タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/7/13

アメリカ大統領選挙UPDATE 4:「英国のEU離脱(BREXIT)はどちらを利するのか」

1. クリントン氏の不安?

 欧州連合(EU)離脱をめぐって行われた英国の国民投票が世界に衝撃波を広げているが、この問題がヒラリー・クリントン対ドナルド・トランプの一騎打ちの戦いに今後、どのような影響を与えるかが注目されている。

 

 ニューヨーク・タイムズ紙は開票直後の紙面(6月25日付)で「離脱の反乱、クリントンの慎重な道に影」[1]という見出しの記事を展開し、「英国で起きた既成政治に対するポピュリズムの勝利は、まさに大統領選で彼女(クリントン氏)が恐れていることだ」と論評した。同紙によれば、クリントン夫妻は過去数カ月にわたって自分たちが米有権者の心情から乖離しているのではないかと心配していたという。

 

 民主党対立候補のサンダース氏が「政治革命」を唱え、また共和党のトランプ候補が既成政治の打破を掲げ、政治に対する国民大衆の怒りや不平・不満の波に乗る形で票を伸ばしてきたのに比べて、クリントン氏は国民の怒りの深さに対する認識が足りないのではないかというわけだ。

 

 そのさなかに起きたBREXITでは、既成政治や自由貿易に対する労働者の怒りが米国と同様に欧州でも広範かつ深いレベルに達していることを示し、これに呼応するポピュリスト的エネルギーのすさまじさが象徴的に現れたと、同紙は指摘する。

 

 もちろん英国の国民投票と米大統領選は内容も目的も全く異なり、米英両国の政治・経済・社会環境も違うため、単純な類推は禁物だ。それでも、クリントン陣営が予備選で掲げた「一緒のほうがより強力に」(Stronger Together)というキャッチフレーズは、キャメロン首相ら英国の「EU残留派」が訴えた「残留こそ力に」(Stronger In)とよく似ている。国際協調、国際関与、自由貿易などのリベラル国際主義外交を掲げるクリントン氏にとって、英国で離脱派が勝利したことは不吉な前兆といえなくもない。

 

 一方のトランプ氏は一貫して英国のEU離脱を肯定してきた。国民投票の開票にタイミングを合わせて訪英し、ターンベリー(スコットランド)に所有するゴルフ場で記者会見を開き、「素晴らしいことが起きた。英国民は国を取り戻した。私はこういうことが起きると前から言っていた」と、これ見よがしに称賛した。トランプ氏は国際協調路線や環太平洋経済連携協定(TPP)などの自由貿易の枠組みに反対し、「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」を掲げており、今回の国民投票はEU残留や自由貿易を支持しているクリントン氏との対照的な差異をあらためて浮き彫りにしたといえる。

2. 逆の見方も

 ニューヨーク・タイムズ紙とは逆に、英BBC放送はワシントン発のニュース解説[2]で、英国と同じように米大統領選でも孤立主義が勝利する可能性は「おそらくないだろう」と論評した。その理由は、第一に、英国の国民投票と米大統領選は全く別物であり、とりわけ米英両国における移民の比率は大きく異なるという。第二に、英国の離脱派と残留派の比率はほぼ拮抗状態にあり、勝敗を分けたのは当日の投票者の出足にあったとしている。一方、米大統領選に関する米国の世論調査ではトランプ氏の支持率が下降線をたどっており、クリントン氏の支持率と比べると、報道時点で5~15ポイントの差が開いていると指摘している。

 

 さらにBBCは、トランプ陣営が主要スタッフの更迭や選挙資金問題などの構造的トラブルを抱え、11月の投票日まで5カ月という短い間にこれらの問題を解決するのが難しいとの見通しも挙げている。第4に、大統領選の帰趨を定めるカギとなるのは、全米支持率ではなく、主要なスイング州における戦いであり、ここでもほとんどのスイング州でクリントン候補が優勢に立っているとしている。

3. 軍事・安保面の懸念

 一方、英国のEU離脱は経済、通商、金融面で波紋を広げているが、軍事・安全保障面に生じるであろう影響も見落とせない。英国は米国との「特別な関係」に基づいて北大西洋条約機構(NATO)の欧州側の支柱の役割を果たし、大西洋同盟を緊密に結びつけてきた。

 

 今回の離脱はあくまで経済を中心としたEU内の問題であり、「NATOへの影響はない」とする見方もあるものの、問題はそう単純ではない。例えば、ウクライナのクリミア問題をめぐる対ロシア制裁に関しても、英国はEU内の結束を呼びかけ、対ロシア制裁を堅持していく上で重要な指導力を発揮してきた。これに対して、ロシアとの経済・エネルギー協力などの利害を重視するドイツやフランスなど大陸欧州諸国はともすれば制裁緩和の方向に傾きかねない事情がある。英国が離脱してEU全体の協議の場から抜けた後には、対ロシア関係においてEUの対応が微妙に変質していく可能性も否定できない。そうなれば、グローバルな米国の対ロシア戦略にとっては大きなマイナス要因となり、米欧が一致してプーチン政権を牽制することも難しくなるかもしれない。「英国のEU離脱を陰で最も歓迎しているのはプーチン氏である」といった声もある。クリントン氏にとっても、トランプ氏にとってもBREXITがもたらす波紋を経済や金融の問題だけに限定されるととらえていては大きな誤りとなるのではないか。

 

高畑 昭男  白鴎大学経営学部教授

 

<引用記事>

[1] “Brexit’ Revolt Casts a Shadow Over Hillary Clinton’s Cautious Path,” NYT, By Patrick Healy, June 25, 2016.

http://www.nytimes.com/2016/06/26/us/politics/brexit-revolt-casts-a-shadow-over-hillary-clintons-caution.html?_r=0

 

[2] “Brexit lessons for Hillary Clinton in the 2016 election race,” By Kim Ghattas, BBC News, Washington, 28 June 2016.

http://www.bbc.com/news/election-us-2016-36643418