されている。でも、ここにきて、TPPの先行きが怪しくなっています。

 TPPはもともと2006年5月に発効したシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイ4カ国の経済連携協定(EPA)です。2010年から米国も交渉に加わり、21世紀型の包括的な自由貿易圏の形成を主導してきました。日本も13年から交渉に参加し、16年3月にはTPP協定が署名され、各国が批准するまで進んだわけですが、米国でトランプ氏が次期大統領に決まり、TPPは批准しないといっている。クリントン氏が当選していたとしても、同じようなことになったでしょう。その結果、日本のほうが先に進むようになってしまった。

 世界をみると、米国でトランプ次期大統領がTPPから脱退する、北米自由貿易協定(NAFTA)を再交渉するといっていることに反映されるように、グローバリズムに反対する勢力が大きくなって、米国だけでなくいろいろな国が内向きになっている。英国のブレグジットもその例だと思います。

八田 星さんにうかがいたいのですが、そういった反グローバリズムがいま起きていることの本質的な原因はなんでしょう。

 最も単純な話で、そしてかなりの部分あたっていると思いますが、米国においては、グローバリズムによって中間層が職を失い、貧しくなったとして、格差拡大の原因をグローバリズムに求める人が多いことです。TPPへの反対もこのような理解にもとづいています。

八田 ブレグジットもそうでしょうか。

 ブレグジットには、それに加えて欧州連合(EU)で協力していくなかで、移民が入ってきて、職を奪われてきたということがあります。移民への反感は米国でも高まっているわけですが。

八田 しかしグローバリゼーションの結果、途上国では賃金が上がったわけですね。いま、途上国で反グローバリズムの動きはないのでしょうか。というのは、以前、米国で反グローバリズムの議論をしていた人たちは、多国籍企業による途上国の搾取を問題にしていましたよね。

 1999年末、米国・シアトルでの世界貿易機関(WTO)閣僚会議の開会式がデモ隊の激しい抗議活動によって中止になったころのことですね。

八田 ええ。結局、自分たちのための行動だったのではないか。

 なるほど。あるいは、反グローバリズムの中身が違ってきているのかもしれません。

八田 格差が生じる要因のひとつに、所得再分配政策の失敗があると思います。貿易を自由化すれば、(移民が入ってこなくても)要素価格均等化定理のために、貿易国間の賃金が等しくなってきます。その結果、先進国では、人的資本をもっている労働者の所得は増えるけれど、低スキルの労働者の賃金は下がります。後者の人たちが不満をもつのは当然です。したがって、貿易自由化を行ったときには、丁寧な所得再分配が必要だろうと思います。レーガン政権以降、そこを怠った面があったのではないか。

 そうすると、問題はグローバル化それ自体ではなくて、それが直接格差拡大につながる再分配政策、あるいは再分配政策のなさにあるというわけですね。

八田 そう思います。先進国では、貿易の自由化は、人的資本をもつ所得の高い人たちにより多くの利益をもたらします。そこに追い打ちをかけるように、ITの進歩が格差を広げたわけですから、なおさら再分配政策が必要だったのです。

 そのうえ、移民の問題があります。低スキル・低所得の移民が楽に入れるようになると、所得分配政策をやればやるほど移民が入ってくるから、所得再分配政策は難しくなると思います。

 ひとつは、移民政策をどうやるかということでしょう。米国は、家族の移民をほかの経済的需要に応じた移民よりも優先するということで、まさに所得再分配が難しくなる方向で政策をやっている。一方、カナダは点数制で、経済的に需要が高い労働者が移民できやすいようにしている。効率的な移民政策と、そうではない移民政策があるのかもしれません。

八田 カナダのようなやり方なら格差を引き起こさなくてすみますね。

米国不在のTPPをどうするか

 話題をTPPに戻します。いま、グローバリゼーションがすべての問題の根本にされていて、それを止めようという動きが少しずつ起こっている。そういったなかで日本はどう対応すべきか。TPPを具体例にとると、いま日本はTPPを批准する方向で動いているわけですが、今後どういう選択肢があるでしょうか。米国が賛成しなければ、TPPは成立しないわけですけれども。

八田 成立の要件を変えてしまうということもひとつありますね。

 例えば、米国抜きでTPPを進める。ほかにも、米国に働きかけて、態度を変えてもらう。また、TPPはうまくいかないので、違うアジアの貿易圏をつくっていく。例えば東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を進めるなど、米国を除いたかたちで、自由貿易を積極的にやっていこうとする国だけで新しい貿易圏をつくっていく。あるいは全部やる、などいろいろな可能性が考えられます。ただし、米国は日本にとっての重要な国際貿易・国際投資のパートナーなので、米国が参加しないとなると、日本にとっても魅力に欠けるものになる。できれば、なんらかのかたちで米国が戻ってきやすいような状態にしておくというのも大切かと思います。

八田 日本と米国だけで貿易自由化を進めるということもありえます。それには農業の自由化をもう一段進めるという、日本側の覚悟が必要です。それにはもちろん、農家への補償が必要ですし、農家にとってもウィンウィンになる仕組みでやる。そこを出発点にしてほかの国を入れていくことも考えられる。

 そうすると、トランプ次期大統領がやろうとしていることと合致します。彼はTPPのような多国間の自由貿易協定(FTA)ではなく、2国間の枠組みを志向するといっています。

 ただ、日本の農業問題には、農家からの反対だけではなくて、例えば食の安全の問題もあって、消費者が農業保護を支持する側面もあります。

八田 食品の原産国表示を明確にし、安全性にこだわる人に選択してもらえるようにすることです。

 それはすでに義務づけられています。それでも、偽装が起こっている現状がある。

八田 ネットで公開するなど、より詳しく表示する必要がありますね。

 偽装問題が起こるのは日本の行政一般の問題もあります。入りのところは厳しいのですが、出のところはなし崩しという……。むしろ成果や質に対してお金をかけてきちんと監視をする。そして適切な対処をする。ここは行政の役割のひとつです。

課題先進国から課題解決先進国へ

 最後に、日本は「課題先進国」といわれてきました。小宮山宏氏(元東京大学総長、三菱総合研究所理事長)が10年ほど前に当時の日本をとらえて言い表した言葉です。それは正しいし理解も深まってきたと思います。ただ、課題先進国とは決して名誉なことではなくて、課題「解決」先進国をめざすべきだと思います。そのためには何が必要でしょうか。

八田 3つのことが考えられます。第一に、日本の経験、知恵を他国に伝えることです。

 まず、先進国になった経験をアジア諸国に伝えていく。開発途上では、市場に頼るか、政府の介入に頼っていくかの重要な選択をする局面を迎えます。日本は国に頼った面もあったけれど、結局は、貿易自由化を進めるなどして市場を重視したことが今日をもたらした。こうした経験を伝えることが必要です。

 次に、星さんがやってこられたことですが、マクロ金融政策など、国際的な議論の場に日本を巻き込み、そこで日本の経験、知恵を世界中に伝える。他国は日本の経験を貴重だと思っています。

 第二に、日本は今後、高齢化が急速に進みます。これにきちんと対処していく。特に、ロボットなど新技術の活用で世界をリードすることができるでしょう。

 第三に、若い人の意見をすくいあげられる選挙制度改革をすることです。構造改革が進まないひとつの原因は、既得権者が強力な政治勢力をもっていることにある。しかもそれが地域に根差した政治力であることが多い。であれば、選挙区を年齢別にしてはどうか。例えば20~22歳、22~24歳というようなかたちに。そうすれば、特定の地方の産業や地域の利害を越えた改革が可能になる。さらに、年齢的に若い人の意見が反映されることが必要なときに、投票率が低い若い人たちの意見が吸収されやすくなる。自分たちの代表が選ばれると考えられれば、投票率自体が上がってくるかもしれない。いまは年寄りの意見が通りやすい仕組みなので、あまり投票に行く気がしないのではないか。

 そういう仕組みを直ちに全面的に導入するのは難しいでしょうから、例えば参議院の全国区をまず変えてみる。そうすると、国全体の観点、若い人の観点からものをみていけるようになると思います。

 それはどこの国でもやっていないことですし、既得権益が改革を妨げるのはどこの国でも起こっていることです。日本でやってみて解決につながれば、まさに課題解決先進国ということになりますね。

 今日はありがとうございました。

 

◆英語版はこちら "The Japanese Economy in 2017 (2) Bumps on the Road to Deregulation and Free Trade

(2016年12月16日収録/編集・構成 東京財団広報)


 星 岳雄(ほし たけお)

東京大学教養学部卒業。米マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学博士(Ph.D.)。米カリフォルニア大学サンディエゴ校教授などを経て、2012年より米スタンフォード大学FSIシニアフェロー(高橋寄附講座)。2016年より東京財団理事長。その間、大阪大学客員助教授、日銀金融研究所客員研究員、米ユニオン・バンク外部取締役などを歴任。著書に『何が日本の経済成長を止めたのか―再生への処方箋』(日本経済新聞出版社、2013年)など多数。

 

八田 達夫(はった たつお)

国際基督教大学教養学部卒業。米ジョンズ・ホプキンス大学経済学博士(Ph.D.)。同大学教授、大阪大学教授、東京大学教授、政策研究大学院大学学長などを歴任。2013年よりアジア成長研究所所長、経済同友会政策分析センター所長、大阪大学招聘教授。内閣官房国家戦略特区諮問会議議員、経済産業省電力・ガス取引監視等委員会委員長などの政府委員を務める。著書に『日本再生に「痛み」はいらない』(岩田規久男氏との共著、東洋経済新報社、2003年)、『ミクロ経済学 Expressway』(東洋経済新報社、2013年)など多数。