オーバービューレポート:「米国の今後の動向とユーラシア地域への影響」(渡部恒雄研究員)

2009年1月20日、米国において、民主党のバラク・オバマ氏が第44代大統領に就任しました。100年に一度と言われる世界的な金融危機、アフガニスタンをはじめとするテロ対策など多くの課題が山積する中、オバマ米新政権は様々な局面でブッシュ政権時の路線を大きく変更してくるのではということが予想されています。
東京財団ユーラシア情報ネットワークでは、去る2月24日に第3回オーバービュー・ミーティング「米オバマ政権がユーラシア情勢に及ぼす影響」を開催し、米オバマ新政権の今後の政策がユーラシア各地、ひいては国際社会にどのような影響を及ぼすかを分析しました。各研究員からの報告内容を俯瞰して、渡部研究員がオーバービュー・レポートをまとめましたので以下にて紹介いたします。

「米国の今後の動向とユーラシア地域への影響」(渡部恒雄研究員)

筆者(渡部)は 、米国政策の優先順位は、金融危機と経済回復がすべてに優先し、外交問題では、アフガニスタン・パキスタンが最優先地域で、イランと中東も、これにかかわる形で重要と考えている。そしてオバマ政権の解決方法はイデオロギーを排し、あくまでも現実的に解決していくという姿勢を維持すると考えている。その意味で脱ブッシュの外交姿勢は明らかだが、これらの難しい地域での米国の単純な成功は保証されていないという現実が明らかになり、それぞれの地域の反応も歓迎ムード一辺倒ではなくなってきている。

パキスタンのオバマへの失望

益田研究員 はパキスタンとアフガニスタンでも、オバマ政権の誕生は歓迎されたが、問題はオバマ政権がこの地での期待にこたえられるかどうかであると懸念する。現在、アフガニスタンの米軍基地からのパキスタン領内の武装集団への無人攻撃機の越境爆撃が、一般市民も巻き添えにしておりパキスタン国民の怒りを買っている。オバマ政権への期待は、ブッシュからオバマに変われば、これもなくなるという期待があっただけに、政権発足の数日後にオバマ大統領の許可の元の攻撃で住民22人が巻き添えになったというパキスタン筋の報道は衝撃を与えた。この件に関してはオバマ政権はブッシュ政権のやり方を踏襲するため、失望が広がっているようだ。
また、益田研究員の指摘によれば、パキスタン経済は深刻な状況にあり、米国からの経済援助の期待があるが、現在米国議会は、今後10年、年間15億ドルの非軍事援助を行うという法案を審議中で実施には時間がかかりそうだ。さらにホルブルック特別代表が、当初の計画とは異なり、担当地域がアフガニスタンとパキスタンだけになり、インドが入らなかったことがパキスタンで懸念されている。インドが米国に対し、ホルブルック特別代表の職責の範囲からインドを外して、カシミール問題に介入させないように申し入れたからだ。これでパキスタン側もカシミール問題解決の熱意が下がる可能性がある。

インドのオバマへの不安とホルブルック訪印の意味

そのインドはオバマ大統領を「米国はじめての有色大統領」で「歴史的な快挙」として称賛する一方、政権のアフガン・中東政策が明らかになるにしたがって冷えてきたと 森尻研究員 は指摘する。筆者(渡部)が2月報告で指摘したオバマ演説が米国内ヒンズー教徒に触れたことについても、アフガン・パキスタンの緊張がインドにそのままもたらせるのではないかという警戒感になっているということだ。
ホルブルック特別代表は、パキスタン、アフガニスタン、インドを歴訪したが、2月15日に最後の訪問地のインドを訪れ、外相、国防顧問などと会談し、アフガン・パキスタン情勢の意見交換をし米印関係の緊密さを確認した。
森尻研究員は、米国にとって、アフガン・パキスタン政策の展開のためには、インドの同意と協力が約束されていなければならないので、今回のホルブルック訪印には、アメリカの前傾姿勢にインドを乗せることが狙いだったと指摘している。

中東・アラブ諸国のオバマ大統領への警戒感とトルコの持つ重要性

佐々木主任研究員 は、中東・アラブ諸国では、敬虔なイスラム教徒であった父方の祖父からフセインというミドルネームを貰ったオバマ大統領の出自への期待が当選直後には存在した。しかし彼が大統領に就任すると、ブッシュとまではいかないが、力に頼る外交が展開されそうだという推測が広がっている、と指摘する。
同時に、オバマ政権のエジプトやサウジアラビアという親米政権へのスタンスも厳しくなっているようだ。佐々木主任研究員によれば、米国のエジプトへの期待の後退は、ムバラク大統領の高齢化による周辺国への影響力低下にあり、現にエジプトは、今回のイスラエルとハマスとの紛争で外交得点を挙げられず、パレスチナ内のファタハとハマスの仲介も果たせなかった。サウジアラビアも、原油の供給源としては重要だが、政治的にはこれまで周辺地域へのリーダシップの行使には失敗してきた。
佐々木主任研究員は、今後のパレスチナでの仲介役のポテンシャルを持っているのはトルコではないかと示唆している。どうやらオバマ政権もトルコは重要視しているようだ。クリントン国務長官は、3月2日のエジプトでのパレスチナ・ガザ地区復興会議出席を皮切りに中東歴訪を行い、これまで外交関係を断絶していたシリアに二人の使者を派遣するなど、積極的な外交を展開したが、7日に訪問最後の地に選んだのはトルコだった。トルコでは、オバマ大統領が4月にトルコを訪問すると発表した。訪問の目的は、イラク隣接のトルコにイラク駐留米軍撤退に向けた協力を求めることと、中東和平問題について協議することだと言われている。
クリントン国務長官は、これまでも様々な場面で外交サービスをしたが、トルコではTVショーに出演した。会場の若い男性から「最近恋をしたのはいつ?」と聞かれて、「大分昔のことだけど、今の主人に恋したとき」と答えている。大サービスだ。トルコはNATO加盟国でもあり、佐々木主任研究員の指摘どおり、今後益々重要さが増すだろう。

アフガニスタンのISAF(国際治安支援部隊)の「再米国化」の問題

アフガニスタンでの治安維持の主体はNATOが指揮するISAF(国際治安支援部隊)だが、 鶴岡路人、東京財団・GMFフェローシップ研究員の特別寄稿 によれば、増派を求めるオバマ大統領に対し、欧州諸国は消極的で、米国が1万7千人を増派する結果、ISAFの「再米国化」が進むと指摘している。これは、本来ならば米国の行動が単独行動主義から国際協調的にシフトしている流れに逆行する方向であり、日米にも共有あれるべき問題だと鶴岡研究員は指摘している。この点で、4月2-4日のNATOサミットは要注目である。

ロシアはオバマ政権と関係を改善する可能性が高い

畔蒜研究員 は、オバマ新政権下で米ロ関係が改善する可能性が高いと指摘する。その理由は、米ロの死活的な利益が一致するからということだろう。畔蒜研究員が考える最大のポイントは、オバマ政権が対テロ戦争をイラクからアフガニスタンにシフトすることだ。つまり、オバマ政権がアフガニスタンでの対テロ戦争に本格的に取り組むならば、ロシアやイランを含む周辺諸国との協力関係を再構築する必要があるということだ。したがって、オバマ大統領は、イランとの関係改善を目指すことと、同時に、核開発を停止しないときは、国連安保理を通じた制裁措置の可能性という硬軟両方のメッセージを発信している。国連を通じた制裁には常任理事国のロシアの同意は不可欠であり(中国も)、またイランの民生用原子力開発を援助するロシアの協力は硬軟両方に重要なのだ。
またアフガニスタンの軍事作戦への従来の補給路が、パキスタンの治安が悪化した結果、リスクが高くなり、ロシアからカザフスタン、ウズベキスタンを経由する代替ルートの重要性が増している。この面からもロシアの協力が不可欠といえる。
3月6日の米ロ外相会談の冒頭、クリントン国務長官はロシアのラブロフ外相とともに、悪化した米ロ関係のリセットボタンを押すパフォーマンスを行ったほどだが、双方ともに関係改善へのためのインセンティブは大きいが、解決すべき議題も多い。

いずれにせよ中国の重みが増す

このようにオバマ政権の最重要課題がアフガニスタン・パキスタンであり、西南アジアと中東で問題が山積していることを考えると、益々中国との関係を悪化させるわけにはいかないだろう。
関山研究員 は、オバマ政権の東アジア政策のプライオリティーを以下のようにまとめている。

1)中国―イラク・アフガン、金融経済、気候変動のいずれも中国の協力が不可欠。
2)日韓との同盟維持―中国と日韓を天秤にかけず、日韓には応分の責任と負担を要求。
3)朝鮮半島の非核化(6カ国協議)―地域協力の実験場でオバマ政権にとって当面プライオリティーは高くないとみている。

確かに、クリントン国務長官は、2月の中国訪問において、チベットの人権問題などへの批判を抑え、対中関係重視のメッセージを送った。
田代研究員 は、中国が米国債を大量保有していることが、米国に対する最大の外交武器と指摘する。今後の中国の行動目的は、米国の干渉を最小化し、中国の費用負担を最小化し、自国利益を最大化し、自己の損失を最小化することという。田代氏は、米中両国はグローバルな統治プロセスの主張を担う米中G2体制構築に動くとみている。
筆者(渡部)はオバマ政権の対ロシア政策と対中政策で、米国が両国との関係改善に歩み寄るという見方を共有するが、同時に、米国内には、「戦略的岐路にある国家」(将来の米国に対する動向がわからない国家)と位置づける中国やロシアに対しては、短期的な協力を求めて関与政策を行うと同時に、長期的にはヘッジ政策として伝統的な同盟国も重要視するという考えが、軍や国防総省などの専門家には共有されていることを指摘したい。そのような中で、鶴岡研究員の報告のように、欧州諸国や日本が、安全保障面で米国の負担を共有することに消極的であることは、米国に存在する伝統的な同盟国への期待を縮小させていくポテンシャルもある。日本や欧州のような米国の伝統的な同盟国にとっては、ブッシュの一国主義も厄介だったが、オバマの負担期待付きの多国間協調主義も、けっして楽なことではない、とうい現実がみえてきたようだ。
日本の具体的な政策は、米国からも提案がある日米中首脳会議という新しい枠組みで、主体的に動き、その中に埋没しないこと、アフガニスタン・パキスタン復興支援での具体的な提案をすること等、待ったなしの課題が待ち受けている。

以上。

渡部 恒雄

  • 元東京財団上席研究員・笹川平和財団特任研究員