タイプ
その他
プロジェクト
日付
2008/4/10

論評「経済政策にみるオバマ候補とクリントン候補の違い」

経済政策にみるオバマ候補とクリントン候補の違い
~両者を分ける二つの「手法」~

安 井 明 彦
「現代アメリカ研究プロジェクト」メンバー
みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長

オバマ候補とクリントン候補の経済政策は、経済における政府の役割を再評価するという点で方向性が共通している。両候補の違いは、経済政策に関する二つの「手法」にある。具体的には、政府を活用する際の「手法」と、これらの政策を実現するための政治的な「手法」である。

一致する哲学

長引いている民主党の予備選挙。選挙戦の熱気とは裏腹に、経済政策における両者の論争は内容が薄いままだ。こと経済政策に関しては、政府の役割を再評価すべきだという点で、両者の哲学が一致しているからである。簡単にいえば、ブッシュ政権・共和党が進めてきた「小さな政府」路線は限界に達しており、「大きな政府」路線に舵を切る必要があるというのが、民主党の両候補による主張である。

昨今の景気減速を背景に、選挙戦で経済問題がとりあげられる局面は増えている。しかし両候補は、経済政策の方向性について正面から衝突しているわけではない。むしろ両候補は、「政府による対応の強化」という同じ立脚点から、どちらがより印象的な提案を行えるかを競っているようにすらみえる。もちろん具体的な政策のレベルでいえば、全てにおいて両候補が同じ提案を行っているわけではない。しかしこれらの違いに着目しても、どちらの候補がより積極的に政府の役割拡大を提唱しているかを総合的に判断するのは難しい。

財政を通じた所得移転機能の強化に関しては、オバマ候補の方が大型の提案を行っている面がある。ブッシュ政権が実施した減税については、高所得層向けの部分を廃止すべきだという点で両候補は一致する。その上でオバマ候補は、中間層向けの減税として、勤労世帯向けに一家族あたり最大1,000ドル、合計800億ドルを超える減税を提案している(いずれも金額は年間)。また、公的年金についても、オバマ候補は高所得層の増税による財政再建を明示的に支持している。財政以外の分野でも、オバマ候補は、金融規制の問題について、消費者保護の観点から、クレジット・カードに関する規制強化を早くから強調している。

クリントン候補の方が政府による介入の度合いが強い提案を行っている分野もある。医療保険改革では、クリントン候補は国民に保険加入を義務付けるべきだと主張している。目下最大の話題である住宅問題についても、クリントン候補は、住宅ローン金利の凍結や、公的機関による住宅ローンの買上げなど、オバマ候補よりも踏み込んだ提案を行っている。

比較対照に共和党のマケイン候補を加えれば、二人の民主党候補の距離の近さはより鮮明になる。民主党候補との対比でいえば、マケイン候補は経済への政府の関与を好まない。税制を例にとれば、マケイン候補はブッシュ減税の恒久化に加え、法人税減税を実施すべきだと主張している。医療保険の分野でも、民主党の両候補が公的保険の拡充を視野に入れているのに対して、マケイン候補は民間保険を中心とした改革を主張する。

細かな提案のクリントン候補、簡素な提案のオバマ候補

オバマ候補とクリントン候補の経済政策に違いを見出せるとすれば、それは両者の「手法」にある。二つの視点がある。

第一の違いは、政府を活用する際の「手法」である。具体的には、クリントン候補が政策目標ごとに細分化された提案に偏りがちなのに対し、オバマ候補は簡素な提案を好む傾向にある。

典型的なのが、双方が提案する中間層減税の中身である。クリントン候補の提案は、貯蓄促進や学費・介護費用補助といった、個別の政策目標に対応した細かな減税案の組み合わせである。これに対してオバマ候補は、勤労世帯向け減税という比較的大型で広範囲に影響が及ぶ対策を目玉に据えている。

オバマ候補が簡素な提案を好む背景には、行動経済学の考え方が反映されているといわれる。経済学では国民は常に合理的に行動するという前提がおかれがちである。しかしこうした前提は必ずしも現実と一致しない。惰性に流されてしまうなど、国民には理屈に合わない行動をする側面があるからだ。行動経済学は、こうした現実に着目する。こうした考え方の政策立案への一つの応用が、有権者の手にあまるような細かな政策よりも簡単に理解・利用できる政策の方が、政策目的を実現しやすいという議論である。

行動経済学の考え方が明確に現れているのが、オバマ候補の企業年金に関する提案だ。オバマ候補は、勤労者を年金積み立て制度に自動的に加入させるべきだと主張する。オバマ候補の提案では、従業員が拒否しない限り、雇用主は給与の一部を自社の401(k)プランか各人の貯蓄優遇口座に振り込むよう求められる。いくら雇用主が有利な積み立て制度を用意しても、加入の判断を従業員の意思表示に委ねていたのでは、加入に踏み切らない従業員が残る。むしろ、将来的な脱退の権利を残した上で、従業員を最初から制度に組み入れてしまった方が、結果的に積み立て制度の普及が進むという考え方である。

対立か融和か

第二の違いは、「大きな政府」への方向転換という政策目的を実現するための、政治的な「手法」である。

オバマ候補は、党派対立の枠にとらわれずに、民主党の政策目的の下に幅広い有権者を結集させるべきだとする。こうした発想が現れているのが、「(共和党が強い)赤い米国、(民主党が強い)青い米国ではなく、一つの米国」というオバマ候補の有名な主張だ。

クリントン候補はこうしたオバマ候補の立場を「夢見がち」と批判し、民主党の候補者には、共和党との争いに負けずに、民主党が求める方向へと政策を引っ張っていく気概が必要だと反論する。「最後まで共和党と対抗できる候補者は誰なのか?」というのが、民主党支持者へのクリントン候補の問いかけである。

こうした両者の立場には、有権者の意識に対する認識の違いが反映されているようである。

クリントン候補の主張には、「大きな政府」路線への支持は必ずしも主流にはなっていないという認識が示唆される。クリントン候補が細かな政策提案を好むのも、こうした認識を反映した政治戦略の現れだといわれる。それぞれの政策は個別具体的な有権者層をイメージしており、クリントン候補はそれぞれの支持層を具体的な提案で一つずつ勝ち取っていこうとしているというわけだ。

「大きな政府」への支持が主流ではないという認識は、90年代半ばのクリントン政権による中道路線にも反映されていたと指摘されている。当時の米国では、有権者の位置取りは「中道よりやや右」だといわれていた。このためクリントン政権は、有権者の批判を招かずに民主党の政策目標を実現するために、中道寄りでの妥協を余儀なくされた。クリントン政権の中道路線は、「敵対的な環境で民主党の主張を受け入れさせるための手段(New America FoundationのMark Schmitt)」であり、「懐疑的な有権者を前提とした政治戦略(New Republic誌の Jonathan Chait)」という指摘もあるほどだ。

これに対してオバマ候補の立論には、有権者が「大きな政府」を容認する方向に動いているという前提が感じられる。自著の中でオバマ候補は、「有権者は共和党と民主党が追いつくのを待っている」と指摘している。経済政策に則していえば、党派対立の枠組みで政策を考えているのは政治家だけであり、多くの有権者は政府による問題解決を求めているというのが、オバマ候補の認識であるようだ。

最近の米国では、オバマ候補の経済政策が「大きな政府」路線である点に着目し、同候補による融和の主張は上辺だけだと批判する向きがある。しかしオバマ候補の立論に従えば、党派対立が解けないのは有権者が求める政策が提案されないからに過ぎず、オバマ候補が「大きな政府」路線による問題解決を説得的に主張できれば、その経済政策の下に有権者を結集させるのは難しくない。こうしたことから、前出のJonathan Chaitは、オバマ候補の経済政策を、「(大きな政府という)主義主張を軸とした潜在的な多数勢力を顕在化させる方策」だと評している。

「手法」の違いの政治的な意味合い

選挙戦との兼ね合いでは、民主党候補の経済政策にみられる二つの「手法」の違いは、それぞれの候補にとって強みを発揮する局面が想定できる。

まず、有権者の景況感が悪化する中では、クリントン候補が多用する詳細な提案が好まれる可能性がある。不安な有権者は、個別具体的な解決策を求めるようになるといわれるからだ。同時に、将来への不安が募れば、オバマ陣営が謳い上げるような「夢を信じる」といった主張だけでは満足できなくなる。これまでの選挙戦で、オバマ候補が高所得・高学歴層に強く、クリントン陣営が低所得・低学歴層に強い一因は、このあたりにもありそうだ。

その一方で、有権者に「大きな政府」路線を受け入れる用意が整っており、有権者の思いをすくい上げられる候補者が求められているのであれば、融和を謳うオバマ候補の主張は説得力を増す。ただでさえ米国の有権者の間では、党派対立を元凶とする政府の機能不全に対する不満が強い。とくに本選挙を視野に入れれば、経済政策の面でも有権者がまとまることができるのであれば、オバマ候補にとっては有利な展開になる。「大きな政府」「リベラル」といった従来の選挙戦で有効だった民主党批判のスローガンが、今回の選挙では通じ難くなるかもしれないからだ。

翻って経済政策の観点では、今回の選挙を契機に、米国が「大きな政府」の方向に舵を切るかどうかが注目される。筆者はどちらの政党が勝利するかにかかわらず、80年代以来の「小さな政府」路線は小休止を余儀なくされる可能性が高いと考えている。ただし、新たな路線が定着するかどうかは、新政権の経済政策がどこまで具体的な成果をあげられるかに左右される。こうした点については、機会を改めてとりあげることとしたい。