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胡錦濤政権の回顧と中国18全大会の注目点 ―政治状況に関して(1)

October 11, 2012

胡錦濤政権下の政治状況と18全大会への視座


慶應義塾大学法学部准教授
小嶋華津子

1.はじめに

今秋、中国では、中国共産党第18回全国代表大会(18全大会)が開催される。大会には、全国8260万2000人(2011年末現在)の党員のなかから、2000人以上の代表が参加し、過去5年間の総括がなされるとともに、今後5年間の方針とその遂行を担う新指導部が決定される。党が国家を領導する中国において、党大会の決議は国家の進む方向をも規定するため、世界のメディアが5年に一度の大イベントを迎える中国の動きを注視している。

本稿では、18全大会と、同大会より始動する新政権の政治運営を考える視座の一つとして、胡錦濤政権下の政治改革の状況と課題を整理したい。

2.党内改革・行政改革の推進と課題

胡錦濤政権は、自らの執政能力の強化を掲げ、次に挙げる一連の政治改革を推進してきた。

汚職行為の取り締まり・廉潔政治への取り組み

胡錦濤政権がとくに力を入れてきたのが、汚職行為の取り締まり、廉潔政治の建設に向けたとりくみである。メディアや司法によるチェック機能を奪い、あらゆる権力を掌握した党に、汚職行為が蔓延するのは、必然の結果である。崔海容(国家腐敗防止局副局長)によると、中国では、1982年から2011年の30年間に、465人の省・部級幹部を含む420万人の党・政府関係者が規律違反により処分された。しかし、これは氷山の一角にすぎない。汚職はすでに「社会の潤滑油」と見なされるほどに、幹部の日常的行為と化しているのである。特に近年深刻化しているのは、いざというとき逃亡できるよう、妻子を海外に住まわせ、不正に蓄えた資産を海外に移している「裸官」と呼ばれる幹部の増加である。

汚職の蔓延は、一般市民の党に対する信頼を損なうばかりでなく、市場経済の健全な発展にとっても不利である。そこで、胡錦濤政権としても、「法治」の徹底を図るとともに *1 、幹部が建設プロジェクトの請負・土地使用権の譲渡・政府調達・不動産の開発や経営・鉱物資源の開発や利用、仲介サービスなどの市場経済活動に関わることを厳しく禁じる準則をつくる *2 、海外出張・公用車の使用・公金による接待に関する規定を設けるなど、これまでになく具体的な対策を打ち出してきた。また、「陽光政府(開かれた透明な政府)」の建設をスローガンに、2008年5月には「政府情報公開条例」を施行した。これを受けて、中央の各省庁や地方政府では、インターネット上に予算を公開する動きが生じた。なかでも公務支出の明細を接待費から紙コップの購入まで仔細にわたり公開した四川省白廟郷政府は、賞賛の対象となった。党・政府指導者個人についても、不動産・投資行為・配偶者や子女の就業および移住状況を含め多項目にわたる情報公開が義務付けられた。

しかしながら、矢継ぎ早に打ち出されたこれらの汚職防止策の効果については、悲観的な見方も多い。党が全ての権力を掌握する体制にメスを入れないかぎり、官僚資本主義の利権ネットワークを打破するのは容易なことでない。

行政機構改革と「服務型政府」の構築

執政能力の向上に主眼をおいた改革として、次にあげるべきは、行政機構改革である。胡錦濤政権は、中国共産党第17回全国代表大会(17全大会)以降、「服務型政府(サービス型政府)」の構築を目指し、肥大化した組織をリストラし、縦割り行政による行政効率の低下に対処すべく、地級・県級政府を中心に「大部門制」と呼ばれる省庁の統合・再編を進めた。また、行政効率の向上と、農業税廃止により荒廃した農村の立て直し、県・鎮レベルの発展を目的に、「省管県(省が直接県を管理する)」改革ならびに県/鎮級政府の権限の拡大を推進してきた。

しかし、これらの政策についても、既得権益に固執する集団(たとえば地級市)の抵抗に直面し、現時点で目に見える成果は報告されていない。

党内・党外政治エリートの団結

執政能力を高め、政治エリートの分裂を回避するには、政治エリート集団内部に公平な権力分配システムを構築することが肝要である。胡錦濤政権は、2009年12月に「2010~2020年に幹部人事制度改革を深化させる計画綱要」をうち出し、幹部選抜任用制度の規範化、民主化を進めてきた。政権の方針を受け、中央省庁や地方政府は2010年より、公募による幹部の選抜を局長級にまで拡大し、同年には約400の局長級ポストで幹部が公募された。

次に、「党内民主」の推進である。胡錦濤政権による政治改革の志向を示すものとして内外の関心を惹きつけた2005年10月の「民主建設白書」は、中身をひも解けば、「党内民主」に力点を置く限られた改革をうち出したものに過ぎなかった。「民主」といっても、その具体的内容は、党員の民主的権利の保障、党代表の常任制導入、党内での競争選挙の実施、党内監督システムの整備などであり、その目的は、単に一党支配を維持するための党組織の強化にある。「党内民主」の具体的とりくみとして特筆すべきは、17全大会に向け、2007年6月に実施された、中央委員・同候補による政治局委員候補者リストへの無記名投票である。この投票の結果、習近平の得票が李克強の得票を上回ったことにより、胡錦濤は、自らの腹心である李克強への権力委譲をあきらめざるを得なかったと伝えられている。いま一つには、「公推直選」の試みがある。これは、特定の幹部ポストについて、党内外からの候補者の推薦を募ったうえで、党員による競争選挙を行うという方法である。しかし、報道されているかぎり、同方法は依然として、西安市の某区の総工会副主席、江蘇省の180の郷鎮党委員会指導グループなど限られた範囲で試行されている段階にある。

党外政治エリートとの協力の強化も模索された。政治協商会議制度の機能強化が掲げられ *3 、万鋼の科学技術部長への抜擢(2007年4月)、陳竺の衛生部長への抜擢(2007年6月)など、党外人士の部長級幹部ポストへの登用もなされた。

3.制限される市民の政治参加と社会に鬱積する不満

党の執政能力の強化とそのための組織改革が進められる一方、一般市民の政治参加は厳しい統制の下に置かれた。

「秩序ある」政治参加の推奨と言論統制

17全大会では、「秩序ある」政治参加の実現が謳われたが、北京オリンピック(2008年)や上海万博(2010年)など国家の威信をかけた大イベントが続くなか、国威発揚と秩序の維持が最優先され、市民の「政治参加」を拡充する政治改革については特筆すべき成果が見られなかった。チベットでの騒乱(2008年3月)、ウイグルでの騒乱(2009年7月)が立て続けに起こり、ジャスミン革命(2010~2011年)の波及が懸念される状況の下、胡錦濤政権は、安定を死守すべく躍起になっていたように見受けられる。

2005年には「信訪(投書・直訴)条例」が改正され、集団での直訴や、中央への直訴が制限され、地方政府に見切りをつけ、中央に直訴に訪れようとする市民を地方政府が拘留したり、無理やり連れ戻したりする現象が蔓延した。胡錦濤政権発足時には期待されていたメディア改革も、実際には進まなかった。民主活動家や人権派弁護士の拘留・逮捕が相次いだ。



*1 「法による行政の全面的推進綱要」(2004年3月)、「法治政府建設の強化に関する国務院の意見」(2010年10月)
*2 中共中央「中国共産党党員領導幹部が廉潔に政治に従事するための若干の準則」(2010年1月)
*3 「中国共産党が領導する多党協力と政治協商制度の建設をいっそう強化することに関する中共中央の意見」(2005年2月)、「人民政治協商会議の活動を強化することに関する中共中央の意見」(2006年2月)。

    • 慶應義塾大学法学部准教授
    • 小嶋 華津子
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