タイプ
論考
プロジェクト
日付
2015/10/21

アメリカ大統領選挙UPDATE 1:二大政党候補の反自由貿易協定ポピュリズムの背景にあるブルーカラー票狙い 

 オバマ大統領が推進するTPP交渉が大筋でまとまる中で、ヒラリー・クリントン前国務長官が環太平洋経済連携協定(TPP)不支持を表明した。条約全文を入手していないがと断りつつ、アメリカが特にアジアの国々の為替操作により雇用を失っていること、製薬会社が患者および消費者と比べて得をしていることが心配だと、10月7日のPBS(公共放送)のインタビューで述べている[1]。アメリカのメディアはこれをflip-flop(豹変)だとし、日本でも「ちゃぶ台を返した」「日本経済新聞」と評された。
 
 民主党予備選挙で首位のクリントンだけでなく、共和党サイドでも現時点で首位のドナルド・トランプが反TPPである。トランプは、TPPは日本の為替操作を止めることができないからアメリカのビジネスに不利だとツイッターで攻撃している[2]。最近では、「ワシントン・ポスト」との単独インタビューにおいて、予備選第二段階として、マニフェスト本の刊行を予告するとともに、ブルーカラー有権者向けにメッセージを強化・修正する、中国の為替操作問題を争点化する、などとしている[3]
 
 アベノミクスは国際通貨基金(IMF)が定義する為替操作に当たらないし、円安は輸出増に結びついていないから、トランプの主張は言いがかりである。また、最近の中国の人民元切り下げも今のところ小幅なので、アメリカの雇用に影響するとは考えにくい。しかし、ポピュリズムだから事実関係の正しさなど関係ない。トランプは、反エスタブリッシュメントの有権者が熱烈に支持する反面、トランプには絶対投票しない共和党支持層も多く、予備選挙で代議員の過半数を制するとは思えないニッチ候補にすぎない。問題は、2016年大統領選挙の最有力候補の一人であるクリントンに、こうしたポピュリズムが飛び火していることである。
 
 以下では、自由貿易協定によってアメリカの雇用が奪われているという主張との関連で、製造業における雇用の減少の国際比較および経済学者の見解を紹介したい。そのうえで、TPPに関するクリントンの豹変は、選挙戦術の必要から来ていることを明らかにしたい。

 先進国共通の製造業の比重低下とその背景

  図1は、G7諸国において1980年代半ばから、労働人口に占める製造業の割合がどれだけ減少したかを示す。アメリカでは、85年が18.1%だったのが、2013年には10.3%まで減っている。大幅な縮小と言えるが、注目すべきは、80年代には日米構造協議を迫られ、昨今ではトランプに為替操作だと決め付けられた日本も、製造業の割合を大きく減らしている点である。同じ製造業大国のドイツでも同様の傾向がみられる。英国、カナダおよびフランスの減少幅は米日独を上回っており、脱製造業の傾向は先進国共通の産業構造の変化なのだといえる。
 
 ノーベル経済学賞受賞の国際経済学者ポール・クルーグマンは、こうした製造業の比重低下について、海外への雇用流出の寄与率は小さいとし、生産性の向上や情報技術の影響を重視すべきだと、1990年代の論壇では主張していた[4]。ただし、TPPについては、不支持である。既に工業製品の税率は非常に低くなっている中で、主眼は知的所有権保護の強化および紛争処理規定であって、それがアメリカ国民にとって有益なのか疑問だとしている。
 
筆者はエコノミストではないので、これ以上は立ち入らない。先進国共通で脱工業化が進む中で、アメリカでは労働人口の約1割にまで減った産業労働者が、選挙シーズンになると選挙戦の焦点となる現象に、注意を喚起するにとどめる。
 












図1 G7諸国における労働人口に占める製造業の割合(%)
 
出典:The Conference Board Table 6.3 Percent of employment in manufacturing, adjusted to US concepts (persons aged 15 and over)”のデータより作成。
https://www.conference-board.org/ilcprogram/index.cfm?id=25628         
 

選挙戦術としての反自由貿易ポピュリズム

 TPPについては、民主党の大統領が推進する一方で、連邦議会の民主党が造反し、共和党が協力するというねじれが生じている。1990年代の北米自由貿易協定においても、類似の構図がみられた。共和党本流は一貫して自由貿易推進である。90年代の共和党陣営において経済ナショナリズムを唱えたパット・ブキャナンのような事例もあるにはあるが、全くの鳴かず飛ばずであった。これに対して、支持政党なし層や民主党支持層には、反自由貿易のレトリックが一定のアピールを持ち続けている。
 
 支持政党なし層については、これを最大の支持基盤とする第三政党候補のロス・ペローが1992年および96年大統領選挙において善戦している。92年の段階では、財政赤字がペローの看板争点であったが、製造業を保護する産業政策も強調していた。その後共和党が「アメリカとの契約」で、また、民主党のクリントン大統領も富裕層への増税の形で財政再建に取り組み、二大政党が財政保守主義に取り込んだ。かくして96年のペローに残された主争点が製造業の保護だったにもかかわらず、92年の18.9%から大きく減ったものの、二大政党以外の候補としては相当高い8.4%の得票率であった。

 民主党サイドでは、ジョン・エドワーズなど製造業保護を前面に出すフェア・トレード派が一定の支持を集めるものの、大統領候補指名には手が届いていない。民主党の大統領は、クリントンにせよオバマにせよ、自動車産業の保護等は重視するものの、基本的には自由貿易推進である。保護貿易的な法案を仕掛けるのは、自動車産業への依存度が高いミシガン州選出の議員なのだが、自由貿易協定については民主党議員の幅広い抵抗がある。
 
 民主党議員の自由貿易協定アレルギーは、ある意味不思議だといえる。民主党の票田である、いわゆる「ブルー・ステーツ」は、金融業や大学に強い北東部およびIT産業、航空宇宙産業、映画産業などが集積する西海岸に集中する。アメリカの国際競争力が強い知識集約型産業だから、知的所有権保護を推進するTPPは地域の利害にかなう面がある。民主党リベラル派は、他の有権者集団と比べて外国メーカーの自動車を好む傾向があるとの調査もある(ギャラップ)。
 
 それでも民主党議員の中で反自由貿易協定が圧倒的な理由として考えられるのは、リベラル系団体およびアクチビストへの依存である。選挙で肝心な政治献金と運動員の提供で頼りになるのは、労働組合、環境保護団体、フェミニストなど左派の団体や、イデオロギー的にリベラル色が強く、反自由貿易な人たちなのだ。
 
 大統領選挙に限っていえば、製造業への依存度が高い中西部にキャスティング・ボートを握られていることも重要である。特に2012年の大統領選挙では、産業労働者にアピールするパフォーマンスがオバマ陣営で目立った。それというのも、主に北東部と西海岸の民主党優位州(ブルー・ステーツ)を民主党が、主に南部、穀倉地帯およびロッキー山脈地域に集中する共和党優位州(レッド・ステーツ)を共和党が早々と固める中で、中西部の重工業地帯の「ラストベルト」が選挙の帰趨を左右する傾向が、端的に表れたためである。この年の選挙の勝敗の分かれ目は、中西部の中でも毎回最も激戦となるオハイオ州において、オバマが一貫して5%前後のリードを保ったことであった。これを可能にしたのが、オバマ政権によるデトロイトの自動車産業救済の実績と、ロムニーが救済に反対したことを巧みに宣伝した選挙戦術であった。

 ヒラリー・クリントンの反TPPポピュリズムの行方

  ヒラリー・クリントンの反TPPというスタンスは、一見すると左派のバーニー・サンダーズ候補への対抗措置にみえる。ところが、民主党内で一大勢力である黒人に対して、サンダーズは全くアピールできないため、有権者がオール白人である初戦のアイオワおよびニュー・ハンプシャーで健闘したとしても、その先の見通しが立たない[5]。メディアや共和党陣営から豹変を攻撃される高い代償を覚悟しての、このタイミングでの立場表明は、TPPを支持しないわけにいかない、バイデン副大統領候補の出馬を妨害するためとの観測もある。

  筆者は、これに加えて本選挙の都合も指摘しておきたい。クリントンにはオバマのように若者や黒人を動員する魅力はないが、オバマよりは白人ブルーカラー有権者の票を取れることは、2008年の予備選挙が証明している。しかし、最近の世論調査では、産業労働者が多いオハイオ州とペンシルベニアにおけるクリントンへの反感度(unfavorable)が50%を超えている[6]。このため、民主党のコアな支持層を固めて投票率を上げ、共和党候補への反感度を高めて支持層の投票率を下げる選挙戦術しかないと予想される。反TPPで労組の支持を盤石にするとともに、TPP支持の共和党に対する中西部の産業労働者の反感を高める戦術の布石の意味もあるとみる。
 
 最後に、反自由貿易レトリックは、民主党陣営における選挙の恒例行事なのだと、割り引いて評価すべき旨指摘しておきたい。党綱領の類が有名無実で、選挙に当選するための方便と、統治の局面での現実主義を見事に使い分けるのが、アメリカの政治文化である。
 

細野豊樹 共立女子大学国際学部教授 

 
[1] PBS NEWSHOUR, ”Complete transcript of Hillary Clinton interview”, October 7,  2015.
http://www.pbs.org/newshour/updates/complete-transcript-hillary-clinton-interview/.
[3] Robert Costa, Philip Rucker and Dan Balz, “Donald Trump plots his second act”, The Washington Post, October 7, 2015.
https://www.washingtonpost.com/politics/donald-trump-plots-his-second-act/2015/10/06/305790c2-6c68-11e5-9bfe-e59f5e244f92_story.html
[4] Paul R. Krugman and Robert Z. Lawrence, “Trade, Jobs and Wages”, Scientific American, October 13, 2008(1994年4月号記事の再掲)
http://www.scientificamerican.com/article/krugman-trade-jobs-wages/
[5] Josh Kraushaar, “Here’s the Real Reason Hillary Clinton Has a Lock on the Democratic Nomination”, National Journal, July 6, 2015.
http://www.nationaljournal.com/daily/2015/07/05/heres-real-reason-hillary-clinton-has-lock-democratic-nomination