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日米のマルチ・セクター協力による社会課題の解決をめざして─アジア地域での可能性

October 15, 2015

今井 章子(東京財団常務理事兼研究員)

アジア地域に多く展開する日本や米国の民間セクターには、CSRや社会起業を通して、経済包摂性の確保や人権擁護など社会資本の向上につながる開発協力に貢献できる余地がある。本稿は、それを政府間協力で行うのではなく、官民および社会ビジネスをも巻き込んだマルチ・セクターによる協働で推進することをめざし論点整理を試みるものである

高まる民間セクターへの期待

どんな社会的課題も、さまざまな人々が抱える多様な悩みの複合体である。ゆえに、その解決にも政府のみならず、企業や市民などあらゆる分野のあらゆる階層が、それぞれに責任意識をもって全力で取り組むよりほかはない。中でも組織力と資金力をもつ企業セクターへの期待は、以前にも増して高まっている。特に、HIV エイズやマラリア、エボラ出血熱などの感染症の封じ込め、国境を越えて発生する人身売買、温暖化対策などでは、民間セクターが市場競争の中で獲得し蓄積してきた資金や技術に大きな期待が寄せられている。

実際、経済協力開発機構(OECD)各国からの途上国への資金の流れを見てみると、2000年頃から民間セクターによる拠出が増えはじめ、2005年以降は公的資金を上回り、2012年には政府開発援助(ODA)の約2.5倍に及んでいる。『ODA白書2013』によれば、アフリカを中心に開発経済のほとんどを海外からのODAに頼らなければならなかった国々が、グローバル経済の進展に伴って新たな投資先・市場として注目を浴びるようになったからである

もう一つ、開発協力において民間資金に期待が寄せられる大きな理由が、開発援助に伴う公的負担の問題だ。国家財政の健全化は急務である。しかしながら、高齢化を背景に拡大が必至の社会保障費、地方創生を支える地方交付税交付金、アベノミクスの行方を占う公共事業費などを考えると、財政規律の回復は難しい。国民生活に直接影響を及ぼすこれらの予算を前に、ODA予算の優先度を確保することについて、国民から広範な支持を得るのは容易ではない。

もちろんだからといってODAを諦めてよいはずはない。ODAの活用をはじめとする安全保障や国際平和の追求は、一義的には政府が負うべき責任であり、民間資金がその任を代替できるものでもないからだ。つまり、ODAが途上国にもたらす社会的インパクトを最大化しうるという意味で、民間資金が注目されているのである。

このことは2015年2月に発表された新ODA大綱「開発経済大綱」にも表われている。まず「新興国・開発途上国において、包摂的で持続可能で強靱な成長を実現することは、世界経済全体の安定的成長にとって不可欠」とあり、さらに「現在の国際社会では、民間企業、地方自治体、非政府組織(NGO)をはじめとする多様な主体が、開発課題の解決、そして開発途上国の持続的成長にますます重要な役割を果たしていることを踏まえれば、……多様な力を結集することが重要」であるとし、「ODAは、開発に資する様々な活動の中核として、多様な資金・主体と連携しつつ、様々な力を動員するための触媒……としての役割を果たしていく」とも述べられており、産官市民などマルチ・セクターによる取り組みを主導しようとの意欲が窺える。

日本企業のアジアでのプレゼンスとCSRニーズ

中でもアジアには日本企業が社会的課題への取り組みを始めるにふさわしい状況が整っている。 経済産業省の第44回海外事業活動基本調査の概要によれば、2013年度末における現地法人数は、2万3,927社、その7割弱がアジア地域、中でも中国(32.6%)が突出しており、東南アジア諸国連合(ASEAN)4(マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン。16.8%)、新興工業経済地域(NIEs)3(シンガポール、台湾、韓国。11.4%)、ベトナムやインド等の「その他アジア」(5.5%)への進出はそれぞれ年々拡大傾向にある

これだけ多くの日本企業がアジア経済に参入すれば、当然、進出先に対する「責任ある市民」としての期待も義務も高まることになる。グローバルな規模で再編が続く製薬業界では、海外企業との合併や連結によって、これまで想定の範囲外であった紛争やテロ、貧困や感染症などの課題が「自社ゴト(事)」として東京本社に飛び込んでくるようになり、CSRに対する考え方や戦略性が急速に洗練されてきているという 。実際2014年の東京財団「CSR企業調査」で海外売上高のある企業が挙げた3大取り組みは「紛争鉱物」「腐敗・汚職」「水資源」と上位2つまでが「政治」と不可分の課題となっており、国内では「政治」に関与したがらない日本企業が、考え方の変更を余儀なくされていることが窺える。

一方、アジアでもアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議(2008年)が「アジア太平洋地域の開発への新たなコミットメント」を発出。その中で「腐敗との闘い」と並び、「アジア太平洋地域における企業の社会的責任(CSR)の促進」が謳われており、アジア域内経済に公平・公正なビジネス環境を根付かせ、持続可能性な経済圏を拡大する重要な担い手として、各国政府が域内企業のCSR活動に期待を寄せていることがわかる。

では、具体的にアジアで求められているCSRの取り組みとはどういうものであろうか。アジアでのCSR研究で定評があるCSRアジア(本部:香港。リチャード・ウェルフォード会長)の発表によれば、アジアで今後期待が寄せられている課題は、1)気候変動と水資源、2)サプライチェーン、人権、奴隷的労働、3)コミュニティーへの投資や、喫緊の発展課題、4)企業ガバナンス、情報開示、腐敗防止、5)格差、貧困、社会的不平等、であるという。ここでも、人間の尊厳や包摂性を確保し、自由で民主的な経済を可能

にする社会資本の確立と直結していることがわかる。

日米政府のアジアでの取り組み

新ODA大綱にもあらわれているように、企業セクターや社会セクターは、経済協力開発機構(OECD)など各国政府の援助コミュニティーがつくり出す流れに参加することで、変革のインパクトを倍加させることができる。包摂性や社会資本の向上のように、経済のみならず社会規範や政治制度にもかかわる広範な改革においては特に協働が効果的だ。その意味で、政府間での対アジア開発協力の動きを見ておくことは重要だろう。

2015年2月10日、東京で日米開発対話が行われた。これは2013年12月のバイデン副大統領の来日を機に日米のグローバル協力の焦点として、人道支援・災害救援および開発援助(東南アジア、大洋州、アフリカ、国際保健、ミレニアム開発目標、女性の能力強化)などを掲げて始まった定期的な高級実務者レベル会合で、今回が2回目。「日米開発協力の強化は日米関係の幅を広げ、より多面的で強固な日米関係の構築に寄与するとの認識」で進められている。

発表によれば、今回話し合われたのは、「エボラ出血熱対策を含む国際保健、女性・女児のエンパワーメント、ポスト2015年開発アジェンダ、防災等の幅広い開発に係る優先事項及び課題や、アジア大洋州地域やアフリカ地域等におけるそれぞれの開発協力」であった。

これらのアジェンダからは、日米が協力して、途上国の保健衛生や人間開発など人間の尊厳を尊重し、持続可能で強靭性のある社会資本を確立することをめざすことで、課題にともに寄り添う日米というソフトパワーの向上をも、意識的に開発援助政策の中にもたせていることがうかがえる。

また、戦前にすでに近代国家であったとはいえ、戦後、経済成長とともに民主主義体制を強化し、70年間一度も紛争にまみれずに世界有数の経済大国となった日本は、巨額の対日援助を通して戦後日本の経済成長を支援した米国にとっても、今後、自由と民主主義に基づくアジアの発展を支援・推進するうえで、模範的な援助パートナーであるはずだ。

さらに貧困からの脱却をめざす多くの発展途上国にとっても、日本は開発経済の一つのモデルと言ってよい。戦後賠償の意味合いを包含し主として経済インフラの拡充の形で提供されてきたアジア諸国に対する日本のODAであるが、いまでは、かつての日本が「中進国の罠」に陥ることなく、どのように経済発展の果実を社会資本の強化に転換してきたかといった経験の共有に期待が寄せられている。戦後の高度成長期に国内である程度の経済包摂性を実現した日本が、これからのアジア地域で貢献できることは多い。

日米マルチ・セクター連携のイメージと協働に必要な3つの観点

日米による官民連携での開発協力といっても、日本と米国とでそれぞれ得意な援助分野があろうし、特に日本には、アジアとの近似性を生かした有効な支援パッケージを提供することが求められる。

例えば、一般的にアジア諸国は行政機関の仕組みが中央集権的で、米国よりも日本に類似しているところが多い。また、地震や津波といった自然災害の傾向も似ていることから、災害時の行政の役割分担などは日本をモデルにしやすいだろう。

一方、米国ではハリケーン・カトリーナのような巨大自然災害で、企業社会が時に行政よりも優れた機動力を見せた。投入された資源の規模も巨大で、小さな国の国内総生産(GDP)に相当するほどであったという。

そこで、それぞれの強みを組み合わせ、マルチ・セクターで水平分業を行なうことで、広く長く深くはびこる社会的課題に対してインパクトある対策を立てていくことが期待されている。例えば、災害救助における地方政府と中央政府の役割分担については日本政府が、緊急の資源調達については米国の企業社会が、また被災者を包摂しつつコミュニティーを再建していくプロセスでは、東日本大震災時の日米連携で見られたように両国の社会イノベーターたちが協力するといった具合である。

しかし日米両国の、官民のみならず市民セクターにもまたがるアプローチでは、事業計画を立て参加組織それぞれの役割を決め、ブレることなく一つのゴールへ向かってまとめていくのは容易ではなく、「船頭多くして船山に上る」危険は大きい。

多くのアクターの協働にあたっての懸念事項は以下の3点に集約できる。?多くのアクターによる「コレクティブ・インパクト(Collective Impact:集団的インパクト)」を出すための条件、?社会事業に対する資金投入の整理、?ゴールに向かってアクターごとの役割と責任を明確にしてプロジェクトを推進するチェンジメーカーの育成、である。

コレクティブ・インパクトの必要性

多様なアクターたちが一つの目標を達成するためには、スタンフォード社会イノベーションレビュー誌(2011年冬号)でジョン・カニアとマーク・クレイナーが述べている「コレクティブ・インパクト」の考え方が有益と思われる。

カニアらは「社会問題は、社会分野の組織行為によってのみ発生するのではなく、行政行為とビジネス活動との相互作用によっても発生する。つまり、複合的な問題は……複数のセクターが団結して取り組まなければ解決できないのだ」と述べ、セクターを越えた多様な資金や組織による連携によって「コレクティブ・インパクト」を出すには、次の5つの条件をクリアしなければならないと主張する。すなわち、「共通のアジェンダ設定」「共通の評価軸」「相互補完的な活動」「継続的なコミュニケ─ション」「基幹サポート組織(backbone support organizations)」だ。

5つの中でも成功のカギを握るのは、活動全体の戦略的な方向性を決め、多様なパートナー組織間の対話を実現し、データ収集と分析を行って、コミュニケーションを図り、コミュニティーへの働きかけを調整するともに、必要な資金調達も行う「基幹サポート組織」の有無だろう。

基幹サポート組織には、資金提供団体がなっても、非政府組織(NGO)でも政府機関でも特別実行委員会がなってもよい。日本のアクターの中では、国際協力機構(JICA)や助成財団、あるいはCSR 事業で企業のパートナーとなっているNGOなどが基幹サポート組織になりうるだろう。

それぞれに一長一短はあるが重要なのは、活動全体にわたる適切なガバナンス、戦略的計画立案能力、事業の評価と改善といった領域で、適切なリーダーシップを発揮しなくてはならないということだ。しかし活動に参画する各組織にはそれぞれ別のミッション、別の優先課題と評価基準があり、それらを尊重しながら全体を共通のゴールに向かってまとめ上げていかなければならない。「基幹サポート組織」のオフィサーには、計画を押し付けることなく人々を動かし、貢献した人々をきちんと賞賛するといった人間力、そして時間をかけて徐々に改善されるような社会的事業に辛抱強く経済的支援を続けてくれるスポンサーの確保など、状況に対してしなやかに自らを「適応」させ、なおも目標に向かっていく「アダプティブ・リーダーシップ」が不可欠である。

たしかにコレクティブ・インパクトが発揮された事例では、基幹サポート組織が中核的に機能している。有名なのは、ガーナで味の素株式会社が果たした役割である。伝統的な離乳食Kokoには足りない重要な栄養素を、味の素が開発したサプリメントKokoPlusを混ぜ込むだけで簡単に補給できるようにしたソーシャル・イノベーションで、同社はガーナ政府、独立行政法人国際協力機構(JICA)、米国国際開発庁(USAID)、世界保健機関(WHO)、国際NGO、ガーナのNGOなど実に11 の組織を束ねた「コレクティブ・インパクト」によってKokoPlusを社会に浸透させた。また、ハンセン病撲滅に取り組んでいる公益財団法人日本財団も、WHOや各国政府、保健衛生機関との連携を35年もの長い期間にわたって継続的に推進し、今ではハンセン病撲滅実現まで1カ国を残すのみという。

ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、グローバル・ヘルス分野で、資金提供者としていくつもの基幹サポート役を担っているが、その一つにJICAとの連携によるパキスタンでのポリオ撲滅活動がある。ここでユニークなのはローン・コンバージョンという手法によってパキスタンの返済をゲイツ財団が肩代わりしたことだ。

社会事業に対する資金投入の論点整理

コレクティブ・インパクトを可能にするような資金調達のあり方として、前掲論文では、「活動への資金提供者は、……社会システム全体が時間をかけて徐々に改善されていくことによって起こるということをよく理解して、長年にわたって辛抱強く関わる意思をもっていなくてはならない」としている。

では社会的課題に対する投資(Social Investment)は、どこまで忍耐強くあるべきなのか。社会的投資は緊縮財政に悩む先進国を中心に期待が寄せられており、英国のキャメロン首相はSmall government, Big society をモットーに、官民パートナーシップ(PPP)や民間資金活用(PFI)を推進している。サッチャー政権による国営企業の民営化に始まる英国のPFIは、日本の中曽根政権でも国鉄や電電公社民営化で導入された。しかし、それでもいまだに政府支出は増加の一途である。非政府部門が公的課題の担い手となることが期待されているとはいえ、社会的投資に対するリターンをめぐっては議論が定まっていないようだ。

米国で50年前から貧困層向けの小口融資を手掛け、世界のマイクロファイナンス機関の先駆けと言われるアクシオン・インターナショナル最高経営責任者であった、マイケル・チュー=ハーバードビジネススクール教授は、「社会的課題に対する投資」を考えるときに、インパクトとは何かをよく考える必要があると指摘する。

かつては、フィランソロピーあるいはCSRと呼ばれていたものも、マイクロファイナンスも、中小・零細企業向け金融サービスも、非化石エネルギーも、低所得者向け住宅も、今やすべて「インパクト投資」と称され、定義があいまいになっているという。

チュー教授は一つの試みとして、図を使って議論を整理している(図1、図2)。すなわち、ビジネス的にもエコシステム的にもリスクが高い状態にある社会事業がどこをめざすべきかといえば、やがてビジネス的にもエコシステム的にもリスクが低くなる状態、つまり寄付金などに頼らなくとも、通常の市場から資金が調達できる状態だ。

出所:マイケル・チュー=ハーバード大学ビジネススクールのワークショップ資料をもとに筆者翻訳・作成

出所:マイケル・チュー=ハーバード大学ビジネススクールのワークショップ資料をもとに筆者翻訳・作成

となれば、ベンチャーキャピタルからサポートを受けるような右上の状態から、普通の市場で資金調達できるような左下の状態へ移行していくことが社会事業にとっての成功であり、そこへ事業を導くような投資が「インパクト投資」といえるだろう。そしてエコシステム上のどの段階にあろうと支援に入れるのが、フィランソロピーやCSRマネーだという整理であった。

これに基づけば、政府資金、企業のCSRによるサポート、社会的責任投資など、それぞれの目的に応じ、支援段階と役割にある程度の目安をつけることができ戦略が立てやすいかもしれない。

「チェンジ」を起こす人材開発:キャパシティービルディング

次の課題は、コレクティブ・インパクトを出しうる集合体を形成し、みなで共通ゴールとプロセス管理を維持しながら、社会変革を推進するチェンジメーカーの育成である。この分野のトレーニングは圧倒的に米国が進んでいる。大学や大学院での専門コースも多いし、社会イノベーターに必要なリーダーシップの資質に関する議論も盛んである。

米国の社会起業家やその投資家たちが強調するのは、経営にかかわるノウハウのみならず、共感力、忍耐性、責任感などのリーダーシップを適時・適切に発揮することの重要性だ。

そのような人材を育てる試みも、産業界のみならず法科大学院、公共政策大学院や社会ビジネスで盛んだ。より高い成長を目指して一直線に進むタイプのリーダーシップだけでは、公的・社会的な課題に対応しきれないことが広く共有されているからだろう。

チェンジメーカー育成の日米協力の一例として東京財団と米国社会起業NGOアキュメンとのパートナーシップを紹介しよう。東京財団は2009年から、日本人研修生をアキュメンが途上国で展開する社会ビジネスの現場に派遣してきた。歴代の日本人研修生たちは、まず米国内でリーダーシップ研修を受講してから途上国へ飛び、9カ月間、インド(民間救急車サービスのスケールアップを主導)、ガーナ(コメの生産性向上プロジェクトを現地の農家とともに遂行)、ナイジェリア(マイクロファイナンスの経営安定化)などで社会起業を行った。

米国内で行われるリーダーシップ研修は、マサチューセッツの山小屋や、ニューヨークの貧困地域で相手の様子を見ながら自分の対応を変化させつつ任務を果たす「適応型」リーダーシップを養うワークショップや、マーケティングや財務などの社会起業経営の基礎、さらに東西の教養書や哲学書の読解などのリベラル・アーツが組み合わさっており、8週間にわたり徹底して「寛容・責任・謙虚さ・大胆さ・傾聴・リーダーシップ・敬意・誠実さ」を叩き込まれる。

ペーパーテストでの能力査定に慣れた日本人にとって、こうした研修はきわめて異色でハードルが高い。それでも過去5年間、世界中から1,000人近い応募が殺到する10人のフェローの一人として、毎年日本人(偶然ながら全員女性であった)が選ばれてきた。10人のフェローは米国人のみならず全大陸から選ばれており、多様性のある少人数がチームで切磋琢磨するダイナミックなリーダーシップ開発プログラムを提供できるのは、米国ならではの強みと言えよう。

一般的に日本人リーダーについて定評があるのが、現地の人々と同じ目線で朝から夜までともに仕事をし、自分の赴任期間が終わったあともスタッフが困らないような気配りができるという点である。この点は日本の開発援助活動でもよく指摘されている。戦後、被援助国として受けた功罪さまざまな経験から、援助国として対象コミュニティーの「参与観察」を十分に行って、地元に寄り添いながら支援プロジェクトを創り、支援終了後(撤退後)も持続可能な運営方法を遺していくという「日本型」といってもよいリーダーシップのとり方は、特にアジアにおいて米国と協働する際に効果的であろう。

ところが日本では個人に対するリーダーシップ教育がなかなかうまく進まない。寛容だの共感だのというような資質は、家庭や学校で子どものころにしつけられるか、社会の荒波にもまれて自分で見出すものと思われがちだ。だが皮肉にも成熟した日本では荒波が「小波」程度で済むことが多いし、そもそも社会全体に多様性や流動性が乏しいために、国内にいながらにしてグローバルなレベルの耐性や発想を養う機会が限られている。また外国で見られるように、政府(公共政策)、企業(営利)、社会などのセクターを動き回って一つの分野に精通し、蓄積した経験やスキルを複合させてさらに次の職場でそれを生かすというような職業モビリティーも極端に少ない。

上述したような稀有な、しかし将来性の高いリーダーシップを身につけて帰国した日本人フェローたちのその後を見ても、日本社会に再参入して経験を生かしたというケースが現時点でほとんどない。彼女たちは日本で活動したいのだが、実際ほとんど受け入れがないのである。その結果、再び途上国へ渡って現地で雇用される形で社会ビジネスに戻るケースが大半で、それ自体悪いことではないのだが、せっかくのノウハウが日本社会に還流されないという一種の能力流出、いや、能力疎外が起こっているのである。

こうしたことが企業であれ行政であれ日本社会全体で起こるため、何年たっても、個々の強みがパラレルに社会に点在することになり、それらを統合的に駆使したイノベーションがなかなか起こらない。日本社会のこの過度な硬直性は、少子高齢化で一人ひとりの役割の幅が確実に拡大する日本の将来のためにも、なるべく早く軟化させる必要がある。

一方、ジョブモビリティーがない以上、せめて職籍をもったまま社外や国外で経験を積み、その視野を事業や社会変革に活かそうという試みもわずかながら始まっている。JICAには「民間連携ボランティア制度」があり、日本企業が海外展開を担える人材開発の一環として、この枠組みで途上国の企業でビジネス支援をすることを促進している。

また、欧米ではグローバル・プロボノや国際企業ボランティアといった活動も広がっている。グローバル企業が途上国に社員を「留職」させ、社会課題の解決にプロとしてのスキルとリーダーシップを体験させようというものだ。世界中を市場と見立てて展開するグローバル企業にとって、社員が共感力のあるリーダーシップをもつことは事業展開上も重要だ。ボランティアを通して、途上国の課題に取り組むことで、イノベーションのきっかけにもなると好評だという 。米国の仲介団体と組んで、これを日本企業向けに実施している日本の社会起業もある。

日本のODAが、「様々な力を動員するための触媒、ひいては国際社会の平和と安定及び繁栄の確保に資する様々な取組を推進するための原動力の一つとしての役割を果たしていく」ためには、日本社会にパラレルに存在している社会課題別のノウハウや連携の素地を集めてコレクティブ・インパクトを出すことができるチェンジメーカーの育成(キャパビル)から始めるのがよいのではないか。そのことにより、これまでJICAだけに集中していた経済開発を担う日本人の、国内外における流動性を高め、人材プールを形成することにもなるだろう。

【脚注】

本稿は、米国戦略国際問題研究所(CSIS)のStrategic Japan Programで発表した英語論文をもとに、主として日本企業の可能性に焦点をあてて、日本語で再編集したものである。同論文は東京財団英語ウェブページで閲覧可能(”Development Assistance for Inclusive Growth: A Field for Japan-U.S. Cooperation?,” April 21, 2015.[ http://www.tokyofoundation.org/en/articles/2015/development-assistance-for-inclusive-growth/ ])。

しかし民間セクターによる拠出には、出稼ぎなどで先進国に住む人が故郷の家族や親せきに対して直接行う相当額の個人送金が含まれている点を過少評価してはならない。

http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/kaigaizi/result/result_44/pdf/h2c44-1.pdf

武田薬品工業株式会社などはその好例。これについては東京財団『CSR白書2014』に詳しい。

5 Alice Korngold, “International Corporate Volunteering: Profitable for Multinational Corporations”, Huff Post Business, 3 July, 2014.

http://www.huffingtonpost.com/alice-korngold/international-corporate-volunteering_

b_4920088.html


事例研究:日米のマルチ・セクター協力でアジアでの女子教育支援を

2015年3月19 日、ミシェル・オバマ米大統領夫人と安倍昭恵首相夫人は、日米両政府で世界の特に途上国における女子教育の推進のために協力していくことを発表、米国は2015年度予算で2億500万ドル、日本はODAを通して3年で3億3,000 万ドル超を拠出することとなった。日本のJICAと米国の平和部隊が、海外にボランティアを送り、現場で女子教育の強化に協力するという。

アジアの貧困国での女子教育の推進は、経済包摂性、人権、社会のガバナンスの確立にもつながる社会変革であり、これこそ、日米両国の援助機関の協力にとどめておくのではなく、本稿で試みてきた、企業や市民セクター、途上国の社会起業家たちによるコレクティブ・インパクトで対応するにふさわしいテーマである。

というのも、いろいろな意味で日米両国には女子教育を進める動機があるからだ。まず、米国はすでにオバマ夫人による活動「Let Girls Learn」(女の子にも学ばせよう!)が始まっているし、日本でも女性のエンパワーメントは安倍晋三政権の主要政策課題のひとつである。しかも、「日米開発協力対話」において、「女性」「アジア太平洋地域」は重要項目として挙げられ、新ODA大綱ではODAがマルチ・セクターでの取り組みを主導するものとうたっていることは本文で指摘したとおりである。

女子教育と日米協力

アジアの途上国が経済包摂性を高めていくための一つのカギは、次世代育成に大きな役割を果たす女性への教育機会の向上である。とはいえこれはそれぞれの社会がもつ女性をめぐる価値観や規範と密接に絡み合っているため、変革は容易でない。何か新しい方向へと社会が動くためには、世の中全体が変わりたい・変わるべきだと認識しなければならないが、そのような社会の「空気」をつくるためにも、政府や企業や市民セクターがそれぞれのもち場で根気強く、幅広く人々に訴えかけていく「コレクティブ・インパクト」の可能性に期待したい。

また海外で展開している日本企業の60%はアジアで活動しており、そのバリューチェーンに中間層や貧困層を取り込もうと競争が激化している。同時に進出先での企業市民としての役割にも期待が寄せられている。

すでに日本企業の中には、CSRとしてではなく自社の将来への投資として、アジアの社会セクターとの連携を始めているところもある。ある教育関係企業は、インドに教育系社会投資ファンドを設立、地元の社会起業家とともに教育の機会拡大を図っているという。

また日本には明治維新以降、西洋の支援を受けて始まった女子教育の蓄積があり、米国に比べ現在でも女子校・女子大が多く、伝統的な価値観や経済成長の中で女性をめぐる課題や政策がどう発展してきたかについての専門的な研究も盛んだ。さらに最近では社会イノベーション分野に参画する若い社会人が増えており、彼、彼女らがアジアで活動することで、アジア各国の若い世代との協働が進み、社会を動かしていくきっかけができていくかもしれない。

政府開発援助のプロ集団であるUSAIDやJICAにとっても、コレクティブ・インパクトによって課題に取り組む人々や団体が広範囲に及べば、納税者の理解や受益国の人々からの支持を得やすくなるだろう。また社会分野での日米協力はまだ新しく、アジアにおける日米双方のソフトパワーの増進につながる可能性もある。

マルチ・セクターで取り組むための課題

だが、日米でしかも市民も巻き込み官民で活動すれば「船頭多くして船山に登る」危険性がある。沢山の組織を束ねるための調整コストに疲れてしまって、もとのように、みなばらばらの「個別インパクト」にスケールダウンしないようにするには、どうしたらよいか。

一つの方法は複数のプレイヤーたちの活動を束ね、活動全体を前に進めていく「基幹的サポート組織」をつくることだ。そこには複数のセクターでの経験があり官民の動きにも詳しく、また取り組む課題の動向にも見識をもつオフィサーが必要だ。

だが、セクター間はおろか、同一セクター内でもほとんど労働流動性のない日本には、世の中の動きに合わせて柔軟に動きまわり、それぞれの経験を蓄積させてさらに別のフィールドに転身するようなキャリアは追求しにくいのが現状だ。この点は米国の方が専門技能を貫くキャリア形成のための流動性が高く、そのような人材を集めやすい。その意味で、アジアでの女子教育の振興を日米の「コレクティブ・インパクト」によって展開するには、東日本大震災をきっかけに始まったTOMODACHIイニシアティブのような、日米による1.5トラック組織をつくることも一案だろう。

日本の労働流動性が低いとしても、それをチャンスに変える余地はある。人が流出・流入しない分、社内における人材育成の重要度はむしろ高まっている。若い社会人が離職しなくてもプロボノで社会的事業に参加できる仕組みを、日本企業がもっと積極的に取り入れて、社員のリーダーシップ育成と自社ビジネスの拡大に生かしてはどうだろうか。実際、米国や英国では「留職」で途上国の社会ビジネスを経験させ、それによって社員の視野や発想を養う人材育成に生かしている例がいくつもある。

また、インパクトのある資金の拠出についても、日本の政府のみならず民間セクターはまだ発展途上である。東日本大震災以降、若い世代の間でインターネットを活用した社会的投資やクラウドファンディング、CSR(教材などの現物支給も含む)などの民間資金に期待が集まっている。そこで、アジアに市場可能性を見ている企業が多くのセクターが参画する社会的事業に資金提供すれば、より幅広い情報やデータを集めることができる。一種の「会費」としてこうした活動に「投資」をしておけば、将来の市場開拓につながるかもしれない。

コレクティブ・インパクトを出すための動員コストを下げ、連携を活性化するための仕組みづくりと人材育成(キャパビル)にODAを活用することを、今回のオバマ夫人と安倍夫人のイニシアティブをきっかけに始めてみてはどうだろうか。

    • 元東京財団常務理事兼研究員
    • 今井 章子
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