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いまこそ科学技術政策の議論を

October 20, 2011

日本の生命線だからこそ、民間も含めた国民全体の議論を

科学技術・イノベーション本部を真の司令塔にするために

東京財団研究員・政策プロデューサー
亀井善太郎

1.平成24年度の科学技術予算12.9%増、4.1兆円を要求する政府

10月13日、平成24年度年度の科学技術予算の概算要求額が明らかになった。政府全体では4兆1123億円で前年比12.9%増の水準だ。内訳は文部科学省の2兆8323億円(前年比15.6%増)、経産省5816億円(同0.8%減)、環境省615億円(同56.6%増)となっている。

我が国の科学技術予算は一貫して巨額の資金と投じてきた。そのペースは社会保障関係費を上回る伸びで、平成元年の水準と比較すると3倍以上の水準にある(主要経費である科学技術振興費での比較、社会保障関係費は2倍程度)。

これだけの巨額の資金を投じてきたものの、目ぼしい成果は上がってきたとは言い難い。成果として期待される4つの項目(経済的効果(GDPへの貢献)、特許収支の改善、科学人材の確保、国民の意識の改善)、いずれの面でも成果は限定的だ *1

我が国の財政が厳しい中、震災復興関連を含むとはいえ、巨額の予算をさらに費やそうとしている。カネさえ投入すればなんとかなると考えている、その姿勢そのものに深刻な問題がある。

2.科学技術は日本の生命線になっているのか

「科学技術こそ日本の生命線だ」、誰もがそう言う。

しかし、本当に我が国の生命線になっているのだろうか。日本の科学技術はそれに対応できる状況だろうか。

科学技術と一言でいうのが間違いの元だ。本来、真理を探究する「(純粋な)科学」と科学に基づいた技術を通じて社会や産業に貢献する「科学技術」は大本から異なる。

「科学」は、物質とは何か、生命とは、宇宙とは・・・といった人間の本源的な欲求でもある真理の探求だ。「科学技術」とは、バイオ、ロボット、ロケット等、純粋科学に基づいた技術であり、国民生活の向上や産業の発展等、具体的に「役に立つ」ものでなければならない。我が国の生命線と呼ぶのはここであり、「役に立つかどうか」で評価されるべきものだ。

ところが、実際の”科学技術政策”では、「科学技術」は「科学」に放り込まれ、「役に立つかどうか」は全く評価されずに、声の大きな研究者のプロジェクトに多額の予算が注ぎ込まれている。その結果、予算消化のためのハコモノばかりが乱立し「公共事業化」が進んでしまっている。「生命線」とか「夢」、「希望」という実態は何もない掛け声だけを追い風に、声の大きい研究者の「個人益」の達成と予算の拡大を志向した文科省の「省益」が相まって、このような現状に陥ったのだ。

本来、国家として何を達成するのか、科学技術政策のビジョンを明らかにした上で、国民の税金が原資であるカネや人を配分するべきだ。「(純粋な)科学」は、真理の探求が目的なのだから、成果を求めず、一定割合の資源投入を予め決め、これを配分するしかない。

一方、「科学技術」は全く異なる。経済や産業との関係が強いので、国家戦略として、重点分野を決め、優先順位付けして、カネと人の配分を決めなければならない。重要なのは、実際に資源配分をした結果どうだったのか、その効果の検証に不断に取り組み、次の資源配分に反映することだ。

日本の科学や科学技術が振るわないのは、予算が足りないからではない。猛省すべきは科学技術政策を仕切ってきた総合科学技術会議であり、実質的に取り回している文科省だ。

3.「頭脳」の二重構造も解消すべき

本来、科学技術政策の司令塔、いわば「頭脳」として、我が国には「総合科学技術会議」がある。しかしながら、同会議は「頭脳」として役割を果たしているとは言いがたい。有名無実化させられている、その理由に文部科学省の存在がある。

文部科学省設置法第4条には、「科学技術に関する基本的な政策の企画および立案並びに推進に関すること」、「科学技術に関する研究および開発(以下「研究開発」という。)に関する計画の作成および推進」、「科学技術に関する関係行政機関の事務の調整に関すること」などが同省の所掌事務として定められている。また、「科学技術・学術審議会」が同省内に設置されているが(同法第6条)、その所掌事務は「科学技術の総合的な振興に関する重要事項」の調査審議(同法第7条)である。

総合科学技術会議は、経済財政諮問会議と同様、内閣府設置法によって設置されている。所掌事務は第26条 *2 で定められ、「科学技術基本計画」の策定および関連する省庁間の調整の役割が与えられているが、これでは、文科省と役割がまったく重複してしまっている。

文科省支配の下で我が国の科学技術がどうなったのか、「原子力」を思い出せば明らかだ。原子力ムラと呼ばれる集団を作り、特定の目的に合致したことでなければ、科学としても、科学技術としても認められない、巨大な予算消化集団を作ってしまった。

結局、「頭脳」として総合科学技術会議が設置されてきたが、文部科学省との権限の不明確なデマケと事務局人事により、「文科省支配下で声の大きい研究者の要求の寄せ集めによって、巨額の予算が使われてしまう」という構図は変わっていない。

4.日本の生命線となるだけのポテンシャルはある

9月30日に「宇宙空間の開発・利用の戦略的な推進体制の構築について」と「実用準天頂衛星システム事業の推進の基本的な考え方」が閣議決定された。宇宙基本法に定められたように宇宙の開発と利用を通じて、安全保障、国際協力、国民生活の向上、産業振興などを実現するための司令塔として、同法の趣旨に則り決定されたものだ。

そもそも「宇宙」については、米国、ロシア、欧州、中国といった宇宙先進国は、宇宙を地上の生活や産業と一体の“実用”の場として、積極的に活用し、測位測量、情報通信、気象観測、防災等、様々な領域でのビジネスが進められている。海外の人工衛星はもはや、国が威信をかけて実験したり技術を誇示するものではなく、民間事業者が普通に打ち上げるものとなっている。そして各国の政府は利用ニーズの創出に取り組み、事業者が参入する環境を整える役割を果たしている。事業者は市場の成長性が高く、採算も見込めるので参入するし、そのために競争が進み、技術は進化し、結果として国民負担はより小さく、より高度のサービスを受けることも可能となる。これは単に打ち上げや衛星のみならず、関連するあらゆる産業へのインパクトが期待されるものだ(世界市場規模予測: 7兆円(2005年)→56兆円(2025年)2006年EU調査)。

「宇宙」だけでも利用を視野に入れれば、これだけのポテンシャルがあることに経済界は気付いているのだろうか。業界の声として予算を増やせという陳情ばかりしても、何も変わらない。日本経済にとって大きなインパクトが見込め、自分たちの稼ぎを増やす可能性があるはずで、「宇宙といえば輸送機産業や電気産業だけ」といった既存の枠組みを超えてでも、経済界全体が声を上げていくことが必要ではないだろうか。

5.真に生命線とするために、民間がきちんと声を発し、国民全体の議論を

科学技術政策の司令塔である「頭脳」の見直しについては、民主党が科学技術・イノベーション政策の司令塔機能の抜本改革として、先般の総選挙時に政策として掲げていた *3 。このため、司令塔機能の見直しには期待が寄せられていたが、政権交代後は第4期基本計画ばかりで人事の刷新も無く、肝心の議論は先送りになってしまっていた。

科学技術・イノベーション戦略本部の立ち上げの議論に入るいまこそ、「科学技術こそ生命線だ」とか「夢と希望を託す」というような抽象的な掛け声だけの従来の予算分捕りだけで終わってしまう議論に終止符を打たねばならない。経済界をはじめとする民間が声を上げていかねばならないのは、科学技術政策の枠組みのあり方や「頭脳」の二重構造に陥っている我が国の科学技術政策の司令塔に関する議論だ。これまでと同じ過ちを繰り返すのか、科学技術を国の生命線として活かすことができるのか、試されているのは、私たち国民だ。



*1 詳細は東京財団政策提言 「科学技術政策の司令塔として総合科学技術会議の抜本改革を」 (2010年5月31日)を参照されたい。

*2 内閣総理大臣の諮問に応じて科学技術の総合的かつ計画的な振興を図るための基本的な政策について調査審議すること、内閣総理大臣又は関係各大臣の諮問に応じて科学技術に関する予算、人材その他の科学技術の振興に必要な資源の配分の方針その他科学技術の振興に関する重要事項について調査審議すること、科学技術に関する大規模な研究開発その他の国家的に重要な研究開発について評価を行うこと(第26条1~3)。

*3 民主党政策集 INDEX2009 2009年7月23日発行より
産学官が協力し、新しい科学技術を社会・産業で活用できるよう、規制の見直しや社会インフラ整備などを推進する「科学技術戦略本部(仮称)」を、現在の総合科学技術会議を改組して内閣総理大臣のもとに設置します。同戦略本部では、科学技術政策の基本戦略並びに予算方針を策定し、省庁横断的な研究プロジェクトや基礎研究と実用化の一体的な推進を図り、プロジェクトの評価を国会に報告します。

    • 元東京財団研究員
    • 亀井 善太郎
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