オーバービューレポート:鳩山新政権成立とユーラシア諸国

自民党から民主党へと政権交代が実現し、アフガン支援、米軍基地問題、温暖化対策など様々な面で政策転換の動きが起こりますが、ユーラシアの各国は民主党新政権をどのように見ているか、またユーラシア情勢が民主党政権に今後どのような影響を及ぼすのか今後の動向が注目されます。
東京財団ユーラシア情報ネットワークでは、去る10月21日にオーバービュー・ミーティング「民主党新政権(日本)とユーラシア情勢」を開催し、ユーラシア各国が民主党新政権を現段階ではどのようにとらえているか、今後のユーラシア情勢がどのように政権に影響を及ぼすかなどを分析しました。各研究員からの報告内容を俯瞰して、渡部上席研究員がオーバービュー・レポートをまとめましたので以下にて紹介いたします。

鳩山新政権成立とユーラシア諸国 (渡部恒雄上席研究員)

米国の不安・中国・ロシアの期待

鳩山新政権の誕生をめぐって、もっとも過敏に反応したのは米国だ。 筆者のレポート が指摘しているとおり、鳩山首相のニューヨークタイムズの電子版に投稿した論説により、「新政権は日米同盟を弱めて、中国やアジアに関係をシフトしていく」という誤解を生んだこともあって、警戒感を持って受け止められている。国内には医療保険改革、国外には難航するアフガニスタン情勢という難しい課題を抱えるオバマ政権は、支持率も50%前後に落ちてきており、ほとんど余裕がない。したがって、11月に訪日するオバマ大統領と鳩山首相の首脳会談において、米国が強く主張している在日米軍再編の履行をこじらせると、今後の日米同盟全体に影響しかねない。

中国との関係重視を同時に掲げる鳩山政権だが、中国からの反応は単純ではない。 関山研究員の報告 によれば、「概して民主党は中国・アジアに対して有好的である」という見方が支配的で先行きを不安する声は少ない。これには鳩山首相が、8月11日の記者会見で「首相になっても靖国には参拝しない。閣僚にも参拝自粛を要請する」との考え方を示していることなどが影響しているようだ。実のところ、米国内でも、リベラル派はこの点を大いに評価して、日中関係の改善に期待を寄せている。

同時に 染野研究員は、 中国の政権の日本への期待は高いが、メディア(媒体)は冷ややかだという「政熱媒冷」という評価を、中国メデイア自身が示していることを指摘している。そこには、歴史認識、日中間の領土・海上権益問題、台湾・チベット・新疆問題、両国の国民感情という問題が、横たわっているため、今後の日中関係はこの内容に踏み込まない限り、両国は「交差」せずに、日中はある程度の距離を保った「並行」の関係に移行していくのではないかと予測している。その背景に、中国の最優先課題が内政、特に社会の安定にあり、鳩山政権も来年の参議院選挙を控えており、両国とも内向きであるからだ。

ロシアは、鳩山政権誕生に大きな期待をしている国の一つである。 畔蒜研究員は、 「首相の祖父、鳩山一郎元首相がソ連との外交関係を回復する(1956年の)日ソ共同宣言に署名したのと同じように、鳩山由紀夫氏がこの問題で正しい選択を行うことを期待している」というロシア外務省のネステレンコ情報局長の総選挙直後の発言を紹介し、ここにロシアの期待が集約されていると指摘する。つまりロシアは、北方領土問題への日本の態度に具体的な変化があるかどうかを慎重に見ている。またロシアは、鳩山政権の交渉の会議を握る人物がだれになるのかを、注視している。最有力候補は、衆議院外交委員長に就任した新党大地代表の鈴木宗男衆議院議員と目されているが、彼は4島一括返還にこだわらずに、むしろ2島返還から現実的に交渉を進めようとする立場で、この点で国内的には争点となろう。畔蒜研究員は、ロシア側は2島返還で北方領土解決とし、平和条約を締結として終わりたいが、日本側としては、2島返還は現実的な領土解決の入口にすぎない、という立場の違いを指摘する。いずれにせよ、今後も難しい交渉が横たわっている。

米ロ関係に関しては、先に米国が東欧へのミサイル防衛配備を見直すことでロシアに譲歩し、イランの核開発断念にロシアが協力姿勢をみせていることで、米ロ原子力協力法案の議会への再提出の道筋がついたことを、畔蒜研究員は指摘する。これは、すでに日ロ原子力協定を締結している日本の原子力エネルギー政策にとっては、重要な追い風となる点だろう。

インド、南西アジア、中東での関心は大きくないが…

上述の日本の政権交代に関心のある国に比べ、中東のイスラム圏、インド、アフガニスタン、パキスタンにおいては、日本の政権交代が正確に理解されたり、関心を持たれる事項ではないようだ。 森尻研究員のレポートによれば、 インドでは、9月1日は、メディアは一斉に民主党の勝利を報じ、各新聞の一面には鳩山新首相の記事が掲載された。しかし、「ザ・ヒンドゥ」に掲載された論説は「民主党政権が成立するというのは日本の戦後政治体制の転換を意味しており、大きな変化がやってくる」としながらも、「変化は選挙での圧倒的な勝利によってもたらされ、きわめてスムーズに実施される」という点に着目する。森尻研究員は、このスムーズな実施というのは、クーデターや王室や宮廷内の権力闘争の結果ではない、ということを示唆しており、世界の中で民主主義体制が確立している国家が少数である事実を、改めて確認したものと指摘する。

同時にインドは日本のアフガニスタン支援や東アジア共同体への動きなどには関心があるはずなのに、静観をしている。これは、 森尻研究員の前回のレポート で指摘した、国内外に難しい課題を抱えているゆえに意図的に沈黙しているインドの状況があるようだ。しかしインドは、APECやASEAN首脳会議では、鳩山政権の提案する東アジア共同体の全体像や各国の方向性を確認した後で何らかの行動を起こすことになるだろうと森尻研究員は予測している。

アフガニスタンやパキスタンなどの、南西アジアにおいても、鳩山新政権誕生が政府と国民の両方にたいして大きな印象を与えていない、というのが 宮原研究員のレポート である。日本のアフガニスタンへの関わりは米国のそれとは大きく違っていることがその背景にある。それを端的に象徴するのが、10月11日の岡田外相と19日ケリー上院外交委員長のカブール訪問のようだ。前者は日本の民生支援の現地支援を目的とするものだったが、後者は大統領選挙不服審査の結果発表を受けてカルザイ氏に決選投票受け入れを促すものだったからだ。本来ならば、選挙でもめている際に、日本の外相がカルザイ氏に支援ニーズの「御用聞き」をすることは、彼を大統領と認める行為であり、国際的に問題をはらんでいる。それにもかかわらず、何の問題にもならなかったことが、日本の政治的立場がほとんど無視されていることを証明していると、宮原研究員は指摘する。

宮原研究員によれば、結局、日本の対南西アジア政権を気にしているのは、現地ではなく、アフガニスタンに深く関与してしまったアメリカとNATO諸国であり、海上自衛隊のインド洋給油活動の1月以降の延長をしない旨を米国に伝えた鳩山政権にとって、米国とNATOは給油活動に匹敵する何らかの新しい背策を同盟国日本が打ち出すことを期待していると指摘する。そして、岡田外相が打ち出したタリバーン兵の社会復帰のための職業訓練では、米国の期待に答えるものであるかは疑問である、と宮原研究員は考えている。

佐々木上席研究員は、10月21日に東京財団で行われたオーバービューミーティングの席上で、中東のイスラム諸国の、日本の政権交代への認知はそれほど高くない。その認知はインドと同様、確立した民主主義が地域に少ないこともあり、日本という国家は穏やかに安定的に推移していると見える、という漠然とした認識を持っているだけと指摘している。

佐々木上席研究員は、 レポートの中で、 今年の世銀IMF年次総会が10月初旬にトルコのイスタンブールで開催されたことを例に、イスラム圏におけるトルコの主導権、そして世界においてイスラム圏の代表としてのトルコの重要性が増していることを指摘している。たとえば、トルコが中東諸国の国際会議を頻繁に開催できる理由として、地理的条件の良さに加え、東ヨーロッパ、アラブ、中央アジアなど、多様なルーツを持つ自国の多民族性がある。中東諸国の人々がトルコに一歩足を踏み込むと、自国に来たような錯覚に陥ることを指摘している。そして、佐々木上席研究員はそのようなトルコの重要性を鳩山政権が理解しているかどうかを懸念している。来年はトルコで日本年(ジャパンイヤー)が開催されるので、鳩山首相がトルコを訪問し、世界が欧米を中心にしてだけ動いているのではないことを実感してほしいと提言している。

また、オーバービューミーティングの席上では、客席からユドヨノ大統領が、10月に再選され二期目を続投することになった世界最大のイスラム人口を持つインドネシアの重要性がトルコとともに指摘された。インドネシアは、鳩山政権が東アジア共同体を推し進める中でも重要な役割を担う国家の一つである。

鳩山民主党は、与党の経験を持つ議員が少なく、自民党政務調査会の各部会のような体系的な官僚機構と調整組織もない。それゆえに不安や危惧も多いが、同時にこれまでの枠組みを超えた新思考の外交立案の可能性も秘めている。一朝一夕に体系的な外交戦略などはできないだろうが、第一歩としての国際情勢認識がますます重要となろう。同時に民間シンクタンクやメディアとの意見交換や提言の活発化など、官僚機構発ではなく、むしろ世界の現場に近い目線からの情報や情勢分析などが、今後の鳩山外交にはますます必要となることが予想される。その意味で、ユーラシア情報ネットワークのような民間シンクタンク活動の責任も増していくだろう。

渡部 恒雄

  • 元東京財団上席研究員・笹川平和財団特任研究員