タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/9/24

アメリカ大統領選挙UPDATE 7:「ポール・ライアン効果はあったのか?*1」(西川 賢)

意外な副大統領候補?
かねてから様々な憶測が乱れ飛んでいた米共和党のミット・ロムニー候補の副大統領選びであるが、結局のところ選ばれたのは史上6番目に若い副大統領候補、42歳のポール・ライアン下院議員(ウィスコンシン州選出)であった。下馬評ではロブ・ポートマンやティム・ポレンティーの名をあげる声が多かったので、この選択についてやや虚を突かれたように感じた人も多かったのではないだろうか。実際、下院議員が副大統領候補に選ばれるのは1964年のウィリアム・ミラー候補(共和党)、1984年のジェラルディン・フェラーロ候補(民主党)など、これまでにもあまり例が多いとはいえない

さて、このハンサムで若い副大統領候補は指名直後から各方面で注目の的になったようである。例えば彼のスーツの着こなし一つとっても注目度の高さがうかがわれる。ファッション・ジャーナリストのキャシー・ホリンは「ライアン氏は共和党に若さと活力とアイン・ランドのような大胆さをもたらすべく選ばれたが、批評家が指摘するように、彼のジャケットがそれを台無しにしている」とニューヨーク・タイムズ紙で揶揄した。同様に、フィナンシャル・タイムズのファッション・エディター、ヴァネッサ・フリードマンからも「スーツが体に合っておらず、超ダブダブ(ill-fitting, too baggy)」、「ジャケットの中で泳いでいるみたい」などと酷評されている。

ライアンのジャケットがロムニーの支持率低下の要因になっているかどうかはともなくとしても、このコラムではライアンの選出が選挙にどのような影響を与えるのかについて考えてみたいと思う。

ライアンとはどのような人物か?
まず、ライアンのこれまで経歴は以下のようなものである。

ライアンは1970年ウィスコンシン州ジェーンズビルに生まれ、オハイオ州にあるマイアミ大学在学中に連邦議会でインターンとして働き、その後もカステン議員やブラウンバック議員、ケンプ副大統領候補のスタッフとして勤務して経験を積んでいる。1996年にウィスコンシン州連邦下院議員選挙区第1区から立候補して当選を果たして以来、当選を重ねること7回、2010年の中間選挙での勝利を受けて、翌年には若くして下院の予算委員長に就任した。

この他、ライアンが保守的な共和党下院議員で構成される「共和党研究会」(Republican Study Committee)に所属していることも注目されよう。同研究会は小さな政府の実現や国防の強化、あるいは個人の自由と財産権の保護、伝統的家族価値の保持など、社会的・経済的に保守的なアジェンダの推進と政策の実現を目指して活動していることで知られている。

中でもライアンの名を一躍有名にしたのは、「アメリカの将来のためのロードマップ」という歳出削減・財政再建法案を2008年5月に提案したことである。この「ロードマップ」のなかでライアンは大幅な減税や政府支出の大胆な削減、思い切った福祉制度改革を掲げ、財政保守としての立場を明らかにしており、2008年の大統領選挙ではジョン・マケイン候補にも影響を与えたという。経済的争点以外に人工妊娠中絶や同性婚といった社会的な争点においても、ライアンは概ね保守的なスタンスをとっている。

ライアンは自らの個人主義と自由放任的資本主義に対する信条は有名なリバタリアン思想家であるアイン・ランドから影響を受けたものだと語っている。また自らがスタッフとして仕えた元副大統領候補のジャック・ケンプを自分のロール・モデルにしていると述べていることも興味深い点である。

以上、思想的にも、政策的にも、更には経歴の上でもライアンはまさに保守のホープ、共和党若手の星といった存在といえるのではないだろうか。

ロムニー/ライアン・チケットに期待されるもの
マサチューセッツ州の知事として地方政治しか経験していないロムニーにとって、既に当選7回を数え予算委員長も務めるライアンは、若いながらも中央政界での経験が豊富な伴走候補といえるであろう。年長者でありながらワシントン政界の手垢がついていないロムニーと、若いながらも中央政界をよく知るライアンの組み合わせは、どこか第2次世界大戦の英雄であったが、政治経験の全くない将軍、ドワイト・アイゼンハワーと若いながらも政界を熟知したリチャード・ニクソンがコンビを組んだ1952年の共和党を彷彿とさせるものではないだろうか。

コングレッショナル・クオータリー発行の議員名鑑には、ライアンについて「明朗」、「テレビ映えする」、「未来志向」といった肯定的な評価が掲載されている。ライアンは政策通としても知られており、2008年選挙でサラ・ペイリンが露呈したような経験不足、あるいは基礎知識の不足による「失言」や「失態」を演じる懸念も少ないのではないか。

ライアンの地元州であるウィスコンシンはクック・ポリティカル・レポートの展望では、「民主党より」(Lean Democratic)であるとされており、しばしば浮動州の1つに数えられる。事実、2004年の大統領選挙において、ウィスコンシンではケリーが49.7%、ブッシュが49.3%を獲得している。2008年選挙でもオバマが56.2%、マケインが42.3%を獲得し、いずれも民主党候補が制してきた。1984年を最後にウィスコンシン州で共和党が勝利した実績はないものの、今回ウィスコンシン出身のライアンを副大統領候補に据えたことによって、ライアンの地元州ウィスコンシンにおいて共和党の票の伸びはある程度まで期待できるに違いない。

ただし、ただ接戦州の票を少しでも多く獲得するという目標だけでロムニーが副大統領候補を選んだのであれば、激戦州の1つオハイオ州を地元とするポートマンや多くの選挙人を要するフロリダ州出身のルビオが副大統領候補に選ばれたはずである。ライアンに期待されているのは、単にウィスコンシン州において票を獲得する役割ではない。

ニューヨーク・タイムズは米国の連邦議員のイデオロギー的距離を測る代表的指標である「DW-NOMINATE」を用いた分析結果を示しつつ、ライアンを「議会の議員から副大統領候補に選ばれた中では、ライアンが1900年以降で最も保守的」であると結論づけている。本当にライアンが1900年以降の共和党副大統領候補の中で最も保守的であるといえるのかどうかはさておくとしても、重要なことは少なくとも国民の多くが「非常に保守的」だと見ているライアンをロムニーが副大統領候補に据えたことである。ピュー・リサーチ・センターが8月23日から29日にかけて行なった世論調査結果においても、「ライアンを一言で表すとしたらどのような言葉を思いつきますか」という問いに対して、最も多かったのは「保守的」であった(そのほかには「知的」、「良い」、「無名」、「若い」などの言葉が上位に上がっている)。

ロムニーに関しては州知事時代に州民皆保健制度を創設する、あるいは同性愛や人工妊娠中絶に関する姿勢が変転するなど、これまで必ずしも保守的なイシュー・ポジションを明確にしてきたとは思えないところがあった。それが今回の共和党予備選挙におけるロムニーの苦戦を招いたと思われるが、ライアンを副大統領候補に据えることで共和党支持者の多くはロムニーが保守的スタンスをより旗幟鮮明にしたとみるに違いない。

「ライアン効果」はあったのか?
ただし、ピュー・リサーチ・センターが8月21日付で発表した調査結果を見ると、ライアンの副大統領候補選出を「良い選択である」と考える者は28%しかおらず、「普通」もしくは「良くない」と考える人(46%)を大きく下回っている。

同じく、ギャラップの支持率調査を見る限りにおいても、ライアンが副大統領に選ばれたとの発表があった時点から党大会を経た9月14日現在、オバマの支持率は回復に向かっており、逆にロムニーの支持率は低下傾向にある。これまでの例では、全国党大会後には二大政党の支持率は上昇(ないし最低でも横ばい)する傾向がある。

さる8月29日、タンパで行われた共和党全国党大会での指名受諾演説において、ライアンはオバマ大統領の経済政策・財政政策を痛烈に批判し話題をさらった。これがロムニー支持率上昇の呼び水になるのではとの期待もあったが、全国党大会後から9月14日までにロムニーに対する顕著な支持率の変化は見られず、逆に支持率低下の傾向が観察される。表1は1964年以降の党大会前後の共和党候補の支持率変化をまとめたものである*2

表1:党大会後の共和党候補の支持率変化


表1からも明らかなように、共和党は1964年以来、初めて全国党大会後に支持率を下げている。これがどの程度ライアンと関連するかは不明であるが、ライアンの副大統領候補指名がいまのところあまり奏功していないとみる人も増えつつあるのではないだろうか。ギャラップの男女や人種など階層別の支持率の推移を見てみても、小幅ながらもロムニーに対する支持低下が目立つ項目が多い(ライアン指名で期待された保守派からの支持率も横ばいであり、上がっていない)。

また、今回の選挙については世論調査の結果からも明らかなように、ロムニーは「経済政策でより信頼できるのはどちらの候補か」という項目など、主に経済に関する調査項目でオバマをリードしていた。反面、外交や安全保障の領域ではオバマがロムニーを大きくリードしているという構図がある。ライアンを副大統領候補に据えると発表した後でも、今のところ、これらの項目に大きな変化が見られるわけではない。

最近、ライアンは首都ワシントンDCで開催された「社会的価値観の重視する有権者サミット」(Values Voter Summit)で国際情勢についてもコメントしていたが、そこからライアン自身は決して安保や外交に明るいわけではないという印象を受けた。ライアンを副大統領候補に据えたことで、外交や安全保障の領域に強くない正副大統領候補の組み合わせになってしまった感もあるが、外交・安保領域はロムニー/ライアン・チケットにとって思わぬ落とし穴になる可能性もあろう。

今のところ「即効薬」には 成り得ていないライアンではあるが、今後の選挙戦の趨勢いかんによっては思いがけない効果が表れる可能性もあるだろう。まずは注意深く今後のライアン動向を観察し続けることが肝要である。



*1:このコラムは『日経ビジネス』に掲載された「意外な候補、ポール・ライアンの素顔:若き副大統領候補の破壊力を計る」に加筆したものです。
*2:以下の記事にある表を参考に、2012年のギャラップの選挙統計を加味して筆者が作成。
http://www.centerforpolitics.org/crystalball/articles/the-conventions-how-big-a-bounce/