今井章子
東京財団は、第16回「日米安保セミナー」を在米国日本大使館・日本国際問題研究所・パシフィックフォーラムCSISと共催したのを機に、サイドイベントとして「The Challenges Facing the New DPJ Government(民主党新政権が直面する課題)」と題するセミナーを主催、発足後4か月目に突入した日本の鳩山政権が直面する政治課題について、当財団研究員らによる講演を行った。
「日米安保セミナー」は、日米両国の安全保障問題の専門家が年に1回サンフランシスコに会して非公開で議論するもので16回目を数える。今年は、日米安保条約改正から50年を記念してワシントンDCで2日間にわたって開催され、初日には二つの公開セッションを行った。今回の東京財団セミナーはその一環として実施したものである。
会場となったのは、ホワイトハウスに隣接するホテル・ウィラード。1860年に日米修好通商条約批准のための日本からの外交使節が宿泊したこともあり、日米同盟を語るにふさわしい舞台であった。
2008年大統領選で8年ぶりに民主党政権となった米国と、2009年夏の衆院選で1955年以降初めての政権交代が起こった日本。ふたつの民主党は、それぞれ、高度に困難な政治課題を国内に抱えながら、慣れない外交を手掛けなければならない状況の中、折からの普天間問題で日米関係に不安が高まっていたこともあり、140名収容の会場は、米国の政策担当者や研究者、ビジネスマンなどですぐに埋まった。
以下にその概要を紹介したい。
東京財団ワシントンシンポジウムプログラム
The Challenges Facing the New DPJ Government(民主党新政権が直面する課題)
1月15日(金)@ウィラード・インターコンチネンタル・ホテル(ワシントンDC)
■基調講演
1.日本政治における統治システムと事業仕分け 加藤秀樹・東京財団会長
■講 演
2.防衛政策と政権交代 山口 昇・防衛大学校総合安全保障研究科教授(東京財団安全保障研究プロジェクトリーダー)
3.鳩山政権の現状 渡部恒雄・上席研究員兼外交安保問題担当政策研究ディレクター
1.日本政治における統治システムと事業仕分け
まず、加藤秀樹・東京財団会長が寄稿講演を行った。行政刷新会議議員兼事務局長という立場を離れ、政策研究の立場から日本の議院内閣制の特徴と問題点を分析するとともに、発足直後の鳩山政権が手掛けた「事業仕分け」の意味と世論の動向について、以下のように報告した。
講演再録は こちら 、英語講演の再録動画は こちら
日本は議院内閣制をとっているが、本来想定されている姿と現状は大きく違う。本来の議院内閣制においては、まず、党の政権公約に基づいた政策があり、それを実現するために党内の実力者が大臣となり、内閣が組織される。そこで国家運営の基本方針や各政策間の優先順位が議論され、その上で各大臣が各省の官僚をスタッフとして使い、政策を実行していく。内閣で国家運営全体の視点から各政策が検討されるため、各省毎の利害は抑えられ、タテ割りや重複行政を排除できる仕組みになっているのである。
ところが、これまでの日本の実情はこれとは大いに異なるものであった。まず官庁があり、その所掌事務でカバーされる分野の政策は、官僚が立案から実行に至るまで「仕切る」実態があり、大臣たちはその上に「乗っている」という感覚だ。たいていの大臣がそれまでの一議員としての主張はどうであれ、大臣になった時からその官庁の従来の政策を推進し、利害や立場の代弁者としての役割を果たしてきた。そのため、本来の議院内閣制が想定しているような大臣間の調整、内閣のリーダーシップが、影をひそめることとなる。これでは、過去の経緯やタテ割りが優先され、大きい政策転換や社会情勢に対する迅速な対応は難しい。
「日本型議院内閣制」がもたらした二重権力構造
もう一つ、内閣の力を弱くし、議院内閣制の機能を果たせない状況を作ってきた原因として、日本の与党と内閣の二重権力構造がある。
過去数十年間の自民党政権においては、閣外の与党議員が内閣以上の権力を持つ「弱い内閣」が常態化していた。与党には政策のとりまとめを行う「政務調査会」があり、内閣による政府案はここで「事前審査」を経て国会に提出される仕組みだった。政党の政権公約実行のための代表者が作成したはずの政策案を、同じ政党の閣外にある議員が否定するのは、議院内閣制の否定そのものであり、他方で、与党をクリアすれば国会は通ったも同然という雰囲気を定着させたという意味では、国会の形骸化の原因の一つでもある。
民主党政権になり、この点はだいぶ変わったが、小沢一郎氏は幹事長として内閣の外にいて、そこが最大の権力中枢であるということは変わっていない。候補者選定とカネを握っていれば、政策には当然、影響が大きく行使できるのである。
このように二重権力構造の結果、内閣は弱くなってしまった。つまり、能力が低くても閣僚になれる、閣僚になっても成長しない、さらにはその結果として、いわゆる世襲議員が非常に多くなる、ということである。
一言で言えば、以上のことは政党のガバナンスの問題だ。民主党はこの問題の所在を十分認識しており、実際にいくつかのことを行っている。例えば一つには、小沢さんは自分は幹事長としての党のマネジメントは行うが、政策には一切口出しをしないと言っている。あるいは政務三役(大臣、副大臣、政務官)が政策を決定することなどである。
政党のガバナンスは制度をそれほど変えなくても、変えようと思えば変えられる。同一政党内で絡み合っている利害衝突をどう調整していくかということだ。それを変えるだけのパワーが自民党にはなかった。そして、それが民主党にあるかどうかが、今から問われていくと思う。
日本人の閉そく感と政権交代
日本人の多くは今、安全保障を含めて差し迫った脅威というのはほとんど感じてないと思う。しかし、日常の生活における閉塞(へいそく)感と言うのか、非常に社会がリジッドになっている。それに対して「何か変わらないかな」というムードが日本中にあると私は思う。
昨年の政権交代は、そのような一般日本人のムードが、政治の変化に向けられたものだと思う。変化を望む声に対する民主党政権のひとつの答えが、行政刷新会議の創設であり、その最初の仕事は、2010年度予算要求の査定であった。「事業仕分け」を行って、予算要求があった3000に及ぶ国の事業のうち、450事業について評価を行った。
「事業仕分け」は、私が今代表をしている構想日本というシンクタンクで7年前から始めたもの。これはもともと予算削減を目的にしたものではなく、市であれ、県であれ、国であれ、行政の事業を一つずつ見直すことによって、その背後にある制度を変えていこうというのが目的だった。最初は市町村レベルで、それがだんだんと、県レベル、国レベルへと広がった。国レベルでは、2008年8月に当時の与党であった自民党で初めて行い、その後09年6月にまだ野党だった民主党と実施した。
2010年度予算「事業仕分け」の特徴
今の政権は、子ども手当など、非常に多くのことを公約しており、それらの財源を捻出しなければならない状況にあるし、政権が成立した時期が9月で来年度の予算成立まで時間があまりなかったという事情もあり、11月の事業仕分けではまず、制度改革以前に、予算削減が求められた。
事業仕分けの特徴の第一は、「外部の目」である。事業評価にあたって外の人間が入っていく。われわれが「仕分け人」と呼ぶ外部評価者には、民間の専門家に加え、民主党の国会議員、各省庁の副大臣・政務官などが含まれている。第二は、評価はすべて公開の場所で行うということである。すべてオープンな場所でやり、それをインターネットで中継したので、日本中の大きな関心を呼んだ。二万人近くの人が仕分け会場を訪れ、さらに連日三十四万人がオンラインで閲覧したという。
私は、事業仕分けが始まる前、鳩山さんに予告をした。「これが始まると、ほとんど日々、野球やサッカーのテレビ中継のようなことになると思う。今日の仕分けの結果というのが毎日、毎日、出てくる、それがスポーツの結果のように新聞で報道されるだろう」。そして現にそうなったわけである。
こうしたことがポピュリスティックといわれることになった所以だろうが、私は実際に行われていた議論は非常にレベルの高いものだったと思っている。事業仕分けによる評価の9割は、実際の2010年度予算に反映された。今後の取り組みは、今回対象とならなかった事業の評価や、それぞれの事業の背後にある制度について議論を深めていくことである。
鳩山首相と小沢幹事長の政治資金疑惑の影響もあり、政権支持率は50%前後まで下がっている。しかし、発足後まだ3カ月しかたっていない。鳩山政権が11月の事業仕分けで弾みをつけて、国民が望む政治改革へとつなげていけるかどうかはこれからだ。公約を履行する力量が政権にあるかどうか、そこが試されている。何が一番大きい鍵になるかというと、鳩山さん個人の能力よりも、一人一人の閣僚がそれぞれに機能するか、そして官邸が機能するか、であろう。
次へ続く→ 2.防衛政策と政権交代
山口 昇・防衛大学校総合安全保障研究科教授
(東京財団安全保障研究プロジェクトリーダー)