アメリカ大統領選挙UPDATE 5:大統領選終盤の10月サプライズと激戦州の動向

細野豊樹 共立女子大学国際学部教授

2016年大統領選における最大の争点の一つが、ドナルド・トランプの気性(temperament)である。クリントンは「ツイートに挑発されるような人物が、核兵器発射ボタンに手を触れるようなことは、絶対にあってはならない。」と9月26日の第1回討論会で論じたが、その週の金曜の午前3時からトランプは、ヒスパニック(ベネズエラから米国に帰化)の元ミスユニバースに対する攻撃の弁解をツイートして、クリントンの主張が杞憂でないことを印象づけた。第1回討論会でトランプは、周到に準備したクリントンに連打・逆襲されて負けている。討論会直後のCNNの世論調査は、62%対27%でクリントンの圧勝であった。

これだけ負ければ世論調査の数字が少しは動くはずである。しかし実際はそうはならなかった。これが2016年大統領選の本質にもつながるパラドックスである。RealClearPoliticsが算出する世論調査の算術平均は、討論会前日の9月25日においてクリントンが3.1ポイントの優位であったが、討論会後の10月2日の時点で逆に2.5ポイントに縮まっている。RealClearPoliticsが集計する各種世論調査は玉石混淆であるが、トレンドの把握には十分使える。

1月の予備選演説会でトランプは、自分はたとえニューヨーク五番街の真ん中で人を撃ち殺しても1人も支持が減らないと豪語しているが、そういう熱狂的な支持層を擁することがトランプという候補の恐ろしさなのである。以下では、激戦州におけるトランプ支持の構造を軸に、10月に浮上したトランプの猥褻発言ビデオへの世論の反応やマイノリティの投票率問題を絡めて、大統領選終盤を展望したい。

何が起きても揺るがないトランプの中核支持層

討論会で負けたくらいではトランプの支持率が下がらない謎を解明する鍵が、支持率の学歴ギャップである。ロスアンジェルス・タイムズ/南カリフォルニア大学・共同世論調査は、毎回ランダムにサンプルを選ぶのでなく、同じ人たちに継続的に聞くパネル調査を毎日実施している。トランプ支持層がやや過剰に代表されている面もあるが、僅かな変化を捉えるには適した調査方法である。クリントンおよびトランプへの支持を、学歴別にたどってみると、討論会後に大学卒のクリントン支持が強まったのに対して、非大学卒については逆にトランプ支持が少し増している (1) 。両者が相殺されて、トータルでは支持率に変化が無かったようにみえる、ということである。何があってもトランプという、非大学卒の白人が多いコアな支持層と、状況によって支持が動く有権者とに二極化しているといえる。

第2回討論会直前の10月7日に、2005年のテレビ番組出演に向かうバスの中でトランプが、既婚女性への猥褻行為を自慢げに語るビデオが、ワシントン・ポスト紙によって公開された。その後9人の女性が、トランプによる猥褻行為の被害にあったと相次いで名乗り出ている。こうしたなかで、連邦議会選挙の激戦区などにおいて、一部の共和党候補がトランプ支持の取り消しを相次いで表明し、ライアン下院議長はトランプ応援の遊説を取りやめた。2006年の中間選挙でも、連邦議会下院の共和党執行部の議員による猥褻電子メールが発覚したオクトーバー(10月)サプライズが、選挙戦終盤で共和党への強い逆風となったが、これを彷彿させる展開である。ただし、2006年のような民主党の大勝利につながるかは今のところ分からない。

他の候補なら致命的となるスキャンダルでも、白人の非大学卒のコアな支持層や、共和党保守層のトランプ支持は揺らいでいない。宗教心に富んでいるはずのキリスト教右派に、離反の気配が見えないのは少し意外である。最新のメディアや大学の世論調査において、最も顕著に数字が動いているのは支持政党なし層であり、第1回討論会で勢いづいたクリントンへの、さらなる追い風になっている。支持政党なし層の中でも伸びしろがある、共和党寄りの大学卒の白人男性や、非大学卒の白人女性がクリントンになびいているのではと想像される。

ペンシルヴェニア、フロリダおよびオハイオにみる2016年選挙の構図と展望

2016年選挙を特色づける白人票の学歴ギャップについて、標記の三大激戦州を並べて、2012年と対比してみたい(表1)。

表1 三大激戦州における白人の学歴別支持率の変化(2012-‘16年)

備考: * 2012年のペンシルヴァニアについては、10月のデータが欠損のため、9月中旬の数値で代用している。

出典: https://www.qu.edu/images/polling/ps/spa10032016_crosstabs_S27kmrd.pdf ほかクイニピアック大学世論調査センターの激戦州世論調査データクロス表より作成。

移民や自由貿易を攻撃して、人種的偏見や経済への不安や閉塞感に訴求するトランプのメッセージが、白人ブルーカラー層(非大学卒)の支持を集める一方で、大学卒有権者(特に女性)の離反を招いているというのが、2016年大統領選挙の基本的構図である。表1のとおり、ペンシルヴェニアおよびフロリダにおいて民主党のクリントンは、2012年のオバマよりも大学卒の支持を増やす一方で(両州ともプラス8ポイント)、非大学卒の支持を減らしている(両州ともマイナス7ポイント)。ペンシルヴェニアはフロリダおよびオハイオと比べて高学歴層の割合がやや高いことなどから、各種世論調査は、今日まで一貫してクリントン優位で推移している。

ペンシルヴェニアの動向は、保護貿易と人種的偏見で票を集める戦術の限界を端的に示している。 前回の論考 において、近年の大統領選挙におけるフィラデルフィア市近郊郡の民主党化のトレンドを紹介したが、「ブルームバーグ・ポリティクス」の10月7日-11日の世論調査によれば、州全体のクリントンのリードは9ポイントだが、フィルラデルフィアに隣接する4つの郡においてクリントンは58%対28%という圧倒的優位に立つ (2) 。2012年の大統領選挙における同地域のオバマの得票率は54%で、共和党ロムニーを約10ポイント上回ったが、それが30ポイントに広がったということである。州の西部における民主党支持層が少々共和党にシフトしたくらいでは、全く追いつかないギャップである。トランプがペンシルヴェニア抜きで当選するのは困難なので、クリントンが投票日までの残り3週間で同州での優位を守りきれば、アメリカ初の女性大統領が誕生することになろう。

ペンシルヴェニアとは対照的に、オハイオにおいてはトランプが2012年と比べて非大学卒の白人の支持を大きく伸ばしており、たとえ黒人の投票率が2012年並みになったとしてもクリントンは苦しいといえる。表1のとおり、大学卒の白人の支持率の差が2012年のマイナス9ポイントからマイナス12ポイントに広がり、非大学卒白人の支持率の差がマイナス2ポイントからマイナス20ポイントに拡大している。トランプの猥褻発言ビデオ報道以降にオハイオで実施された最新のCNN等およびNBC等の世論調査をみる限りでは、トランプがそれぞれ4ポイント、1ポイントの優位に立ち、大きく失速する気配はない。

フロリダにおいてクリントンは、白人非大学卒の34ポイントにのぼるギャップを、ヒスパニックおよび黒人からの得票(特に前者)で補う必要がある。フロリダ州では多数の世論調査が行われてきているが、同州のヒスパニックについては、サンプル数とサンプルの取り方の双方に問題があるとの指摘がある。ヒスパニックは固定電話を持たない者および英語が苦手な有権者が多い。このため、携帯電話(調査費用が高い)のサンプル数が大きく、また、スペイン語でも回答できる調査でないと信頼できない。そういう信用できる世論調査もあるが、こうした調査のクロス表は、サンプル数の制約からヒスパニック単独の区分を設けず、「非白人」として黒人などと一緒にくくっている。トランプに反発する大勢のヒスパニック有権者が、怒りの一票を投じに出てくるのかを知りたいところだが、その兆候を世論調査から掴むのは難しい。ヒスパニックを細分化して、共和党支持が強いキューバ系の動向などを抽出するのは、さらに困難である。

クリントンが黒人およびヒスパニックの投票率を、2012年並みにフロリダで再現できるかは未知数である。州内の選挙事務所や有給スタッフの数では、クリントンはトランプを圧倒しているとの報道もあるが、有権者登録数の伸びでは2015年から16年にかけて、民主党は共和党に追い上げられている(図1)。共和党全国委員会は、2012年選挙における情報技術の落差が敗因の一つであったことを反省し、オバマ陣営の取組みを研究して巻き返しを図っており、ボランティアとSNSを通じた顔見知りネットワークを通じての支持基盤動員を狙う。

なお、図1で分かるようにフロリダでは「その他」(=主に支持政党なし)の割合が高まっているが、それは上述のトランプの猥褻発言ビデオを受けた支持政党なしのトランプ離れに照らせば、クリントンに有利なトレンドといえよう。

図1 フロリダ州における有権者登録の推移

出典:フロリダ州政府の有権者登録データから作成。 http://dos.myflorida.com/elections/data-statistics/voter-registration-statistics/voter-registration-monthly-reports/voter-registration-yearly/

2016年の世論調査におけるもう一つの不確定要素が、近年の選挙で棄権してきた白人ブルーカラー層の投票率である。各種世論調査は、こうした有権者を投票する可能性が高い有権者(likely voters)にカウントしていない場合が多い。トランプ陣営の1月のメモはこのような「投票性向が低い有権者」が400万人にのぼることに注目する (3) 。しかし、予備選挙序盤の14州においては、2012年の本選挙を棄権した投票者の割合は12%にとどまった (4) 。これら棄権しがちな有権者が、もしも大挙して今年の本選挙において投票したら大きな番狂わせになると思われるが、彼らを投票に引っ張り出す地域レベルの組織的な取組みがトランプ陣営に全くみられないと指摘されている。

ノース・カロライナにおけるクリントンの勝機

ノース・カロライナ州においてオバマは2008年に辛勝し、2012年に惜敗した。2014年中間選挙の連邦上院選では、白人女性の民主党候補が、民主党への逆風にも関わらず、僅差で負けたものの最後まで善戦している。近年民主党が健闘しているノース・カロライナにおいて、高学歴層の流入がクリントンに勝機をもたらす可能性を、AP通信の記者が共和党および民主党の選挙参謀たちを引用しながら論じている。ノース・カロライナでは、過去4年間に大卒者を中心に約30万人が大都市圏に流入して高学歴化が進むが、トランプは他州と同様に高学歴層で苦戦している。また、2012年の選挙では共和党のロムニーに投票した、シャーロット、ローリー、ダーラム等の中核都市近郊に住む保守的な民主党支持者(特に女性)にも浸透できていない。さらに、支持基盤動員の組織づくりを怠っている。

クリントン陣営については、若者と黒人の投票率が課題であるが、組織的な支持層動員を展開している。後者に関しては、黒人の投票率を下げるために期日前投票の縮減を共和党の知事が画策して失敗したことが、黒人有権者の怒りに火をつけて、近年における高い投票率の維持に寄与しそうな情勢だとされる (5) 。同州で行われた9月以降の世論調査は、ノース・カロライナは接戦であることを示している。

2008年以降の大統領選において、大学卒以上の民主党支持が増え、対照的に非大学卒の共和党シフトが進み、支持政党の学歴構成の再編がみられる。2016年のトランプ現象は、そういうトレンドを加速するものである。それは有権者に占める白人比率の減少、人口の移動などの人口動態的変化と相まって、1992年以降安定していた大統領選での二大政党の勢力分布に、ある程度の組み換えをもたらす可能性もある。ただし、トランプ現象の連邦議会選挙などへの波及は限定的であり、10月半ば時点までのデータをみる限りでは、共和党ブランドのイメージを大きく損ねたり、変えたりするには至っていない。

(1)The USC Dornsife/ Los Angeles Times "Daybreak" pollTracking Poll,
http://graphics.latimes.com/usc-presidential-poll-dashboard/

(2)John McCormick,“Clinton Dominates in Key Philadelphia Suburbs, Bloomberg Poll Finds
Losing Pennsylvania’s 20 Electoral College votes would sharply curtail Trump’s paths to the White House“, Bloomberg, BloombergPolitics , October 13, 2016.

http://www.bloomberg.com/politics/articles/2016-10-13/pennsylvania-poll

(3)Clare Malone,“Trump’s Campaign Focused On Attracting Unlikely Voters, A
Memo Shows”, FiveThirtyEight, August 5, 2016.
http://fivethirtyeight.com/features/trump-campaign-memo-unlikely-voters/

(4)Ibid.

(5)Thomas Beaumont, “Clinton could put away Trump by carrying North Carolina”,
AP News, Oct. 2, 2016
http://bigstory.ap.org/article/c5624dd3a5e24a85b498f117321cf1dc/clinton-could-put-away-trump-carrying-north-carolina

細野 豊樹

  • 共立女子大学国際学部教授