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日本の農政を斬る! 第6回「企業の農業参入」

October 30, 2008

山下一仁 東京財団上席研究員

現在の制度

企業の農業参入は農地法とその関連法で規制されている。株式会社については、現在二つのものが認められている。まずは「農業生産法人」と呼ばれるもので、全国どこでも設立でき、また農地の賃借権だけでなく所有権の取得も認められている。しかし、農業の売上高が半分以上であること、農業の常時従事者、農地の権利提供者、農協などの農業関係者が総議決権の4分の3以上であること、役員の過半が農業の常時従事者であることなどの要件があるほか、株式会社については株式譲渡を制限した会社しか認めていない。要するに、通常の企業ではなく、家族経営の農家が企業化したものだといってよい。

これは農地法の「自作農主義」、農地の所有者が耕作者であるべきだという思想を反映したものである。1952年、農地法は小作人を解放して自作農とした農地改革の成果を固定しようとして立法された。自作農主義は、農地法第一条の目的規定の中の「農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて」という文言に根拠がある。この文言は、農地法制定当時、担当者が農地法案についての決裁文書を持ちまわった際に、農地改革への思い入れが強かった当時の農林事務次官が思いつきで書き入れた(霞ヶ関の俗語でこれを“ヒゲ”という)だけのものに過ぎないのだが、以降この文言が農地法の基本理念を示したものと農業関係者の中では受け止められている (注※) 。この結果、農地法は農地の権利の主体、内容や移動について厳しく制限することとなった。

当初、農地法は法人が農地を所有したり耕作したりすることを想像すらしていなかった。しかし、節税目的で農家が法人化した例が出たため、これを認めるかどうかで農政は大きく混乱した。ようやく、1962年農業生産法人制度が農地法に導入されたが、株式会社形態のものは認められなかった。株式会社を認めたのは2000年になってであり、これについても、農業関係者以外のものに経営が支配されないよう、また、農地が投機目的で取得されないよう、株式譲渡を制限した会社に限定されている。

もう一つの株式会社として、「特定法人貸付事業」による企業参入がある。これは2003年に構造改革特別区域制度のなかで認められ、2年後全国展開されている。条件は、耕作放棄地が相当程度存在する区域において、企業が市町村と農業を適正に行う旨協定を交わした上で、リース(賃借権)方式によって農業に参入しようというものである。この場合には、業務執行役員の1人以上が農業に関連する業務(農業自体でなくても良い)に常時従事するという要件があるだけで、地域限定ではあるが、一般の株式会社等に広く門戸を開放するものといってよい。

法人化すれば農業は活性化するのか

農業生産法人については、2008年1月現在で10,519が設立され、そのうち株式会社は832、ほとんどが有限会社で6,896となっている。

「特定法人貸付事業」によるリース方式での農業参入は、2008年9月現在155市町村で320法人、業種別には建設業が104、食品会社が65、組織形態別では株式会社が170、特例有限会社が85、NPO等が65となっている。貸付農地面積は950ヘクタールで、農地面積全体の467万ヘクタールからするとわずかである。経営面では、黒字を達成している法人は7%に過ぎない。

これは農地の権利取得が地権者の思惑もあって円滑にいかないという側面もあるが、株式会社だから経営がうまくいくというわけではないことを示している。世界の農業をリードしているアメリカでもヨーロッパでも株式会社のほとんどが、家族農業が法人化したものである。アメリカでは、経営体の数で9割が家族経営で法人経営は3.5%、農地面積でも法人は11.5%に過ぎない。また、法人の9割は家族や親族が株式の過半を所有している。かつてアメリカで穀物取引を行っていた伊藤忠商事の丹羽宇一郎会長は農林水産省での講演で、「株式会社は農業に向いていません。夜従業員が家に帰っていると、嵐になったときだれが農園を守るのですか。」と発言していた。法人化すれば、農業が活性化するというのは根拠の薄弱な主張である。農業以外の経済界でも成功している法人もあれば破産する法人もある。法人だから成功するのではない。立派な経営をするから成功するだけだ。新規参入した法人のほとんどが赤字なのに、個人経営でも農産物販売額が1億円を超える農家は2千戸もある。

企業の農業参入のメリット

では、企業の農業参入に意味はないのかというとそうではない。日本農業が後継者もなく高齢化し、衰退してしまった理由の一つは、「農業」の後継者を「農家」の後継ぎからしか採用しようとしなかったからだ。50年前の6百万農家は今では3百万を切っている。農家の跡継ぎが農業は嫌だといったら、農業の後継者はいなくなってしまうのである。農家の子弟以外にも農業に対する意欲、能力のある人材はたくさんいる。農業の後継者を3百万の農家の子弟だけではなく1億3千万人から選ぶことが求められているのだ。企業の農業参入は農業の後継者を発掘する一つの手段である。農業経営に優れた企業であれば、農業の後継者にすべきなのである。

農地法は農地の権利移動の制限とともに農地の転用規制という役割を持っている。株式会社は農地を転用するという理由で農業団体は参入に反対する。しかし、農地法は食管法、公職選挙法と並び日本3大ザル法と呼ばれるくらい、農地の転用規制には無力だった。これを活用して、戦後の農地改革で小作人に解放された194万ヘクタールを超え、現在の水田面積に等しい250万ヘクタールを改廃したのは、ほかならぬ農家である。その半分は宅地等への転用だ。その莫大な転用利益が農協に預金され、農協は運用利益を挙げて発展した。農業団体の本音は転用に反対なのではなく、転用利益という金の卵を産む農地という鶏を経済界に渡したくないということだろう。

ヨーロッパはゾーニング規制だけで農地を維持している。農地法に相当する規制はない。日本では農地法の個別転用許可と「農業振興地域の整備に関する法律」(農振法)のゾーニング制度の二つを持ちながら、有効に機能しなかった。株式会社の農地取得を阻んでいるのも農地法だ。いっそのこと、転用したくてしょうがない市町村長に規制を委ねている農振法のゾーニング制度を抜本的に変更・強化して、そのかわりに農地法を廃止するという大胆な規制緩和を実現してはどうだろうか。農協が本気で農地の転用に反対するのなら、これに反対できないはずだ。こうすれば、農家の子弟以外の人も企業も自由に農業に参入できるし、食糧安全保障に不可欠な農地資源も維持できる。

「特定法人貸付事業」による農業の雇用創出という新しい取り組み

もちろん、弱体化したとはいえ戦後保守政治を支えてきた農業団体が反対する以上、このような抜本的な農政改革が一朝一夕に実現できるとは思えない。であれば、一般の株式会社の参入を認めた「特定法人貸付事業」を利用して、新規就農を促進し、農業の後継者を広く1億3千万人から確保する道はないだろうか。例えば、既に人材派遣会社パソナは「チャレンジ・ファーム」構想でその取り組みを始めている。「まず特定法人としてパソナが農業に参入する。農業従事者を広く募集し、3年間パソナの契約社員として雇用し、独立に向けた農業、経営、マーケティング等についての技術習得を行った後、農地についての権利、農業機械や販売チャネル等の資産も承継させて、農業生産法人として独立をさせる。」という仕組みだ。「特定法人貸付事業」と「農業の後継者の育成」、「農業を通じた雇用の創出」を結びつけた画期的な試みだ。しかも、当初「特定法人」としてリース方式による参入しかできなくても、「農業生産法人」となれば将来農地の所有権も取得できるようになる。この点で農地法の規制を事実上一部緩和できる。

構想はそれだけではない。従来農業に新規参入しようとする人たちは、農業機械の購入等の資金調達に融資を受けることで対応してきた。しかし、失敗すると負債が個人に降りかかってしまう。では出資を募って株式会社を設立してはどうか。これだと失敗しても個人に負債は生じない。リスクを分散できる。これが株式会社のメリットだ。しかし、個人が家族、親族、友人から出資を募り、株式会社を設立し農業に参入しようとする家族経営の延長のような場合でも、農業生産法人の要件からすれば困難だ。このため、特定法人として農業に参入したパソナが、農業ファンドを募りこれによって農業機械等を取得したうえで、3年後も引き続き特定法人の形態のままで、どの作物をどれだけ作るか、販売はどのチャネルを活用するかなどの「経営」は「チャレンジ・ファーム」に参加した新規就農者に全て任せてはどうかという方向も検討されている。つまり所有はパソナで、経営は新規就農者で、というやり方である。「所有と経営の分離」による新しい農業への参入、ベンチャーである。

(注※)
「自作農主義」は農業生産向上のための手段であって目的ではないのに、一人歩きしてしまう。ある農地制度担当者は「自作農主義は『目的ではなく手段である』ということを何度となくみずからいいきかせているつもりなのだが、農地法行政に関係していると、いつのまにか、その自作農主義のとりこになっている自分に気づくことがしばしばであった。…ひとたび自作農主義と称されたとたん、自作農なるものが農民の理想像であり、自作農たることが政策の最終目標であるような錯覚がうまれてくるのである。」と述べている。

    • 元東京財団上席研究員
    • 山下 一仁
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