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アメリカ大統領選挙 UPDATE 6:「共和党のトランプ化」は起きるのか?

December 19, 2016

西川 賢  津田塾大学学芸学部教授

アメリカの政党は(特に野党経験の長かった政党に顕著に見られる傾向であるが)、大統領候補として「選挙に勝てそうな人物」を抜擢し、得票最大化戦術をとって何としても選挙を勝ち抜こうとする強いインセンティブを持つ。

当然、この過程で政党は「選挙に勝てそうな大統領候補」に多くの権限を白紙委任せざるを得なくなる。だが、それは所属政党に縛られる程度の低い候補者が大統領に当選後、政党に対する説明責任を反故にして与党の戦略や組織のあり方に独断で影響を及ぼそうとするリスクと危険性を伴う。

そのような候補者は、大統領に当選すると今度は与党の戦略や組織のあり方を自らの望む方向へと変革しようとする傾向をあらわにする。すなわち、与党に依存せず選挙を勝ち抜いた大統領ほど、選挙後には与党の戦略や組織のあり方を自分に有利なように改変し、与党を自らの支配下におさめようと試みるのである。これを「与党の大統領化」と呼ぶ。

「与党の大統領化」はこれまで何度も生じてきた。典型的な事例はドワイト・アイゼンハワー政権期の共和党である。

ニューディール期以降、20年にわたって政権野党の地位に甘んじてきた共和党は、なんとしても大統領選挙に勝ち、政権を奪取する必要に駆られていた。そこでアイゼンハワーという「選挙に最も勝てそうな人物」が穏健派によって擁立され、アイゼンハワーは柔軟かつ中道的政治姿勢を打ち出して1952年の大統領選挙に挑む。

アイゼンハワーは大統領に当選後、共和党に自らの中道主義を定着させるための努力を続けた。アイゼンハワーは中道的な政策形成を目指し、中道的な政治理念を体系化しようと試み、共和党組織の改革にも着手した。これらの取り組みは典型的な「与党の大統領化(共和党のアイゼンハワー化)」といえるであろう。このようにアイゼンハワー期の大統領=与党間には、顕著な大統領化の傾向が認められる。

しかし、アイゼンハワーによる「与党の大統領化」は結局失敗する。アイゼンハワーの中道主義に反発する共和党保守派が党内で急速に台頭したからである。1960年の大統領選挙でアイゼンハワーの後継者として出馬したリチャード・ニクソンがジョン・F・ケネディに敗北し、アイゼンハワーが敷いてきた中道主義のレールを維持していく機会を逸したことは、この傾向に拍車をかけた。かくして、1960年の選挙以降、共和党内部では穏健派と保守派が党内での覇権をめぐって「プリンシプルを巡る戦争」と形容できるほどの激しい死闘を繰り広げた。

1964年の共和党予備選挙は、いわば両者の対立のクライマックスに位置づけられるものであり、この過程で共和党穏健派の多くが保守派との抗争に敗れて凋落し、党内で影響力を失っていくことになる。アイゼンハワーが「与党の大統領化」に失敗し、それに猛反発する保守派が党内で急速に台頭する事態を招いたことが、今日に至るまで継続する共和党の保守的性格を形成する契機となり、ひいてはアメリカのイデオロギー的分極化の遠因にもなっていると考えられる。

以上の先例を踏まえた上で、トランプの主導下で「共和党のトランプ化」は起きると考えられるだろうか。

トランプの中核的支持基盤は社会的争点・経済的争点ともに非妥協的な強硬姿勢をとる、ティーパーティ運動にも系譜を有する「保守強硬派」である。いわゆる差別主義的傾向を持つ「オルタナ右翼」(Alt-Right)もここに含まれよう。現在は共和党の主導権を握った強硬派を中心とするトランプ支持派が、「穏健派」、「保守本流」、「キリスト教保守派」などの共和党諸派と共闘連合を築き上げている状態と考えられる。

今後、共和党内部において共和党諸派の影響力がトランプの中核的支持基盤のそれを上回ればトランプは穏健路線を歩もうとするであろうし、中核的支持基盤の影響力が共和党諸派よりも強大であれば、トランプは共和党諸派を抑えて、文字通り共和党を「トランプ化」しようとするのではないだろうか。つまり、共和党がトランプの主導下でどのような路線を歩んでいくかは今後の党内の力学にかかっていると考えられる。

現在、トランプが実施しようとしている政策の中で共和党のこれまでの路線と一線を画する可能性を秘めたものがいくつか存在する。

第一に、経済政策の分野である。たとえば、トランプが主張する大規模なインフラ投資による景気刺激策について、かつてオバマ政権による7872億ドルに上る「米国再生再投資法」の公共事業による景気刺激策に関する部分を「大きな政府による濫費」「社会主義」と批判した共和党議員たちはどのように対応するのだろうか。

また、トランプは海外に工場を移転する米国企業が海外から製品を輸入する場合、35%にのぼる懲罰的関税を課する方針を表明している。強引ともいえる手法で企業の海外移転を阻止する方針について、サラ・ペイリンすら政府による企業活動への介入であり、「縁故資本主義である」と厳しい批判の声を上げている。

このように、従来までの党是であった経済自由主義から乖離する政策は共和党内部の不協和音を強める可能性がある。インフラ投資策については民主党から超党派の協力が得られるのではないかとの見方も成り立つであろうが、仮に民主党からの協力が得られたとしても、かえってそれが共和党内の不満をいっそう高める可能性もあろう。

第二に、環太平洋経済連携協定(TPP)離脱や北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉など自由貿易の領域においても、トランプは共和党をこれまでとは異なる路線へと軌道修正しつつあるように見える。

部分的であるにせよ、経済自由主義や自由貿易から乖離する政策をトランプが唱えていることが「共和党のトランプ化」の前兆かどうかは予断を許さない。だが、選挙戦中のトランプの言動は全て単なるパフォーマンスに過ぎず、選挙が終われば共和党主流派の立場に同調し、軟化するはずだとする見方もまた、ナイーブに過ぎるのではないだろうか。

註:本コラムは拙著『分極化するアメリカとその起源-共和党中道路線の盛衰』(千倉書房、2015年)からの引用をもとに執筆したものである。

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