被災地のまちづくりと生活再建を考える | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

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被災地のまちづくりと生活再建を考える

May 31, 2011

インタビューで浮き彫りとなった論点

東京財団研究員
井上健二
大沼瑞穂
三原 岳

東日本大震災後のまちづくりと暮らしの再建はどう進めるべきか。5月14日から16日に掛けて宮城県を訪ねて、仙台市や同県石巻市などの被災地を視察するとともに、震災の初期対応を含めたこれまでの危機管理の実態や浮き彫りになった課題、まちづくりや暮らしの再建など被災地の復興に向けた諸方策に関して、国土交通省東北地方整備局の徳山日出男局長、仙台市消防局太白消防署の太田千尋予防係長、東北大学大学院法学研究科の島田明夫教授にインタビューを実施した。そのインタビューで明らかになった論点のうち、今後の震災対応や復興に向けた政策を考える上で重要と思われる事項を報告する。

1. 震災直後の初期対応

(「くしの歯作戦」による道路啓開)
3月11日に発生した東日本大震災。初期対応の遅れが指摘された1995年の阪神大震災に比べると、東北地方整備局の対応は迅速だった。徳山局長が最優先で取り組んだのが、自衛隊や消防が活動するために不可欠な被災地への緊急連絡路の確保である。阪神大震災の時、建設省(当時)道路局課長補佐だった徳山局長は、被害が甚大な地域ほど現地の連絡が途絶することを経験していた。今回の震災では沿岸部の事務所から連絡が届かず、徳山局長は「相当な津波被害が沿岸部に発生している」と判断したという。

そこで、東北地方の内陸部を南北に縦貫する国道4号を起点に、岩手県久慈市、同宮古市、同陸前高田市、宮城県石巻市といった沿岸部の被災地に繋がる16本の国道を緊急輸送道路として確保する「啓開」作業、「くしの歯作戦」 *1 を進めた。啓開とは耳慣れない表現だが、一般車両の通行も可能にする応急復旧とは異なり、自衛隊や警察、消防の緊急車両が通れるよう、がれき処理や簡易な段差修正などを通じて、車線の片方だけでも最低限の連絡路を確保する作業のこと。自らが被災していたにもかかわらず、事前に災害協定を締結していた地元建設業者も協力を申し出てくれため、計52チームが啓開部隊として被災地に入り、震災翌日には11ルートを、15日までに15ルートを確保できたという。啓開ルートをくしの歯状に16本に集約し、応急復旧よりも優先した東北地方整備局の的確な判断が短期間での連絡路確保に繋がったと言えよう。

同時に、地元市町村との連携を強化するため、東北地方整備局の職員を各市町村に「リエゾン」として派遣している。緊急時には意思疎通が混乱し、国・市町村の連携も不十分になりがち。しかし、今回の震災ではリエゾンに任命された東北地方整備局の中堅職員が衛星電話を持って現地に入り、緊急物資に関する市町村の要望を把握・伝達する役割を果たしたため、市町村とのネットワークづくりが有効に機能した。

(消防隊の苦労)
一方、若林区などが津波で被災し、最前線で被災者の救難活動に当たった仙台市消防局。仙台市は近い将来の発生が懸念されていた宮城沖地震に備えるため、2003年度から「地震防災アドバイザー制度」 *2 を創設し、消防職員らが町内会や地元企業に出向いて、防災対策の必要性を訴える取り組みを進めていた。このため、避難活動などは円滑に進んだというが、地震防災アドバイザーを務めた経験もある太田氏によると、それでも津波被害が予想される地域に住んでいるのに、「今まで長年住んでいるが、津波に遭ったことがない」として逃げない住民もいたという。こうしたことを踏まえると、今後の課題としては、できるだけ多くの市民の生命を守る避難の在り方、例えばいざという時には行政機関が避難を命令できる体制の必要性も含めて、幅広い議論が必要と言えよう。

2. 今後の復興まちづくりのポイント

被災地の復興まちづくりや生活再建について、島田教授にインタビューを実施した。発言をまとめると、以下の通りである。

(復興まちづくりについて)
復興に向けた重要なポイントは臨海部や浸水地域の土地利用をどうするか。被災地では最大1.3メートルの地盤沈下が報告されており、土地利用の在り方が問われている。そこで、ショッピングモール、図書館、住居を一つのビルに集約し、店舗や図書館を低層階に、住居を高層階に建設するのが一案である。三陸地域は過去、30~40年程度に一度の頻度で津波に見舞われており、津波に強いまちづくりが不可欠。そこで、浸水で使いにくくなった土地の住民のうち、低地への居住を望まない住民には高台やビルに移り住んで貰い、地域コミュニティを維持しつつ、被災地を復興する。引き続き低地居住を希望する住民にとっても、津波の際に避難できる場所をビルの上層部に設ければ、命だけは守ることができる。また、今回の津波では、乗用車で避難しようとした人が渋滞に巻き込まれ、津波で命を失った人も多い。津波が起きたら、とにかく走って逃げる。そのための拠点になる。

もう一つの大きなポイントは、浸水地域の再生を念頭に、特例的な区画整理事業の創設である。被災地の現状を考えると、土地区画整理の際に生じる保留地(地権者からの土地の提供=減歩によって生み出された、区画整理事業費に充当するために売却する土地のこと)は利用価値が低く、売ることが困難であることが想定される。このため、国費率の高い特例的な区画整理事業を考えなければならない。区画整理組合は通常、保留地を民間開発事業者に売却することで、事業費の一部を捻出する。しかし、浸水した地域は地価が低く、保留地の売却額は通常よりも低水準にとどまる可能性が高い。そこで、平時は駐車場として活用し、津波の際には遊水地や海岸公園としての機能を果たす土地として、国が保留地を買い取るべきである。

(暮らしの再建について)
復興に向けたもう一つの大きな柱が暮らしの再建である。農業、漁業、地場産業などの再建も重要課題であるが、これらの再建までの「つなぎ」として、復旧事業を立ち上げて雇用を確保するべきである。その際には手続きに時間が必要な一般競争入札ではなく、被災者の雇用を条件とする随意契約を採用するべきだ。さらに、被災地の主要産業である農業については、津波災害で農地が塩水に浸かり、被災前の状態に戻すまでは相応の時間が必要だ。津波で多くの漁船が破損・流出しており、漁業の再建も重い課題となる。そのため、農業、漁業の組織化が必要である。例えば、農業を例に挙げると、塩害対策の終わった土地から個々に生産を再開するのではなく、経営体を組織して農業者が従業員になる形で、経営体の集約が必要だ。さらに、浸水地域の不動産価値が下がっているため、従来の土地を担保とした融資は困難であることから、私募債などを使った地場産業のファイナンスも一つの有効な資金調達手法である。

(住民合意について)
復興計画の策定主体は地域住民である。国が上から目線で「高台に住みなさい」などと指示するのではなく、国は支援策などの多様なメニューを示し、それらを踏まえて、地域住民が自ら復興ビジョンや計画づくりを行っていくことが重要である。

3. 終わりに

これまで井上、大沼両研究員は復興まちづくりや津波対策に関して、「いまこそ、中央防災会議の開催を」 *3 、「現場主義を徹底した復興構想を」 *4 、三原研究員は「78年前の『注意書』に学ぶ津波対策」 *5 と題する論考を発表してきたが、以下は3人へのインタビューを通じて、我々が重要性を認識したポイントなどを挙げて行きたい。

<1> 事前の備えとネットワークの重要性

「くしの歯作戦」をスムーズに進められた背景には地元建設業者との協力が挙げられる。東北地方整備局は災害時の協力協定を地元建設業者と締結しており、困難を極めた道路啓開作業に際しては、重機の利用などで協力を仰いだ。さらに、応急復旧作業を進めるに当たっても、災害時の特例手続きを認める会計法29条の3第4項に基づき、手続きに時間を要する競争入札ではなく、地元企業と随意契約を結んだという。日常的な交流を通じた信頼関係が構築されていなければ、有事の際に協力を得ることは困難である。事前の備えやネットワークづくりが如何に大事であるかを痛感する。

仙台市の「地震防災アドバイザー制度」も同様の点が指摘できる。今回の地震では津波の危険性を認識している住民であっても、「チリ地震を防いだ防波堤があるから大丈夫」「ここまで津波が来たことがない」といった思い込みから避難が遅れた *6 点が指摘されており、太田氏によると仙台市でも同様の現象が見られたという。しかし、幾ら未曾有の地震・津波だったとしても、過去の災害から得られた教訓を平時から忘れず、「津波警報・注意報が出たら避難する」という意識を徹底すれば、被害を少しでも軽減できた可能性がある。そのためにも、町内会や企業を単位とした防災訓練の実施、自主防災組織によるネットワークづくりが必要であり、仙台市の地震防災アドバイザー制度は一つの参考事例となる。この点は近い将来、同時発生による津波災害が懸念されている東海、東南海、南海地震対策など、他の自治体の参考にもなるはずである。

<2> 現場への思い切った権限移譲

「くしの歯作戦」など東北地方整備局の思い切った初期対応の背景としては、中央による権限移譲も挙げられる。国土交通省のテレビ会議システムを通じて、徳山局長は大畠章宏国土交通相や本省局長と毎日のように対応を協議し、大畠国土交通相からは「人命優先で、可能なことは何でもやれ」との指示を受けたという。今回の震災では「政治主導」の名の下、内閣による意思決定の混乱が指摘されているが、有事に際しては、政治家が現場の公務員を信頼し、判断を委ねる代わりに、政治家が最終的な責任を取るスタンスが如何に重要であるかを示していると言える。勿論、後から検証できるように意思決定過程を明確にしたり、責任者を明確にしたりする手立ては別に必要だろう。しかし、有事には少しの判断の遅れが命取りになる。政治家が大きな方向性を示しつつ、専門家集団である公務員に細部の判断を委ねなければ、刻々と変わる被災地の状況やニーズに機動的に対応できない。政権交代を契機にクローズアップされた「政と官」の関係を考える上で、今回のケースは大いに参考とされるべきであろう。

<3> 低地利用と生活再建の在り方

臨海部の土地利用と被災地住民の生活再建をどうするか―。現地視察や島田教授へのインタビューを通じて、今後の復旧・復興を考える上で、この2点が最重要課題であることを改めて認識した。まず、低地利用に関しては、井上、大沼両研究員は4月の論考「いまこそ、中央防災会議の開催を」で、津波による生命などへの危険の蓋然性の高い地区について、土地利用の禁止や逆高さ制限の導入などの規制強化を促すとともに、津波被害のデータや土地の現況などの客観的なデータを専門的・科学的に分析し、地元自治体に方向性を提示するよう提案した。三原研究員も5月の論考「78年前の『注意書』に学ぶ津波対策」で、1933年の昭和三陸地震後に作成された文部省の津波対策に関する資料が浸水地域の開発制限を提案していた点に着目し、規制を徹底するために震災区域の一部買い取りなどを提言したほか、復興構想の具体化を市町村に委ねる必要性も指摘した。

これに対し、「複合的な施設を整備し、ショッピングセンターの上に図書館、住宅、集会所を配置する」「国費率の高い特例的な区画整理事業を創設する」という島田教授の提案は現行制度をベースにした、より具体的な提案であり、津波に強いまちづくりや市街地機能の効率化という点で注目に値する。前者は自治体によるまちづくり計画、後者は国による自治体支援策に大いに参考とされるべきであろう。

さらに、生活再建に関しては、島田教授の指摘する通り、農業・漁業の経営体を集約化する取り組みが求められる。既に岩手漁連が漁船2000隻の共同利用を検討する *7 など、経営の集約化に向けた動きも広がっている半面、宮城県の「震災復興基本方針(素案)」 *8 で経営体の共同組織化や会社化を進める考えが盛り込まれたことに対し、地元漁協が「漁協組織の根幹を揺るがす」と反発する *9 など、その実現は容易ではない。ただ、震災前から収入減や後継者難に悩まされていた第1次産業にとって、震災は再生のチャンスに成り得る。今後は農地や漁船の所有と、経営を分離する近代的な経営方法の導入を含めて、しがらみにとらわれない議論が求められる。

<4> 客観的なデータによる議論を

自治体や住民が主体となって復興まちづくりを議論する上で、被災地の現状や将来見通しに関する客観的なデータは不可欠である。東北地方整備局は被災した市町村の復興まちづくりを支援するため、がれきを撤去する前に実施した痕跡調査などを基に、国土地理院のデータなども活用し、浸水区域や移転可能な高台区域、急傾斜崩壊地などが一目で分かる地図を作成している。既に試作段階の地図は被災市町村に渡しており、さらに明治三陸地震(1896年)、昭和三陸地震(1933年)、チリ地震(1960年)で津波被害に遭った区域も盛り込む予定だ。徳山局長は「(高台移転など)復興に関する構想が出ているが、客観的かつ具体的なデータは一部しか出てきていない。しかも全体を網羅するデータはない」と指摘した上で、「客観的なデータを基に地元自治体による復興まちづくりに生かしてほしい」と話す。同様の取組として、国土交通省が国土データを公表している *10 が、復興に向けた地元の議論を後押しするため、国が人口構成や就業者数、産業構造の変化予想、被災自治体の財政収支見通しなどのデータを作成・公表することも望まれる。



*1 「くしの歯作戦」の詳細は国土交通省東北地方整備局ホームページ参照。
http://www.thr.mlit.go.jp/
*2 地震防災アドバイザー制度の詳細は仙台市ホームページ参照。
http://www.city.sendai.jp/kurashi/shobo/bosai/0013.html
*3 東京財団ホームページ2011年4月1日。
http://www.tkfd.or.jp/topics/detail.php?id=265
*4 東京財団ホームページ2011年4月26日。
http://www.tkfd.or.jp/topics/detail.php?id=271
*5 東京財団ホームページ2011年5月10日。
http://www.tkfd.or.jp/topics/detail.php?id=273
*6 例えば、岩手県宮古市田老地区(旧田老町)は高さ10メートル、長さ2.5キロの防波堤を築き、チリ地震による津波を防いだ。しかし、今回の震災では住民が「防波堤があるから大丈夫」と感じて避難が遅れたと指摘されている。『河北新報』2011年4月10日。
*7 『読売新聞』2011年5月25日。
*8 宮城県ホームページ「宮城県震災復興基本方針(素案)」。
http://www.pref.miyagi.jp/seisaku/sinsaihukkou/kihonhousin/index.htm
*9 『朝日新聞』2011年5月12日。同2011年5月15日。
*10 国土交通省ホームページ「東日本大震災関連情報」。
http://www.mlit.go.jp/kokudokeikaku/kokudokeikaku_tk3_000015.html

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