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2009年度 第3回国連研究プロジェクト研究会議事概要「イラン2009年大統領選挙とイスラーム共和制の変質」

July 23, 2009

作成:関山健(東京財団研究員)

1.出席者:

池田伸壹(朝日新聞GLOBEシニアライター)、北岡伸一(東京財団上席研究員)、酒井英次(海洋政策研究財団海技研究グループ国際チーム長代理)、坂根徹(日本学術振興会特別研究員)、ジョン・A・ドーラン(海洋政策研究財団)、鈴木敏郎(外務省中東アフリカ局長)、関山健(東京財団研究員)、鶴岡公二(外務省国際法局長)、中谷和弘(東京大学法学部教授)、潘亮(筑波大学人文社会科学研究科専任講師)

2.報告者・議題:

池内恵(東京大学准教授)
「イラン2009年大統領選挙とイスラーム共和制の変質」

3.報告

(1)2009選挙結果

・6月12日に投票されたイラン大統領選挙では、おおがかりな投開票の不正を示す不自然な結果が発表され、イランの政治体制に動揺をもたらしている。
・現政権を支える護憲評議会が認めただけでも、全国50の都市で投票率が100%を超えており、投開票結果の信ぴょう性が疑われている。
・投票直後の政府発表では、現職のアフマディネジャード大統領が62.6%得票し、第2位のムーサヴィー氏(33.8%)や第3位のレザーイー氏(1.7%)および第4位のキャッルービー氏(0.9%)の候補を抑えて勝利したとされているが、開票の公正さに疑問が出ている。
・まず、現政権は行政機構や革命防衛隊などの国家組織を最大限活用して大規模に動員し、組織的投票を行わせたのだろう。
・それでも説明できない、100%を超えるような投票率は、あらかじめアフマディネジャード票を投票箱に入れておくなどの不正があったのではないかと疑わせる。
・そして、新たに投票権を得た若年層や、前回は棄権していた層、そして女性が投票に行き、予想外の実質の投票率となったため、100%を超える選挙区が出てしまったのではないかと推測する。
・今回の選挙では、最高指導者ハメネイ師を後ろ盾として現政権で要職を占めている革命中堅層と、革命後に生まれた新世代との間の対立軸が鮮明になった。イランでは30歳以下が人口の6割を占める。1979年のイスラーム革命から30年、革命体制を解放ではなく桎梏と感じる層が増えているということだ。

(2)イランの神権民主政権

・イランの政治体制は宗教的統治と民主主義の独特の混合体である。それは「神意」と「民意」を調和させ、一致させると標榜する制度である。「神意」は最高指導者をはじめとするファキーフ(法学者)が推し量り、国民の意思は選挙で計ることになる。
・この制度は、神が示した倫理的な正しさと、人間の利害関係の調整を両立させたシステムであるというのが、体制支持派の主張である。
・神意と民意との間には潜在的に齟齬が生じる可能性があるものの、ホメイニ師が存命の頃は、彼が両者を一身に体現し、統合機能を果たしていた。

(3)イラン革命体制の延命と動揺

・1989年のホメイニ師の死後は、ホメイニ師から政治的手腕を買われたハメネイ師がホメイニ師の威光をかりて最高指導者となった。
・そのハメネイ師も、元来の政治的手腕に宗教的権威も加わり、最近では徐々にホメイニ師の影から自立化を図りつつあり、アフマディネジャードら革命中堅層や革命防衛隊の取り込みよる革命体制の再強化・再活性化を目指している。
・最高指導者のハメネイ師が一方的に現職大統領に肩入れする立場をとったため、中立で公平な仲裁者としての正当性に傷が付き、イスラーム革命体制そのものへの信頼が揺らぐことになった。体制派の有力者の間にも亀裂や足並みの乱れが生じかけている。
・特に今回の選挙で明らかな不正の存在の自らの不可解な結果発表によって露呈させてしまったことで、イランの体制は内外に大きく威信を損なった。

(4)イランの国際的威信は

・イランは米国の政治家やメディアによって狂信的な独裁体制としてのイメージが描かれがちだが、中東諸国においては、イスラーム革命を先駆的に実現するとともに、自由で活発な選挙を行う先進的な体制として見られてきた。
・しかし、今回の選挙で不正を露呈したことによって、イランのこうした道徳的・倫理的な優位性には傷がつき、中東政治におけるバランスを変える転換点になりうるという点で、今次選挙の長期的影響は甚大だと言えよう。
・一方で、イランには石油という戦略的資源がある以上、引き続き強国であることには変わりがないだろう。

(5)米国とイラン

・オバマ政権としては「政権との直接対話」路線を当面は続行させるだろう。現政権と対話する以外に、最大の懸案である核開発問題に進展は望めない。
・選挙結果をめぐってイラン内部で対立が深まるまでは、オバマ政権側では、イラン現政権との対話と、今回はムーサヴィー氏支持に集結した改革派への支持は矛盾しないものと考えられてきた。改革派を公然と支持することは、それらの勢力がイラン内部では「アメリカの手先」として批判・弾圧されることにつながり、かえってそれらの勢力を弱める、という認識がブッシュ政権の間に米国内で広まった。この認識に基づきオバマ政権は現在も介入と受け止められる発言を極力避けている。
・しかし、選挙後は状況が変わり、米政権はジレンマに直面している。イラン現政権との対話は現政権に正統性を与え、民主化を求める勢力に打撃を与えることになるからである。現政権との対話と民主化支援が明白に両立しなくなる事態にオバマ政権は苦慮しているとみられる。
・ここに、核開発問題については時間が限られており、対話の相手がいない間に時間切れとなり、イスラエルとの軍事衝突といった事態に陥りかねない。ここにもう一つのジレンマがある。オバマ政権としては、当面は事態を見守った上で何らかの動きを起こすのではないかと考えられる。

4.参加者コメント:

・2、3週間前からメディアで流れているレポートを見ると、なるほどと思うところもあるが、実際には何が起こったかは分からないという印象。
・過去にも一定の不正はあったのであろうが、今回は度が過ぎたという説明には納得する面もあるが、イラン人もみすみす不正が露呈するようなことをするほど愚かではなく、個人的には半信半疑である。
・イランでは、伝統的に大統領の2期目選挙が強い。現職大統領は、いわゆるバラマキ政策などで票の取り込みを行うからである。
・実際に何が行ったかはわからないが、不正があったという認識が内外に広がってしまったことは事実で、これによってイランの権威に傷がついたのも事実であろう。
・イスラーム共和制の「終りの始まり」が来ているという見方は否定しないが、その「終わり」までには、まだ当面体制が続くのではないか。
・オバマ政権は、できるだけイランを刺激しない方針のようだ。ただ、この混乱が落ち着いたところで動き出すのではないかと思う。

5.自由討議:

Q:議会選挙でも不正は行われているのか?また、議会に改革派はどれくらいいるのか?
A:議会選挙で不正があるか否か統一見解はない。2008年に行われた選挙の結果、その前の2004年の選挙から引き続き、議会では保守派が多数派である。

Q:イランの核問題についての見解は?
A:核開発の意思と能力と正当性という点で言うと、一方で米国はじめ核兵器保有国はそのいずれも有する反面、意思はあるが能力と正当性のないため闇市場で核兵器を手に入れようとする国々がその対極にある。その中間に位置するのが能力はあるが意思のない日本であるが、この点、イランは意外に日本の立場に近いように思う。イランは、核開発の能力はあるが、その意思は隠している。したがって、核開発の能力はあるが意思を放棄している日本として、イランにも意思の放棄を働き掛けていくということは理にかなうように思う。

Q:イラン国内の本当の対立軸はどこにあると考えるか?
A1:これまでは政治、経済、文化のいずれも対立軸がはっきりしなかったが、今回の大統領選挙では世代という対立軸が鮮明になった。
A2:貧富という対立軸はあると思う。テヘランを中心とする都市の中間層はムーサヴィーを支持し、貧困層はバラマキ政策につられて現職を支持した。数で言えば後者の貧困層の方が多かったことが、選挙結果に表れたのではないか。

Q:イランは国連の使い方が下手ではないか?
A:イランでは革命によって国際派が多く亡命してしまい、一時は外交官でも英語のできない人がいたといわれるほどであり、そもそも米国と外交関係がないなど経験を積む機会もないので、国際感覚に欠けている面があるように思う。理念としては、国連を重視しているが、その運営実態は不当に米・欧に支配されているという被害者意識を持っているようで、そこからも言動が過度に攻撃的になることがあるようだ。

Q:天野氏がIAEA事務総長に当選した際の記者会見で、イランの核開発問題については随分と控えめな表現をとっていたように聞こえたが、この点についてどう思うか?
A:その背景は分からないが、前任のエルバラダイ氏が退任間際になってイランの核問題について厳しい見方を示すようになった背景もよくは分からない。エルバラダイ氏の母国のエジプトやサウジアラビアはイランの核武装を強く警戒しており、その危惧にすり寄った政治的配慮のようにも見える。天野氏の発言は、エルバラダイ氏が退任間際に踏み込みすぎたラインから従来の政治的に中立的なラインに寄り戻したものではないだろうか。

    • 東洋大学 国際教育センター 准教授
    • 関山 健
    • 関山 健

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